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「ひまりー!次体育!移動!急いで!!」
「わかったけど・・・慌てすぎだよ、真琴」
高校に入ってから仲良くなった市ヶ谷真琴は、ショートカットが似合うキリッとした美人。でも、実際は可愛いものが好きだったりする。一方ひまりはセミロングのふわふわした髪型の通り、中身もふわふわしているといわれることが多い、いわゆる天然女子。一見気が合わなそうなふたりだけど、ひまりは真琴と一緒にいると安心できる。
「そういえば、染谷のことはもういいの?」
「・・・まだ、気になってはいるんだけど・・・」
染谷奏斗はひまりが入学式の日に一目ぼれした人の事だ。
入学式の時から「イケメン」と女子達に騒がれ、現在も女子に囲まれている様子をよく見かける。
偶然にも同じクラスの前後の席だけど、ひまりの人見知りの性格のせいで未だに話したことはない。
(でも、私は染谷くんの顔に一目惚れした訳じゃなくて…)
その事を伝える代わりに、ひまりは真琴に質問する。
「そういう真琴は好きな人とかいないの?」
「あっ、いや…その…」
「真琴は成瀬くんが好きなんじゃないかなってずっと思ってたんだけどなぁ」
成瀬蓮は真琴の後ろの席で、よく真琴と仲良さげに話しているところを見かける。ひまりの斜め前の席ということもあり、ひまりと蓮は割とよく話す間柄でもある。蓮は奏斗と違い、お調子者タイプだ。しかし、気が合うのか奏斗と蓮がよく一緒にいるところを見かける。
「えっ、ひまり気付いて…!?」
「やっぱりそうなんだ♡真琴の恋は私が応援するから♡♡」
ニヤニヤ笑うひまりを見て、真琴はさらに赤くなった。
☆
きっかけは意外と身近にあったりする。それも、思いもよらない形で。
ホームルームが終わったあと、ひまりは委員会に行こうとして席を立った、その時。
ガタンッ!
ひまりは机にぶつかってしまい、その拍子で誰かの肩とぶつかってしまった。
(何やってるの私、高校生にもなってダサすぎる…!)
「…大丈夫?」
ひまりにそう話しかけてきたのは、他でもない染谷奏斗だった。
「あっ、あの、はい…ごめんなさい!!」
(よりによって染谷くんにぶつかるなんて…)
「…っ」
「…染谷くん?」
「ごめん、肘擦りむいちゃったかも」
「えっ!?ごめんなさい、私のせいだ…!」
ひまりは慌ててカバンの中をあさり、奏斗に絆創膏を差し出した。
「これ…じゃ済まないかもしれないけど、良かったら使ってください」
「…ありがとう」
「奏斗ー、俺そろそろ行くわ」
奏斗と仲が良い成瀬蓮が教室の外からそう言った。
「待って俺も行く。それじゃ天宮、ありがとう。じゃーな」
「う、うん。じゃーね」
奏斗が教室を出ていったあともひまりの頭の中は混乱したままだった。
(待って、私話しちゃった…あの染谷くんと…話しちゃった!)
☆
「あ、天宮おはよう」
奏斗が登校してきたひまりに向かってそう言った。
「お、おはよう染谷くん」
(なんで染谷くんが私に挨拶なんて…?)
「昨日はごめんね。絆創膏ありがと。あれすごく助かった」
「…染谷くんって律儀だね」
「え?なんで?」
奏斗は不思議そうな顔で尋ねた。
「だって、昨日も何回もありがとうって言ってくれたし…」
ひまりがそう言うと、奏斗はにこりと笑っていった。
「天宮って良い奴だね」
「え、そうかなぁ?」
(私…普通に染谷くんと話せてる…)
今までまったく話したことがなかったのが嘘のように奏斗との会話が弾んだので、ひまりは驚きと感動とが混ざったような不思議な気持ちになる。
「ひまり、おはよ…あれ、染谷?」
そこに、真琴が登校してきた。今日もサラサラのショートヘアで、天パであるひまりはこんなときでもうらやましいと思ってしまう。
「市ヶ谷おはよ」
「ひまり、ちょっとこっち」
登校してきた真琴に廊下までひっぱられ、ひまりは質問攻めに合った。
「なんでいつの間に仲良くなってるの!?」
「仲良さそうに見えた?嬉しいなぁ…」
「まぁひまりが嬉しいなら私もそれでいいんだけど…でも成長したね」
「真琴…!」
ひまりはふざけて真琴に抱きつく。
「あ、市ヶ谷と天宮…何やってんの?」
登校してきた蓮が若干引き気味に真琴とひまりを見つめる。
「成瀬…私たちラブラブだから邪魔しないでね?」
「え、真琴…照れる♡」
「またお前ら茶番始めたな…」
「成瀬なんかまぜてあげないから!染谷とイチャイチャしてろ!」
「ちょ、市ヶ谷それ誤解が生まれるから…!奏斗とはそんなんじゃ!!」
「…俺がなんだって?」
そこに教室から出てきた奏斗も加わり、話がどんどん弾んでいく。
(楽しいなぁ…この4人でいるのって)
「そうだ!もうすぐテストがあるじゃん?4人で勉強とかしようよ!」
真琴が突然の提案をしてきた。
(えっ、待って染谷くんも一緒に…勉強…!?)
奏斗と真琴は学年でも上から数える方が早いほど順位がいい。ひまりは自称・中の下なので、奏斗と勉強なんて恐れ多い…と思った時だった。
「ん、いいよ。いつやる?」
奏斗が思ったよりも乗り気だったので、蓮も「いいね!」と言い出し、気づけば今日の放課後、図書室で勉強する事になっていた。
(真琴…ありがとう!)
心の中でひまりは真琴にそう伝え、放課後を頬が緩みそうになりながら待つのであった。
(少し前まで話すらできなかったのに、放課後に勉強とか夢みたい…)
肝心の授業には集中できず、ついつい前の席の奏斗を見つめてしまう。
振り向いてくれないかな・・・と思いながら奏斗に念を送るけれど、授業に聞き入っている奏斗はひまりのことなど頭にないようだ。
(まあ、当たり前だよね)
ひまりは少し苦笑する。
でも、そんな奏斗だからこそ・・・入学式のときより奏斗の存在が大きくなり、距離を縮めたいって思えるようになったんだろうな、と思った。