元八十二話 気付いたけど押し込めてた
翌日の夕食後。
リリナは部屋でマナから借りた少女漫画を読んでいると、ノックの音を耳にする。
「入って良いですよ~!」
許可が早いか、ノックの主はドアを開ける。
「リリナ!リリナ!」
「なんですか、マナちゃん。」
リリナはマナのちゃん付けに引っかかりが無くなっていた。
同じ家に住んでいることもあり、もう慣れてきたのだろう。
「ちょっと目、瞑ってて。」
「目を?良いですけど…変な事しないでくださいね?」
「しないしない!」
リリナは言われるがままに目を瞑る。
「……うん、やっぱり良いね。
目を開けてみて。」
「分かりました。」
リリナが目を開けると、映ったのは自分の顔だった。どうやらマナが鏡を持っているらしい。
何故鏡を見せたのか、その理由はすぐに分かった。
「髪留め…」
リリナの髪には一つの髪留めが付いていた。
百合の意匠がなされた金属のそれは、リリナの金髪にマッチしている。
「うん!
リリナなら似合うかなって、クラスの友達と選んできたんだ!」
「私の、為に?」
「そうだよ!
今まで何回も助けてもらったけど、一回もお礼出来てなかったから…」
マナの性格の設定は間違っていたが、記憶は引き継がれている。
元々男だったことはもちろん、男だった時の記憶や、誘拐された事、巨大ロボと戦った事も全て。
「……ありがとうございます。」
破顔するリリナにつられて笑うマナ。
(これが、幸せですか…)
更に翌日の放課後。
「詞亜!待ってたよ!」
ぞろぞろと帰ってゆく生徒の流れの中、一人校門に背を預ける者がいた。
「何?マナ?」
「あのね、ちょっと近くのファミレスで話さない…?」
「え…?
…分かったわ。」
マナの真剣な表情を見て、ただ事ではないと踏んだ詞亜はマナの案内のまま最寄りのファミレスに辿り着く。
「詞亜…ゴメン!」
「え!?どうしたの急に…」
「この前は急にタイプを訊かれて困って、あんなこと言っちゃったけど…私、考え直したの。
愛と世間体なんて関係無いんだって!」
「!?」
「だから、詞亜の気持ちに応えたい!
性格は代わっちゃったし、もう私は基矢じゃないかもしれないけど…私は、詞亜ともっと仲良くなりたいし、もっと知りたいの!
だから…」
その時、詞亜が席を立ち、マナの横に腰掛ける。
「し、詞亜…?」
そして、詞亜はマナに抱き着いた。
「マナ!
アンタは昔から男のくせに二言が多いとか思ってたけど、今のは歴代最高の二言よ!」
「し、詞亜、その言い方はちょっと…」
「気を悪くしたなら謝るけど、それが私の気持ちなの!」
「……うん、とりあえず、良いってこと?」
「もちろんよ!」
「詞亜…!」
2人は人目もはばからず抱き合った。
「マナちゃん!」
「マナ!」
翌週の昼休み。
マナを囲むクラスメイトの中にリリナと、クラスを越えてきた詞亜も混ざっていた。
「……なんだアレ?」
「さあ…?」
それを達治と田倉、鴨木の三人は遠目に見ている。
「あんなことを知ったんだし、普通は距離を取る物と思うけど…」
「…懐柔でもされたとか?
あのリリナの髪飾り、見たことない。」
「なるほど、プレゼント攻撃か。
それにしても似合ってるな…」
「プレゼントは別に攻撃じゃないよね…
それにしても髪飾りかぁ…盲点だったな。」
「田倉、今お前なに企んでた?」
「女装のレパートリーを増やす方法を思いついただけだよ。」
「お前…こんな時でもブレないな。」
「いかなる時でもアンテナを向けてアイディアを盗む。女装に限らず大切なことだよ。」
「その例えっていうか事例が微妙過ぎると思うんだが。
それより、マナの取り巻きドンドン増えてないか?」
達治が気が付いたのは、詞亜とリリナに限らず女子の取り巻きが増えてきたことだった。
マナが変化してからという物、人だかりは徐々に拡大してきている。中には詞亜を始め、他クラスの女子も居る。
「確かに、増えてきている。
だから、少し心配。」
「心配?何がだ?」
「マナが元に戻った時の事じゃない?
マナの性格だと、あんなに女子に囲まれても対応しきれないと思う。」
「元に戻った途端、夏休みの始めみたいにもみくちゃにされて、しばらくして飽きられて離れていくなら良いけど…態度の急変による無用な恨みを生み出す危険性もある。」
「…えっと?」
「達治、親しくしてた人から急によそよそしくされたらどう思う?
例えば……えーっと…」
「例えが思いつかないなら良い。そこまで言われたら俺だって分かる。」
「そうでしょうね、達治は経験済みだから。」
「…うるさい。」
達治の経験というのは基矢の事だ。
バレバレなのに下手な演技をされて、ヤキモキしていたのはもう一か月前までの事だったことを思い出した達治はやや不機嫌そうに返す。
「とにかく、それなら確かに心配だな。
その恨みつらみで何かあるようならマナは俺達が守るとはいえ、できればそんな必要は無い方が良い。」
「マナが本当に……もしかして…!?」
鴨木はかすかに生じた願望を口にしようとした瞬間、あることに気付いた。
「どうしたの鴨木さん?」
「……いえ、なんでもない。
それより、マナが戻ってきた時のことを考えよう。」
が、その気付きは胸に押し込める。それよりも優先すべきことがあるからだ。
「今の取り巻きをどうにかできるとは思えない。
だから、これ以上の拡大を止めた方が良いんじゃないかな。」
「でも、友達作りを止めろって言うのもな…」
「確かに聞こえは悪いけど、マナの身を守るため。仕方ないこと。
とりあえず、今の私達に出来るのはあの取り巻きの一員にならない事。」
「お互い気を付けよう。」
「分かった。」
「田倉君!」
話題の人物が1人、三人に近付く。
先の取り巻きは解散しており、各々の友人とだべっていた。
「何?マナさん。」
話しかけられた田倉は平素の通りに答える。
他の2人も、驚きながらマナの言葉に耳を傾ける。
「田倉君に良さそうな服が合ったんだけど、明日は土曜日だし、一緒に見に行かない?」
「え?ホント!?」
残された2人には嫌な予感が残った。
「……やっぱりか。」
「予想通りね。」
次の日、田倉は陥落していた。
やはり取り巻きは増えてきている。悪化の一途を辿り続ける状況にため息をつく達治と鴨木。
「どうしたの2人とも?」
そんな二人に話しかける青髪の人物。
「ジーナさんか。」
「…貴女は良いの?」
「良いって…何が?」
「マナのところに行かなくて、だよ。」
「家でも話せるし、あれだけ人が居るとちょっと話しかけづらくない?」
「……よかった、お前はまだそっち側じゃないんだな。」
ジーナはまだ取り巻きの一人にはなっていないらしい。
「それにしてもびっくりするよね!まさかマナがあんなコミュ力の化け物になるなんて!」
「ああ、元に戻った時にどうなることか…」
「……気付いてた?」
「ええ、それを知ってたはずの田倉もあの通り。」
「………やっぱり、意思があるとああなっちゃうのかな。」
「どういう意味だ?」
「この前、家でマナに言われたんだよ。
邪魔はしないでねって。」
「邪魔?
一体何の邪魔なんだ?」
「……やっぱり、そういう狙いがあったの?」
「奈菜美は分かってるみたいだね。
そうだよ、マナは…偽物は奈菜美が思ってることを狙ってる。」
「なんだよ、お前らばっかり分かってて…俺にもわかりやすく言ってくれよ!」
鴨木とジーナは顔を見合わせる。
アイコンタクトの数秒後、ジーナが口を開いた。
「あのマナは…宇露基矢の立場を奪おうとしてるんだよ。」




