元九十八話 突き放されたら呼び止められた
五人は既にリリナの見舞いに行っていたようなので、昨日と同じく俺一人でリリナの見舞いに行くことになった。
どうやら俺は帰ってから少しの間眠っていたらしく、その間に行って来ていたとか。
病院に着いた頃には面会時間の終わりがかなり迫っていた。こんなところまで昨日と同じじゃなくても良いのに。
「―――、――――――――――?」
リリナの病室に近付くと話し声が聞こえた。
俺以外にも誰か見舞いに来てたのか?こんな時間に。
「リリナ、入るぞ。」
ノックをして声を掛けた後病室に入ると、居たのはリリナ一人だった。
「マナさん…昨日は、えっと…
昨日は、その、何か失礼なことを言ってしまってすみませんでした。」
昨日と変わっていない光の無い目を伏せながら謝るリリナ。
しかし、何が悪かったのか心当たりが無いのだろう。謝罪の内容は曖昧だった。
基矢のことを察するなんて無理なことだし、仕方ない事ではあるが。
「ああ、昨日の事か?
別にリリナは悪くない。っていうか、昨日も言ったけどただ単に眠かっただけだから。
今日はたっぷり寝てきたから大丈夫だ。」
「そうでしたか…」
「それより、ここに誰か来てたのか?さっき話し声がしたけど。」
安堵の表情を見せる彼女にさっき抱いた疑問をぶつける。
「い、いえ…誰も居ませんでしたよ。多分隣の病室からじゃないですか?」
「なんだ、聞き間違いか。
あの五人はもう来たって話だったし、憂佳とかじょうちゃんとかだったら一緒に帰ろうかと思ってたんだけど。」
「憂佳さんと憂子ちゃんも来てくれましたよ。
…その時気になったんですが、貴女と憂子ちゃんはどんな関係なんですか?」
「え゛…
なんでそんなこと訊くんだ?」
「憂子ちゃんから貴女の話を聞いたら…少し、常識から外れたお付き合いをしているのではないかと思って…」
じょうちゃんリリナに何吹き込んだの?
愛してるとでも言ったの?止めて。
「…普通の友達だ。」
「そうですか…」
残念とも安堵ともとれるため息交じりの声。後者であってくれ頼むから。
「…あー、えっと、そう言えば聞けてなかったな。怪我はどうだ?」
「あ、はい。怪我は順調に回復してると思います。
まだ包帯を取って見てないので分からないですが、昨日や一昨日のような痛みはもう無いです。」
…昨日、リリナは痛みに耐えながら俺と話してたのか。
無理させたみたいで罪悪感が…
「…別に無理はしてないですよ。
お見舞いに来てくれた人たちと話すのが楽しかったですし、一時的に痛みや辛さを忘れられましたから。
それに、貴方達と話していると…記憶が戻るような気がするので、許されるならもっといっぱい話したいです。特に、貴女とは。」
「え?」
なんで特に俺?
…そういうお世辞か?社交辞令的な…
「あ、そろそろ面会時間が終わりますね…
早く帰らないと怒られちゃいますよ?私のせいで貴女が怒られてほしくないので、早く帰ってください。」
時計を見ると、確かに面会時間の終了が近づいていた。
少し余裕があるように見えるが、確かにギリギリで急ぐより余裕を持って出て行った方が良いだろう。
「…建前並べて突き放されてる気がするんだけど。」
「気のせいですよ!」
ショックを受けたふりをして、でも顔はにやけながら病室を出る。
記憶は戻ってなかったが、元気そうだった。これなら退院しても学校で――
――退院したら学校に来るのだろうか。
自宅療養も考えられるし、医者からは案外どっちでも良いとか言われるかもしれない。そのあたりはリリナが選択するのだろうか。
今分からないことを考えてもしょうがないか。
「…待ってください!」
病室から足を踏み出す直前に呼び止められた。
早く帰れと言ってそれかよ…と心の中で愚痴をこぼして笑顔で振り返る。
「なんだ?」
「その…記憶を失う前の私に、彼氏は居ましたか?」
「彼氏?聞いたことない…っていうか考えられないな。一目惚れを薄っぺらいとか言いやがってたし。」
「そ、そうですか…
〈私、どんな人間だったんでしょう…〉」
「…彼氏がどうかしたのか?」
「い、いえ。なんでもないです。」
「そうか。
じゃあな、明日も来る。」
「はい。また明日!」
色々気になる事はあったが、病室を後にする。
外に出ると夜空が星を映していた。
「…行きましたよ。」
マナさんが出て行き、しばらくして戻ってくる様子が無いことを確認してからリリナはベッドの裏に話しかけた。
「お、そうかい、あんがとリリナちゃん。」
するとひょっこりと一人の男性が出てくる。
彼は桝田 凌途。マナさんよりも少し早くこの病室に来た人。そして――
「…本当に隠してるみたいですね。私と貴方が付き合ってることは。」
――私の彼氏だった人。
「いや~あんな質問した時はヒヤッとしたよ。そんなに疑ってたの?」
「…記憶を失う前の私が彼氏を完全に隠しきれてたかどうか、わからなかったですからね。
もしかしたら何人かの友人には話してたかもしれませんし、そうだったら話していた範囲を知りたいと思いまして。」
私と彼の交際は周囲に隠している、というのは聞いていた。
それでも、去っていくマナさんの背中を見たらつい訊いてしまった。理由は私にも分からない。けど、分からないことを彼に言ってはいけない気がしたのでテキトーな理由をでっちあげる。
「な~るほどね!ゴメンゴメン、もしかしたらばらすんじゃないかって思っちゃったよ。」
「……そろそろ面会時間が終わりますよ。早くここから出て行った方が良いんじゃないですか?」
「つれないね~、せっかくお見舞いに来てあげたのに。」
「…別に貴方を突き放したつもりはありませんが…私のせいで人が怒られるのは嫌ですから。」
「お気遣いありがと、確かに怒られるのは嫌だから帰るわーまたね!」
「…では、さよなら。」
既に閉まったドアに声を掛ける。
…私は桝田さんが苦手だ。
軽薄そうだし、どこか繕っているような…作ってるような笑みも正直好きじゃない。
私は本当にあんな人を彼氏にしていたのだろうか。
でも…
『彼氏?聞いたことない…っていうか考えられないな。一目惚れを薄っぺらいとか言いやがってたし。』
…一目惚れを薄っぺらいと言って切り捨てるような、そんな人間だったなら考えられるかもしれない。一目惚れでも真剣に恋をしてるはずなのに。
昨日まではマナさん達を早く思い出してあげたいと思っていたはずなのに今は記憶を取り戻すのが怖い。
いっそこれを機に別れるか――
――記憶喪失になったから別れようなんて身勝手だ。彼の都合を全く考えてない。
それに、今はまだ彼の良さが見えてないだけかもしれない。
…しばらく様子を見ることにしよう。
今はとにかく判断材料が少なすぎる。それに、桝田さんにも悪いから。
とにかく、今はお見舞いに来てくれた人といっぱい話そう。
皆も私も楽しいし、もしかしたら記憶が戻ってくるかもしれない。
特に、あの可愛い女の子…マナさんとは。
いつも昨日も今日も面会時間ギリギリに来てくれてたけど、もしかしたら忙しいのだろうか。
昨日と一昨日は去り際の表情に影があったけど、もう大丈夫なのだろうか。
…気が付けば彼氏よりマナさんの事を考えている自分におかしさを感じながら、ゆっくりと瞼を閉じた。




