ほら、そこで売ってるだろ
「そうか」
これ以上話しかけられると面倒だし、さっさと次の店を見に行くか。
あちらにも用はないみたいだし、当然俺にも用件はない。
目の前に立っている女などまるでいないかのように立ち上がり、目もくれてやることなく次に向かうべき屋台を探し歩き出す。
トントントン、と軽快な足音が歩く度に鳴っている。
トルチャの隣の屋台の前まで着たので、足を止める。
音は止まる。
ここはボアの串焼きみたいだな。
へえ、部位ごとに売ってるんだな。
うまそうだけどトルチャのあとに食べるのはちょっと微妙かもな。
また歩きだすと、やはり後ろから音がついてくる。
足を止めると、音も止まる。
動く、鳴る、止まる、動く、鳴る、止まる。
はあ、一体なんなんだ。
「なあ、俺になにか用なのか?」
振り返って女に問いかける。
女は何が楽しいのか、随分と機嫌良さそうな笑顔をしている。
「いえいえ、お気になさらないでくださいな」
「いや気になるだろ……」
「ところで先程とても美味しそうに食べていらっしゃったのはなんですの?」
「ん? トルチャだけど。ほら、そこで売ってるだろ」
隣の屋台を指さして教えてやる。
女は屋台を見て、「あれが……」とかなんとかつぶやいてる。
この街に住んでるくせにそんな事も知らないのか?
「もういいか? 食べたきゃ買って食えばいいだろ」
「ふふふ、そうですわね。では早速行きましょうか」
よし、これでもういいだろ。
わざわざ知らん女なんかに付き合いたくないからな。
そう思って歩き出そうとしたら何かに腕を引っ張られた。
はあと溜め息をついて腕を掴んでいる主の方に振り返る。
「どこへ行こうというのです? 屋台は反対方向でしょう?」
「いや、あのな。なんで俺があんたについていかないといけないんだ?」
「トルチャ、というのはあちらで買う必要があるのでしょう? ですから先程行きましょうと言ったではないですか」
「それはあんたが一人で行けばいいだろ?」
「わたくし、こういうところ初めてなんです。教えてもらえませんか?」
買い物の仕方も知らないのか?
俺だってできるくらい簡単なのにな。
まあでもその俺もマオに教えてもらってようやくわかったくらいだし、この女も俺と似たようなもんなのかな。
面倒だけどしつこそうだし教えてやるくらいならいいか。
「はあ、わかったよ」
「では行きましょうか」
仕方なく女を連れてさっきのトルチャの屋台に向かう。
と言ってもすぐそこだ。
「おっちゃん、この女にトルチャ一つたのむ」
「お、さっきのあんちゃんか。客を連れてきてくれるとは嬉しいね。
お嬢さん、具はどうする?」
「具、ですか?」
「ほら、肉とか野菜とかたれとか書いてあるだろ。好きな組み合わせにしてもらえるんだよ。わかんなきゃおっちゃんにまかせればいい」
「なるほど、そういう仕組なんですのね。では……先程このお兄さんが食べていらっしゃったものと同じものをお願いしますわ」
「あいよ、それなら銅貨5枚だ」
そういっておっちゃんはトルチャを作り始めた。
具は全部作り置きしているみたいだが、それを包む皮はその場で焼いてるからちょっとだけ待つ必要がある。
その間に金の支払いを済ませればいいんだが。
「おいあんた、金を出さないと買えないぞ」
この女、作ってる様子を見ているばかりで金を一向に出そうとしない。
忘れてるのか?
「そうですの? ではお願いしますわ」
「は?」
「いえ、ですからわたくしお金を持ち歩いておりませんので。お兄さんに支払っていただこうかと」
この女は一体何を言ってるんだ。
なんで俺が代わりに支払うって話になってるんだ?
というか金も持たずに屋台に行こうなんていい出したのか。
さすがの俺でもそこまで世間知らずじゃないぞ。
「おいおい、まさかお嬢さんお金も持たずに注文したのかい? 困るよそういうの。もう作っちまったしちゃんとお代を支払ってもらわなきゃ」
「いえ、ですのでこちらのお兄さんに支払ってもらうつもりでしたので」
「いや、そんな話聞いてなかったんだが……」
はあ、おっちゃんかなり困ってるじゃないか。
こういうときマオならどうしてるかな……。
あー、迷うことなく代わりに支払ってそうだな。
こんなことで騒ぎになっても面倒だしな。
「はあ、わかったよ。おっちゃん、代わりに俺が払うからそれでいいだろ。俺がこの女を連れてきたんだしな」
「それなら文句ないさ」
屋台のおっちゃんからトルチャを受け取った女は随分上機嫌そうだ。
さっきまで俺が座っていた長椅子に移動すると早速食べ始めた。
恐る恐る一口かじったかと思うととても驚いたような顔をして、そのあとすぐさま物凄い勢いで食べ始めた。
よっぽど美味かったんだろうな。
まああのトルチャはかなりうまいからな、うまそうにしてもらわないとわざわざ金を払ってやった甲斐というものがない。
「ふぅ、とても美味しかったですわ。
市井にはこのようなものがたくさんあるんですのね」
「ああ、そうだな。
俺もそんなに詳しくないから今日は屋台をまわるつもりだったんだが」
この女に捕まったせいで出鼻をくじかれたんだよな。
ま、食べ終わったみたいだしもう行ってしまってもいいだろ。
「じゃ、そういうわけだから。金がないならあんたはとっとと帰れよ」
「? 何を言ってるんですの?」
立ち上がって去ろうとすると、当たり前のように腕をとってくる。
「これから屋台を周るんですよね? わたくしも当然ご一緒させてもらいますわ」
「ちょっと待て」
「はい、待ちます」
「あー、つまりあんたは金が無いのに俺についてくると」
「もちろんですわ」
「ただついてくるだけなのか?」
「屋台を見てまわるのに何も食べないということがあるんですの?」
だんだん雲行きが怪しくなってきたな。
「あー、まあそういう楽しみ方があるとは聞いたことがあるな」
「そうですの。でもお兄さんはお食べになるつもりですわよね?」
「まあ俺はうまそうなやつは食べるつもりだな」
「ではわたくしもご一緒しますわ」
「いやだからなんでそうなる」
はあ、なんなんだこの女は。
その、そんなこと当たり前ですよね? みたいな顔されても困る。
マオに貰った金は俺が稼いだものでもあるから好きにしていいとは言われてるが、好き好んでしらん奴のために使いたいとも思わない。
かといって無視しても勝手についてきそうだしな。
はあ、どうしてこうなったかな。
ほんと一人で出歩こうなんて思わなきゃよかったよ。
どうしたもんかな。
「あんたほんとに金持ってないのか?」
「わたくしがお金を使うことなんてこれまでありませんでしたので。必要ないものを持っていても仕方ないでしょう?」
「街にでるなら必要になるだろ」
「それはまあ……そうですわね。あ、ではこうしましょう。あなたがわたくしに今日だけお金を貸してくれる、ということにしましょう。そうです、そうするのがいいですわ。というわけで今日一日よろしくおねがいしますね」
「いや待ってくれ……」
この押しの強さ、なんかマオにそっくりだな……。
そう思ったらあんまりほったらかしにしとくとかえって危ないんじゃないかって気がしてきたな。
マオも抜け目ないように見えて結構油断してるとこあるからな。たまに街中で変なやつに絡まれたりしてるし。
それにどうあがいても断れなそうだ。
面倒だがきょう一日くらいは付き合ってやるか。
「大丈夫ですわよ、見ての通りお金に困っているというわけではありませんので。きちんと明日にはお返しいたしますわ」
「はあ……わかったよ。もう好きにしてくれ」
そう言うと女は満面の笑みを浮かべた。
「それでは改めてお願いしますね、お兄さん。
……そういえばお名前をまだ聞いてませんでしたわ」
「名前か? ロウだよ」
「ロウさん、ですか。いい名前ですわね。覚えましたわ」
「そういうあんたこそなんて名前なんだ?」
「わたくしの名前ですか? そうですわね……」
彼女は名前を聞くと少し悩んだような素振りを見せて、それからこう言った。
「わたくしの名前はアーシア。そう、ただのアーシアですわ」




