元六十五話 最低の評価なのに見損なわれた
「まずはどこに行くの?」
具体的な行先は決まっていないものの、とりあえず町に出た俺たち。
フツメンになっ…戻ったおかげで無駄に通行人の注目を集めることは無い。
その喜びとどことなく感じる寂しさの中、行先を考える。
夕方からデートをしても行けるところも出来ることもそう多くない。
遠出なんてしたら着いた時にはどの店も閉まってるだろうし、近場の店でも営業時間が短いところではすぐに終わってしまう。
「近場のレストランとか、カラオケとか?」
よって、俺の頭に浮かんだのはディナーとカラオケだけだった。カラオケは確か結構遅くまでやってたはずなんだよな…
「カ、カラオケ!?」
「…何か変か?
結構遅くまでやってるはずだし、夕食の後でも遊べると思ったんだけどな…」
「遅くまでやる!?遊ぶ!?」
「……どうしたんだ詞亜?
その過剰反応はなんなんだ?」
「なぁ、なんでもない…」
明らかに詞亜の様子がおかしいんだが。
…何でもないというのは気にしてほしくない際に使われる。
流してあげるのが適切な対応だろう。多分。
「まあいいか。とりあえず飯にしよう。
レストランって言っても、あんまり高いところには行けないんだよな…ファミレスで良いか?」
「い、いいけど…その後、カラオケに行くの?」
「他に思いつかないんだよな…詞亜は何か行きたいところは無いか?」
生まれてからこのかた彼女もできなければデートもしたことが無い俺の頭ではその二つが限界だ。
「夕方からじゃ無理…」
「そうか。
じゃあ、夕食の後はカラオケに行こう。」
「……」
「…嫌か?
じゃあ、夕食だけにするか…」
「いぃえ!?別に嫌とは言ってないじゃない!」
「そ、そうか…」
急に勢いが付いたな。
女心はよくわからん…経験したのに。
…うるせーよ俺。
と、そんな訳でファミレスへ。
詞亜はしばらく赤い顔のまま俯いていたが、ファミレスに着いた時には元の顔色に戻っていた。
店員に席を案内してもらい、席に着く。
「さて、何食べるかな…」
2人でメニュー表を開く。
ステーキ、ハンバーグ、ピザ、ドリア……迷うな。
……ピザにするか。肉はリリナが当番の時に珍妙な物(主に色が)を頂いてるし。ドリアもこの前紫と緑の奴を頂いたし。
なんだろう、慣れてきたと思ってたけどちょっと食欲無くなってきた。二枚と思ってたけど一枚にしよ。
「決まった。詞亜は?」
「私も決まったわ。」
ボタンを押して店員を呼び、注文する。
ドリンクバーも注文したのでドリンクコーナーに飲み物を取りに行く。
詞亜は隣のサラダバーに行ったので、今は一人だ。すぐ合流だけどな。
「憂佳姉ちゃん、今日はお酒じゃないの?」
「憂子も送らなければならないんだ。飲む訳にはいかない。」
そこで見知った顔を見る。じょうちゃんと憂佳だ。
2人が並んでいない列に並ぶと、憂佳がギョロリと目を剥きだしてこちらを見た。怖っ。
すぐに元の顔に戻り、じょうちゃんに視線を戻すが嫌な胸の高鳴りは収まらない。
「どうしたの?」
「マナの気配がした気がしたのだが…気のせいみたいだ。」
「憂佳姉ちゃんも?私もそんな気がする。」
今の俺マナじゃないから。基矢だから。
この姉妹化け物かよ。話しかけんとこ。多分バレる。そして婿にされる。
「あれ?優佳と優子ちゃん?」
詞亜の方が見つけおった。
手にはサラダが盛られた皿がある。このまま飲み物を持っていくつもりだろうか。
「詞亜。」
「泥棒猫!」
「ど、泥棒猫?」
じょうちゃん詞亜に対して当たり厳し過ぎない?姉はあんなに打ち解けてるのに…
「また夕食作りをさぼったのか?」
「違うわよ!彼氏と来たの!デート!」
「…見損なったよ泥棒猫!
マナちゃんとは遊びだったの!?」
泥棒猫って呼んでる時点でもう最低の評価だと思うんですが。どう見損なうの?
「遊びも何も女の子同士なんだけど!?そんな仲じゃないから!!
私だって、一人の女の子よ?好きな男子くらいいるわよ。」
「詞亜に彼氏か…
気になるな。ちょっと会わせてくれないか?」
「……」
視線を寄越してきた詞亜に首を横に振って拒否する。
「駄目。」
「今どこを見てたの?」
「ドリンクバーよ!後で飲み物取りに行こうかなって思っただけ!」
「んん?おやぁ?
もしかしてそこに並んでるお兄さんが…ほうほう。」
「ちょっと!?なんで分かっ…違うからね!?」
あ、優佳がにやけながら思いっきりこっち見てる。バレたなこりゃ。
「…そこのお兄さん、どこかで会ったような…」
この姿では会ってないです。気のせいです。
「そうだな、どこか雰囲気が知り合いに似ているような…」
「そ、そんなわけないじゃない!」
そうだそうだ。
あ、順番キター!メロンソーダメロンソーダ。
注いだらさっさともーどろ。あっちの相手はお任せよー
「ではその慌てっぷりの理由を証明してもらおうか。」
「白状してよ!」
「なんでもないの!」
…頑張れ詞亜。
「こいつが詞亜の彼氏か。」
一人でメロンソーダをちびちび飲んでいると、詞亜が優佳とじょうちゃんを連れて席に戻ってきた。
四人席だったので、俺の向かいに詞亜が。その隣に優佳が座り、じょうちゃんは自動的に俺の隣に陣取った。
「そうだけど…あんたは?」
俺は優佳とじょうちゃんを知らないという設定で話を進める。
じょうちゃんは守の異常性に気付…いているかもしれないが、性別を変えられるとまでは思ってないだろうからな。
優佳は守に性別変えてくれとか頼みそうだ。俺とくっつくために。それは守も困るだろう。
「私は優佳、詞亜の友人だ。」
「私優子!」
「そうだったか。
俺は基矢、さっきお前が言ってた通り、詞亜の…彼氏だ。」
少しむず痒いものを感じながら答える。
改めて彼氏宣言をすると恥ずかしい。詞亜も少し顔を赤くしていた。
「…やっぱり、似てる。」
「私もそう思う。」
勘づくのはえーよ。
なんなのこの姉妹。化け物なの?
「それに、基矢という名前に聞き覚えがあるような気がする。
どこで聞いたかはハッキリとは思い出せないが…」
詞亜を見てみると、少し考えた後に口を押さえていた。お前か。
「そ、空耳じゃない!?元ヤンキーとかそんなのと聞き間違えたんでしょ!」
「ん?あれは詞亜の声だったか…?
ああ、そうだったな。確か詞亜だった。
だんだん思い出してきたぞ。確か、あの時マナが死にかけ」
「マナちゃんが死にかけたの!?いつ!?そこに優佳姉ちゃんも居たの!?」
あ、そう言えばあの時じょうちゃんは居なかったんだったな…
でももう大丈夫だし、それだけ言って安心させた方が良いか。
「なに、俺ならもう大丈夫だ。心配することは…」
そこまで言って三人の表情の変化を見た俺は気付いてしまった。
「あー、いや!俺じゃない!マナだった!言い間違えた!悪い悪い!」
「「「……」」」
視線が刺さる。
詞亜からは非難の視線、城司姉妹からは疑惑の視線。種類は違えど居心地の悪さは同じだった。
「なんだよ、ちょっと言い間違えたぐらいで…」
逆切れ染みている不貞腐れを装ってコップを傾ける。
「……マナちゃんは大丈夫なの?」
「ああ、マナはもう大丈夫だ。
今日、本人に会った俺が言うんだ。間違いない。」
じょうちゃんに答えてまたコップを傾ける。
不自然じゃないようにしながら早めに飲み切って、飲み物を取ってくると言って席を立つ作戦はもうすぐ実行できそうだ。
「ふーん…
詞亜。」
「何?」
「それって浮気にならない?」
ブーーーーーー!!
「ゲホッ!ゲホッゲホッ…わ、悪い、詞亜。」
「……」
むせて飲んでたメロンソーダを思いっきり詞亜に吹きかけてしまった。
やばい、眉間にしわが寄ってる。目も口も閉じているが、確実に不機嫌になっている。そりゃそうだ。
「…ちょっと手を出してくれ。」
無言で手を差し出す詞亜にタオルを渡す。
「タオルだ、それを使って拭いてくれ。」
「随分と用意が良いな。
まさか、狙って…」
「狙うか!ちょっと前に出し忘れただけだ!」
以前、汗をかくかと思ってバッグに入れたっきり出していなかったのだ。
むせて顔にジュースを吹きかける事を予想するなんて未来予知染みたことは出来ないし、そんなことを狙うつもりはもちろんない。
「…ありがと。」
顔を拭き終えた詞亜が礼を言い、タオルをバッグしまう。
「いや、こっちこそ悪かった。
後、それはこっちで洗うから返してくれ。」
「嫌…じゃなくて、別にいいわ。
アンタんち、洗濯機無いじゃない。私の家ならあるから。」
「…そうか。」
洗面所で軽く水洗いすればいいのだが…まあ、どっちの家で洗うかなんてそんなにこだわることでもないので詞亜に洗ってもらうことにする。無駄に時間を潰す訳にはいかない。
…時間は、限られているのだから。
「お待たせしました。マルゲリータピザです。」
店員が俺が注文したピザを届けに来る。
そう言えば、もう注文してから結構経ってたっけ…
「ありがとうございます。
2人は料理頼んでないのか?もう来てるかもしれないぞ?」
「あ!そうだった!」
「まずいな、冷めているかもしれない。
また後で来るから待っていろ!」
憂佳とじょうちゃんは急ぎ足で席に戻る。
「2人が来る前に行くか。
これ以上デートを邪魔されたくないしな。」
「ふふ、そうね。」
やがて詞亜の料理も届き、俺たちは少し急いで食べる。
何とか2人が来る前に会計を済ませて退散し、カラオケへ向かった。




