元九十二話 見舞いに来たら考え込んでた
上がった熱は翌日下がり、更にその次の日には登校出来るようになっていたので、病み上がりということでいつもより多めに防寒対策を施して通学路を歩いている。
これくらいが丁度いい。ケチらずにもっと早く使うんだったなカイロ。あったカイロ。
「マナさん、また来週もどこかに出かけませんか?」
「いいけど、もうお前と2人きりはこりごりだ…」
性懲りもなくデートのお誘いをしてくるリリナに半眼を向けて返答する。
やっぱりリリナとお出かけする時は俺以外の常識人枠が必要だ。俺だけじゃ足りない。
「じゃあ、私も行く?」
家と学校が一緒なので、ジーナは自然と俺とリリナと一緒に登校することになる。
マヤは学校に籍を置いていないので、いつもお留守番だ。いつも掃除やら少女漫画の鑑賞やらをして過ごしているとか。それでも暇だと何度かぼやかれたので良く知っている。
「ジーナも一応宇宙人だしな…」
「地球人だって宇宙人だよ!」
「そうだけどお前地球人じゃないだろ。」
知識として地球の習慣を知っているジーナだが、倫理観や価値観はどうしても生まれて育ってきたザープ星に寄るだろう。
果たして地球の常識人枠に入れて良いのかどうか、悩ましいところだ。無自覚に毒吐く時もあるしな。
「つれないですね。そんなに嫌ですか?この超美人金髪女子高生とデートするのが。」
「三日前のこと思い出して見ろ。」
遊園地に行って風邪を引かせるという出来事さえなければちょっとは考えたかもしれない。
いや、残念な性格のせいで躊躇するだろうか。いずれにせよ喜んで行くということは無いだろう。
「あれは、確かに申し訳ないと思ってます…
ですが、あんな失敗そうそうしませんよ!今度はカラオケとかどうでしょうか!?」
「カラオケか。
良いとは思うけど、正直この声で歌える自信が無いんだよな…」
カラオケはほぼ一か月前に詞亜と行ったっきりなので、前やったしなーみたいな変な忌避感や飽きは無い。
しかしその時は男の姿だった。声が変わったこの体で歌を歌えるのかどうか…
「大丈夫だよ!歌は音程さえ合えばそれっぽくはなるじゃない!意外といけるかもしれないよ?
まずは男の時の感覚のまま歌って、今の声の感覚を掴んでから挑戦してみるのも良いかもしれないよ!」
「…そうだな。」
もし歌うとしたらそうするしかない。
ある程度知ってる曲なら、歌詞はモニターが教えてくれるので歌えないことも無い。
やるだけやってみよう。元々絶望的な音痴と言う訳ではなかったし、最初は歌えなくても何回か練習すれば歌えるようになるかもしれない。
「じゃあ、カラオケにするか。誰誘う?」
「私とジーナさん、詞亜さんに、鴨木さん…とマヤさんは歌えるんでしょうか?」
「来るかどうか聞いてみたら?歌えなかったら断るだろうし。」
「それもそうですね。」
「あとは、じょうちゃんに憂佳、達治に田倉か。」
「バイトのシフトも考えておいてくださいね?都合が悪くて来れなくなるかもしれないんですから。」
「あ、そうだった。」
すっかり失念していたが今あげたメンバーの内、城司姉妹と達治以外はカフェウェストで働いている。
バイト先が同じである以上、全員シフトが被らないタイミングというのは中々無いだろう。何人かは来ないことを覚悟する必要がありそうだ。
「守は?」
「ああ、そうだな。守も誘っておくか。」
「瑠間さんも誘うべきでは?」
「守に言うなら必要無いだろ。」
「…なんですかマナさん。守さんは瑠間さんじゃないんですよ?いくら双子だからと言ってどっちか来れればいいみたいな考え方はどうかと思いますが。」
「だって同一じ…いや、守が瑠間に連絡するだろうからさ!瑠間はケータイ持ってないらしいし?守にもちゃんと言っとくから!」
そう言えばリリナは守と瑠間が同一人物だと言うことは知らなかったな。あの時いなかったし。
変に隠すのもどうかと思うが、本人が隠してるわけだしあまり言いたくないことだろう。なら極力言わない方が良いか。
「ああ、そういうことでしたか。てっきり瑠間さんをハブるのかと。」
「そんな訳無いだろ。」
「…そうでしたね、マナさんのタイプの女性でしたし。」
「それほんと言わないで。詞亜にそれ知られたらなんかまずい気がするし…」
「あ、そうだった!
詞亜で思い出したんだけど…」
「あ、確かに昨日休んだマナさんは知る由も無いですよね。」
「?」
詞亜がどうしたんだ?
「詞亜さんなんですが…実は、昨日から風邪をひいていたらしいんですよ。」
ピンポーン
放課後。
今朝のリリナの話を聞いた俺はお見舞いのため詞亜の家の前に来ていた。
ジーナもリリナも今日はバイトなので、来たのは俺一人だ。
インターホンを鳴らしても返事は無い。
「…入るぞ!」
鍵をかけていなかったようで、ドアノブを捻るとドアが開く。
その上で声を掛けても返事は無い。
靴を脱ぎ、制服のスカートと手に下げたビニールを揺らしながら進むは詞亜の寝室。カサカサという音が少し耳障りなくらい静かだ。
「おーい、見舞いに来たぞー…」
詞亜はベッドの上で寝息を立てている。
その顔はほのかに赤い。額には湿布が貼ってある。
「ゴメンな、うつしちゃって…」
起きないように、しかし伝わることを願いながら小さくささやくように謝罪する。
恐らく俺からうつったのだろう。聞いた時は罪悪感が込み上げてきた。
それを見た俺はビニール袋をそっと床に置き、寝顔を眺める。
――詞亜が俺の見舞いに来た時も、こんな感じだったのだろうか。
一時間くらい寝顔を眺めていたと聞いて、よく飽きないものだと思ったが…意外といいものかもしれない。無防備な顔を見ていると安心するというか、心が安らぐというか。少なくとも悪い物ではない。
…一時間も見ていられる自信はないが。
でも、男がずっと女性の寝顔を見続けるというのもどうだろう。
詞亜には迷惑じゃないだろうか。見られて恥ずかしがるのではないだろうか。
性差というのはハラスメントを想起させてしまうものだ。男にも女にも。
昨今の男女差別撤廃運動は古い慣習から来るものが多いが、ハラスメント関連の差別は取り払われたらそれこそ暴動が起きるだろう。
結局、違うもの同士が共存していくにはそう言った差別も必要なのだろう。
基本的に、相違点は嫌悪や拒絶と言った壁を生むのだ。
ではどうやって共存していくのか。その鍵を握るのは共通点だろう。
共通点は親しみや親近感を生むからな。
だから親しくなりたい人が居たら、まずは共通点を探すか作れば良い。俺やリリナだって鴨木さんとは小説仲間として仲良くなったわけだしな。あの時はこんなこと考えながら接してたわけじゃないけど。
……詞亜の奴、まだ起きないな。
でも、詞亜は一時間も粘ってくれたんだ。それに倣って俺もそれくらいは待ってみるか。まだ10分も経ってないし。
あ、そうだ。買ってきた桃缶すぐ開けられるようにフォークとか皿とか持ってこよう。詞亜さんお借りします。
「…ん…?」
詞亜が小さく呻いた。起きたのだろうか。
「よう、お見舞いに来たぞ。」
声を掛けるとゆっくりと瞼を開ける。
「…基矢…?」
「ああ、基矢だ。ゴメンな、風邪うつして。」
「………も、基矢!?
いつ来てたの!?」
「ついさっき…十分くらい前だな。
あ、桃缶食べるか?」
「ありがとう…って、そうじゃなくて!
来るなら来るって言ってくれない!?私にも心の準備があるんだから!」
「え?あ、ああ…悪い…
一昨日は詞亜から連絡きてなかったから、てっきりそういうことは気にしないのかと思って…」
「気になってる男の子のお見舞いよ!?気にしないわけないじゃない!!」
「お、おう…」
風邪を引いても赤面空間は健在か。
「…あー、なんだ…とりあえず落ち着こう。風邪が悪化するかもしれないだろ?」
「誰のせいよ誰の!」
まずい、どんどんヒートアップしていく。
これじゃ本当に熱が上がる…落ち着かせるにはどうすれば…
「…桃缶あーんしてあげるから許してくれ。」
最悪熱上がるよなこれも。何言ってんだ俺。
「……それなら、いいけど…」
…結果オーライ。嬉しそうで良かった。




