それは野暮というものですわよ
ただのアーシア、か。
随分世間知らずなわりに身なりは小奇麗に見えるし、口調もやたら格式張ってる気もするし、いわゆる貴族ってやつかと思ったけど違うのかね。
ま、面倒に巻き込まれさえしなければいいか。
改めてアーシアと名乗った女の全身を観察してみる。
身長はマオよりも結構高いけど歳はそんなにいってなさそうだ。
髪の色は金色、長いけど左右で結んでる。似たような髪型を街中で見たときにマオがついんて、とか言ってたな。
顔はびっくりするくらい小さいけど、均整が取れてる。
目は大きくて透き通るような翠色だ。
体格は……特に鍛えてるってこともなさそうだな。
生命力は並、だけどちょっとかわった波動を感じるな。
草原を駆け抜ける穏やかな風のようで、だけど何者にも負けないような力強さ。
そんな感じの波動だ。
「そんなにじろじろと見られると恥ずかしくなってしまいますわ」
どうやら結構長いこと観察していたみたいだ。
アーシアは全く恥ずかしそうな素振りは見せていなかったが、とはいえ戦うわけでもあるまいしあまりじろじろと見ているのもよくないだろう。
「すまんな。関わることになる人を観察するのは癖なんだ」
「そういうのは相手に気取られないようにするのが一流というものですわよ」
確かにそうかもしれないな。
相手に気づかれることなく情報を引き出せるならそのほうがいつだって有利に立ち回れる。
それよりそんなふうに考えてるってことはこの女、見かけによらずマオ並にできるやつなのかもしれない。少し気をつけておくか。
「そういえばロウさんは冒険者なのですわよね?」
「ああ、一応そうだな」
二人で屋台を巡っていたら唐突にそんなことを聞かれた。
何件か食べ歩いて、いまはパローメイズとかいう軽食を食べている。
何で出来てるのかはよくわからないけど、ふんわりとした粒状のもので、口に入れるとさくっとした食感が楽しめる。
これ自体にはほとんど味がないから調味料をかけて食べている。ちなみに一番人気は塩味らしいので今食べているのもそれにしてる。
包にたくさん入れてもらえるし、一粒一粒はかなり小さいから食べ歩くのにもいいし、喋りながらつまむのにも悪くない。
「わたくし、冒険者にはとっても憧れていますの。
安定した生活を捨てて、自分の身一つで成り上がりを目指す。
とても素敵な生き方だと思いません?」
「どうだろうな。俺はなりゆきで冒険者になっただけだしな。
まあ金は結構稼げてるみたいだし悪くはないけどな」
「なりゆきですか。それでもミスリル級だなんてすごいですわ。
きっと並々ならぬ努力を重ねてきたのでしょうね」
ん、なんでアーシアは俺がミスリルだってしってるんだ?
「その色、ミスリル級の組合員証で間違いないですわよね?」
不思議がっていると首にかけていた板を指さしてそう尋ねてきた。
ああ、そうか。これって等級もわかるんだったな。
「それにしてもずっと気になっていたのですけど、なんでロウさんは服を着ていないんですの? いえ、あまり個人の趣味嗜好にどうこういうつもりはないのですが……やはり気になってしまいますわ」
「そりゃ服なんて着るだけ邪魔だからな。必要性も感じない」
「邪魔って……ふふっ、ロウさんはほんとに面白い方ですわね」
何が面白いのかアーシアに笑われてしまった。
やはり服を着ないというのは人の世の中じゃおかしいことなのか?
確かによく変なものをみるような目で見られたり、兵士に声かけられてる気もするが……。
「やっぱり街を歩くなら服を着たほうがいいのか?」
薄々感じていたことをこの際だから聞いてみることにする。
せっかく初めて会った女に意見を聞くいい機会だ。
「そうですわね、多分みなさん気にはなってもミスリルの冒険者っていうことで何も言わないだけなのではないかと思いますわ。
これがもし身分もわからないようでしたらきっと不審者扱いですぐ監獄送りですわね」
「まじか」
「まじ、ですわ」
監獄送りなんてのは面倒すぎるな。
マオに聞いて街に入る時くらいは服を着るようにしたほうがいいか?
「ま、それなら検討してみるよ。
もしかしたら探せば動きやすい服もあるかもしれないしな」
「それでしたら是非お買い物にご一緒したいですわ。
商店、というものにも大変興味がありますし」
「ん?
あんた商店にも行ったことがないのか?
一体どんな生活してきたんだ?」
「乙女の私生活を知りたいだなんてそれは野暮というものですわよ」
「ふうん、ま、いいけどな。俺も人のこと言えないしな」
その日は結局夕暮れ近くまで屋台を巡りながら喋り続けて、そのまま別れることになった。
意外にもアーシアと一緒に過ごすのはなかなか居心地がよくて、これなら一人で過ごすよりも気楽かもな、と思えたことだ。
アーシアもマオみたいに好奇心が強いみたいで、色々と知りたがるのだが、もしかしたらそれがかえって良かったのかもしれない。
マオでだいぶ慣れていることもあるし、あまり主体性のないロウにとっては引っ張ってくれる存在はとてもありがたいからだ。
その日の夜、寝る準備をしながらマオに街で過ごす用に服を買おうと思うんだがどう思うかと尋ねてみた。
するとマオは少し驚いた様子をみせたがすぐに関心を失ったようで、
「ふーん、まあいいんじゃない? 上裸は目立つしね」
なんてそっけない返事をくれた。
どうやらマオにとってはロウに服を着せるかどうかという問題はすでにどちらでも良いことになっていたようだ。
◆ ◆ ◆
翌日。昨日と同じように午前は修行をして過ごした。
修行は特に新たな発見もないまま終わり、昼前には切り上げた。
今日はアーシアと商店に服を見に行くことになっている。
適当に食事を済ませた後、待ち合わせ場所に向かう。
「はやいんだな」
広場に行くとアーシアがすでに待っていた。
割と早めに着たつもりだったが、彼女はそれよりも早かったらしい。
よほど暇なのだろうか?
「いえ、ちょうどさっき来たところですわ」
「そうか。それならさっさといくか」
行き先はギムレー商会だ。
というかそこ以外に買えそうな場所を知らない。
「ここが噂に名高いギムレー商会なんですのね」
「なんだ知ってるのか」
「それはもう。
王都に住んでいてギムレー商会のことを知らない人なんていませんわ。
数年前から台頭し始めて、またたくまに王都一の座までのし上がった新進気鋭の商会。
斬新な商品や独特な業態、そしてなによりも誠実な対応で有名ですわね。
いくつかの商会がこれに対抗しようとして後ろ暗い手段に出たこともあるそうですがこれらをことごとく正面からねじ伏せたとか」
あのおっちゃんそんなにすごい人だったのか。
全然そんなふうには見えなかったけどな。
ま、単に腕っぷしが強いのと人の社会で成功するのってのは全然違うものってことなんだろうな。
「それにしても噂に違わぬ店構えですわね。大きさもさることながら、品揃えの豊富さ、店員の丁寧な対応。まさに王都一の商店ですわ。
それにこの考えつくされた配置……。客への配慮が隅々までいきわたっていますわね。実に素晴らしいですわ」
「ふうん、そういうのは俺にはよくわからんな。
まあ物が多いってのは俺も気づいてたがな」
気づくも何もそんなの見れば誰だってわかるに決まってるじゃないですの、と笑われてしまった。
自信があったんだが、なんで笑われたんだ?
アーシアも同じ指摘してるのに……納得いかんな。
そう思ってむっとしていたら、
「そういうところもロウさんらしいですわね」
なんてまたしても笑われた。
納得がいかん。




