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元〇〇と呼ばないで!  作者: じりゅー
元十三章 裸の心
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元九十七話 理由を聞いたら納得した

「早く行かないと遅刻しちゃうよ?どうしたのマナ?」


 …ジーナの声がする。

 また、いつの間にか布団を被っていた。

 ぼんやりとした意識の中、布団を深くかぶり直すと側頭部に湿ったシーツが当たる。


「早く起きて!まだ寝てるの!?」


 布団を引っ張られる。

 俺はそれに抵抗し、引きはがされまいと必死に布団を掴む。


「もう!」


 突然ジーナの力が強くなり、俺の抵抗も虚しく布団が引きはがされた。魔法でも使ったのだろうか。

 布団を引きはがされた瞬間強い光が目に飛び込む。どうやらカーテンも開けられていたらしい。


「マナ?泣いてるの?」


 広がったのは輪郭がぼやけた世界。しかしジーナが浮かべているであろう表情は分かる。


「…だから、見せたくなかったのに。」


 視界がぼやけていたのは涙のせいだと分かっていた。


「昨日立ち直ってリリナのお見舞いに行ったはずじゃなかったの?

 詞亜からはそう聞いてたけど…」


「…ああ、お見舞いには行ったよ。

 行ったから…こうなってるんだよ。」


「なんで?

 リリナの記憶は戻ってなかったけど、元気そうだったよね?怪我ももうすぐ治りそうって話だったよね?もしかして…」


「…いや、リリナは何も悪くない。多分怪我もすぐに治る。」


「なら、どうして?」


「………」


「早く言ってよ。このままじゃ、私もマナも遅刻しちゃうよ?」


「…アイツさ。」


「?」


「リリナの奴、俺の事をなんて呼んだと思う?」


「なんてって、それは…」


()()、だってさ。」


「…どうして、それで落ち込んでるの?人前ではリリナにもそう呼ばせてるよね?」


「…俺が、女性だってさ。」


「…!」


「確かに、俺はリリナにマナって何度も呼ばせてた。

 でも、人前以外では…いつも俺の事を()()と呼んでくれてたんだ。

 そう呼んでくれるのはリリナを含むマナになる前の、基矢としての俺を知る人間だけだった。

 俺が男だったことだけを知っているジーナと鴨木さんは、俺を基矢とは呼ばないだろ?

 本当に基矢を知るからこそそう呼んでくれる。それが密かに男としての俺の…基矢の支えになってたんだ。

 アルバムに基矢の写真が無くなって中途半端な歴史の改変がされた今、数少ない基矢が存在した印で、基矢の過去の抹消を否定する物。

 その一つが無くなったから。リリナが俺を…心の底から()()って呼んだから。

 それだけで、俺は耐えられなかった。

 俺が本当に男だったと知る人間が…一人、居なくなったんだ。」


 例え死んでも、人は他人の心で生き続けるとよく言われる。本当に死ぬときは、人に忘れられた時とも言われる。

 だが、リリナが記憶を失ったことによりリリナの心から基矢が消えてしまった。

 それはまるで自分が消えてしまったようで。

 宇露基矢()という存在が消えてしまう様な…そんな揺らぎを感じて怯えているのだ。


 ――そうですよ、自覚があって何よりです。元野郎さん――


 昨日の幻聴は、俺が望んだ答えだったのだろう。

 俺が望んだ、いつものリリナの憎まれ口……あの時、リリナに言って欲しかった言葉…


「……私も、マナを基矢って呼ぶと良い?」


「そういうことじゃないんだよ…」


 そんなことされたら多分怒る。そんな同情で基矢なんて呼ばれたくない。

 まるで上辺だけのような、薄っぺらい響きは俺の心を荒らしていくだけだ。


「……そう。

 学校には行ける?」


「ああ…」


 いくら落ち込んだからって学校を休むわけにもいかない。

 例え教師の言葉が耳を通り抜けても、同情の視線を浴びても、逃げるわけにはいかない。

 ここで逃げてしまったら、きっとリリナからもずっと逃げ続けることになる。

 そんな予感がした。だから行かずにはいられなかった。

 例え記憶が無くても、会いたくないとすら思っても、俺はリリナからは離れたくないらしい。

 そう考えながら支度を終えた俺は、矛盾している面倒な俺の心を引きずりながら玄関のドアをくぐった。

 今日も、俺の心は空っぽだった。






 今日はバイトが無いため、学校が終わるなり直帰した。

 直帰と言ってものろのろ下を向きながら歩いていたのでそんなに早い帰宅ではなかった。

 カバンを放り投げてベッドに倒れる。こんな心境では着替えも億劫だ。

 寝転んだせいか、少しの安らぎが訪れる。

 しかしそれはほんの少しの間だけ。ベッドはオアシスではない。すぐにまた虚しさ、悲しみが湧き上がる。涙が布団を濡らす。

 リリナは俺を一人の女の子として見ている。

 もう男としては接してくれない。楽しかった口喧嘩も出来ないだろう。

 彼女は既に、俺の日常の一部だったのだ。

 故にその欠落はこの虚無感を生み、悲しみを創り出した。

 …おかしいな、その悲しみは克服できたと思ってたのに。

 いや、俺が勝手にそう思い込んでただけか…







 コンコン…


 静かなノックが部屋に響く。

 俺が返事をする気力が無いことを知ってか、10秒ほど経ったらドアが開いた。


「よう基矢、リリナのついでに見舞いに来たぜ!」


「……ああ、ありがとな。」


 最初に聞こえた声は達治だった。

 明るい声にわざとらしさは無い。


「昨日慰めたばっかりなのにまた?世話が焼けるわね。」


「悪いな…俺、まだ駄目みたいだ。」


 次は詞亜。

 言葉とは裏腹に慈愛に満ちた声だった。


「私も来た。」


 鴨木さんも来たらしい。

 体を起こし、来訪者達に向き直ると意外な顔が見えた。


「モア姉?」


「ええ、久しぶり。基矢。

 話は全部詞亜から聞いてる。」


 詞亜が呼んだのか。

 驚いたおかげで少しの間陰鬱な気分が吹き飛ぶ。


「基矢が落ち込んでる原因は皆ジーナから聞いてる。」


「……ああ。」


「その上で言わせてもらうけど…私達がアンタの事を、基矢の事を忘れると思う?」


「…現にリリナは忘れてるだろ。」


「確かに、リリナは記憶喪失っていう形で忘れたけど…私達が基矢の事を忘れるなんてありえないよ。」


「…どうしてそう言い切れるんだよ。

 今そう思ってても、後でどうなるかは誰にも分からない。

 皆、基矢の事を忘れる。誰も思い出せなくなる。なんてこともあり得る。

 確約なんて出来ないんだよ。未来の事は。」


「…じゃあ、基矢は突然性別が変わった友達なんて忘れられるのか?」


「……」


「一緒に暮らしてる人を忘れると思う?」


「………」


「最初の友達だから、忘れない。」


「…………」


「実の弟を忘れる訳無い。」


「……………」


「大好きな人を、忘れるわけないじゃない…」


「………………」


 ……そうか。

 理由を聞いたら納得した。

 性別が変わった友達、同居人、最初の友達、実の弟、大好きな人。


「確かに、そりゃ忘れられる訳無いよな…」


 道理で確約できる訳だ。


「じゃあ俺は…宇露基矢は、お前達の心に居続けることはできるのか?」


「ああ。」


「もちろん!」


「わざわざ聞かないと分からない?」


「できる。」


「当たり前よ!」


 言い方はそれぞれの個性がにじみ出てバラバラ。

 でも、その心は一つ。

 俺はその心に―――皆の心に救われた気がした。


「…ところで、詞亜って基矢が好きだったのか…?」


「それを知らなかったのはお前だけだ。」


 鈍感な達治を嘲るように笑った。

 偽の笑いでも少しは元気になれた気がした。


「瑠間に言われなかったら分からなかった人が何か言ってるよ。」


 アーアーキコエナーイ。

 …ジーナの毒ひっさしぶりだな。

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