一番美味しいと思う組み合わせで頼む
時はロウとマオが別行動を始めたその日までさかのぼる。
朝食を食べるとマオはさっさと出かけていってしまったので、ロウは一日どうするかぼんやりと考えを巡らせていた。
そういえばあのとき戦った男には攻撃が全然通じなかったな。
まだまだ火力不足ってことなのか。
なら久々に本格的に修行するのもいいかもな。
まずは修行するのにちょうどいい場所を探すために街の外まで行くとするか。
街を出入りする時は首にかけた組合員証を見せればいいんだったな。
いつもはマオがいるから全部任せっきりだけどそれくらいは覚えてる。
確か……街に入る前に林があったよな。
あんまり人もこないだろうしそこを使うとするか。
仙術の修行は動と静、つまり体を動かすものと止めるものの二つに分けられる。
動の修行は他の武芸とほとんどかわらない。
型をなぞり、基本的な動きを確かめる。
一つ一つの動作を正確に、より研ぎ澄ますようになぞっていく。
その動きがなんのためにあり、その深奥に何が眠っているのか。
そして、より自分にあった型がないのか。
体を動かしながらも常に意識し、考える。
基本動作を極めることなくして奥義を洗練させることは絶対にかなわない。
修行を20年近く続けてもなお仙人の域に到達し得ないのは、まだ自分だけの仙術を見つけることが出来ていないからだ、とロウは思っている。
仙術にはいくつもの技があり、そしてその先には必殺の奥義が存在する。
それらは先人たちが作ってきた道に他ならないが、ただそれを身に着けただけでは仙術を極めたことにならない。
仙人たちはみな仙術は自身に最も適合した形に変容・昇華させている。
あるものは美しく、あるものは力強く、あるものは静かに。
それぞれが仙術の底にある理を自分なりに解釈し、自分だけのものにしている。
その域に到達するために、ロウは今もなおひたすらに基礎を磨き続けている。
世の常人からすれば十分すぎるほどに強くなっているが、仙道はそもそも人の枠を外れることを目的としたものだ。
そしてロウという個人もまた、自身に妥協を許さない人物だった。
少なくともあの男――ヴァララローグをきっちり倒せるようにならない限り、自分は強いと言えないと今では思っていた。
たっぷりと時間をかけて型をなぞりきったら、こんどは全身から力を抜き、静の修行に移る。
座って座禅を組むなんてことはしない。
ただただ自然体となって立ち、目を閉じてまずは自分自身を感じる。
呼吸や筋肉の動き、血流、皮膚、そして毛の一本に至るまで。自身を構成するあらゆる要素に意識を向け、それらすべてを掌握する。
そのまま更にその奥、魂の波動を感じる。
そこには魔力の流れがあり、生命力という根源の力が脈動している。
自分自身に意識を向けた後はそのまま流れるように外部に意識を移していく。
この世界を構成するあらゆる自然物の脈動を感じ取る。
仙術で扱うのは自然に満ちる生命の波動だ。
それは生命力と言い換えることもできるし、気の流れと言ってもいいかもしれない。
自身の体内を流れ、放出される内気と、体外に存在する外気。
二つを自在に操り混ぜ合わせることで超常の力を得る。
それが仙術だ。
だから仙術の技というのは自然物に対して極めて有効なものとなる。
しかしだからこそ、不完全な自分の術では妖魔という存在にはあまり効果がないのかもしれないな、とロウは思っていた。
自然の力を取り込み、術という形で放出する。
それはれっきとした物理現象で、曖昧さがない。
妖魔のように自然と一体化した曖昧な存在には、明確すぎる術は届かないのではないか。
もっと自然の力を自然なままで扱えれば届くのだろうか。
しかし結局ロウの実力ではまだそんな境地までは至ることは出来なかった。
あの妖魔の男と戦っていた時、技を叩き込む度にひどくぼんやりとした、まるで霧を掴むかのような違和感を感じていた。
それこそが未熟さの現れなんだろうとも思いつつ、だからこそ、そこに自分に足りない何かを掴むための手がかりがあるのではと思っている。
「せめてあの感覚をもう一度くらい掴めればなにかわかるかもしれないんだが……」
誰に言うでもなく、つぶやいてしまった。
ひとり言なんて昔は全然しなかったんだが、最近はマオとずっと一緒にいたせいか思ったことがつい口に出てしまうな。
すっかり二人でいることに慣れてしまってるみたいだな。
ほんの一ヶ月くらい前までは一人だったのに。
ふぅ、と息を吐いて空を見上げる。
いつの間にか随分と日が高く上がっていた。
どうやらかなり長い時間集中していたらしい。
日が暮れるまで続けてもいいが、せっかく一人で動くことにしたんだ。
このへんで切り上げて街を見て歩くのも悪くないかもな。
聞いた話じゃ王都は国中からいろんな食材が集まるらしいし、食べ歩きなんていいんじゃないか。
よし、そうするか。
◆ ◆ ◆
街の中を適当に歩き回って屋台を探す。
どこか店に入って腰を落ち着けてもいいが、せっかく一人で歩いているし気楽にまわってみたい。
宿の目の前のやたら幅の広い通りは屋台が出ていない。
この街に着てからまだこの大通りしか歩いてなかったから、とりあえず一本奥に入った通りに移ることにした。
うーん、人が多い。
大通りもそれなりに人がいたけど、こっちはもっと多く感じる。
狭さの割に人が多いからか?
この通りには小さな店がいろいろと並んでいるみたいで、人が多いのはそのせいみたいだった。
多分これは商店街ってやつなんだろうな。
マオがよく、その街のことを知るにはまず商店街を見るのが一番だなんていってたけど、俺にはさっぱりわからん。
とはいえ、人も多いし活気があるってことなんだろうな、となんとなく思った。
ふうん、この店は飾りを売ってるんだな。
いろんな花を象った金属細工か。こんなの着けてどうするんだろうな。
マオもこういうのは要らないって言ってたしな。
見るのは面白いとか言ってたけど。
歩きながら店を覗いて、覗くたびにこれは何に使うんだと首をかしげる。
山ぐらしを続けていたロウにとっては見るもの全て新鮮に見えても、用途がわからなかったり、必要性を感じないものばかりだったようだ。
あの時はなんとなく一人で活動するのもいいかもなんて思ったけど、マオはやたら騒ぐし面倒だけどいないよりはマシなのかもしれないな。
多分明日も一人で過ごすことになるんだろうな。
そうなったらそうなったでじっくり修行でもすればいいか。
「とりあえず屋台がありそうなところ探すか」
結局この通りには屋台がなさそうだったので、もう少し別の場所にいってみることにした。
適当に歩いていると、前方に広場が見えてきた。
そういえば屋台ってのはああいう休みやすい場所にあるんだっけか。
とりあえず行ってみるか。
お、いい匂いがしてきたな。
思ったとおり屋台が並んでる。
トルチャの店もあるみたいだしまずはそこから攻めるとするか。
リグルーの街で初めて食べてから、すっかりお気に入りになった一品だ。
こいつのいいところは中身次第でいろんな味を楽しめるところだな。
「おっちゃん、一個くれ」
「あいよ、具はどうする?」
「まかせるよ。一番美味しいと思う組み合わせで頼む。値段は気にしない」
代金を支払っておすすめのやつを貰う。
屋台のちかくにはゆっくり食べられるように長椅子が置かれていたので、そこまで移動して腰掛け、まずは一口かじりつく。
やや甘みのあるもっちりとした食感のあと、ほろほろと溶けていくような肉の食感とシャキシャキとした葉野菜の食感が口の中に襲ってきた。
それぞれ全く別物の食感でありながら見事に調和のとれたそれらが楽しませてくれたと思いきや、そこにぴりりと辛いタレが絡みつき、舌を驚かせる。
噛む度に溢れる旨味は食欲をどんどんそそり、食べる手を止めさせてくれない。
一口一口じっくり味わっているつもりでも、その旨さにあっという間に平らげてしまった。
うーん、美味かった。
巻き方がうまいんだろうか、自分で具材を選んで巻いて食べたときよりも食感がとてもよかった。
それぞれの具材のいいところが存分に出ていた気がする。
やっぱり料理っていうのは作る人によって全然味が変わってくるんだな。
そんなことを思いながら、次は何を食べようかと思い顔をあげると、目の前に顔があった。
近くに気配があるとはわかっていたけど、食事が美味しくて無視していた。
その顔は思ったよりもずっと近くにあって、思いっきりこちらを見ていた。
小さな顔のわりにぱっちりと開いた大きな瞳とじっと見つめ合う。
うーん、多分これ俺に用があるんだよなあ。
でも見たことない顔だな。
マオの知り合いか? なにか用事があって呼び出しに来たとか?
それにしてはこっちのことを随分熱心に見てるな。
「なあ」
いつまで経っても顔の主は動き出しそうもないので、仕方なく声をかける。
「あっ」
その声に驚いたのか、パッと離れて姿勢を正すと、こほんと一つ咳払いをした。
「失礼しました。あなたがあまりに美味しそうに食べていらっしゃるものですから、ついじっと見つめてしまいましたわ」
その女は随分と丁寧な口調で喋った。
凛としたきれいな声だな、とロウは思った。
同時に、なんとなく面倒な事になりそうだな、と直感した。




