元八十五話 遊んでたと思ったらここに居た
「はぁ~…」
「……人の部屋に来てため息なんてつかないでくださいよ。不幸になりに行くなら私の部屋でなくても良いはずです。」
「そうは言ってもな…」
俺は今リリナの部屋に居る。
部屋の持ち主様はベッドで寝転びながらマヤから借りた漫画を読んでいる。昨日まで俺の部屋には無かった漫画に見えるんだけど。
…まあ、それはいい。マヤ曰く俺の代わりに出たバイトで稼いだ分しか使わないらしいし、漫画本自体も古本屋で安く買った中古品らしいからな。
でも…
「俺の部屋が…」
「ああ…またですか。そういうことならここに居ても良いですよ。」
似たような状況は既に何度かあったため、分かってくれたのだろう。リリナは部屋の滞在をお許ししてくれた。
マヤがこの家に滞在するようになってから一週間になる。
リリナは神の力を失ったため、これ以上の増築はもうできない。宇宙人の技術は乱用できないとのことだったので、ジーナの力も使えない。
その為、マヤは俺の部屋を共有という形で使うことになったのだ。自分同士だから良いだろうとリリナとジーナが言っていた。
俺もマヤもそれで妥協して、同じ部屋で寝食を共にしている訳だが…
一つ見落としがあった。
マヤには大勢の友達がいる。消えたくないという理由で必死に作った何十人もの友達が。
彼女達(もちろん全員ではない。何十人もあの狭い部屋に入れるか。)はマヤと遊ぶとき、マヤの部屋…つまり、俺の部屋を溜まり場とするのだ。
そういう時、女子達の集会に参加できない俺は、自然とこうして部屋から追い出される。というか自分から逃げていく。
勤労感謝の日で休みの今、彼女らが遊びにこないはずもなく。
俺の部屋は朝から今に至るまでマヤと遊びに来たマヤの友達が占拠しているのだ。だからリリナの部屋に退避してきた。
最近は度々こういうことがあるため、リリナもジーナもそういう時は今のように部屋に滞在することを許してくれる。
「私だって、基矢さんが男友達を連れてきたら輪に入りづらいですしね。」
「…達治とか守とか田倉とかは?」
「まあ私の友人でもありますし?その時は遠慮なく。」
「じゃあ良いじゃねーか。」
「…あれ?基矢さん、もしかして友達少ない系男子でしたか?」
「今はな。こんな姿だし。」
「そ、それはすみません…」
「それはもう謝らなくていい。」
リリナは性別による弊害となると強く出られない。当たり前だ元凶だもの。
実際、男時代の男友達で交流が残っているのは達治くらいだ。他の友達は…今の俺を基矢として見ることは出来ないだろう。男友達が美少女になってましたーとか、普通は信じない。
まあ、その分友達は増えたけど…元神やら宇宙人やら元人間やら見事に人外だらけである。どうしてこうなった俺の人生。
「あ、そう言えば基矢さん。」
「なんだ?」
「週末って予定空いてますか?」
「…俺は基本自発的に予定は組まない。
行き当たりばったりの基矢の称号は伊達じゃないぜ。」
「この前その場しのぎの基矢とか言ってませんでしたっけ…どちらにせよ計画性無いですね。
その日に遊園地とか言ってみませんか?2人で。」
「お前とデート?
…詞亜にでも連れてってもらえ。」
コイツと遊園地とか嫌な予感しかしない。
妙なリアクションされて混乱させられたり、変な言動でいらん注目を浴びたり…
「冷たいですね…流石の私も傷つきますよ?」
「おーつけとけつけとけ、多分かっこいいぞー」
「………憂佳さんと一緒に遊園地に放り込むのも悪くなさそうですね。」
「ハッ!お前に牙を抜かれた憂佳なんざ敵じゃないな!」
憂佳は悪い心を砕かれてるので、妙なことはしない。口走りはしても。
「いや、憂子さんの方が良いかも?」
「……は、はは!まだ誘拐した時の憂佳に比べれば可愛いもんさ!」
動揺するんじゃない…!隙を見せたら終わりだ!
「……やっぱり、私と来てくれませんか?」
「だ…良いぞ。」
本気で寂しそうな顔されたら断るに断れねーだろ卑怯者俺が楽しませてやるよこんちくしょうめお前も笑顔にしてやろうか?
「ありがとうございます!では日曜日に!」
「…分かった。」
…何の考えも無しに部屋を出てから自室に戻れないことに気付く。
ジーナの部屋にでも…いや、たまには散歩にでも行くか。他にすることも無いし。
特に意味も無くワオンモールへ来た俺は、意味も無く本屋で新刊チェックを行う。うん、無い。
ゲーセンにでも行くか。いや、立ち読みも良いな。でも立ち読みって変な罪悪感があるんだよな。じゃあ良いか。
「…基矢の方?」
早い自己完結の後、本屋を出ようとしたところで鴨木さんに呼び止められる。
またこの本屋に居たのか。品ぞろえが良かったのだろうか。
「鴨木さんか。
基矢の方って…基矢かマナで良いんだぞ?アイツにはマヤっていう名前があるんだからな。」
「そうだけど…でも、なんとなくそんな感じがする。」
…俺とマヤが同一人物に見えるということだろうか。
「俺とマヤは別人だぞ?記憶と姿が同じだけだ。」
実際のところ記憶と姿以外はかなり違う。
性格はもちろんの事、俺は生身の普通の人間だが、マヤはザープ星の超技術によって作り出された人工的な肉体を持っている。臓器は地球人と同じように内臓しているとか。
「分かってる。」
「割り切れないか?」
「そういうことじゃない。
でも、どこかで同一視してるのは事実。」
「それは仕方ないことだろ。」
視覚の影響は大きい。
全く同じ容姿であることにより同一視、もしくは一括りにしてしまうのは仕方ない事だろう。
「ところで、ユーは何しにこの場所へ?」
「本を見に来た。ここは他の本屋には無い本が売ってることもあるから。
でも、他の本屋にあるけどここにはないって言う本も多い。
例えばあの本、二巻まではここで売ってるけど他の本屋には最新刊の五巻まで売ってる。
私の個人的な印象としては器用貧乏。」
「言いたいことは分かるけど、器用貧乏っていうのもなんか違うような…」
薄利多売…もっと違うな。意味不明?うーん…
「……」
「どうしたんだ?
後ろに何か…」
鴨木さんが突然俺の後ろと俺を二度見した。
何があるのかと思って後ろを見ると――
――ぷにっと頬を突かれた。
「びっくりした?」
「…少佐、俺だ!俺が居るぞ!」
「私はもう少佐じゃない。
しかもそれマヤ。」
俺の頬を突いたのはマヤだった。
家を出て行くときはまだ自室で遊んでたはずだったんだけどな…
「どうしてここに?自力で脱出でもしたのか?」
「ちょっと服選びにでも行こうかと思って。
リリナ達のチョイスも良いんだけど…私も選んでみたいから。」
「予算は良いのか?俺に代わって出たバイト分しか持ってないんだろ?」
「お金は大丈夫!マナの財布からちょっと頂いたから!」
「え!?お前嘘だろ!?」
慌てて財布を取り出し、中身を確認する。
野口の人数と硬貨の枚数を数えると、それらの損失がゼロであることが分かった。
「じょーうだん!」
「冗談かよ!本当に焦るから止めてくんない!?」
「でも、お金なら心配ないよ。だって買う気無いし。」
「……本当に“見に”来ただけってことか?」
「うん、たまにはそういうのも良いかなって。
これからバイトしてお金貯めて、それであらかじめ見てたやつを買うのもね。」
………
「…なら、俺が買ってやるよ。」
「え?でも私は…」
「迷惑かけたとでも言いたいのか?
まあ、一週間俺の代わりをしてくれたご褒美ってところかな…お前のおかげでリリナに日頃の感謝も出来たし。」
「マナ、私には?」
「……マヤの分を買ったらもう持ち合わせが…また今度で良いか?」
「良い。それなりのお礼だったら私もお礼し返してあげるから。」
「それで頼む。
まずは移動だな。」
本屋から服屋に移動した俺たちは、マヤの服選びを待つ。
マヤの服選びのセンスは連日行ってきた女子への聞きこみの賜物か、良い物ばかりだった。
…なんか俺も同じの買わされて俺の財布へのダメージが二倍になった。まさか下ろすことになるとは…
「…マナ、下ろすなら私の分も買って。」
財布へのダメージは通帳まで貫通し、二倍どころか三倍まで膨れ上がったダメージの影響でゲーセンと本屋からはしばらく遠ざかざるを得ないことになってしまった。
…………週末の遊園地どうしよ。




