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鬼の武蔵は、いやにて候 -岩崎城陥落-  作者: 陸 理明
第一部 美濃剣戟編
19/26

妖魅退治



 翌日の夕方、安田作兵衛と可児才蔵はそれぞれの愛槍を持ちだして、奥美濃屋へと赴いた。

 夏の盛りの蒸し暑い日であった。

 普段通りの着流し姿と長槍という珍妙な格好だったが、すでに金山の町に名の知れ渡った元明智三羽烏の作兵衛と笹の才蔵が連れ立って歩いているというだけで町民たちはやや遠巻きに見るしかない。

 特に作兵衛に関しては、前の城主である森蘭丸を討った男という悪名が鳴り響いているので子供たちなど近寄ろうともしない。

 蘭丸は城主としては一度も金山に戻ってきたことはなかったが、彼の生まれ育った土地であるからか人気は格段にあった。

 その蘭丸を討ったと公言して憚らないのだから、領民たちの心証はとことんまで悪かった。

 遠くから憎しみや嫌悪感混じりのぶしつけな視線を向けられるなどいつものことなので、作兵衛は一切気にはなかった。

 もともと神経が図太いのだ。

 遠方からでも見られているということを感じることができる第六感的な勘があるから、有象無象の視線を一々気にしていられないという事情もある。

 この日はすれ違うものたちすべてにやたらと観察されるのでうんざりしていたというのもあった。

 作兵衛ほどではないが、才蔵も同様の居心地の悪さは感じていた。

 その二人から少し下がって、深編笠を被った行者姿の背の高い男が続く。

 長身の可児才蔵よりも頭一つ大きく、横幅のがっちりとした均衡のおかしい体躯の持ち主であった。

 行者姿ということもあり、武士とは思えない。

 明らかに武士である二人に従うにしては奇妙な人物といえる。


「―――それで、酒を買いに通っていた侍というのはどういうやつだったんだ?」


 この奇妙な取り合わせの三人組において、主に口を利く役は作兵衛が引き受けることになっていた。

 才蔵は寡黙な質であり、行者姿は一言も喋らないからだ。

 問われた奥美濃屋の店主は素直に答える。


「あたしゃあ見ていませんが、この世のものとは思えない色男だったそうでさ。あたしが売ったときはいつも頭巾で顔を隠しおりましたが、一度だけ酒の味見をしようとして頭巾を外したそうで」

「見たのは、誰だ?」

「うちの女房でさ」

「おまえの内儀はどうしている?」

「床に臥せっております。……そのお侍様方の探している相手が龍神の使いの化け物だったと聞いて怖がっているんですよ」


 作兵衛はにやりと笑った。


「化け物があんまりいい男すぎて恋煩いにでもなったか」


 あまりに赤裸々な物言いに店主の顔が引きつる。

 侮辱されたと受け止められても仕方のない言い方である。


「作兵衛、いい加減にしておけ」


 才蔵にたしなめられて、作兵衛は肩をすくめた。

 やや品のない冗談であったかと反省したのだ。

 久々の化け物退治に浮かれていたのかもしれない。


「すまんな、店主。こやつは品がないのだ」

「才蔵、うるせえよ。まあ、確かにどうでもいいことだった。で、他に気が付いたことはないのか。そこの丁稚はどうだ?」


 店主の後ろに控えていた丁稚は首をひねる。

 この丁稚が三日前に森の淵まで件の化け物侍をつけていったものであった。

 作兵衛たちの聞き取りのために水汲みをしていたところを呼び出されたのである。


「おいらは特に……」

「その侍が化け物に変化したところを見たか?」

「いや、見とらんです」

「どんなことでもいいんだ。おかしな音がしたとか、臭い匂いがしたとか、なにかなかったのかよ」

「……おいらが跡を追っていたら、どぼんっていう凄く大きな石が落ちるような音がして、すぐにそっちにいったんだけど、お侍さまはもうどこにもいやせんでした。そしたら、淵の水の上を白いものが動いて奥の方に消えていきやした」


 これ以上は時間の無駄だと判断して、作兵衛は話を切り上げることにした。

 どのみち、龍神の祠のある森と淵の場所を聞きだしたらそれでよしと考えていたこともある。

 二人は持参した瓢に恵土の華を詰めてもらい、金を払って奥美濃屋を出た。

 咽喉も乾いていたし、景気づけに道すがら買ったばかりの酒を回し飲みしつつ、街道をのぼっていく。

 龍神の化け物の噂が流れているせいか、すれ違うものはまったくいない。

 彼らに注目するものもいなくなった。

 確かに、早めに片を付けなければ金山領内の人の流通が滞ってしまうだろう。

 お久が領主の長可になんとかしてくださいと言った意味がよくわかる。

 しばらく行くと、丁稚から聞いていた森の端に辿り着いた。


「……チョット見テクルヨ」


 今までほとんど口を開いていなかった行者姿の喋り方は片言であった。

 作兵衛は振り向きもせずに言った。


「好きにしろや」

「アリガトウ」

「今のおまえは殿お付きの忍びなんだからよ。勝手に動いても誰も文句は言いやしねえ、なあ弥助」

「ソダネ」


 弥助と呼ばれた男は深編笠をあげて顔をちらりと見せた。

 日本人のものではない黒い肌と白い歯が口から零れ落ちた。

 この男は、黒人であったのだ。

   

「アト、オイラハモウ弥助ジャナイヨ。ソノ名前ヲクレタ上様ハモウイナイカラ。今ノオイラは黑影ダヨ」

「ああ、悪かったな。好きにしろ、黑影」

「ソウスル」


 深編笠をまた被ると、弥助―――黑影は森の中に踏み入っていった。

 足音も木々をかき分ける声もほとんどしない隠形の方に長けている忍びの身のこなしであった。

 作兵衛たちよりも大きな身体だというのに猿のように機敏だった。

 二人の武士が感心するほどの身のこなしだった。

 あっという間に消えてしまった忍びを見送りもせずに、二人は森の端を歩いていく。

 もう少しいけば丁稚が侍を尾行したという獣道がある。

 辿るのならばそこだった。


「ここだな」

「ああ」


 長槍を抱えていくには木々が多すぎる。

 これではぶん回すことはできない。

 もし、森の中で妖魅の類いと遭遇することがあっても万全で戦うことはできそうもない。


「どうする?」

「面白れぇ。このまま行こうぜ」


 明らかに地の利のない場所だとわかっていても二人は臆することはなかった。

 むしろ、困難な場所での戦いの方が遣り甲斐があって面白い。

 このあたり、いかにも主人である森長可に似通っている。

 いや、年長であるということからすると、この二人の影響をこそ長可が受けていたのかもしれない。

 赤錆の槍と宝蔵院考案の三日月槍を携えて獣道を辿りだす。

 まだ、陽は落ちきっていないが、それでもこれだけ鬱蒼とした森だと陽光が差し込まず薄暗い。

 いかにもでそうな一帯であった。

 とはいえ、獣道は意外とわかりやすく行先まではまっすぐ行けそうだった。

 獣道は動物が通るためのものだが、歩きやすい筋を選ぶのは人とそう発想は変わらない。

 少し行くと、作兵衛と才蔵は妙な気分になった。

 さっきの金山の町でのように見られている予感がしたのだ。

 

「見張られているのか?」

「獣じゃねえのか。肌を嬲るようにねっとりとしているが殺気は感じねえ」

「人が入ってきているのに逃げずにいる獣なんているものか」

「……ここは龍神の祠がある土地だぞ。おかしな獣がいても変ではないだろう」

「どっちかというとそっちの方がおっかなくねえか」


 戦場では一里離れた場所での敵兵にも気が付ける勘の持ち主といえど、さすがに自然の獣か、不可思議な妖魅の相手は勝手が違う。

 むず痒くなるのを抑えて、二人は歩き続けた。

 しばらく行って、奥美濃屋の丁稚が言っていた淵の傍に辿り着いた。

 急がないと夜になってしまう。

 川の水が溜まっているらしい水面が見えるが、岸辺の雑草や木の根がこんもりと繁っていて踏み込むと落ちてしまいそうな場所である。


「ここか」

「件の侍はここから飛び降りて変化したということだな。龍神の祠なんてものがどこにあるか知らねえが、まっすぐいったらそれこそ、どぼんだぜ。やたらと蒸し暑いから水浴びしたってかまわねえけど」

「―――おい」


 才蔵が手招いた。

 少し離れた場所の地面の一画を指さす。


「なんだ」


 言われた通りに見てみると、不自然に雑草が生えていない箇所があった。

 かなり大きく凹んでもいる。


「でかい石でもあったような跡だな。ここだけ草の色も変わっている。これがどうかしたのかよ」

「丁稚はどぼんと何かが水に落ちる音を聞いたと言っていたな」

「ああ」

「水辺で重いものがあったのに見当たらないというのなら、水底にあるものだと考えても狂いはないだろうさ」


 作兵衛は相棒の言いたいことを悟った。

 つまり、どぼんと淵に落ちたのはここにあった大石ではないか、ということだ。

 そうなると、消えた侍は水に入った訳ではなく、白い何かが淵の向こうに消えていったというもそいつではないという可能性がでる。

 となると、答えは一つだ。


「化け物のふりをしたいたずらということかよ。だがよ、この酒はかなり値がはるもんだし、侍の身なりはかなり立派だということだぜ。金がかかっている。ただのいたずらにしては手が込み過ぎていねえか」

「確かにそうだ……」


 二人がことの次第を整理しようと腕組みをしていると、ふと、歴戦の武士の勘が卒然と告げた。

 危機が迫っている、と!

 槍の穂の鞘を抜き、互いに背中を合わせて備える。

 合図もしていないのに呼吸のあった動きであった。

 周囲の木々が邪魔ではあったが、多少動きに支障をきたしたとしても問題はない。

 なぜなら、この二人は安田作兵衛と可児才蔵なのだから。


「何やつ!!」

「出てこいや!!」


 誰何の叫びをあげて、敵の出方を待とうとしたとき、ふわっと夕陽が翳った。

 いきなり夜にでもなったかと思う。

 しかし、次の時には上から重くて軟らかい何かが降ってきて二人にまとわりついた。

 最初は太めの木の枝が落ちてきたかと考えたが、すぐに正体が判明した。

 網だった。

 木綿を何重にも結いあげて、獣脂で固めた漁に用いるための投網であった。

 こんなものに突然からめとられたら、いかに無双の槍の達人であっても抵抗はできない。

 しかも、槍の穂先がともに網の目に引っかかってしまい、長物の利点が完全になくなってしまった。

 もがけばもがくほど網にひっかかり動きが取れなくなる。

 獣のように呻いても足掻いても、魚と同じように身動きができなくなり、数十秒後には作兵衛と才蔵は倒れこんで完全に捕獲されてしまった。


「無念!!」

「くそ、おれを魚と一緒にするんじゃねえ!!」


 なんとか流暢に動かせるのので、口汚なく周囲を罵っていると、彼らの周りに人影が集まってきた。

 木の上から二人、茂みの中から三人、彼らがやってきた獣道伝いに一人、計六人である。

 そのうちの一人が地べたに転がっている作兵衛たちを見下ろして言った。


「久しぶりだね、安田作兵衛。あと、可児才蔵」

「てめえは」

「……岩崎城以来だ」


 丹羽氏重であった。


 


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