元六十八話 客から逃げたら巻き込まれた
……はい、文化祭です。
いよいよ開店が迫る中、俺は鏡に映った自分の姿を見て一瞬見惚れ、次の瞬間にはげんなりしていた。
カラコンで赤くなった目、サラシを巻かれて平らになった胸、そして黒のゴスロリ衣装…事前の打ち合わせ通りヴァンパイアらしい。多分ラノベ寄りのコスプレだ。どこのかは知らないけど。
付け牙的なやつはしてないが、非常に似合っている。素直に可愛いと思った。それが自分でなければとつくづく思う。
目の前の鏡に憎しみすら覚える。
「気に入りましたか?」
「気分はあんまりよくないけどな。」
こちらを見つめ返す赤いジト目を意味も無く見ていると、リリナが後ろから話しかけてきた。
リリナは俺の家に来た時に着ていた白いバスローブみたいなアレを着て、女神様と言い張っている。最早お化けは関係なくなっている。というかクラスメイトの衣装を全部製作した本人が着てきたやつをそのままって…そんな手抜きで良いのかよ。
昔に聞いた和服を染める職人の服は白いとかそんなことわざを思い出した。確か、自分の服を染める暇が無いからだったか…
「見て見て!私可愛い!」
「白い布に穴空けて被っただけじゃない。私は雪女よ!」
どうでもいい思考を打ち切って教室を見ると、机が並べられて作られた即席の客席と衣装を見せ合っている女子、それを遠目から見て表情を緩めている野郎共が見える。いくらかの視線はこちらに来ていた。止めて。
三回目の会議の翌日、リリナが作ってきた衣装を見たクラスメイトの女子たちはこぞってリリナにリクエストした。その時今と同じ格好をさせられて女子に群がられた。天国ですか?いいえ、ケフィ…羞恥地獄です。
全員とまではいかなかったが、最初の希望者数から二倍には膨れ上がっていた。女子はほぼ全員参加だ。野郎?一名だけだったよ。
「似合ってるよマナさん!」
ありがとう、ととりあえず言ってその一名である田倉を見る。最初の希望通り魔女の服装だ。
やっぱり女装だが……似合っている。
「お前も似合ってるな。」
「本当!?ありがとう!」
「そこ素直に喜ぶところかなぁ…」
男としてどうなんだろうか。誉め言葉として受け止めて良いのだろうか。
……田倉にとっては良いんだろう。感情の基準なんて人それぞれ、だから良いんだ。きっと。
「一番テーブルにお化けアイス!」
お化けアイスとは、バニラアイスにチョコでお化けっぽい顔を描いたアイスである。定価350円なり。
本日限りの一般開放も手伝って、我がクラスも盛況だった。
働きまわるクラスメイトを温かい目で見つめる保護者くらいの人から、デザートを頬張る子供、こちらにじっとりとした視線を向ける大学生とそれをいさめる友人らしき大学生。客層は様々だ。
畜生、ロリコンも混ざってやがる。
「四番テーブルに異世界アイスよ!」
異世界アイスは…ん?異世界?
各テーブルにあるメニューを覗くと400円だった。
「これ、お化けアイス!」
「異世界アイスお願いします!」
「わかっ…何コレ!?」
「異世界アイスですよ?」
「……」
ウェイターをしているクラスメイトが持ってきたのは見たこともない色をしているアイスだった。なんかアイスの模様動いてるように見えるんですけど。
………リリナの奴なにやってんだ。
クラスの出し物にそんな妙なモン混ぜんじゃねえ。っていうかなんでどのテーブルのメニュー表にも書いてあんの?確か話し合いの時そんなの無かったよね?
「うわ、なんだこれ…食えるの?」
「は、はい…多分。」
「多分!?」
「ちゃんと食べられますよ!口に入れれば壊滅的な美味を放ってくれますよ!?」
「壊滅的!?」
厨房のように間仕切りされた部屋からリリナの声が聞こえる。
壊滅的な美味ってなんだ。しかも放つっておかしくね?
「マナ、ぼんやりしてないで自分の仕事をして。」
「あ、ゴメンゴメン。」
鴨木さんの指摘が入ったのでウェイターの仕事に戻る。
俺は毎週2、3回バイトをしているので、接客には自信がある。
カフェウェストの前もコンビニだったからな。
「えっと…三番テーブルにホットケーキと紅茶。」
「はい!」
手際よく焼かれたそれをお盆に載せ、三番テーブルに向かう。
「お待たせしました、ホットケーキと紅茶です。」
「ありがとう。」
ササッと品物を置いて、すげーデレデレ顔の大学生からそそくさと離れていく。
それら一連の動作を料理が崩れないように、かつ飲み物もこぼさないようにする技術はバイトで培った。
俺目当てっぽい客もいない訳ではないのだ。だから素早く客から逃げる技術も磨いている。
店員として、客から逃げるのはどうかと思うが…たまに向けられる粘ついた視線から感じられる強い生理的な嫌悪感はいつになっても慣れない。
体はともかく、精神的には同性だし、襲われる危険も無いわけじゃない。余計に神経がすり減っていくようだった。
美少女は大変だな、あっはっは。
はぁー…
「どうしたの?ため息なんてついちゃって。」
「…なんでもない。」
「マナ、二番テーブルから注文取って来て。」
出迎えてくれたジーナに返すと、鴨木さんが指示を飛ばす。
鴨木さんは和服を着ている。座敷童のつもりらしい。
ジーナはゾンビナース…らしいがゾンビのメイクをしていないので普通にナースだ。リリナに続くお化けじゃない奴である。もうコスプレ喫茶で良い気がしてきた。
鴨木さんの指示に従い二番テーブルへ行くと、見知った顔があった。
「あ、マナ!
休憩時間だから来てあげ……」
詞亜はあの一件…デートした日以来、俺への好意を隠さなくなっていた。
今思えば過去のあの理不尽な拳とか、妙な反応もツンデレの産物なのだろう。それがデレデレになると顔を赤くするのは俺の方になってしまった。
クラスメイトや友達には百合百合言われてるそうだが、詞亜はそれについて気にしている様子は無い。むしろ百合と呼ばれても良いと言っていたくらいだ。全く気にしていないらしい。
「………」
「どうした?」
「ふ、双子の妹さんですか?」
「なんでやねん。」
「いや、だって、その…目と胸が…違うって…」
……ああ、そういうことか。
「お前、いつも俺を胸で判別してたのか?」
「違うわよ!」
「冗談だ、俺は紛れもなくマナ本人だよ。」
「そう………ところでその胸は?
まさか、本当にもいだとか!?いつものアレ冗談のつもりだったんだけど本気にしちゃった!?」
「んな事してねーよ、サラシだよ。目はカラコン。」
「そう……違和感があるけど、これもこれで自然で良いと思うわ。」
「どっちだよそれ…」
自然な不自然ってか?
「ま、まあ、私はどっちのマナでも好きってことは変わらないけどね!」
「お、おう…」
ちょっと俺まで赤面空間に巻き込まないでくれ。なんか生暖かい目で見られてるじゃないか。
「あー!マナちゃん浮気してるー!」
「詞亜、やっぱりお前も…」
知人の連続来訪止めてくれませんかね。もうなんか周りの空気とか気にしてる余裕が無くなるんで。
ネタ切れ気味です。




