元六十二話 夢か現かとか思ってたら変態だった
アラームも何も無しに目が覚める。
充分に眠った証だ。こういったすっきりとした目覚めは心地よい。
…が、今日は少しだけ心地よさに混じるものがあった。
例えるなら、あったものが無くなり、無くなっていた物が戻ってきたような感覚。
それは虚しさを感じさせるが、同時に懐かしさを感じさせる。
「……?」
俺の体にある謎の違和感。
その正体を確かめるべく、軽くなったような気がする胸に手を置くと…
「まっ平だ…」
出た声は低かった。
自分の体に何が起きているのか、恐怖すら感じながらもう一つの違和感を確かめるべくゆっくりと手を下に持っていく。
―――――あった。
男に…戻れた?
いや、そもそもマナになんてなってなかったのか?
夢か現か。嘘か真か。分からない。
…じゃあ、リリナは?
ジーナとも、憂佳とも、じょうちゃんとも出会わなかったのか?
守も、ギーナも全部夢の中の住人だったのか?
居てもたっても居られない。リリナの姿が見たい。そんな思いから部屋を飛び出した。
「あ、基矢さん!
遅いですよ、早くしないとコンビニまでパシらせ……」
良かった、リリナはい―――――
――俺は何故、ケータイを見れば日付で分かることに気付かなかったのだろうか。
――俺は何故、起きた時に自分の格好を見なかったのだろうか。
パツパツな女物のパジャマを着ている男は――どこからどう見ても変態だった。
次の瞬間、リリナの叫びと割と本気のビンタが飛んできた。
「なんで元の姿に戻ってるんですか?変態さん。」
「…変態じゃない。」
味噌汁をすすった後に尋ねるリリナ。
あの後俺は急いで部屋に戻り、なんとなくとっておいた男の時の服に着替えて朝食を作った。
下着まで女ものだったので最悪の光景を……
「うぇー…」
「吐かないでくださいよ!?今朝食中なんですから!」
グロ注意レベルの最悪の光景を見てしまった俺よりも朝食を美味く食べられるかどうかを心配するのか…
思い出してしまったおかげで食欲が沸かない。が、捨てるのももったいないのでなんとか味噌汁を飲み干した。
「……なんで戻ったかは、俺も分からない。
朝起きたらこうなってた。女の子になった時と同じだ。
神の力の効力が無くなったとかじゃないのか?」
「それはあり得ませんよ。
以前言った通り、基矢さんの体を女性に作り変えることに神の力を使ったんです。一度加工したお肉が動物の死体に戻ることは無いでしょう?」
「嫌な例えだな…」
その例えで言うと俺死体じゃねーか。
そうでなくても肉じゃねーか。嫌だよそんなの。
「じゃあ、なんで俺は死体に戻ったんだ?」
「嫌なこと言わないでくださいよ。貴方、ちょっと前に死にかけたんですよ?
ああ、死体なんて言うから食欲が…」
最初に死体がどうのって言ったのお前だろリリナ。インガオホー
「…そう言えば、昨日泊ってた守は?」
「ああ、メールで帰ったって言ってたな。なんでも、急用ができたとかで。」
メールで言う、というのはおかしいとかそんな野暮なツッコミは受け付けません。
「…怪しいですね。」
「怪しいって…守が?」
「こういう場合、立ち去った人間が怪しかったりするじゃないですか。」
「そうは言ってもな…」
いくら波乱万丈な人生を送っていると思われる守でも、流石に人の性別を変える方法を持っているとは思えない。
確かに、人外レベルの身体能力を持ってるし、なんか黒い剣とか布団とか出してたし、入れ替わりができるフラフープを持ってるとかって言ってたけど………
「…確かに怪しいな。」
「でしょう!?」
凄く怪しいな。
だが、具体的にどんな手段を使ったか分からない以上決めつけられる訳ではない。
「あ、守?俺を男に戻した?」
守に電話をかける。
「普通に訊いちゃうんですか?」
気になっちゃって。
『…誰だお前。』
「マナって言えば分かるか?」
『マナ?アイツは女だ。』
「とぼけるなよ。
お前以外に性別を変えるなんてことが出来る奴が居ると…思うか?」
目の前に居たけどスルーで。今はできないらしいし。
『…演技には自信があるんだけどな。』
「演技は良かったけど、状況が駄目だった。
で、お前なんだな?」
『ああ。
だってお前、お前一日だけ男になれるとしたらなりたいって言っただろ?』
「言ったな。」
『だから、一日だけ男にしてやったんだよ。』
「…どうしてなんだ?」
『……この前のお詫びとお礼ってところだ。
俺がもっとうまく立ち回ってれば応援なんて呼ばなくて済んだし、ギーナと2人でジーナリウスを助けてやれたはずだった。
それができなかったせいでお前に大怪我させて、リリナにも迷惑をかけた。
お前をサポートしたって言う三人にも心配掛けただろ。だからそのお詫び。
そして、俺を助けてくれたことへの感謝だ。』
「守……
前もだけど、今回もお互い様だ。お前が居なかったら確実に俺たちがやられてた。」
『何言ってんだ。そもそも俺がお前に助けを求めなかったら』
「その時は、2人でメタルマナに勝てたか?」
『……それを言われると痛いな。
確かに、お前が居なかったらロッカーから出た時に傷を負ってたかもしれない。
リリナが居なかったら十全の魔力を持ったままのメタルマナを倒さなきゃいけなかった。多分、それは俺でもギーナでも無理だったろうな。』
「だろ?だから、助けを求めて良かったんだよ。
守が助けを求めてくれたから、ジーナを救出できたんだ。」
『……そうだな。
でも、先にしたお礼を引き戻すつもりは無いぞ。今日一日、たっぷり男として楽しんでこいよ!』
「ああ!
…ところで守。」
『なんだ?』
「一生男のままとかできない?」
『……もしできても、戸籍が無いし、保険証も使えなくなるから怪我なんかしたらえらい金が飛ぶ。パスポート絡みで外国にも行けないし、超不便だぞ。
何よりの問題は周囲の認識だな。だから一生は無理だ。』
「…そうだな。」
リリナの時は神様パワーでなんとかなったが、それが無い今そう簡単に話は進まない。
現実的な問題が多すぎるのだ。
「分かった、今日一日だけで我慢しとく。
…ところで、バーローみたくたまに変えてくれたりとかは?」
『できるか。
できても女子まみれのお前の部屋に野郎が頻繁に入ってるとか近所で噂になった挙句に刺されても知らないぞ。』
「それは遠慮したいな…」
プレイボーイの烙印を押された挙句に刀傷沙汰はさすがにごめんなのでもう頼めない。
一日限定でも戻れるだけ良い。一生戻れない覚悟をしていた後だから。
「あ、そうだ。
ちょっと後で瑠間さんを呼んでくれないか?」
『瑠間?なんでだ?』
「久々に会いたくなったって言うか…一回しか会ってないだろ?」
『まあ、確かにそうだけどな…
…分かった、本人が良いって言ったら行かせる。』
「ありがとう。
じゃあ、今日一日楽しんでくる!」
『ああ、楽しんでこい!』
通話を切る。
まずは詞亜に会いに行っておどかして、それから達治と遊ぶか。
憂佳やじょうちゃんは男の時の俺は知らないし…あ、鴨木さんは一応知ってるんだったか?そっちにおどかしに行くのも良いかもな。今日シフト入ってるらしいし。
「じゃあ…行ってくる!」
俺は夢と希望を平らになった胸に詰め込み、家を出た。




