元八話 姉を慰めたら面接が無かった
ストック「そろそろ決着をつける時だな!書き溜めからの最期のプレゼントだ!」
じりゅー「ストオォーーーーーーーーーーーーーーック!!」
書き溜めが無くなりました。
これからは不定期になります。
リリナの夕食は異次元だった。
…見た目が。
味は悪くないのだ。よくこの世界で異世界の料理が再現できたなと思うし、よく頑張ったと思う。
ただ、なんか見た目がおかしいんだよ。
カレーみたいにドロドロした青い液体(本人曰くスープらしい)、コポコポと泡が立っているドレッシングがかかったサラダ。
食べる気無くしたね。結局食べてうまかったけど。
あ、その後は結局銭湯に行くことになって……
…忘れよう。ついでにちょっとパジャマとかの服を買いに行った時も含めて。
「……基矢…」
今、俺のベッドの中にモア姉が居る。
俺は友達の家へお泊りに行ったということにしている。
姉が来たのに泊まりに行くとはなんと薄情かと我ながら思うが他に理由が思いつかなかった。
それで、俺がベッドを使おうとしたらモア姉も一緒に寝ると言い出した。
リリナの部屋にするように進言したが聞き入れられなかった。何故だ…
で、やや現実逃避気味に夕食のことを思い返していた。夕食が衝撃的すぎたから頭から離れないという理由もあるが…
しばらく目を閉じてぼんやりする。これで眠れるだろう。隣には誰もいない、誰もいない、誰も…
「マナ!」
「え!?何!?何?!」
何故かモア姉に抱き着かれた。
顔は俺の胸にうずめられ、表情は見えない。
しかし、胸元が濡れる感触がした。涙を流している証拠だ。
昔、小さなころに母にされていたように優しく右手で頭をなでる。
モア姉は一瞬震えたが、何度もなでているうちに抱き着く力が弱まっているようだった。
「懐かしい…
いつぶりだろ、こうしてなでられたの…うっ…う…」
涙声だった。
嗚咽が大きくなっていき、大声で泣き始めた。
俺はその間も、ずっと頭をなでていた。
モア姉が泣き止むと、ぽつぽつと家出の理由を語り始めた。
「実はね…両親に私も一人暮らしがしたいって言ったの。」
「うん。」
「そしたら、お前は基矢と違って女の子なんだから一人暮らしは危ないって…だからダメだって。
理屈は分かってたんだけど、男女差別的なみたいな言い方だったから少しイラっとしちゃって言い返して…」
「それで喧嘩を…」
「そう。
それで家を飛び出したんだけど…
頭が冷めて、帰って謝ろうとしたらふと思ったの。
もし、帰ってくるなって言われたらどうしようって。
飛び出した時に家出するとか、一人暮らしの部屋探すとか、そんな事を言った後だったからそう思った。
それが怖くなって、気付いたら基矢の家の前にいたの。」
「だからあんな時間に…」
「基矢とは特に喧嘩したわけじゃなかったし、急に行っても泊めてくれると思ったから…自然に足が向いたんだと思う。」
「…今も、帰るのが怖い?」
「怖い。
けど、それ以上に両親を…家族を信じきれない自分が許せない。」
「……」
「お父さんも、お母さんも絶対に帰ってくるななんて言わないはずなのに。
その言葉を恐れて逃げて、今もここに居る自分が許せない。」
「………モア姉。
それは俺も同じだよ。」
「…?」
「今だけ、私を基矢だと思って聞いて。
実は、俺も父さんや母さん、モア姉に秘密にしてることがある。」
「…!」
「本当なら言わなきゃいけないことかもしれないけど、信じてもらえるかどうかも分からないし、信じてもらえてもその後奇異な物を見る視線で見られたり、変に避けられたりするのが怖くてたまらなくて、今は言えない…」
気が付くと途中から俺も涙声になっていた。
既にシーツは濡れている。
「俺も、家族を信じきれてないんだ。血がつながってて、ずっと一緒に暮らしてたはずの人間を。
モア姉と同じだ。俺もそんな自分が許せない。
だから…ちょっとでも良いから、変わりたいから今、モア姉に言うよ。
俺は…宇露基矢は…」
絶対に言う。
今言わなきゃならない。伝えなきゃいけない。
「…宇露マナになったんだ。
戸籍も、学校でも、このアパートでも…
名前も性別も姿も、全て変わってしまった…」
「………分かってたよ。」
「え?」
「会った時に素が出て、ちょっと怪しいと思った。
帰って来た時の玄関の開け方とか、ただいまの言い方とか、基矢にそっくりだったから。
それに、さっきの話。
トレースしたにしても似すぎてるし、男言葉が堂に入ってた。だから間違いないって確信したよ。」
「……モア姉には、やっぱり適わないな。」
「何年貴方の面倒を見たと思ってるの?
私が基矢に負けるわけないじゃない。」
「その割にはさっき泣きつかれたけどな。」
「良いじゃない、弟に甘える姉が居たって。
突然女の子に変わる男だっているんだから。」
「……詭弁にもなってないよな、それ。」
「ばれちゃった?」
ははは、と2人で笑った。
俺たちが寝付くころにはもう、涙の跡は無くなっていた。
「…なんだよ、その顔。」
朝。朝食を配膳し終えたリリナが妙にニヤニヤしていた。
「昨晩はお楽しみでしたね。」
「何も無かったよ!」
夜のことは無かったことにしてほしい―――モア姉から今朝そう頼まれたのだが、そのモア姉が顔を赤くしていては世話ない。
マジでお楽しみしたことを肯定するみたいだから赤くなるの止めて。
「おや~?これは本当に?」
「何も無かったって言ってるだろ元女神!」
「いい加減その呼び方は止めてくれませんかね元野郎さん!
…ん?うろ、もとや…もと、やろう…」
「隙だらけだぞリリナぁ!」
「えっ、痛い痛い痛い痛い!止めてください!腕極めるのなんでそんなにうまいんですか!?」
「天性って奴だよ多分なぁ!!」
騒がしい朝は過ぎていく。
茶番が終わったのは詞亜からのメールでバイトの面接のことを思い出し、急いで朝食をかき込み始めた時だった。
「どんなところなんだ?」
詞亜のマンションで合流した俺たちと詞亜。
面接先に向かう途中で詞亜に尋ねてみる。
「喫茶店“カフェウェスト”、っていう所。
私の叔父がやってる店なんだけど、最近口コミで客足が増えたみたいで。
静かな場所でくつろげるとか、評判は良いらしいわ。」
「そうなんですか。
あ、ネットで検索しても出てきますね。評価は……評価者数は少ないですが、中の上ってところでしょうか。」
「さっきも言ったけど、客足が増えたのは最近だからね。
行ってみたことがあるんだけど、あそこのサンドイッチがなかなか良いわ。」
「そうかぁ…!」
「……食べに行くんじゃないからね。バイトしに行くんだからね。」
「そうか…」
朝食の後なのにちょっと食べたくなってきたじゃねーか。
「まかないを期待するか、オフの時に行くと良いんじゃない?」
「そうだな。」
「……ところで基矢さん。」
「あー、外に居る時はマナにしてくれないか?
誰に聞かれてるか分からないからな…あ、詞亜とか俺とかだけの前なら良いけどな。」
「分かりました。
あ、そうでしたマナさん。メアド交換しませんか?ついでに電話番号とかも。」
そう言えば昨日スマホ買ってたんだったな。
新しいおもちゃを貰った子供みたくはしゃいでスマホをいじっている姿は微笑ましかった。
…廊下で歩きスマホして壁にぶつかってからはちょっと勢いが落ちたが。
「あー、意味無いから止めとく。」
「…私とは電話もメールもしないということですか?
憎まれても仕方ないことをしたとは思ってますが、流石に傷つきますよ…」
「あー、〈ちょっと恨んでるけど〉違う違う。今日の帰りに電話番号もメールアドレスも変えようと思ってたんだ。
昨日達治からの電話についうっかり出ちゃってヒヤッとしたし、これからも似たようなことが起こる危険が無いとは言えないからな。
で、変えた番号とメアドはリリナと詞亜とモア姉にだけ教える。これで俺のうっかりも発動しないって訳だ。」
「なんか小声で聞き捨てならないことを言われた気が…」
「気のせいだろ。」
「私とリリナはともかく、モアさんも?」
「ああ、昨日家に来て泊まった時に正体をばらした。
いずれは両親にも言えたらな…って思ってる。」
「そう…」
モア姉にはその場の勢い込みで何とか正体を口に出来たが、両親はベクトルがゼロの状態から話を持っていかなければならない。勢いに期待できないのだ。
まだ家族に対する恐れを捨てきれていない自分が恨めしい。
「あ。
あの店ですか?」
リリナの指の先には“カフェ ウェスト”と書かれた看板がある店が建っていた。
俺たちは店の前に立ち止まる。
「そう、そこが叔父の店。」
入り口のドアに準備中、と書かれた札が下がっている。
詞亜はそれを躊躇なく開けるとカランカランとベルの音が鳴った。
「いらっしゃいませ。
三名様の面接でしょうか?」
出迎えたのは紳士然とした男。
カフェと言うよりバーの店員に似た格好だが、それが制服なのだろうか。
「そう」
「……あれ?詞亜も?」
「そう聞いてございますが?」
「そう、私も働くわ。人手は多い方が良いって聞いたから。
それより、その口調止めてくれない?」
「そうか…こっちの方が良いか?」
「ええ。
じゃあ、ささっと面接しちゃって。」
「ああ。
では、まずはお互い自己紹介と行こう。
私はこのカフェウェストの店長、伊新陽平だ。よろしく頼む。」
「私はリリナです。」
「俺はマナ。」
「ん?
…ああ、よろしく頼む。詞亜、みんな知ってるとは思うが、お前も自己紹介するんだ。」
「…私は詞亜。」
「……よし、自己紹介も済んだところで早速仕事に入ってもらう。」
「おや?面接は?」
「最初からするつもりは無かった。
強いて言うならさっきの自己紹介が面接と言ったところか。」
「え~…」
身構えていた俺の緊張を返してほしい。
「だがその前に着替えだな。
詞亜が用意していた制服はロッカールームにあるはずだ。全員着替えてこい。」
「は~い。
皆、ロッカールームはこっちよ。」
詞亜の案内の下厨房の奥にあるロッカールームに行く。
俺の身長より高いロッカーが四つ置いてある。鍵もつけられているようだ。
「そして、これが私達の制服よ!」
ロッカーの一つからハンガーにかけられた服を取り出す詞亜。
「……なあ、ここは普通の喫茶店なんだよな?
決してメイド喫茶ではないんだよな?」
その服はどう見てもメイド服だった。
「当たり前よ。
叔父さんに女装しろって言うの?」
「絶対に言わないし見たくもないな。」
渋めのオッサンの女装なんて見たくない。
体格的にも残念なことになりそうだ。
「でしょ?」
「でも、それとこれとは関係無いよな。
そういうのを着せるなら弾よ…リリナに言ってくれ。」
「私は弾避けじゃありませんよ!?」
「弾避けだなんて言ってないだろ。」
「弾よ、まで言ってましたよね。絶対その先に“け”が付きますよね?」
「戯言を…そんな訳無いわけないじゃないか。
そういう役はリリナが適任だよ。絶対に銀髪ロリ巨乳が請け負う役じゃない。」
「そういう役って言ってましたよね?」
「言ってない、思っただけだ。」
「口に出てましたよ!?」
「良いから、観念して着なさい。
サイズならばっちりだから。」
ロッカーを見ても他の着替えは無い。
選択肢が無いことを悟り、仕方なく着ることにした。
「……スカートを穿くのに抵抗は無いんですか?」
「…抵抗はあるけど…なんかもう良いや。」
「目が死んでる…一体何があったんでしょうか…」
お前だよリリナぁ!
い、いかん、シリアスが…