元九話 嫌だからふざけてみたらストーカーが居た
2人の着替えを見ないよう、壁際を向きながら着替えるとリリナにこんなことを言われた。
「お兄ちゃんって言ってみてください。」
物凄く嫌だ。
「オニィ↑チャァン↓!」
なのでふざけて言う。
「…マヌケは見つかったようですね。」
「分かってくれるか。」
「勉強している時に色々と…
…それより、もっとキュートに決めて媚びまくってくださいよ。」
「基矢を死なせたいのか!?」
「死なせるって…ちょっとしたおふざけじゃないですか。」
「おふざけにしてもシャレにならないんだよ…現に性転換になってるんだぞ?
ぶりっ子なんてしたら、精神が体に引っ張って行かれそうな気がしてならないんだ…」
性別が変わろうと、俺は基矢らしく生きると決めた。
心も生き様も変えなくていい。名前も知らない彼から教わった。
精神が遅効性の毒のようにゆっくりとむしばまれてゆき、最終的には別人のようになるという悪夢のような光景が想像できる。
そして、傍らにはどこの馬とも知れぬ男が…
生々しい想像に背筋が凍り付きそうだった。
「精神的な女体化が始まるかもしれないという訳ですね。
越えてはならない一線と言ったところですか…」
「ああ…」
「………もし越えたら夢のガールズトークが…」
「ちょっと!私とはガールズトークが出来ないって言うの!?」
「あ、いえそう言う訳では…
ただ、話し相手が増える分には良いかなーと…」
「…ならいいけど。
でも、基矢は変わらせないから。だって…変わっちゃったら…」
「そうでしたね。
ごめんなさい。」
「?」
変わっちゃったら…詞亜はどうなるんだ?
「もう良いか?
そろそろ開店時間だ。」
ロッカールームの外から店長の声が入る。
着替えは全員終わっている。
俺たちは準備完了の旨を店長に伝え、ロッカールームから出た。
やはりと言うべきか、客は新たに参入したリリナに夢中のようだった。
厨房から見ていると目、というか顔全体がリリナを追っているのが見えた。
やっぱり弾除けには最適…じゃなくて、美人なんだなアイツ。店長にも口説かれてたし。
高校生でなければお食事にでも誘いたい…とかなんとか。
どうぞどうぞ、そいつは高校生じゃないので。後、俺は誘拐なんてされません。誘拐されないように気を付けなさいとか言わないで。
……俺に向けられる視線の中に妙に熱っぽいのが混じっていたのは気のせいであると信じたい。この町に犯罪者なんて居る訳が無いんだ…
詞亜は…恐らく俺と同じでリリナが弾除けになってくれたおかげでリリナほど注目は集めなかった。
ひょっとして髪の色のせいか?
ともあれ、本日のバイトはまあまあ良くできたと思う。ファミレスでバイトしてた時の経験が生きたと言うのもあるだろう。
「……マナさん、気付いてますか?」
バイト後詞亜と別れ、ケータイショップに行って電話番号とメアドの変更を行って帰路についてしばらくところリリナが真剣な表情でそんなことを囁いた。
「気付くって何にだよ…
UFOでも見つけたのか?それ飛行機だから気にすんな。」
空を横切る大きな飛行機を見て言う。
異世界出身なんだ、それくらいの間違いはあるだろう。
「それくらいわかりますよ!バカにしないでください!
そうじゃなくて…付けられてるんですよ。我々。」
「…え?」
全く気付かなかった。
「付けられてるとかお前…嘘だろ?」
「そこの電柱を見てください。」
言われたとおりに振り返り、電柱を見る…なんか居るな。
電柱に張り付いて隠れているつもりなのだろうが、明らかに電柱から両腕がはみ出している。
「……バレてないと思ってるのか?あれ。」
「思ってても思ってなくても下手に刺激して自棄を起こされたら面倒です。撒きましょう。」
「撒くったってどうやって?」
「曲がり角を二回曲がってどこかに隠れれば撒けますよ。」
そんなテキトーな…
「良いから行きましょう!早く!」
「ちょっと待てぇ!?」
リリナが俺の腕をつかんで引っ張る。
コイツは時折自身の超人的なパワーを忘れてしまうようで、俺を勢いよく前方に引っ張る。
「走りますよ!」
引きずられるどころか腕だけ掴まれて浮いている俺は漫画とかの修行でよくみられるタスキを地面に着けないように走れとか言う訓練のタスキになった気分だった。
舌を噛みそうなので走ってから言うなとツッコミを入れることもままならない。
「ふぅ…撒いたみたいですね。
…おや?どうしました?」
ぐったりした様子の俺に不思議そうに訊いてくるリリナ。
「…凧あげの凧って、上がる前はこんな気持ちだったんだな。」
「凧に気持ちなんてありませんよ。何言ってるんですか。」
極めてまともなツッコミを頂いた。
ストーカーを撒いた俺たちは無事帰宅できた。
「ただいまー」
「お帰り、基矢。」
お帰りの声、一昨日までは無かったものだ。
「聞いてくださいよー、今日、基矢さんにお兄ちゃんと言って欲しいと頼んだんですが…」
「そこはお姉ちゃんじゃない?
ナンセンスね、リリナ。」
「…!流石姉上!」
「それほどでもないわ。」
2人の会話を聞き流して部屋へ行く。
部屋に入り、ドアを閉じた瞬間静かになった。リリナの神の力によるものだ。
防音性能はどうもカーテンのみならず、部屋全体につけてくれたらしい。まあ、廊下を通じてお互いの部屋の音が聞こえてきたら意味が無いからな。
ちなみに入り口も改良してあり、ドアが部屋のリリナ側と俺側の二つになっている。これも防音性能と同じくリリナの意思で戻せるらしいが…大家さんに見つかったら面倒なことになりそうだ。家賃を滞納して取り立てに入られないように注意しよう。
「……ストーカーか…」
ふと、帰り道に現れたストーカーのことを思い出す。
アイツはリリナを追っていたのだろうか?リリナは性格のせいでマイナス補正がかかりまくってる俺の目から見ても見た目だけは美人だ。
見た目だけは。
営業スマイルだろうが心がこもってないスマイルだろうが向けられようものなら少しは意識しそうになる……だろうな。俺はならんけど。
…アイツ一人じゃ歩かせられないな。出来るだけ俺も一緒に行動しよう。
「基矢、ご飯できてる。」
モア姉がノックも無しにドアを開ける。
モア姉は朝食の時に話し合った結果、俺の夏休み期間、つまり今日を含めて後六日ここに泊まるらしい。
その間はこの家の掃除、洗濯、料理はモア姉がやる事になった。モア姉が自ら志願してくれたのだ。
モア姉は小さいころから母の家事を手伝っていたのでそれなりに出来る。料理はもちろん俺より上手い。
「ああ、今行く。」
キッチンにはコンロや調理具のみで、座って食べる用の椅子やテーブルは無い。
その為俺はいつも自室に運んで食事を摂っていた。1人暮らしだから別に不便は無かった。
昨日も皆一緒に俺の部屋で夕食を摂った。リリナが俺を部屋に入れるのを拒んだからだ。
モア姉曰く男の子が女の子の部屋にあんまり入りたがっちゃダメだとか。まあそうかもしれないが…
「あ、基矢。
帰ってくるときにストーカーがいたって本当?」
リリナから聞いたのだろうか。
「居たな。撒いたけど。」
「気を付けなさい。今の基矢は可愛い。」
どうもと言って照れる場面なのか、男にそんなこと言うなと反発する場面なのか。
分からない俺は真顔で受け流すことにした。
「だから気を付けろと?
自分で言うのもなんだが、俺はそういう意味ではロリコンぐらいにしか好かれないと思うぞ。」
「ロリコンは結構いる。
二次元を発生源に増殖中。」
「世も末だな。」
「…基矢が読んでた漫画のいくらかにヒロインが」
「あれは二次元だ!三次元とは別だ!
っていうか、あれはポピュラーなのを友達に紹介されて買っただけだからな!?」
特に幼女が趣味と言うわけではないが…まあ、昨今の漫画にはそういうのもある。
というか、その友達から紹介される漫画がそればっかりと言うのが大きい。
「よかったね、念願のロリになれて。」
「嬉しくねーよ!」
ヒマラヤ程の面倒ごとを抱えてしまったのでむしろ物凄く嫌だ。
ミサイル程の消しゴムで無かったことに…出来る訳無いよな。
「早くしないと冷めてしまうので、持ってきちゃいましたー!」
リリナがオムライスを三皿運んできた。
ケチャップがたっぷりとかかっている……何かのシルエットなのだろうか、妙に多くかけられている。
「私作、異世界のにゃんこ大博覧会を御照覧あれ~!」
見比べてみると全部同じだった。ちょっとした歪みもコピペを疑うくらい統一されている。
「異世界?」
「あー、そう言えば言ってなかったな。リリナは――」
モア姉には俺の正体を喋ったが、リリナの正体は言っていなかった。
別に話してしまっても良いと思ったので、夕食を食べながらリリナの正体、そして俺の性別が変わった原因を話した。
モア姉はリリナの正体に驚いたが、最終的には納得した。だって俺のことが説明できなくなるじゃん。
「私もきれいな銀髪だったら良かったのに…」
「俺は無駄に目立たなくて済むから黒髪の方が良かったな。
モア姉、髪の色取り換えてくんない?」
「出来るわけないでしょ。」
デスヨネー
ヒマラヤ程の!イレイザー一つ!
ミサイル程の!ペンシル片手に!