元八十三話 罪を背負っても消えたくなかった
「立場を奪う?」
「分からない?」
ピンとこないような顔をしている達治に呆れた顔をする鴨木。
「よくあるでしょ?ドッペルゲンガーが元の自分を乗っ取ろうとするやつ。
今のマナが基矢に成り代わろうとしてるの。」
「…どうしてそんなことをしようとするんだ?」
「基矢が帰ってきたら、今のマナはどうなると思う?」
「うーん…そりゃわからないが…とりあえず学校に通うのは基矢になるだろうな。
でも、アイツは…」
「それを防ぐために成り代わろうとしてるの。
今の生活を守るために、基矢に戻ってこられないようにしてまで。
ちなみに、基矢が完全に回復したら彼女はこちらで処分される予定だよ。」
「処分…!?」
「同じ人間は2人も居られない。
アレはそもそも生き物じゃなくて人形。宇宙人からすれば人権も何も無いんだよ。」
「…でも、彼女には意思がある。
人形としての使命を全うする以上に、消えたくないと望んでる。だからああしてあがき続けてる。」
「………そんなの、どうすれば良いんだよ。」
「最悪、取り巻きが持ってる今のマナの記憶を消すよ。
こっちの干渉は出来るだけしたくないし、リスクも大きいから出来る事なら避けたいんだけど…」
「そうじゃない。
確かに、今のマナと俺は一言二言しか話してない。
でも、友達に姿だけでも似てるやつがああやって苦悩してるのを知って…消えてほしくないって思っちまったんだよ。」
「…達治、それは出来ない。
マナは一人しか要らないし、代わりなんていない。」
「でも、俺からすればアイツはアイツ、基矢は基矢だ!
アイツは基矢じゃないし、基矢はアイツじゃない!」
「………でも、彼女と基矢の共存にはコストがかかりすぎるし、リスクも大きい。
彼女が元々この世界に居たことにするには、この学校だけじゃなくて両親や、母校まで記憶をいじる必要があるんだよ。
彼女の記憶を消すなら、この学校だけで済むけど。」
「ならそれで良いんじゃないのか?」
「…記憶をいじるのに失敗したらどうなると思う?
ザープ星の実験では現実といじられた記憶が混在して、その影響で自我が崩壊するまでに至った。その人は死ぬまでベッドの上で呼吸以外何もしなかったらしいよ。
そんな人間をこの地球に生み出す訳には行かない。
失敗の確率は1%だけど…逆に言えば、百人に一人がそうなっちゃうってことでもある。」
「だから、彼女達に限定したい訳ね。」
「うん、そうだよ。」
「………」
基矢には帰って来て欲しい。マナと基矢、どっちを選ぶかと言えば基矢だろう。
だが、偽物のマナとは言え、別に罪を犯した訳ではない。
そんな彼女が用済みだからと捨てられる。それが達治にとっては嫌だった。
「…まずはアイツを説得してみないか?」
しばらく考え込んだ達治は一つの提案をする。
ただ、その顔は険しい。その提案が厳しいことを知っているからだろう。
「友達と別れてくれって言うの?」
「ああ、ちゃんと理由も言ってな。」
「ちょっと言われたくらいじゃダメなんじゃない?現にああして仲間を増やしてるわけだし。」
「それは消えるっていう前提があるからだろ?」
その提案が厳しいと思った理由はそこにあった。
マナを消さない、代わりに基矢に戻ってきやすい環境を作ってほしい。
説得するならこれ以上の条件は難しいだろう。
「……マナを消さないでってこと?」
「ああ…頼む。ジーナの力で何とかならないか?」
「一応、本部と掛け合ってみる。
今回の件を報告した上でね。」
「すまん…手間かけさせるな。」
「良いよ、これくらい。
私もちょっと納得いってなかったし…」
その後マナはどうなるのか、取り巻き達と軋轢も無く別れるにはどうすれば良いか、そんな懸念事項は後だ。
今は本部の許可を貰えるか。それにかかっている。
「……」
「どうした鴨木さん?」
「…大したことじゃないから気にしないで。」
私だったらジーナを頼ることは出来なかった。
そう思った鴨木は一つの提案をする。
「2人とも、いい?」
「なんだ?」
「何?」
「今日の放課後なんだけど―――」
帰路につく生徒でごった返す校門前。
そこに彼女は立っていた。
「あれ?鴨木さん?」
「…待ってた。」
彼女はマナを待っていたのだ。
「…マナ、ひとつ話がある。」
「何?」
「でも、その前に場所を変える。ここは人が多すぎる。」
「良いよ。」
マナは一見無警戒に鴨木に付いて行くように見えるが、虎視眈々と取り巻きに引き込む機会を伺っている。
それを察せない鴨木ではなかった。
「…それで、話って?」
場所は人気と遊具が無い公園に移る。
以前鴨木がマナを人質にリリナから神の力を奪おうとした場所だ。
あれ以来鴨木はここに来ることは無かったが、内緒話をするにはもってこいの場所だ。
「これ以上、貴女のお友達を増やすのは止めてくれない?」
彼女は単刀直入にそう言った。
まだマナの処分の取り消し許可は貰っていない、この状況で。
「…どうして?」
「基矢が帰ってきづらくなるから。
基矢と貴女の性格は違う。基矢はあんなに女子に囲まれたら貴女程まともに対応できない。」
「そっか、鴨木さんは…私の事なんてどうでもいいんだ…」
俯く彼女の表情は寂し気で、悲し気だった。
「……やっぱり、わざと仲間づくりをしてたの?」
「ええ。
だって、私は消えたくないから。できる事なら、ずっとマナとして生きていきたい。
神として生きたかった鴨木さんならわかるでしょ?」
「…確かに、気持ちは分かる。
でも、私はそうだっただけ。貴女は今もそう。
だから言わせてもらうけど、貴女はマナじゃない。貴女はマナの姿と記憶を借りただけの別人。成り代わることは出来ないし、許されない。」
「出来てるじゃない。」
「いえ、出来てない。
普段の基矢にはできないことをしてるし、出来ることをしてない貴女は成り代わりが出来てるとは言えない。
貴女、バイト以外で田倉君以外の男子と喋ったことある?」
「!」
「…ほら、出来てない。
貴女は男子を避けてる。基矢なら避けてないし普通に会話してる。貴女が女子にしているように。」
「そ、そんなのたまたまだよ…男子が話しかけてくれないだけ。
それと、さっき許されないって言ってたけど、誰に許されないの?」
「聞きたい?」
「うん、言ってみてよ。」
「基矢、私達、そして…貴女のお友達。」
「…どうして?どうして彼女達が?」
「だって、貴女は彼女達を騙してる。自分をマナだと偽って接している。」
「………」
「それを聞いても…止めたいと思わない?
彼女達を騙してると知っても、その気持ちは変わらない?」
「………うん、それでも…私は、消えたくないから…」
「辛そうだけど?」
「辛くなんて、ない…」
「涙を止めてから言いなさい。」
自分という存在を繋ぎ止める為にどれほどの人間を欺き、罪を背負っているのか。
彼女はそれを自覚し、後悔し、自己嫌悪と生きたいという気持ちの境界を彷徨い、悩み苦しんでいた彼女の目からは涙が溢れていた。
「そうだ、泣く必要は無いぞ。」
鴨木の後ろから声が聞こえる。
聞き覚えのある声。それも、今さっきまで聞いていたものと同じ声。
しかし聞いていた声の主は目の前で頬に涙を残したまま目を見開いて呆然としている。
鴨木は振り返る。
「待たせたな。」
そして、それを見る。
銀髪黒目の一人の少女の姿を。




