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もうすぐ、文化祭が始まる。
ひまりたちのクラスは展示だけを行うことになり、店番も特に必要ない。そのため、真琴とひまりは他のクラスを回ることにした。
「そういえば、蓮と染谷はバンド組んで演奏するみたいだよ」
「・・・そうなんだ」
相変わらず、ひまりと奏斗の距離は開いたままだ。近くにいるのに、話せない。その度に奏斗への思いは強くなるばかりで、ひまりは胸の奥が締め付けられるような痛みを感じていた。
「ね、せっかくだから見に行こうよ」
「真琴は成瀬くんを応援したいもんね~、真琴のためなら見にいってあげてもいいよ!」
「べ、別に蓮を見たいとかじゃなくて!!」
「もうしょうがないな~。そういうことにしておいてあげる」
(私だって・・・本当は大好きな人の演奏するところを応援したいから)
演奏が始まる時間になり、ひまりと真琴は体育館に移動した。
「ひまり!見てみて、あそこに蓮と染谷がいるよ!!」
蓮はギター、奏斗はギターとボーカル、その他の男子3人がベース、ドラム、キーボードを担当している。
楽器を持った奏斗はいつもより真剣な表情をしていて、ひまりはドキッとする。
「えー・・・じゃあ一曲目!俺たちは文化祭用に組んだんだけど、本気で頑張ってきました。楽しんでってください!!」
蓮がそう言うと、流れるように奏斗がギターを演奏し、蓮のギターも加わり、音楽が溢れていく。
ここが体育館だということを忘れるくらい、音楽の中に引き込まれる。
技術的に言えば、きっとまだまだだと評価されるだろう。でも、何かを伝えられるような___そんな不思議な魅力を感じるのだ。
「すごい・・・文化祭用の即席バンドとは思えない」
ひまりの隣で、真琴が感動したように呟く。
(これが、染谷くんの歌声・・・)
いつものクールな奏斗の姿ではなく、ひとつのことに一生懸命取り組む奏斗。奏斗の姿は、いつだってひまりの鼓動を早める。__今だって。
(あぁやっぱり・・・私、染谷くんが好きだ。大好きだ)
この気持ちはきっと止められないのだ。ひまりがいくら奏斗に近づかないようにしたって、気付けば頭の中にいる。出会ったときからずっと。
「ひまり、泣いてる・・・」
「感動しちゃって・・・。真琴、あのね・・・私、逃げてた。自分の気持ちが変わらないって分かってたはずなのに・・・」
もう、逃げたりしない。もう一度、向き合いたい。
「今日は、聞きに来てくれてありがとう」
壇上から奏斗がそう言った。
「かなとー!かっこいい!!」
「こっち向いて!!!」
女子たちが騒ぎ始めるが、奏斗は続ける。
「大事な人にどうしても伝えたいことがあります。俺は、その人の気持ちを信じなくて、傷つけてしまった。謝っても済まないくらいのことをしたかもしれないけど・・・それでも、君が離れていってしまう前にどうしても伝えたかった」
ひまりは奏斗を見つめる。
ひまりの心臓は、奏斗の前でだけ早くなる。奏斗と一緒にいると、楽しくてずっと一緒にいたいと思うのに、同時に胸が苦しくもなる。
やっぱり、奏斗は他の人とは違う。特別な人なんだと思う。
「俺にとっても、君だけは違った。あの時、信じられなくてごめん」
「天宮ひまり、君のことが好きです」
___ほんの一瞬の出来事なのに、永遠のように感じられて。
(あの時と、同じ・・・)
嬉しいのか、驚いたのか、自分でもよく分からないけれど、涙が溢れてくる。
そして最後に残るのは、やはり奏斗が好き、という気持ちだけだ。
「最後の曲になります。聞いてください」
そう言って奏斗は再び歌いだす。
奏斗の歌声には、優しさや温かさが溢れている。
入学式の日、目を合わせただけでひまりの心を安心させてくれたように。
☆
「後夜祭が始まったら、体育館に来て」
演奏の後、ひまりは奏斗からのメールを受け取った。
片付けや反省会やらで、時間が取れないらしく、後夜祭までは忙しそうだった。
後夜祭までの間、そわそわした気分で文化祭を回っていたが、考えてしまうのは奏斗のことばかりだった。
(今から、ようやく・・・会えるんだ)
「・・・待った?」
体育館のドアを開けると、中には奏斗がいた。
「来てくれてありがとう」
「今まで本当にごめん。夏祭りの夜、頑張って伝えてくれたのに___あの時、もうすでに天宮の事好きすぎて、だから俺のどこが好きなのか聞きたくなって・・・。勝手に誤解してごめん」
奏斗は言葉を続ける。
「天宮はさ、一番最初に話した時のこと覚えてる?」
「うん。ぶつかっちゃった時…だよね。」
「そう。あれ、わざとだって知ってた?」
「えぇ!?」
知らなかった事実に、ひまりは驚きを隠せない。
「本当はあの時、天宮が危ないって思って、とっさに助けようとしたらぶつかって…ほんとかっこ悪いよな」
「それに、さっき告白したのは、市ヶ谷に天宮を連れてきて貰うように頼んでたからだよ。…まぁ、天宮をステージ上からでも見つけられたから、って言うのもあるけど」
「天宮、一目惚れって本当にあるんだな」
___届いたんだ。私の本当の「一目惚れ」が。
「好き」という気持ちはどうしたらおさまるんだろう。・・・ううん、おさまらなくてもいいのかもしれない。溢れた分は、ちゃんと相手に伝えることが出来れば、この苦しさは幸せな気持ちに変わるから。
「染谷くん___私、染谷くんが・・・」
「ひまり」
急に名前を呼ばれた。
いつだって、大好きな人の前では心臓は正直になる。
今までは、苦しい気持ちばかりだったけど、今はそれだけで嬉しくなってしまう。
私はもう、自分の気持ちから逃げたりしない。
__目の前の君のおかげで、強くなれたから。
「好きだよ。俺と付き合ってください」
「__はい!」
☆
「ひまり!染谷!おめでとう~~~!」
「奏斗、天宮、やっとだな!おめでとう!」
文化祭が終わった後、蓮と真琴の2人に祝福された。
「天宮、奏斗って意外と甘えんぼ・・・」
「蓮やめろって!!恥ずかしいから!」
「あははっ!成瀬くん、その話もうちょっと詳しく!!」
「ひまりまで・・・」
この4人でいなければ、きっと恋は上手くいかなかっただろう。
(でも、これからは、奏斗くんと2人だけの思い出も作ってみたいな、なんて)
一緒にいるだけで幸せな気持ちにしてくれる。他の人じゃなくて、君だけが特別だから。
だから、これからもずっと一緒にいようね。