元六十九話 休憩してたら相席された
「……あれ?マナ…ちゃんだよね?」
振り返った俺を見てじょうちゃんが自信なさげに言う。
それを聞いたか聞かないか、そんなタイミングで憂佳が近寄ってくる。
「失礼…」
と一言断ると、俺の髪を一掬いして自身の鼻に近付け…
「おい、何やってんだ。」
「……間違いない、この可憐な香りと言葉遣いはマナ本人だ。」
一瞬で振りほどいたはずなんだけど。なんで俺の匂い嗅ぎ分けられんの?
「マナちゃん!?なんでそんな変装を…」
「変装って言うより仮装だな。
ヴァンパイア、所謂吸血鬼だ。」
「可愛い…!」
かっこいいではないことに少しショックを受け、残っている男心に安心感を覚える。
同時にもう戻れないことを思い出し、虚しさも訪れた。
「血が欲しいならやるぞ、好きなだけ噛んで吸っても良い。」
「仮装だって言ってるだろ。いらねーよ。」
憂佳が服を引っ張って首筋を見せてくるが、当然拒否。そんなことしたら逆に俺が食われる。
ついでに野郎共の視線を集めているが、彼女がそれに気付いている様子は無い。俺以外の全ては眼中に無いのだろう。
「ま、マナちゃん!私も吸って良いからね!」
「…もう一回言うけど、俺は吸血鬼の仮装をしてるだけだからな?実際になったわけじゃないからな?」
「ち、血じゃなくても良いよ!」
「何を吸えと?」
「………」
えっと…あの、赤くなるのやめてくれません?
「マナ…さすがにそれを言わせるのは酷いんじゃない?」
「詞亜、吸っていいとか言い出したのはじょうちゃんだ。
俺は悪くねぇ、何回も吸わないって言ってる。」
「私も良いぞ!」
「憂佳も対抗するなよ…案内してやるからさっさと席に着けー」
席の状況を見てみると、席の数が少ないためか、もしくはこの店が盛況しているためか、全席埋まっていた。
目の前には詞亜1人だけが座る席。案内する席は決まった。
「じゃあここで。」
「えー、泥棒浮気猫と一緒は嫌。」
「ど、泥棒浮気猫?」
なんだその不名誉に不名誉を足したあだ名は。
「…そう言えばまだ聞いてなかったな。
詞亜、お前この前一緒に居た男はどうした?かなり親密そうだったが…」
そう言えば、デート中にファミレスですれ違ってたな。
…俺が言い逃れしようとしたらややこしくなりそうだな。
「あとはゆっくり三人で話しててくれ、俺は仕事に戻る。」
「え!?
もと…マナ!ちょっと待って!」
「元マナとか言うな!っていうか元じゃないだろ!」
基矢と呼びかけたんだろうが、勝手に解釈を捻じ曲げて全部詞亜に押し付ける。
後は野となれ山となれ。詞亜が俺が基矢だということを話せば証明に付き合うし、それを隠すようなら俺も合わせる。
別に2人に正体を知られても良いんじゃないかと思う俺も居る。勘付かれてた傾向もあったし。
そこは詞亜に任せよう。とりあえず――
「…マナ、あの美人姉妹はなんだ?」
「結構親密そうだったね。どういう関係か教えてくれない?」
――厨房から鋭い視線を送り続けてた達治と田倉の相手をしないとな…
休憩時間に入った俺は1人で他のクラスの出し物を見ている。
どの教室にも面白そうな出し物があった。特にこのくじびきっさとかいうのは面白そうだ。
客の口コミによると、なんでも料理のメニューはくじ引きで決まるらしい。よくこんなの許可されたな。
…ここだな。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
他の客もテキトーに座っているみたいだったので、俺もそれに倣ってテキトーに席に着くと店員と思わしき女子生徒が来た。
「食べ物クジと飲み物クジを一つずつで。」
確か、食べ物クジが400円で飲み物クジが200円だったか。何が出てきても一律でその値段らしい。
「かしこまりました。」
店員はそういうと一度場を離れ、クジが入っていると思われる箱を2つ持ってくる。
箱にはそれぞれ飲み物クジ、食べ物クジと書いてあった。
「こちらをどうぞ。」
二つの箱に手を突っ込み、中にある紙を一枚ずつ取り出す。
「はい、では確認しますね。」
折られていた紙を店員に渡すと、紙を開いて確認する。
「モンブランとメロンソーダですね。
モンブランは当たりなので、もう一枚引けます。」
当たりとかあるのか。
紙を確認してみるとモンブランの方には赤い字で“当たり”と書いてあった。
続けてもう一枚引く。
「焼き鳥ですね。では、少々お待ちください。」
モンブラン、焼き鳥、メロンソーダ…なかなかカオスなテーブルになりそうだ。
クジを持って厨房っぽいところに消える店員を見送り、しばらく待つ。
「相席失礼。」
待っていると、サングラスをかけた女性が俺の向かいに座った。サングラスがあっても分かる整った顔を見ると、お忍びのハリウッドスターのように見える。
ぺったんこではあるが、あんなに長い髪は女性だろう。男でそんなに伸ばす訳あるか。
「…俺だよ、マナ。」
しばらく女性を観察していると、女性が声を発した。
女性がサングラスを取ると、その素顔が露わになる。
「なんだ、守か。」
女性じゃなくてもあんなに長い髪の奴いたな。めっちゃ近くに。
「俺のサングラスもイカすだろ?」
…まさかそのセリフを言いたいがためにサングラスをかけてきたんじゃないだろうな。
「ああ、ハリウッドスターみたいだった。
…女優の。」
「女優かぁ…あ、食べ物クジでお願いします。
……味噌田楽?」
この店のラインナップカオス過ぎない?
再び去る店員を見届けると、守が訊いてきた。
「マナ、お前はなんだった?」
「俺はモンブランと焼き鳥、あとメロンソーダだったな。」
「食べ物クジ二回も引いたのか?」
「いや、なんか当たりとか言ってもう一枚引かせてくれた。」
「当たりもあるのか…一週間、いや二週間早かったらこっちでも導入してたんだけどな…」
「…もうそっちの文化祭は終わったのか?」
「ああ、先週な。
…そう言えばマナには言ってなかったな、悪い、別にハブった訳じゃなくて単純に連絡を忘れてただけだ。」
「別にいい。
そっちの出し物はなんだったんだ?」
「…男女制服交換喫茶。」
「察した。」
「マナは?可愛らしい格好みたいだが。」
「ああ、お化け喫茶…なんだけど実質コスプレ喫茶だな。
女神とかゾンビナースゾンビ抜きとか、もうお化けじゃない。
…よくこの格好で俺がマナだって気付いたな。皆妹さんですかーとか訊いてきたのに。」
「変なもん食ったのかと思って。」
「何食っても目の色が変わったり胸がしぼんだりしねーよ!」
「…だよなぁ!」
「?」
自分で言っといて何その反応。
「お待たせしました、焼き鳥とモンブランとメロンソーダ、味噌田楽です。」
テキトーな雑談をしている間に料理が出来上がっていたらしく、クジで当たったものが全部渡される。
メロンソーダはよくある紙コップなのでまだ許容できるが、紙皿によそわれたモンブランの異物感がやばい。他は全部屋台っぽい食べ物なのに。
「三本か…」
「俺の焼き鳥も四本あるな。400円だからじゃないか?」
流石に400円で全部一本というのは少なすぎる。ぼったくりにもほどがあるだろう。
流石にモンブランは一つだけど。二つとかあっても多い。っていうかいらない。
「オネーチャン達、相席良い?」
まあまあ美味いと食べ進めていると、チャラ男2人がこちらの許可もとらずに相席してきた。
俺の隣に座った男を見ると目が合い、ニヘラと笑ってきた。ぶっちゃけキモい。
「良いとは言ってないぞ。出てけ。」
「固いこと言わないでさ~!
あ、食べ物クジ引きますよ……とだやま?戸田山特製卵焼き?」
「俺もだ。」
「外れ…料理…!」
店員が何かを呟くと、血相を変えて厨房に消える。
すると、別の店員がすぐに真っ黒の物体を盆に載せて持ってきた。
「私はへたやま、と呼びますお客様。」
2人のチャラ男の前にその黒い物体が配膳される。
「え、その…これ、卵焼きですか?」
「はい、冷めないうちにどうぞ。」
「良いから食わんかこのナンパ共。」
「「うぐう!?」」
守が2人のチャラ男の口にブラックな卵焼きを放り込む。良かったな、あーんだぞ。
「「trkjdsfhvigoducjlsxi!!」」
どこの言語かすらわからない言葉を吐きながら2人は店を出て行く。哀れ。
視線を戻すと、店員が置いて行かれた2人の荷物から四百円を抜き出していた。抜け目ねーな。




