もう勘弁してくれよ
まずはどこに行ったのかを探らないといけないわけだが、ちょっと厄介だな。
店の中にいるときにはまだ追えていたが、思ったよりも移動するのが早くてすぐに見失ってしまった。
街の中だからといって範囲を絞っていたのがあだになってしまったな。
とはいえ大体の方向は分かるから、ある程度予想をつけた上で範囲を最大まで広げてみれば見つけられそうではあるが……。
とりあえずわかってる方向に向かって少し移動してみるか。
しばらく歩くと大通りまで出てきた。
ここからどっちの方にいったかだな。
通りの端の方に移動して生体感知に集中する。
200メートルほどまで絞っていた感知領域を、自分の最大範囲まで広げていく。
情報量が多すぎてすこしクラクラしてくるが、ここはじっと耐え忍ぶ。
……1000メートル。まだ見つからない。
……1500メートル。見つからない。
……2000メートル。これでもいない。
……3000メートル。もうここで限界だ。それでも見つからない。
くそ、どうするか。
適当に移動して探っても方向が間違ってたらいつまで経っても見つからないし。
いや、落ち着け。
爺さんたちはこの何十倍もの範囲でも感知できるんだ。
この術は理論上は無限の距離まで感知できるとかいう話じゃなかったか?
ならもっと集中して感覚を研ぎ澄ませて――いや、そうじゃないな。
全ての術には理があるはずだ。
ならその理を追求していくことこそが術の効果を強くするためには必要なんじゃないか?
なんで遠いと感知できないんだ?
近くと遠くの反応の違いはなんだ?
そもそもなぜ俺は普段感知範囲を絞れているんだ?
どうやって広げていってるんだ?
感知範囲の限界ってのは一体なんなんだ?
考えて、考えて、究明していく。
何気なくやっていることの理を解き明かしていく。
感知するもの、しないものの違い。
生命が生み出す気の流れ、波動。それを区別している方法。
考える。考える。考える。
今まで感覚に頼っていたものを理解していく。
そして、全ての意味がつながったとき――。
「見つけた」
俺は生体感知を完全に会得した。
◆ ◆ ◆
(まったく、面倒なことになりましたわ)
一方その頃アーシアは、自身の置かれた状況に心底うんざりしていた。
この数日の間、ロウという街で見かけた冒険者と楽しく過ごしている間、アーシアは本当に上機嫌だった。
昨日はちょっとした事件があったものの、あれくらいは想定の範囲内で、むしろ街の実情を知るのにちょうどよかったとさえ思っていた。
けれど今の状況はあまりよくない。
父親の身に何かあったと言われれば、いくら聡明なアーシアがそれを怪しいとは思っても、真偽を確かめるために動かざるを得ない。
加えて自分自身の特殊な立場が大胆に動くことを許さないから、騒ぎにならないように動こうという彼らの言葉に従うしかなかった。
結果、何処ともしれない部屋の中に軟禁されているという状態である。
単に閉じ込められれいるだけだったならまだよかった。
最悪自分の力でもなんとかなる、という自信があった。
(けれどどうにかしようにも、この枷のせいで魔法が使えませんしね……)
アーシアは両腕と首、そして足首の計5箇所に鈍色の枷が着けられていた。
これは魔封じの枷と呼ばれる特殊な装具で、周辺の魔力の流れを阻害するという効果をもっているものだ。
魔術や魔法を発動するためには、魔力を放出するという過程が不可欠だ。
そのため、この装具をつけられてしまうとただの無力な小娘になってしまう。
(魔法さえ使えればなんとかなったのですけれど、そもそもその魔法がいまのこの状況を呼び寄せたのは間違いないですし、どうしようもないですわね)
アーシアはある特殊な魔法を使える。
それが使えることが他人に知れたら間違いなく狙われることになるので基本的には誰にも教えないようにしているのだが、当然のことながら信頼できるはずの一部の人たちには魔法について伝えている。
だからこういう状況になったというのもまあ納得は出来ていた。
(とはいえ、問題は誰が私の誘拐を仕組んだのかということですわ)
幸い、まだ殺されていないということは犯人らはアーシアを殺すつもりはないということだ。
ここから何処かに連れて行かれるのかもしれないが、状況から考えて日中の移動はない。
つまり少なくとも夜までは猶予がある。
それまでに見張りなどにそれとなく探りを入れて調べるのは多分できるだろう。
(それに……きっと大丈夫ですわ。あの方はきちんと約束してくれましたもの)
◆ ◆ ◆
「ここにいるみたいだな」
ロウはアーシアの反応を追って、街の外れにある古い屋敷の前に辿り着いていた。
周りには人影もなく、とても静かだ。
屋敷の庭もあまり整えられていないように見える。
普通に用事があってここにきた、というのは少し考えにくい。
「アーシアは……2階の奥の方に一人でいるのか。ここがアーシアの家……というわけじゃないだろうな」
屋敷内部を探ってみると、アーシアから少し離れたところに2人、動き回っているのが3人、一階で固まっているのが5人いるのがわかる。
アーシアの近くの反応は距離的に見張りか?
そうすると動き回っているのが屋敷内の見回り、5人固まっているのは休んでいるのか、なにか話し合っているのか。だいたいそんなところだろうな。
この様子で何もなかった、っていうのはまずないだろ。
とりあえず入って確かめてみるか。
そう決めるとロウは特に躊躇することもなく、堂々と正面玄関に向かっていく。
念の為罠の類が張られていないか警戒しながら歩いたが、それはなかったようだ。
正面玄関についたら、そのまま扉を開けようとして、少し迷った末、扉を叩いて中の様子を伺うことにした。
すでに怪しさしかないが、万が一本当にアーシアがここに用事があったと言うなら勝手に入ろうとするのは面倒なことになりかねないからだ。
扉を叩くと少しだけ屋敷内が警戒するような雰囲気にかわり、見回りが一度集まったのち、一人が扉に向かってくるのがわかった。
この反応は間違いないだろう。
「はい、どちらさまですか」
出てきたのは私兵らしき装いの男だった。
顔には警戒の色を浮かべている。
「ああ、すまん。このあたりに俺の連れがきたと思うんだが、知らないか?」
「失礼ですが、どちらさまですか?」
「ん、ああそうだな。俺は冒険者のロウっていうんだ。それにしてもこの屋敷はなんだかみすぼらしいな。庭も草がはえっぱなしだ」
「……そうですね。つい先日屋敷を買い取ったばかりですので。いまは家の者総出で屋敷内部から掃除しているところなんです」
「そうか、それは忙しいところ悪かったな。で、それらしき人はみてないか?」
「……いえ、それらしき女性は見てないですね。すみません」
「そうか、それは残念だ」
「では……」
男の最後の言葉を聞いた瞬間、黒であることを確信したロウは問答無用で扉と男をまとめて蹴り飛ばした。
「……く、ハッぁ!!!!」
吹き飛ばされた男は正面の壁に激突しながら、声にならない声を吐き出し、そのまま倒れた。どうやら気を失ったようだ。
「別に連れが女だなんて一言も言ってないんだけどな。まあなんて言われても蹴り飛ばすのは最初から決めてたんだが」
破壊と衝突の音に屋敷内は騒然となり、次々と男たちがやってくる。
正面の左右に分かれる階段にそれぞれ一人ずつ立ち、奥の部屋から5人が走ってきている。
アーシアの見張りはこないみたいだ。
一方ロウは特に慌てることもなく、屋敷内に入ってすぐのところで男たちが集まるのを待っていた。
屋敷の中の人数は全て把握しているから、相手の出方を見てから全て判断しても何も問題はない。
「くそ、なんでここがバレた!! 誰にも見られていないのは確認していたはずだッ!!!」
「落ち着け、相手は一人だ!! ここで始末すれば何も問題はない!!」
「そ、そうだな……。よし、いつもどおりの陣形でいくぞ!」
男たちがなにやら喚いている。
話しぶりからするとそれなりに対人戦に慣れているんだろう。
7人が配置に付き、ロウを囲んでいる。
なんとなく前衛と後衛に別れているように見えるし、後衛は遠距離攻撃持ちだろうか?
となると少し面倒かもしれない。はじめは様子をみておくか。
男たちはジリジリと彼我の距離を詰めてくる。
ロウからすればすでに間合いの中に入っているが、念の為相手の出方を見るために手を出さないで敵側の一挙一動をつぶさに観察している。
数秒間、屋敷内は緊張が高まり続けていったが、やがて包囲網が縮まりきると緊張の糸が一気に切れたかのように攻撃が始まった。
襲いかかってきたのは4人。後ろで待機しているのが3人。
前衛たちの攻撃はきちんと連携が取れている。
一人が攻撃する瞬間からほんの少しだけずらして別方向から攻撃。
それらを回避するために動く先を予想しての3人目、そしてそちらに気を取られる瞬間を見越した死角からの追加攻撃。
一朝一夕ではできないような綺麗な連携だ。
並の戦士では苦戦したところだろう。
しかし、男たちにとっては残念なことに相手をしているのはミスリル級冒険者のロウだった。しかもその真の実力は未だ底が見えていないときている。
ロウは自分からは攻撃することなく、ひたすらに相手の攻撃を見、躱し、そらし、受け止め、全て防ぎきっている。
「こ、こいつ強い……!!」
さすがに一撃すら通らない様子に男たちは少しうろたえた様子を見せたが、それでも尚焦ることなく連携攻撃を繰り返していく。
だが攻撃を続ければ続けるほど、ロウは攻撃を見切っていく。
十分見切ったロウが、そろそろ攻撃してもいいかなと思い始めたそのとき――。
「ーー【ライトニングボルト】!!」
突如として、雷の矢がロウの頭上から襲いかかってきた。
超高速で飛来するそれには流石のロウでも対応できないかに思えたが――。
「うお、今のは危なかった」
その発生そのものの兆候を直前で感知していたことで、本当に間一髪、避けることが出来ていた。
前衛たちの攻撃を見切っていたことで余裕ができていたというのも、かなり大きかっただろう。
「今のを避けるのか! それならば魔術師部隊、動きと目を封じるんだ!!」
その言葉を合図に、後衛たちは更に二つの魔術が発動させる。
「――【ミスティゾーン】!!」「――【アースバインド】!!」
魔術が完成すると同時に、辺り一面に霧が立ち込め、更にロウの足元から土の塊が飛び出してくる。
霧はどうすることもできなかったが、脚を捉えようとする土の縄からはなんとか避けることが出来た。
「こいつは厄介だな。これが魔法……いや、後ろの奴らはなにかブツブツ言ってたから魔術ってやつか」
ロウが今まで想定してきたのは直接的な戦闘ばかりだった。
もちろん、たとえ魔術であっても最終的には現実の現象に還元されるので見切ることができれば問題なく対処できる自信はあった。
けれど実際にはじめて対峙してみると、これがなかなか厄介だというのが身をもってよくわかった。
発動の兆候自体はなんとなく感じ取れるものの、準備している段階ではどんなものが飛んでくるのかわからない。
魔術の知識があれば判断できるのかも知れないが、今の所ロウにそれはない。
そして、魔術には直接攻撃してくるものもあれば、この霧のように間接的に動きを妨害してきたりするようなものもあるらしい。
これでは先程咄嗟に避けたときみたいに、魔術の発動兆候そのものを警戒し続ける必要がある。これを戦闘中に続けるのはなかなか骨が折れる。
捉えないといけない発動兆候は今まであまり感じたことのないもので、非情にあやふやなので気をつけていないと見逃す可能性があるからだ。
いや、まあでも術者や邪魔をしてくる前衛をさっさと潰せばいい話か。
奴らは霧で視界を奪ったつもりなんだろうが……別に俺は目に頼ってるわけでもない。
あれこれ考えている間にも、魔術による攻撃が襲いかかってくる。
もちろん前衛による攻撃と合わせてだ。
その一つ一つを丁寧に回避し、そして隙を見て確実に一人ずつ削っていく。
もともと大した人数ではなかったおかげで、あっという間に前衛を制圧し、そのまま後衛を潰していく。
最後に残った一人を気絶させたところで、辺りを覆っていた霧は跡形もなく消え去った。
「さて、あとはアーシアだな」
反応のある二階にあがると見張りが慌てた様子でこちらに襲いかかってきたが、たった2人だ。特に語ることもないほどにあっさりと意識を奪い、無事にアーシアの部屋に到着した。
部屋の中にいたアーシアはやはりひどく落ち着いた様子で、扉を開けたロウを見るとにっこりと微笑み、言った。
「また、助けていただきましたわね。ロウさん。信じていましたわ」
「そりゃどーも。
……だけどさすがに探すのが面倒だったからもう勘弁してくれよ」




