元七十三話 キモいと思ってたら憐れんでた
「どうして分かった?
監視カメラには映ってなかったはずだし、見張りに見つかってなければ物音一つも立ててなかったはずだ。」
『この星ではなく、我らの星で使われている規格の電波が発せられていた。
そろそろエージェントが送られてくると思っていたからな、それを迎え入れる準備はしていた。』
パーフェクトステルスMk-3のトランシーバー機能が仇になっていたらしい。物音すら消す優秀さが裏目に出てしまった。
…俺が来なければジーナは見つからなかったんじゃないか?
単独潜入ならトランシーバー機能を使う必要は無かったし。
『言っておくが、トランシーバー機能を使わなくとも無駄だ。その装置の対策くらいしてある。』
良かった、足引っ張ったわけじゃなかった……って、そうじゃない。
どっちにしろ見つかっていたということだ。じゃあ、Mk-3を使っても意味は無いということか?
「マナ!見えてる!隠れて!」
「え?」
先程までは認識できなかったジーナの姿と声に気付いた。
向こうも俺が見えているらしい。
…作動していることを示すランプは点灯している。故障か?
『その装置は破壊した。もうステルス機能は使えない。』
「何!?どうやって!?」
「Mk-3、っていうかステルス系の機械は特定の電波を受信するとステルス機能が無くなるように作られてるんだ。
どんな施設も無断で侵入され放題だったら困るからね。特に、入場料がかかる映画館とか遊園地とか。
基本的にその周波数は秘匿されてるからステルス系の機械は全く使えないわけじゃないけど、ほとんど使われてないよ。これ自体高いしね。」
「でも、地球ならそんな電波が発せられてるはずが無い――
――はずだったけど、宇宙人がいたから無効化されたって訳か。」
『そういうことだ。』
「マナ!早く隠れて!見張りが来るよ!!」
『遅い、お前たちの位置は既に見張りに通達済みだ。
逃げ道は無い、大人しく捕まった方が身のためだぞ?』
「くそっ…!」
階段を一度降り、手近な扉を掴んで押す。
…引っ張るドアだったので引っ張ってドアを開け、部屋に入る。
目に入ったのは壁一面に置かれたロッカーと着替え中のオッサンだった。更衣室らしい。
「Mk-3の電源を切って!」
腰に携帯しているMk-3の電源を切る。敵に会話を聞かれる危険性があったからだろう。
それを確認したジーナは言葉を続ける。
「三階の研究室に行って!私も後で行く!」
ドアが閉まる直前に聞こえた声を脳内メモに書き留める。
「きゃーえっ…」
俺が更衣室に飛び込んでからフリーズしていた着替え中のオッサンが何やらキモい声で叫ぼうとしていたので魔力銃で撃って痺れさせる。
マガジンに水が入っていたため、魔力と一緒に水も出てオッサンに当たった。
…位置のせいで漏らしたみたいに見えるな。
当たったら消える魔力とは違い、水は撃った痕跡として残ってしまう。
迂闊だったな…マガジンを外しておくか。
「あ。」
手元が狂ってオッサンの下半身にマガジンが落ちる。
益々漏らしたみたいな状況になってしまった。
ダダダダダダ…
水を片付けようとした時に扉の向こうから聞こえてきた足音に焦り、空になったマガジンだけ回収してテキトーなロッカーに入って隠れる。
その物音を聞かれたのか、この部屋のドアが開け放たれる音がした。
「こっちか!
………目、覚ましたら片付けとけよ。」
部屋のドアが静かに閉められる。完全に漏らしたことになってるなこれ。
…臭いで気付かないのか?気付かれたらまずいわけではあるけど。
ロッカーを出ると、見張りは居なくなっていた。居るのは漏らした(漏らしたとは言ってない)オッサンだけだ。
「…同情する。」
倒れたオッサンに一声かけ、更衣室のドアを少し開けて廊下の様子を伺う。
見張りは散開したらしく、まばらにしかいない。
逆に言えば、少ないとはいえ居る。一人に見つかれば応援を呼ばれ、あっという間に不利になってしまうだろう。
Mk-3を使いたいところではあるのだが…もうステルス機能は封じられた。残っているのは敵に音声を聞かれ、聞かされるだけのトランシーバー機能だけだ。
段ボール箱でもかぶって…怪しまれるか。
そもそもロッカーに箱なんてある訳無いけどな。
……待てよ。
ここは更衣室だ。ということは、当然着替えもあるはず。
ここの職員の白衣くらいはあるんじゃないか?
白衣を着て、職員に変装すればバレないかもしれない。
よし、そうと決まれば。
「ちょっと服借りてくぞ。」
着替え中だったオッサンに一声かけて開いていたロッカーの中にある白衣を取り出す。
見ず知らずのオッサンの服なんてあまり着たくはないが、そうも言ってられる状況じゃない。
白衣を着こんで……うん、でかい。知ってた。
しかし他のロッカーは鍵がかかっている。代わりは無いので地面に付くような長い部分はまくって羽織る。
息を整えてドアを開け、更衣室を出る。
「……」
見張りが数人こちらを見たが、それに対してリアクションを取ればバレかねない。
堂々と進む。でなければ疑われる。
「おい、あんな職員居たか?」
「ばっかおめぇ聞いたことねえのか?
二階の美人研究員。外国人らしいぞ?」
なんか、前に裏口に居た見張りっぽい声だな…
「聞いてるけどよ…俺が聞いた話だと、そいつは金髪だって話だぜ?」
「俺も詳しいことは分からん。でも、噂が正しいと限らないのは常識だろ?」
「そりゃそうなんだが…」
無視無視、バレてないバレてない。
動揺するんじゃない。鉄の意思、鋼の強さで不動の歩行を……不動の歩行って矛盾してね?
と、堂々と歩いていたらあっさり三階までついてしまった。意外とバレないもんだな。
(えーと、研究室研究室…)
多分こういう所ではドアの上あたりにちっちゃい看板的な奴があるはずだ。っていうかあったので研究室と書いてあるそれを探す。
すると結構早く研究室と書いてある小さな看板が見つかった。
ジーナはもう居るのだろうか。居なければ待ってるだけだけど。
そんなことを考えながら侵入者と言うことを感じさせないくらい超無遠慮に扉を開ける。変にオドオドしてたら逆に怪しまれるからな。
ドアを開けると、数人の研究員が実験机に向かって薬品を混合したり、パソコンデスクに向かって忙しなく手を動かし、カタカタと音を立てたりしている。
…そこにジーナの姿は無かった。まだ来ていないらしい。
「…この部屋には一般の研究員は入れないはずだが?」
部屋の隅々を調べるように見ていると、1人の研究員が研究の手を止めて来た。
他の研究員は手を止めていないが、何人かこちらを見ている。下手な返答をすれば侵入者であることがばれ、捕まるだろう。
研究員は俺が着ているものとは少し意匠が違う白衣を着ている。恐らくそれで一般かどうかを判別したのだろう。
「……実は、その、迷ってしまって…」
「研修の時に聞かなかったか?」
「あ、ここがそうなんですか?
私は極度の方向音痴で、道を覚えるのも苦手だったので…だからその、迷い込んでしまったと言いますか。」
「そんな見え見えの嘘をつくな。さては所長が言ってた侵入者だな?」
まずい…流石にリアリティが足りなかった。
流れは悪くなる一方だ。どうすれば……俺には何がある?この状況で交渉しえる手札は無いのか?
……あったな。
白衣のポケットに手を突っ込み、魔力銃を引っ張り出す。
「そうだ、俺が侵入者だ。」
「やはり…!
ん?そんなものを取り出してどうした?」
やっべ、新しい魔力銃水鉄砲だった。
「まさか、脅しのつもりか?子供だな。」
「へえ、撃たれていいのか?
じゃあ、遠慮なく…」
引き金を引く。
セーフティーは解除しているため、魔力が射出される。
射出された魔力に当てられた研究員はその場で倒れ、研究員がどよめいた。
「こうなりたくなかったら、両手を上げてそのまま動くな!」
水鉄砲を向けると研究者たちは手をとめて手を上げる。
「マナ、グッジョブ!
そのままそいつらを足止めしておいて!それで左側の壁に移動して!」
ここでジーナが研究室に来た。
ジーナはそう言うと、研究員を押しのけてパソコンを操作する。
「お前、何を」
「動くなって言ったはずだ!」
ジーナが何をしてるか分からないが、抵抗しようとした研究員は俺が魔力銃で黙らせている。
「ナイスフォロー!こっちは終わったよ!
マナ、そこの制御盤を開けて!」
全てのパソコンを操作し終えると、ジーナが指示を飛ばす。
俺はそれに従って壁に設置された制御盤を開ける。
「水を撃って!」
「なるほどな!」
セーフティーを掛け、素早くマガジンを装填して制御盤に水をかける。
制御盤は当然漏電を起こし、部屋は真っ暗になる。
「部屋を出るよ!」
記憶を頼りに障害物をよけ、扉を開ける。扉からあまり離れなかったので何かにぶつかったりすることはなかった。
どうやら廊下の電気もあの制御盤が制御していたらしく、扉を開けても暗いままだ。
しかし階段の下からは明かりが漏れている。二階は無事らしい。
「次は地下室に行くよ!」
「地下室!?正面から出て行けば…」
「見張りが居るに決まってるでしょ!
地下室から外に繋がってる道があるから!」
「なんでそんなことを知ってるんだ!?」
「この国の事ならなんでも知ってるからね!
それに、エレベーターも無いのにどうやって地下にあるメタルマナを外に出すと思う!?」
「なるほどな!」
裏をかいてメタルマナの為に作られた地下の道を脱出経路として使うって訳か。考えたな。




