元八十九話 嫌いな冗談だと思ったら手を添えてた
「遊園地と言ったらコレですよね!なんで忘れてたんでしょうか!」
そのままずっと忘れてればよかったのに。
まだ少し濡れている袖をさすりながら来たのはお化け屋敷。
アイスのせいで体が冷えてしまったというのに今度は背筋を凍らせるつもりか。っていうかなんで寒いのにアイスなんて頼んだんだろ俺。あ、なんかせっかく遊園地に来たんだからみたいな思考が働いたせいだった。
子供は風の子ってか?風邪の子になるわ。
「寒いのに入りたくないんだけど。」
「おや?マナさんはお化けが苦手ですか?」
「いや、別にそうじゃないんだけどさ…イメージ的に?」
俺はゾンビを狩るゲームもしているので、別にお化けに耐性が無いわけではない。
本物の幽霊に出くわしたらどうなるかは分からないが、こんな偽物でどうこうなる訳はない。多分。
とは言え、怪談で背筋が冷える感覚を覚える俺としてはこんな時にホラーは勘弁してもらいたかった。
「それは分からないでもないですが…」
「っていうか、リリナは良いのか?お前もずぶ濡れになった上にアイスも食べたはずだろ?」
「いえ、私はさっき魔法で服を乾かしたので。」
「俺の服も乾かせよ!何1人で乾かしてやがる!」
「それが人に物を頼む態度ですか?」
「……乾かしてください、お願いします。」
ひっじょーーーーに癪だが背に腹は代えられない。
「まあ、そんなことをしようとしたらマナさんの肌までカサカサにしてしまうので、できま痛い痛い痛い!!」
リリナの腕を久々に極める。
「なーにが『それが人に物を頼む態度ですかぁ?』だ!できないくせに偉そうに言うな!」
「私そんなにウザく言ってないです!それに、出来ないお願いだと分かっててもちょっと癪だったんですよ!」
「俺もお前1人楽してると思ってて癪だったんだよ!できないなら最初から言え!」
「それは失礼しましたぁ!早く止めてくれませんかなんとかしますから!」
それを聞いた俺はリリナの腕を解放する。
「…本当になんとかできるのか?」
「はい。ですからマナさん、全裸になっ…何をするんですか!?」
ふざけたことをぬかそうとしていたリリナの腕に手を添える。
両手は添えるだけ…それだけで威嚇になるから。
「そういう冗談は好きじゃない!」
「冗談じゃないですよ!」
…リリナが言いたかったことは。
加減を間違えれば俺の服だけでなく肌まで乾燥させてしまうかもしれない。
しかし、服だけなら―――つまり、俺が濡れた服を脱いで、それを乾かせば俺を巻き込まずに服を乾かせるということだったらしい。
だから一旦服を脱いで、それを預けてほしいということでああ言ったらしい。だったらそう言えばいいのに。
と言う訳で、俺たちは一旦さっきまで食事していたレストランまで戻り、俺はトイレの個室で全裸になっていて、リリナは別の個室を使って俺の服を乾かしてくれている。
「リリナー終わったかー?」
「まだですよ、終わったら言いますから待っててください。」
暖房が効いているとはいえ、全裸なので寒い。しかも濡れていた服を着ていたので更に熱が奪われていくのがわかる。
心なしか頭もボーっとしてきたような気がする。プールに入った後のような妙な体の火照りに近い。
最早触りなれた滑らかな肌をさすり、少しでも温めるようにするも効果はあまりない。
体を丸め、可能な限り温度の放出を防ごうと試みた時。
ムニュン、と太腿に胸が当たった。
…そう言えば、洗う時以外に触った事ってあんまりないよな…
興味本位で触ったことが無いわけではなかったが、思いっきり揉みしだくようなことは無かった。
立ち上がって胸を掴み、揉んでみる。
―――柔らかい。
癖になってしまいそうだ。この感覚を言葉で言い表す程の語彙力が無いことが悔やまれる。
手のひらに伝わる小さな何かの感覚が――
「マナさん、とりあえず下着だけ終わったので投げ入れますよーそれっ!」
冷や水を浴びせられたかのような感覚と共に現実に引き戻される。
――今リリナの声が聞こえなかったらどうなってた?
ただでさえ火照っていた顔が更に火照る。今鏡を見れば真っ赤な顔が映し出されるだろう。
「キャッチできましたか?」
「…ああ、問題無い。」
全部俺の頭に落ちてきたからな。
頭に乗っていた下着を着ながら思う。あのままじゃなくてよかったと。
あのまま続けていたら、もう本当に――精神的に――男で居られる道を無くしそうだったから。
いや、もうその踏み外しているのかもしれない。けれど、あれが決定的にまずいのは確かだった。この点はリリナに感謝だな…
「…マナさん。」
「なんだ?」
「その身長で私より何サイズも大きいってどういうことですか?」
「しれっとチェックするんじゃねえ!」
ちなみに何カップかは秘密です。
「詞亜さんと奈菜美さんには絶対に言えませんね。」
「言ったらもがれることくらい俺でも分かるわ!っていうかお前は早く服乾かせ!」
おかしな気分になったのは熱が出たせいだと決めつけて、乾いた服に袖を通す。
これで服装は全て元通りだが、体の火照りが抜けきっていない。それどころか体も重くなってきた気がする。
「…大丈夫ですか?顔が赤いですが…もう今日は帰った方が」
「大丈夫だ、今日一日くらいなんとかなる。」
明日は寝込むことになるかもしれない。過去何度そう思って何度なんともなかったことか。
雨に打たれてずぶ濡れで帰って、明日は風邪ひくなーとか考えた翌日特に何ともなく起きるなんてことはよくあった。今回もそれで済んでくれるかもしれない。
…もっとも、その時とは性別という大きな違いがあるが。
「ですが…」
「お化け屋敷だったよな、早く行くぞ。
俺はお化けなんて平気だってことを証明してやる!」
リリナの腕を掴んでずんずん歩いて行く。
その先にあるのはお化け屋敷。おどろおどろしいその看板を引っ提げて今日も何組ものカップルを飲み込んでは吐き出している。
ウォーターコースターと同じで季節の関係か、こちらも行列は短い。すぐに入れそうだな。
「…やっぱりやめませんか?今からでも帰って…」
「心配性だな、大丈夫だって言ってるだろ。」
それに、そんなに寂しそうな顔されながら言われても帰りたいと思えない。
リリナにとっては初めての遊園地なので、楽しみだっただろうしもっと楽しんでいきたいだろう。それこそ閉園時間ギリギリまで残っても物足りないくらいに。
それに、俺だって楽しみだったし楽しみたいのだ。例えコンディションが最悪であっても。
そう考えているとリリナは少し屈み、まっすぐ俺の目を見ながら言った。
「…マナさん。
明らかに具合悪そうな友達を引っ張りまわして遊んでも、楽しめませんよ。
気の毒ですし、申し訳ない。それが先行して。」
「だから…」
「…分かりました。
では、一つだけ付き合ってくれませんか?今日はそれで充分です。」
リリナは笑顔でそう言うと、俺の手を握ってゆっくり引き、お化け屋敷からの列を抜け出す。
「こうして手を握るのは久しぶりですね。」
「ああ、ワオンモールで強制連行された時以来か?」
「いえ……いえ、そうでしたね…」
「?」
リリナの表情が曇る。
今にも涙がこぼれそうな、そんな辛そうな顔だった。
何故か一度目の潜入で一度死にかけた時のことを思い出す。あの時も手が温かい何かに包まれて―――
「…リリナ?」
「……何でもないです!早く行きましょう!」
リリナは俺の一歩前に進み、手を引く力を強める。
その顔は見えなかったが、恐らく彼女は―――
「…リリナ。」
「なんですか?」
顔を見せぬまま返事をされる。
「えっと…なんて言えば良いのか分からないんだけどさ…
まあ、元気、出せ…よ?」
「なんでそこで疑問形なんですか?」
「わ、悪かったな!良い台詞思いつかなくて!」
「―――でも、ありがとうございます。」
やはり顔は見えなかったけど。
それでも今、リリナは笑っている―――そんな気がした。




