にゃ、にゃん??
薄暗く狭い船室の中で、5人の男女が机を囲んでいる。
天井からぶら下がった照明がぼんやりと照らす彼らの顔には、様々な表情が浮かんでいる。
ある者は余裕そうな笑顔を浮かべ、ある者は苦しそうにシワをよせ、またある者は一切その心の内側を表に出さず無表情を貫いている。
その手に持っているのは数枚の紙札。
机の上にも札は散らばっており、それぞれ異なる模様が描かれている。
「むむむ……これで……どうだ……?」
恐る恐るといった様子で、苦しそうにしていた男が一枚の札を手元から選び、机に置く。
これは勝負手を作るための決死の一手だ。うまくいけばようやく勝ちを拾える。それを悟らせぬよう、ここは苦肉の策という風に見せかけないといけない。
ちらりと他の参加者の様子を伺う。
無表情な男は相変わらず反応がない。
終始余裕そうな笑みを浮かべているあの女も、特に動揺した様子もなく、すまし顔だ。
他の二人は少しだけ気が緩んだ様子を見せて、その後何かに納得したようにわざとらしくゆっくりと頷くような素振りを見せている。
案の定、この一巡では男の計算通り、余裕を浮かべている女が勝ちを取り、次巡の親番となった。
そしてこれによって、男は勝機を手にするはずだった。
ここまでのやり取りですでに相手の手札はある程度透けている。
あとは女が適当な札を、たとえば処理する機会がないまま手元で腐らせているその中途半端な数字の札を出してくれれば――。
「この遊びってさ、結局相手にどれくらい間違った情報を掴ませるかってところにかかってると思うんだよね」
笑顔の女が少し溜め息混じりに語る。
「何言ってんだ? いいから早く出してくれよ」
ずっと無表情だった男が、これに対して呆れたように口出しをする。
先程からこの男は笑顔の女に対する口撃くらいしか発言をしていない。
「ああうん、ごめんね。
でもさ、せっかくおじさんが頑張って考え抜いた策が的外れだったっていうのはやっぱりかわいそうだと思うんだよね。
というわけで出すね」
そう言って笑顔の女が出した札は苦悶の男が予想していた札とは全く異なるものだった。
「21……だって……? そんな馬鹿な……っ!?」
「ほらほら、おじさんはやく札出さないとだよ?
21を持ってないなら一番小さい数字を出さないとね?」
男の手元に残っていた札は3と20。この遊びでは場札と同等かそれ以上の強さの札が出せないならば一番弱い札を捨てないといけない。
つまり、いま男の手元には出せる札はなく、3を捨てるしか無いというわけだ。
他の面々もやはり同様に、弱い札を捨てていく。
しかしこれ自体は問題にならない。
この遊びでは、一番最後の一巡――つまり手札が一枚になった時の勝敗だけが勝利点になるからだ。
そして、最後の一巡だけは……数字の強弱が逆転する。
「はい、じゃあまた私の勝ちね!
やっぱり最後まで小さい数字は残しておかないとねー」
全員が最後の札を出し切り、それぞれそれなりに小さな数字を出していく中、策に溺れた男だけが20という大きな数字を出し、大きな減点を貰うことになった。
結局今回も、笑顔の女の圧勝に終わってしまったわけだ。
「またマオちゃんの勝ちかあ。全然勝てる気がしないよ」
「今回の初期札はなかなかよかったからいけると思ったんだけどな。やっぱり運だけじゃ勝てないってことか」
勝ちを逃した面々が悔しそうに、だがとても楽しそうに感想を言い合っている。
一人大敗を喫した男だけはもう言葉が出なくなってしまっているが、これは所詮遊びだと、すぐに気持ちを切り替えてくれるだろう。
「さてと、ちょっと疲れたし私は外の空気でも吸ってこようかな」
◆ ◆ ◆
「うーん、潮風が気持ちいいな。
やっぱ部屋にこもってばっかだと気が滅入っちゃう」
私達はいま冒険者の国、アスクエムブラに向かう船に乗っている。
船上生活はなかなかに快適で、退屈しないように色々な遊び道具が持ち込まれているから馬車の旅よりも断然好きだ。
さっきも船で仲良くなった人たちと一緒にゲームをしていたところだ。
もちろん私の圧勝だったけどね!
一時期ボードゲームにハマっていたのもあって、あの手のゲームはかなり得意なんだよね。
ルールも単純なトリックテイキングだったし、賭けてたら大勝ちしてたなあ。もったいないことしたかも。
他にも広い甲板を利用してちょっとしたスポーツもできるようになってるし、船内には立派な食堂もあるし。
ちょっとした豪華客船ってところだね。
「あれ? あの人どうしたんだろう」
椅子に座りっぱなしで凝ってしまった身体をほぐそうと甲板を散歩していると、船べりにもたれかかってぼうっとしている女の人が視界に入ってきた。
どうも顔色が悪いように見える。
船酔いでもして体調が悪いのだろうか?
うーん、どこどなく目も虚ろな感じがするし、見なかったことにして無視するのもちょっと気が引けるな。
せっかく一緒の船に乗ってるんだし、一応声をかけてみよう。
「あのー、すみません。顔色が悪いみたいですけど大丈夫ですか?」
近づいて声をかけてみたが、女性は聞こえていないのか、反応してくれない。
そんなに体調が悪いのかな?
「あのー、大丈夫ですか? 背中さすりましょうか?」
もう一度声を掛ける。
こんどはそっと肩を叩いてみた。
すると女性はようやく気がついたようで、とてもゆっくりとこちらを振り向いた。
「あら……もしかしてわたしに声をかけていたのかにゃん?」
「にゃ、にゃん??」
語尾についた謎の言葉に困惑しつつ、振り向いた女性の顔をみてさらに驚いた。
なんて薄い顔なんだろう。
中性的な顔立ちに、疲れているのかとても眠そうな目。
そこには生き物らしい光というものが感じられず、まるで心がないかのようだ。
痩せこけているというわけでもないのに、今にも倒れてしまいそうな弱々しさを感じる。
そして色あせた水彩画のような灰色をした、地面につくほど長い髪の毛。
ただその姿を見ているだけでまるで色のない世界に来てしまったような錯覚すら感じてしまう。
それなのに、いや、だからこそ際立つ一筋の光。
まるで別世界から迷い込んだかのように前髪の中に桃色が一房混ざっている。
どんなに全体が霞んでいっても、そこだけは輪郭をはっきりと保ちつづけるような、そんな矛盾を抱えた存在感。
それが初めて彼女を見たときに私が感じた全てだった。
「ああ、気にしないでくれたまえよ、君。我は背景に過ぎぬよ」
「う、うん……?
それより具合が悪そうに見えたんですけど大丈夫ですか……?」
「具合が悪い? このぼくが?
ああ、君にはそういう風に見えたんだね。
ごめんごめん。
生まれつき私ってこういう顔だから、たまに勘違いする人がいるのよね。
うん、ただ退屈していただけだから、あなたが気にすることではないのよ」
なんだろう、この違和感。
同じ人と喋ってるはずなのに、何人もの人と喋ってるような……。
多重人格者っていうわけでも……ないよね?
「でもあなたはいい人ね。
体調が悪そうに見えたからってこうして声をかけてくれるんですもの。
たまには船に乗って見るものだわね」
「そう……ですか。大丈夫なら良かったです。せっかくの船旅ですしね」
「そうだな。ところでお主……どうにも面白そうだのう」
そういって彼女は私のことをじっと見つめてきた……と思う。
なにせその目で何処を見ているのかいまいち読み取れないのだ。
視線を一切感じないし、何を考えているのかもさっぱりわからない。
「君、名前はなんという? どこからきた?」
「名前はマオっていいます。
何処から来たって言うと、うーん、大陸の東の方から、ですかね」
「マオちゃんね、気が向いたら覚えておこうかな。
ちなみに何処から来たっていうのはそういう意味じゃないよ。
まあ別にどうだっていいんだがね」
そういう意味じゃないってどういうことだろう。
まさか異世界からきたってことに気づいたってわけじゃない……よね?
「あなたこそ何ていう名前なんですか?
せっかく一緒の船になったのでよかったらお話聞きたいです」
うん、色々気になることはあるしここは少しでも情報を仕入れることにしよう。
「私の名前ですか? そうですね……では、ローラと名乗ってみましょう」
「ローラさんですか、よろしくおねがいしますね」
それから私達はしばらく雑談に興じた。
ローラさんは冒険者ではないけど、アスクエムブラに居る知人に呼びだされて向かっているところらしい。
普段は南の方にある自分の屋敷でのんびりすごしているとか。
正直口調がコロコロ変わるのでとても話しやすい相手とは思えなかったけど、少なくとも悪い人ではなさそうだというのはわかった。
私のことについてもいろいろと聞かれたけど、異世界から来たということは濁して面白おかしく旅について語ってあげたら、結構喜んでくれた。
どうも普段屋敷にこもっているからそういう誰かの面白い話というものがが大層好きらしい。
「おーい、マオ。そろそろ飯にいかないか」
しばらくすると、ロウ君がやってきた。
そういえば部屋に置いてきたままだったな。すっかり忘れてた。
「おお、すっかり話し込んじゃってた」
「おやおや、それじゃあたしはここらで失礼させてもらうよ。
縁があればまた会うことになろうさ」
「うん、またね、ローラさん」
同じ船に乗ってるんだからきっと本当にすぐに会うことになりそうだけど、わざわざ言う必要もないだろう。
ローラがさっていくのを見送って、私はロウ君に合流した。
「さ、ご飯いこっか。今日はなにがでるかなー」
「ああ。ところでさっきのは知り合いか?」
「うん? ローラさんとはついさっき偶然知り合った感じだね。
何か気になることでもあった?」
「いやな、あんなやつこの船にいたかなと思ってな」
「あー、たしかに影薄い感じあるよね。わかるわかる。それにこの船も結構な数の客が乗ってるみたいだし、さすがのロウ君でも全員把握できないでしょ」
私の言葉に少し納得しかねてるようだったけど、結局大して気にすることでも結論づけたらしい。
食堂につく頃にはすっかりその話題は忘れ去られてしまった。




