元八十四話 単純だけど合理的だった
「そんな…もう、私は…」
絶望の色に染まった顔で地に膝を突くマナ。
基矢の完全回復、つまり、彼女の役目の終わりが訪れてしまったことを示すからだ。
「俺の顔でそんなに真っ青にならないでくれないか?
結構良い顔っていうのは分かってるんだ、その顔に絶望は似合わない…なんてな。」
気障ったらしい台詞を吐く基矢にジト目を剥ける鴨木。
完全回復したからか、この場の雰囲気とは違い彼のテンションは高いらしい。
「……意識が戻らないほどの重傷じゃなかったの?爆発に巻き込まれたって…」
「ツッコミが入らないと調子が出ないなー…真面目な話をしようか。
俺の回復が早かった理由は宇宙人の技術と、リリナがくれた回復力のおかげだ。
地球では後遺症が残るレベルの大火傷だったんだけど、おかげで完全復活だ。
後、マナ。お前はここにいても良いそうだぞ。」
「え…?」
「さっきジーナが掛け合ってくれたらしくてさ。俺もそれに便乗して交渉したらオッケーだと。
具体案があったのも良かった。」
「具体案って?」
「ああ!
今のマナの状況を聞いて、何とかできないかって考えたんだけどな…ちょうど良さそうな作戦が思いついたんだよ。
鴨木さんが心配してることは、それで解決できる。」
「それで、どんな作戦なの?」
「作戦としてはかなり単純かもしれないけどな。
まず、マナは俺の双子の妹ってことにする。
それで、俺とマナが実は入れ替わって登校してたってことにするんだ。俺とマナが一緒に行けば、それだけで証明できるだろ?」
「……簡単すぎる。」
作戦の単純さにあっけにとられる鴨木とマナ。
「シンプルイズベストって言葉もあるだろ?無駄に頭をひねって、ボロだらけの作戦を使うよりはいい。
それに、俺はこれ以上の作戦は思いつかない。他の案が無ければこれを使うしかないぞ。」
「それもそうだけど…」
しかし、合理的なのもまた事実であった。
「でも、それだとマナが2人になる。
だからマナ、お前には新しい名前が必要だよな。」
「名前…?」
「一応、表では俺がマナってことになってるからさ。双子なのに名前が被るなんてありえないしな。
お前の名前は“マヤ”だ。」
「マヤ…」
「マナの“マ”に基矢の“ヤ”ってところ?」
「そうだ。
でも、シンプルだしベストだろ?もちろん本人が嫌なら止めるけど。」
「…ううん、これでいい。
私はマヤ!宇露マヤ!」
「よしよし!いやー必死に考えた甲斐があった!」
「……マナ、入れ替わって登校してた理由は?」
「……ドッキリとかで良いだろ。」
「そこはテキトーなんだ…」
翌日、2人は作戦を決行しリリナ達を除くクラスメイトに大きな衝撃を与える。
基矢の目論見通り、マナに対する軋轢は発生しなかった。
カミングアウトの放課後、俺はジーナと帰路に着こうとしていた。
昼休みは校舎裏でリリナと詞亜、達治、田倉に鴨木さんまで俺に質問の嵐を浴びせてきて大変だった。
研究所で何があったのかとか、マヤを許すのかとか。
「ジーナ、プロックとフラリアはどうなったんだ?」
あの後、2人がどうなったのかは聞かされていない。
俺と同じく爆発に巻き込まれたはずなのだが…
「フラリアは、逮捕されたよ。私と同じで爆発を魔法で防御してたから軽傷で済んだらしいよ。
今も多分…」
しまった、地雷だった。
何の気なしに訊いてしまったが、フラリアはジーナの友達だったな。友達が逮捕されていい気分のはずが無い。
「わ、悪かった。プロックは?」
「プロックだけど…魔力に関する記憶を消されて地球に送還されてるよ。
多分、メタルマナの事も、貴方の事も忘れてる。」
「…生きてるのか?」
「コックピットは自爆からパイロットを守れるようにシェルターみたいな構造になってたみたい。」
「…でも、あの時フラリアはプロックも死ぬって言ってなかったか?」
「旧型のメタルマナにはその装備は無かったから、フラリアは知らなかったのかも。
でも、自分で爆発して死ぬって間抜けじゃない?自分が助からなかったらその人は終わりなんだし。」
「……」
新型メタルマナを開発したザープ星人とジーナは自爆の流儀を知らないのだろう。
自らの命以上の物を見出し、それの為に命を散らす。
それは愚かなことかもしれないし、全面的に肯定できるようなものでもない。
しかしその中にある尊さ、かっこよさは言葉にしがたいものがある。
確かに犠牲者が出ないに越したことは無いし、プロックが生きていると知って安心したが…う~ん…
…軽い不完全燃焼感を感じながら下駄箱を開ける。
「……」
「どうしたの?固まって。」
「いや…見覚えが無い便箋が入ってたんで。」
下駄箱を見るとラブレターが入っていた。ハートのシールで止められているので間違いない。
「何通あるの?」
「え~と…10通くらいか?
田倉以降は無かったんだけどな。」
「きっとマヤを見た人からだろうね。
元々外見は可愛かったから、女の子っぽくなって男子の人気が上がったんじゃない?
マナはガサツ過ぎるもん。」
「……心は男だし。同性に好かれても嬉しくないし。」
ラブレターは読まずに縦に引き裂いてバッグにしまう。後でシールも懇切丁寧にハサミで縦に切ってやろう。
一人二人なら良いが、10人とか面倒で回りたくない。どうせ振るし。
靴を取り出して校舎を出ると自然と校門が目に付く。
「あそこ見てよ。凄くない?」
「ああ、よくもまああんなに友達を作ったもんだ…」
校門には人だかりができている。
確か朝、マヤが放課後に校門に来るとか言ってたのであの中心に居るのはマヤだろう。見えないけど。
マヤは俺の部屋に滞在することになっているが、この分では解放されるのはかなり先だろうし…先に帰っても良いか。
同じ判断をしたジーナと共に人混みを避けて校門を出る。
「…あ、ジーナ。帰りだけど寄り道して良いか?」
「良いけど、どうして?」
「いや…ちょっとな。」
「もしもーし!」
帰宅して着替えると、リリナの部屋をノックしてもしもし。
「なんですかー?」
「入るぞ。」
返事が返ってきたので部屋に入る。
「…なんだそれ?」
「マヤちゃんが買ってきた少女漫画ですよ。後で読みますか?」
「いい…」
…アイツ、少女漫画買ってたのか。
派手に散財とかしてないだろうな…後でお小遣いの確認をせねば。
「それより、コレ。」
包装された細長い箱を取り出し、リリナに差し出す。
「…なんですかその箱は。」
「開けてみろよ。」
「………」
「別に変な物は入ってないからその視線は止めろ。」
胡乱げな視線を寄こしつつも、その箱を受け取ったリリナは包み紙を剥がし始める。
「…開けた瞬間びっくりドッキリさせたら貴方を部屋に監禁してまたマヤさんと入れ替わってもらいますからね。」
「勘弁してくれよ…でも、本当にそう言うのじゃないからな。開けてくれ。」
俺の言葉を聞いたリリナの手はおっかなびっくりスローリーに箱開けていく。
「…包丁?」
「ああ、お前専用のマイ包丁って奴だ。プレゼントだよ。」
箱に入れていたのは白い柄の包丁だ。
異世界の得体のしれない食材を切った包丁を使って料理するのが嫌ゲフンゲフン特に深い理由は無いが俺からのプレゼントだ。
「…どうしてですか?」
「いや、日頃の感謝をマヤにさせるっていうのもおかしな話だと思ってさ…
だったら、俺から何かしないとと思ったんだよ。
良いのが思いつかなかったから、料理当番の時には絶対に使う包丁が良いかと思ったんだけど…」
マヤがリリナに髪飾りのプレゼントをしたことはジーナから聞いていた。
日頃のお礼というのは間違っても他人にさせるものではない。マヤがやったから良いというのは誠意に欠けるだろう。
…なんか恥ずかしい。顔が熱い。
リリナの目が見ていられない。
「……マナさん。」
「…なんだ?」
「また入れ替わりですか?今度は基奈ちゃんとかですか?」
「正真正銘基矢だよバカ!」
顔の赤みが少し引っ込んだことを自覚しながら部屋を出る。
「基矢さん。」
「…なんだ?」
「ありがとうございます。」
「……ああ、どういたしまして。」
…俺は振り返れなかった。
部屋を出るとまた熱くなった顔を冷やすため、洗面所へ駆け込んだ。




