回収したらあとは帰るだけ!
「マオ、広いところに出たみたいだぞ」
「おお、ってことはここが最深部かな?」
翌日も特に危ない場面もなくすいすいと洞窟内部を進んでいき、どうやらようやく目的地にたどり着いたみたいだった。
「うわあ、綺麗……」
その広間には巨大な地底湖が広がっていて、水底から淡い光が漏れ出し、幻想的な蒼い風景となっていた。
一体この地底湖はどれくらい深いのだろうか。
一体どれくらい広いのだろうか。
一体どこから光がきているのだろうか。
疑問はいくつも浮かびそうだったが、目の前の光景に疑問は吹き飛ばされ、マオはただただ感動するしかなかった。
「それに、すごい静かだな……なんでこんな場所が地下深くにあるんだろう……」
その広場に入ると、それまで遠くから聞こえていた魔物たちのうごめく音や、水が滴り落ちる音など、あらゆる音がピタリと止まってしまっている。
まるで外界から隔絶された空間であるかのように、その地底湖はひっそりと佇んでいた。
ああ、この世界に来て本当によかったな。
日本でのんきに秘境もどきを巡ってるだけじゃ、こんな綺麗で神秘的な場所にたどり着けるはずないもん。
これだけでもこの洞窟にきた甲斐があるよ。
うん、本当によかった。
「おい、さっさとなんとかっていう鉱石を探さないか?」
「む、ロウ君ってば無粋だなあ。こんなに幻想的な場所に来たのに、どうしてそんなすぐ帰りたいみたいなこと言うわけ?」
せっかく私がいい気分に浸ってたのに、この男は台無しにしてくれるなあ。
ここは一緒になって、「綺麗だな……でもマオのほうがもっと綺麗だ」くらいのこと言っていい場面なのに。
あ、もちろん冗談だよ。
「幻想的か?
俺はここちょっと落ち着かないな。
なんていうか……命の気配がしなすぎるんだよ」
「命の気配?」
どうやらロウ君は私とは全く別のことに気を取られているらしかった。
確かに静かすぎて不気味さはあるけど、落ち着かないってほどかなあ?
目の前の光景と合わさって神秘さを増してると思うんだけどな。
「ほら、よく言ってるだろ。
仙術は生命から流れ出る気の流れを感じ取る技だって。
その気の流れがここにはないんだよ。そんなのありえないだろ?」
「うーん……それは確かに変だね。
生き物が完全に息絶えた世界?
でも微生物も何もかも死んでるなんてありえるかな?」
「そんなの知らないよ。
ただ現にそういう風に俺が感じてるんだからそう言うしかないだろ」
「まあロウ君がそう言うならそうなのかあ。
亜竜が生息してるっていう噂と関係あるのかな」
報告されている亜竜の情報はほとんどない。
ただ、過去に何人かが巨大な影を見た、竜のような姿だった、襲われそうになった、などと断片的なことを言っているというだけで、本当に亜竜なのかどうかすら疑わしい状態なのだ。
それでも、何かしらこの場所にある、ということは間違いなさそうだ。
「よし、じゃあ気になることも多いけどぱぱっとヴェラカルカ鉱石を探そっか。
えっと、情報によると水中か水辺の地面で発見されているのが多いみたい」
「そりゃ探すのがめんどそうだな。なにか見つけるコツとかないのか?」
「うーん、まってね。発見報告をまとめた紙を見てみるね」
えーとなになに?
「浅瀬部分で発見。水辺を歩いていて一瞬光ったのが気になったので確認した。岩が砕けたような破片に埋もれるように隠れていた」
「水遊びをしていたら足元がへこんでいて、ころんだ。偶然ころんだ先にあった」
「水辺、少し陸に上がったところで発見。地面に何か大きな物をを引きずったような跡があった」
「水上にせり出している岩に切断面があったので気になり調査。岩には特に何もなかったが、足元が妙に硬かったので掘り返したら発見」
気になった報告はこのあたりかな?
他にも似たようなのもあったから、多分同じ場所で採取したのか、似たような特徴の場所が複数あるのか。
そうするとこの特徴に合致する場所をまず探すのがよさそうだけど……。
うーん、これって何かが周辺を破壊した跡ってことだよね……。
砕けた岩、へこんだ地面、引きずった跡、切断された岩。
何か巨大な生き物が地形を破壊した跡。
うん、そうだな。間違いない。
もしかしてここの主――つまり亜竜が鉱石を餌にしているとか?
ありそうだなあ。
まあ、とりあえずわかったことをロウ君に伝えて鉱石を探しちゃおう。
「破壊の形跡か、それなら簡単に見つけられるかもな」
「お? なにか策がある感じ!?」
これはいつものパターンなら便利な仙術でラクラクサーチパターンだ!
「いや、ないよ。目で見やすい印があれば探しやすいのは当たり前だろ?」
「さいですか……」
仙術、かゆいところには手が届かないみたいだった。
残念。
◆ ◆ ◆
それから半刻ほど湖の周辺を歩き回っていると、ようやく痕跡を発見した。
「おお、本当にあるっぽい!」
痕跡の周辺を持ってきたつるはしで削ってみると、確かに黒光りする鉱石らしきものが出てきた。
「特徴も情報と一致してるし、これで間違いないね!
見た感じ埋蔵量も十分あるし、回収したらあとは帰るだけ!」
「ああ、でもお客さんも来たみたいだ」
一安心して掘り出す作業に取り掛かろうとしたところで、ロウ君がやけに真剣そうな声音でつぶやいた。
お客さん?
こんな場所にお客さんってまさか……。
「掘り出すのはあとにしろ、マオ。
すぐに襲いかかってはこないだろうが壁に寄っておいてくれ」
「わ、わかった!」
私が壁際までたどり着いたのとほぼ同時に、それは湖から姿をあらわした。
圧倒的な巨躯、見るだけで恐怖をもたらす鋭い眼、深く裂けた口から除き見える牙、全身を覆う鈍く光る強靭そうな鱗。
我こそが竜であると言わんばかりのその姿に、マオは内心かなりビビっていた。
なに……あれ……!!
いままで出会ってきたどの魔物とも違う……生物としての格が違いすぎる!!
こんなの、素人の私でもわかるよ……、あれは絶対に手を出しちゃいけないものだってことくらい……。
そりゃこの湖になにもいないわけだよ。
あんなのの縄張りに誰が好き好んで侵入するっていうの!?
ってかおしっこちびってないよね大丈夫だよね大丈夫そうだよかったこれはちょっと危なかったかも知れないああよかった。
あ、あとロウ君大丈夫かな……。
「あんたがこの湖の主ってわけか。
近づくまで気づかなかったが、確かにあんたくらい生命力が強くなるとこの空間の気の流れがなくなっちまうのも納得だな」
恐怖でお漏らしの心配をしているマオに対して、ロウはといえば相変わらずの余裕ぶりだった。
話しかけているのは相手に知性がある可能性を考慮しているのか、あるいは独り言をいう癖がついてしまったのか。
今わかることと言えば、ロウが生命を感じられなかった謎について理解した、ということだろう。
要するに、この目の前に現れた生物の生命力が桁違い過ぎて空間全体を覆い尽くし、見えなくなってしまっていた、という話だ。
「さて、話は通じているのか?
本物の竜種だったら話ができるって聞いてるんだが……。
その様子だと竜種じゃないみたいだな」
ロウが話しかけ続けるも、対する竜は唸り声を上げ続けるだけである。
出会い頭に襲いかかってくるほど凶暴ではないあたり、ある程度の知性はあるようだが、話せるほどではないようだ。
うーん、それにしてもあの鱗、なんか気になるなあ。
なんでだろう。
なんかに似てる気が……。
「亜竜なら話は簡単だな。ここで俺に会ったのが運の尽きってやつだ。
大人しく食肉になってくれ」
その食肉、という言葉に反応したのだろう。
相手に敵意があると見て、竜――いや、亜竜はロウに襲いかかるべく胴体を大きく後ろにそらし、勢いをつけて体当たりをしかけんとする。
攻撃は単調極まりないが、その巨大な体がぶつかってしまえば無事ではいられない、というのは火を見るよりも明らかだった。
「おっと、そんな攻撃はあたらないな」
亜竜の巨躯はそのまま地面に激しくぶつかり、付近の岩を砕いていく。
物凄い破壊力だ。
地面もかなり深くえぐれてしまっている。
うわー、あれは絶対死ぬ。間違いなく死ぬ。
頼むからこっちに突っ込んでこないでほしい……。
それにあの鱗、あれはやばい。
よく見たら一枚一枚が鋭い刃みたいになっていて、かすっただけの岩を真っ二つに切断してるよ。
あれは放置しておいたらだめだね。
ここでロウ君にきっちり殺してもらおう。
素材としてもきっと高くうれそうだし。
あ、でも持って帰れないか、さすがに……。
せめて鱗だけでも……。
うん、鱗?
なんだろう、なんか引っかかるな。
なにか大事なことを見落としてるような……。
鱗……、鈍く光っている鱗……、岩も楽々切断する鱗……。
あ、そういえば。
少し気になっていたことがあった。
なんでヴェラカルカ鉱石はここにしかないんだろう。
希少な鉱物が特定の地脈にしかないっていうのはまあわかるんだけど。
なんでこんな鉱脈っぽくない場所に?
それも地面にほとんどむき出しになるように分布しているんだろ?
それに見つかった場所に共通する特徴……。
さっきは餌にしてるのかも、なんて思ったけど。
ヴェラカルカ鉱石があるからあの亜竜がいるんじゃなくて、あの亜竜がいるからヴェラカルカ鉱石が見つかるんだとしたら?
それってつまり……。
「あぁーーーーーー!!!!!! ロウ君!!!!!! 攻撃中止!!! やめ!! やめ!!!! 殺しちゃダメ!!」
それに気づいた私は、慌てて叫んだ。
タイミングは非情に悪く、今まさにロウは亜竜に渾身の一撃を叩き込もうとしているところだった。
その勢いはいくらロウでも止められるわけもなく、
拳は亜竜の体に突き刺さり、
そして。
激しい衝撃波が地底湖を揺らした。
「あ、おそかった……か……」
目の前には一撃を入れて即座に離脱したロウと、一撃をまともに喰らい時間が止まったかのように静止した亜竜の姿があった。
「? マオどういうことだ?」
どうやら声自体はきちんと届いていたらしく、なぜ止められたのか不思議がっている。
しかしマオからすれば、もう終わってしまったことだ。
残念だがこのことは組合に謝罪するしかないだろう。
「あのね、ロウ君。よく聞いてね。
もうやっちゃったことだし誰も知らなかったから仕方ないことなんだけど、私達が探しに来たヴェラカルカ鉱石ってあるでしょ?
あれ、多分あの亜竜の鱗だと思う」
地底湖に住む亜竜、そしてそこでしか見つけられない鉱石。
鉱石があった場所の特徴、亜竜の特徴。
全てを合わせて考えていけば自ずと答えにはたどり着ける。
今まで気づいた人がいなかったのは、亜竜をきちんと観察した人がいなかったからだろう。
なにせ亜竜という存在は本来倒せるような存在ではないのだから。
出ただけで怯え逃げ出す、そういうものなのだ。
「ああ、そういうことか。ま、大丈夫だろ」
「ちょっと! 大丈夫なわけないでしょ!」
私がすごい落ち込んでるのに、なんでこの人はこんなに楽観的なんだろう。
いくら世間に疎いロウ君でもさすがにこれはわかってほしいな。
「いやだってさ、ほら――」
そう言ってロウが指さした先には、相変わらず静止したままの亜竜がそのままの姿勢でいて、一向に倒れる気配もない。
倒れない?
そのことにマオが違和感を感じた瞬間、パキパキと何かが割れるような音が聞こえてきた。
その音の元をたどって目を凝らすと、亜竜の鱗の一枚が綺麗に砕け散り、水面に落ちていく様子が確認できた。
「え? これってどういう……」
「だから大丈夫だって言ったろ」
砕けた鱗が完全に剥がれきった直後、亜竜もようやく自分の状況を理解したのだろうか。
静止していた時間がまた動き出し、激しい咆哮とともにゆっくりと身を起こして再びロウをにらみつける体勢をとった。
「まあ、つまりそういうことだよ。あいつはきちんとまだ生きてる。
まあ殺すつもりだったんだが、マオの声が聞こえたんで咄嗟に殺さないように調整したんだ。
ほんとにギリギリだったから技の発生自体は止められなかったんだけどな」
「つまり……殺したわけじゃないってこと……?」
ロウが放っていたのは【雷鳴破碎】。
任意の一点に衝撃を集中させ、ただ一箇所のみを破壊する技だ。
鎧を貫通して肉体に攻撃することができるなら、その逆に肉体を素通りして鎧だけに攻撃することだってできるということだ。
「あーーーーよかったあぁ……」
思い切り安堵したので力が抜けてしまった。
ああ、本当によかった。
「で、こいつは生かしておいたほうがいいってことなんだろ?
なら大人しく帰ってもらうか」
ロウがそう言って一睨みすると、亜竜はそれまでの勢いはどうしたのか、まるで蛇に睨まれた蛙のように、ひどく怯えた様子を見せ始めた。
やがてロウが隙を見せるように背を向けると、慌てたように亜竜は水中深くへと潜っていってしまった。
「これでよしと。
……ってマオ大丈夫か?」
「うー、ロウ君がびっくりさせたり安心させたりしてくるもんだから腰が抜けちゃったよ……。責任とって採掘はロウ君がやること! いいね!?」
「あー、はいはい、わかりましたよお姫様」
――第4話 了
〜次回予告〜
なんとか依頼を無事完了し、アスクエムブラ行きの船に乗り込んだロウとマオ。
船上での不思議な出会いと冒険者の国での新たな出会い。
そして訪れる二人旅終了の危機……。
実力こそが全てのこの国で、最弱の女マオは果たして生きていけるのか?
マオ「やばいです。立場的な意味で。」
次回、第5話「大波乱の始まり!? 冒険者の国アスクエムブラ」
お楽しみに!




