元八十七話 恋煩いかと思われてたらジャミングされた
ごーるでんうぃーく?
…ああ、昨日で終わったやつの事ですか。
土曜日。
今日はリリナと遊園地に出掛ける約束をしていた日だ。
約束の後で他の連中にも声を掛けたが、思いっきり顔をしかめられたうえで断られた。その度に俺の心は傷付いていったが、それをリリナに言ったら、
『付けておいたらいいんじゃないですか?多分かっこいいですよ?』
とかぬかしおった。
意趣返しのつもりか。腹立たしい…
今、俺は近場の駅の前にある広場に来ている。
どういう訳か、リリナはわざわざ出掛けるタイミングをずらして待ち合わせをしようと提案したからだ。
…待ち合わせの時間を指定したのはリリナのはずなのに、待ち合わせの時間を過ぎた今でも来ない。もしかして嵌められたのだろうか。
「お待たせしましたー!」
待ち時間が10分を過ぎる頃、ようやくリリナが姿を見せる。
「遅いぞ、集合時間過ぎてるじゃないか。」
「すみません、ちょっと着てくる服を迷ってしまって…」
「何でもいいだろ。っていうか、同じ家に住んでんだから別に待ち合わせなんかしなくても良いだろ?」
「良くないですよ!こっちのほうがデートっぽいじゃないですか!」
「デート…?お前はこれをデートと認識してたのか?」
「それいくらなんでも酷すぎませんか!?」
「いや、まあ流石に冗談だけど。」
ちょっとドキドキしてたのは秘密だ。
実のところ、近頃…研究所の一件の後からだろうか。その時から少しだけ、ほんの少しだがリリナを意識するようになっていたのだ。
最初は性格のせいかあまりそういう目では見れなかったが…男に戻れなくなった不安を全部ぶちまけて、慰められたからだろう。有能とも無能とも言い切れない残念なところが無かったらそこでリリナに惚れてたかもしれない。
惚れ切れてなかったからそれまで通りに接することが出来てるわけではあるが。
「はぁ~…本気でそう思ってるんじゃないかって思っちゃいました。」
「その辺は自業自得なんだよなぁ…」
「と、とにかく早く行きましょう!余裕を持ったスケジュールとは言え、ちょっと遅れちゃったわけですしね!」
「その遅れはお前が原因だけどな。
あ、ちょっと腕掴むの止めて。人いっぱいいるんだから凧あげダッシュしないで。」
「凧あげダッシュ…?いえ、普通に走りますけど?」
「ああなんだ、それならいだだだだだあだだっだだだ!!」
普通に走る、とは言ったが身体能力が異常なリリナだ。
全力でダッシュすれば俺なんかが付いて行ける訳が無く、後半は引きずられながら進んで行った。
電車に乗った俺たちはやや空き気味の座席に腰掛け、窓から外の風景をぼんやりと眺める。
最後に遊園地に行ったのはいつだっただろうか。友達同士では金銭的な問題もあってせいぜい近場のゲーセンやカラオケだったので、中学時代には一度も行ってなかったはずだ。となると、小学生の時に両親に連れていってもらった時が最後か。
そう思うと途端に懐かしさが湧き上がってくる。モア姉とレイティに引っ張りまわされて、物凄く疲れて帰る前の記憶がおぼろげだったこともあったな…
「――さん?マナさん?どうしたんですか?」
「え?
ああ、ちょっと昔のことを思い出してたんだ。」
「なんだ、なに黄昏れてるのかと思ってましたよ。ひょっとして恋煩いかとか思ってました。」
「……一応参考までに聞くけど、どっちに恋をしたと思った?」
「どっち?
…ああ、そこまで深くは考えてませんでしたが…強いて言うなら女性ですね。この前瑠間さんに告白してましたし。」
「あ、あれは無かったことにしてくれ…瑠間もそう言ってるんだから。」
黒歴史、と言う訳ではないが恥ずかしい記憶ではあるので出来れば忘れてほしい。振られたわけだし。
「それに、一時的とはいえ詞亜さんに振り向いたみたいですしね。」
「……待った、なんでそれ知ってんの?」
詞亜とデートしたことはリリナに言ってなかったはずなんだけど。
「あれだけ帰りが遅かったら分かりますよ。もしかして致しましたか?」
「何をだよ!?別に変なことは…無かったわけじゃないけど、お前が想像してるようなことは無かったからな!?」
ディナーとカラオケとチューしかしてない。
「へー…そうなんですかー…」
「……どうしたリリナ?いつになくいつにないなお前。」
「どういうことですか?」
「…俺にも分からない。」
自分でも意味不明な日本語をしゃべってしまった理由は一瞬感じたリリナの妙な圧力が俺の脳にジャミングを掛けたからだ。
なんだ今の圧力は…もしかしてリリナの奴───
「勘違いはしないでくださいね。別にマナさんに恋愛感情なんて抱いてないですから。」
「…じゃあ、このデートはなんなんだ?」
「……そのニヤけ顔やめてくれませんか?控えめに言って鬱陶しいです。
日頃の感謝って奴ですよ。あのマナさんがしてくれたんですから、お返しくらいはしなければならないではないですか。私の方はもっと大きな恩というか、負い目もあるわけですし。」
「なんだ、まだ気にしてるのか?」
この前あれだけ不安を聞いてくれたというのに、まだ男に戻せなくなったことを気にかけてるのか。
「結構引きずるタイプなのか?」
「それもありますが…これでも勝手に貴方の部屋に住み着いたことについては罪悪感を持ってるんですよ。
この世界に来たばかりの頃、もし貴方に放り出されでもしたら行く当てもありませんでしたし。」
「それが恩であり、負い目でもあるってことか。
でも、大家さんの認識も変えてたんじゃ追い出しようが無かったんだよな…大家さん、人情深いけど恐いところもあるし。」
家賃の滞納なんてしようものなら…想像するのも恐ろしい。
「なるほど。
確かに、あの人の前でいつもの口喧嘩はできませんね。」
「そんなことしたら即座にプレッシャーかけられて中断することになるだろうな。」
あの威圧感ほんとどこから出てくるんだろ。見た目は普通のおばさんなのに。
「時にマナさん。」
「なんだ?」
急な話題転換によくない気配を感じ取った俺は十全な心構えをしてリリナの次の句を待つ。
日常会話如きで心構えもなにも無いとは思うが。
「これって浮気ってことになりませんかね?」
「………?」
「本気で分からないみたいな顔しないでくださいよ。」
「いや…だって、今は詞亜と付き合ってるわけじゃないし。」
「元カノだから問題無いと?」
「別にそういう…訳になっちゃうのか。」
そうか、男に戻った時に一日だけ付き合ったから詞亜は元カノってことになるのか。
……ノーカンでもよさそうな短さだったので完全に失念していた。6時間も付き合ってないんだけど。
「そうですか、そうなんですか。つまり、私や憂佳さん、憂子さんにもチャンスがあると言う訳ですか。ついでに奈菜美さんにも。」
「ねーよ。」
リリナはともかく、憂佳は誘拐された時のアレがまだ若干尾を引いているので付き合うのはちょっと難しい。
じょうちゃんを恋愛対象として見るには幼いし、鴨木さんに至っては俺に恋愛感情を持っている訳が無い。
鴨木さんには良いところを見せたわけでもないし助けたわけでもない。要するに惚れられる要素が無いのだ。
…あれ?なんか詞亜の時にも同じようなことを考えてたような…まあ、でも今度は本当に無いしな。うん。
「無いんですか…」
「なんでちょっと残念そうなんだよ。」
「からかうネタが一つ無くなったので。」
「からかうためかよ。」
ちょっとだけマジで脈アリかとか考えちゃっただろーが。
この後もしばらく雑談に興じ、やがて目的地にたどり着く。
改札を通り抜けるところでリリナから一言。
「おや?マナさんは子供料金じゃなかったんですか?」
「こんなところで年齢詐称なんてするか!」
新たな元〇〇。




