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元〇〇と呼ばないで!  作者: じりゅー
元十二章 date and cold
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元九十三話 サービスしても及第点だった

 

「詞亜、準備できたぞ。口開けろ。」


 桃缶を皿に開け終え、桃を一切れフォークに刺した。


「…そんな言い方無いんじゃない?

 あ~んって言って食べさせて。」


 こちらを向いた詞亜の表情は不満げだった。

 なんだそのこだわり…と思わなくもないが、相手は病人だし一肌脱いでやるか…恥ずかしいけど。


「はい、あ~ん。」


 笑顔のサービス付き。営業スマイルはバイト中にしているため、ひきつったりはしていないだろう。

 ただし滅茶苦茶恥ずかしい。


「あ~ん。」


 詞亜もそう言って桃を口に含む。


「……笑顔に作ったみたいな感じがあったけど、そのサービス精神は認めてあげる。及第点ね。」


「手厳しいな…」


 充分に咀嚼して呑み込んだ後の辛口評価。桃食って口の中は甘々なんだから評価も甘口でいいんじゃないの?


「もう一口、今度はもっと自然な感じの顔で。」


 恥ずかしく…ない、のか?

 風邪だからとかそんな理由で緩和されてるのか?俺もやってみよ。


「あ~ん。」


 先程よりも自然な笑みを意識する。

 駄目だやっぱ恥ずい。


「あ~」

「詞亜、見舞いに来たぞ。」


「「………」」


「憂佳姉ちゃんに言われて仕方なく来てあげたよ、泥棒浮気ね…!?」


 タイミング悪くレズ姉妹のエントリー。

 俺は桃が刺さったフォークを詞亜に向けながら、詞亜は口を“あ”の形にしながら固まっている。

 見られた…よりによって一番タイで見られたくない奴らに…!


「何やってるの詞亜あああああああああああああ!!」


「お、落ち着け憂子!

 ここは病室、詞亜は病気、見舞いにあ~んは付き物だ!」


 突然のラップ調。憂佳も混乱しているらしい。


「~~~~!」


 詞亜は枕に顔をうずめて声にならない声を上げている。

 まさか今更“あ~ん”が恥ずかしくなってきたのだろうか。こちとらもっと恥ずかしかったんじゃあぁん!?

 …すみません、言ってみたかったけど言えなかったんです。本気で怒ってるわけじゃないです。


「マナちゃんもなんでそんなことしてるの!?」


「え、いや、だって詞亜は風邪だし?弱ってるし?ある程度のお願いなら聞いてあげるべきだろ?」


 度を超えたことだったら流石に断っていたが、多少恥ずかしくても食べさせるくらいは別に良いだろう。

 と、じょうちゃんが来るまでは思ってたんだけどなー…


「じゃあ私も風邪引く!」


「どうしてそうなる…」


「ずるいぞ!私も引く!」


「お前…」


 駄目だこの姉…ストッパーになってない…おい、保護者しろよ。


「ちょっと詞亜!口借りるよ!」


 じょうちゃんは明らかに物凄く嫌がっている詞亜の顔を抑え、自分の顔を近づけていく。風邪のせいで力が出ないのか、小学生だから力を込めるのに抵抗があるのか。詞亜はその小さな手を振り払えていない。


「おいおいおい待て待て待て!何をする気だじょうちゃん!?」


「風邪の菌を直接口から取り込めば私も風邪ひくよね!?」


「おお!それは名案だな!」


「待てって言ってんだよ!お前ら焦ってるのはよくわかったからちょっと落ち着け!」


 ベッドに近付こうとする憂佳を容赦なく蹴り、詞亜の顔を抑えるじょうちゃんを引きはがす。


「…そう言えば、マナちゃんも風邪引いてたよね…」


「残念ながら俺の風邪菌は全部死滅しましたぁ!ディープなチューでも風邪をひくことはありませんー!」


「でも、マナちゃんとはディープなチューしてみたいかも…いや、してみたい!」


 ヤバいなんか知らんけどじょうちゃんが完全に暴走してる。

 これが詞っとパワー…じゃなくて嫉妬パワーなのか…


「……憂子?」


 憂佳は何かに気付いたらしい。俺には何も分からないけど。


「憂子、大丈夫か?」


「大丈夫大丈夫大丈夫!」


 無駄に三回繰り返す辺りマジで大丈夫だろうか。

 憂佳は憂子の額に手を乗せる。


「憂佳姉ちゃん…?流石に姉妹でっていうのはちょっと…」


 あれ?一昨日憂佳と百合百合してなかったか?


「…間違いないな。ここに来る前からどうも変だと思っていた。

 私は憂子を連れて帰る。どうやら風邪をひいてるらしい。」


 マジか。じょうちゃんにまでうつってたのか。

 罪悪感ヤバい。鬱だ死のう。あ、やっぱり僕は死にませーん。男にも二言はあるんですー。

 …俺なっさけね。


「風邪ぇ!?じゃあじゃあ、マナちゃんあ~んして!」


「え?」


 …俺、風邪ひいた奴にあ~んしなきゃいけない宿命でも背負ってんの?


「ほら、そこにフォークに刺さった桃があるでしょ?」


「え?いや、コレ詞亜の」

「私にはしてくれないの!?」


「……はい。」


 詞亜の唾液がべっとりついているフォークが刺さった桃をじょうちゃんに向ける。


「あ~んは!?」


「あ、あ~ん…」


 今度は笑顔が引きつってしまったが、じょうちゃんは気にせずフォークに食らいついた。

 俺が運ぶんじゃないのかフツー…


「おいしー!マナちゃんの味ー!」


 どっちかというと詞亜の味だよ。


「…憂子、満足したか?ほら、行くぞ。」


「大満足!」


「…帰ったらすぐ寝ろよ、憂子。

 それとマナ、詞亜、悪かったな。」


「ああ…まあ、今回はお前あんまり悪くないから…」


 ただしストッパーにならなかったのは許さん。


「………」


 憂佳の謝罪を聞いても詞亜は滅茶苦茶不機嫌そうだ。体調が悪いせいか引きつった苦笑すらも浮かべない。

 こりゃ後で苦労しそうだ…


「じょうちゃん、お大事にな。」


「はーい!」


 風邪とは思えないほど元気そうな返事をしたじょうちゃんは憂佳と共に帰る。

 明日はじょうちゃんにもお見舞いに行かないとな、忙しくなってきた。


「…基矢。」


 後ろから不機嫌ボイスが耳に届く。こりゃ相当だな。


「あ~んの続きか?良いぞ。」


「もう食欲無いから良い…」


 さっき喜々として食べようとしてたし食べ損ねてましたよね?


「その代わり…」


 詞亜がパジャマのボタンに手を掛けた瞬間、俺は素早く回れ右を繰り出した。

 なんで急に脱ぎ出そうとするんですか脱いで良いのは脱がれる覚悟がある奴だけなんだよそして俺にはその覚悟は無いあきらメロン。


「…ヘタレ。」


「う、うるせーよ!そんなことされたら誰だってびっくらこくわい!」


「その調子じゃ、体拭いてもらうのは無理そうね…ちょっと汗かいちゃったみたいで…」


「無理だ。さっき憂佳辺りにでも頼んでおけばよかったんじゃないか?」


「そうかもしれないけど…もう帰っちゃったし、憂子ちゃんが風邪ひいたみたいだから呼び戻せないし…もうアンタしかいないじゃない。

 せめて背中だけでも拭いてくれない?あとは自分でやるから。」


 ごそごそと後ろから衣擦れの音が聞こえてくる。

 これで本当に後ろは向けなくなったな。


「あ、タオルは部屋にあるからお風呂の桶にお湯汲んできて。

 その間にタオル準備するから。」


 いつまでも突っ立ってるわけにもいかないので、詞亜の指示に従う。


「詞亜ー!入っていいかー!」


 準備を手早く終え、ノックと共に声を掛ける。


「大丈夫よー」


 詞亜もオーケー。

 部屋に入ると詞亜はこちらを背にして座っている。ポロリが無くて安心した。

 床に置かれていたタオルを取ってお湯に浸し、思いっきり絞る。


「じゃあ…拭くぞ。」


「うん。」


 タオルを持ち、詞亜の背を目にした瞬間にわかに躊躇いが生まれる。

 タオル越しとは言え触れて良いのか?本当に?何故か怒られたりしない?と不安が溢れてくる。


「…早くして、寒いから。」


「あ、ああ、悪かった。」


 空調が効いているので程よい温度になっているが、詞亜は上半身裸だし風邪をひいている。

 そんなことで悩んでいるよりも早く済ませる方が彼女の為になる。そう思った俺は意を決して詞亜の背にタオルを押し当て、ゆっくり、優しく動かし始める。


「ん…」


 時折聞こえる艶めかしい声を心を無にして耐え、淡々とこなす。

 時間にして十秒も経っていなかったかもしれないが、体感時間はもっと長いようだった。


「後は良いか?」


「うん、後は自分でやるから。ありがと。」


 顔だけ振り向き、風邪のせいか赤く染まった頬を見せながらにっこりと笑う詞亜に少しドキッとした。

 俺に出来たのは目を顔ごと逸らしながら「お、おう…」と言い返すことだけだった。





 翌朝。

 詞亜からは今日から学校に戻れるとの連絡が入り、安心感を覚えながら学校へ行く支度を済ませる。


「基矢さん。」


「なんだ?」


 靴を履いている時、背後から声を掛けてきたのはリリナ。

 邪魔だとでも言いたいのだろうか。


「すぐ退くからちょっと待ってろ。」


「その…前に観覧車で言った事なんですが…」


 ……リリナの気持ちの事か。


「ああ、愛だの恋だの言ってたあれか?」


「覚えていたんですね。」


「…俺はまだボケてないぞ。」


「いえ、あの時風邪をひいていたので、意識が朦朧としていたのではないかと思って…それで、あんまり覚えていないのではないかと。」


「あ、そういうことか。」


 まあ、あの後倒れたからな。そう思われても仕方ないか。実際意識に靄がかかり始めてたし。


「結局、あの時は基矢さんの答えを聞けませんでしたが…あの時、基矢さんはなんて言おうとしてたんですか?」


「………あの時もう大分限界だったし、そんなこと考えてる余裕はなかったからな…正直分からない。」


「では、今は?」


「……答えられないな、俺にも分からない。」


「そうですか…

 じゃあ、今日家に帰ってくるまでには答えを出しておいてくださいね!」


「え?

 い、いや、別に結論を急がなくても――」


「そんなこと言ってるとおばあさんになっちゃいますよ!

 それに、私は結構本気で悩んでるんです!早く答えが欲しくてたまらないんですよ!

 もし約束してくれなかったら、無駄にこまめに訊きますからね!」


「あー!分かった分かった!帰ったら言うからこまめに訊くのは止めてくれ!

 それより学校だ!行くぞ!」


「あ、ちょっと!私まだ靴履いてないんですけど!?ジーナさんもまだ来てないですし…」


 俺は逃げるように家を後にする。

 リリナの問いは未来の俺に丸投げして、今はとにかく逃げる。今日はじょうちゃんの家に見舞いに行くので、時間はいつもよりたっぷりあるのだ。






 ―――この時の俺は知らなかった。

 その約束が、あんな形で守れなくなってしまうなんて―――

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