元六話 ナンパ集団を見たら意気投合していた
後ストックが二話分弱に…!
書かなきゃ(使命感)
「暑い…」
マンションからの脱出成功に強い安堵を覚えつつ汗だくで外を歩く。
未だ茹だる暑さの8月下旬。アイスとクーラーはまだ俺たちの味方だった。
しばらく歩いているとコンビニを見つけた。
避暑地最高と思いながら入ろうとすると、その前に何か物々しい雰囲気の一団があった。
1人の女子に2、3人の男が言い寄っている。ナンパか何かだろうか。
「ねえ、一緒にプール行こうよ~」
「俺は泳げない。」
「泳げないなら教えてあげるからさ、手取り足取り。」
「断る。」
手取り足取り…嫌なワードだ。
放ってはおけないと近寄ってみると、言い寄られている女子に見覚えがある気がした。
あの長い黒髪、きれいな顔立ち…どこかで見たような。
「まーまー、プールが駄目ならお茶でも行かない?」
「結構だ、用事なら山ほどある。そんな暇は無い。」
クールだな~…
「良いから良いから!」
ナンパの一人が女子に腕を伸ばす。
その時、唐突に去年のクリスマスを思い出した。あの時は詞亜が…
「俺が良くない。触るな。」
パシン、と軽い音を立ててその腕を弾く女子。
あの見た目に不相応そうで、どこか似合っている様な気がする口調も…
「なんだぁ!?ちょっと可愛いからって調子に乗りやがって!」
「お前らこそ、人数が多いから調子に乗ってるよな…
腹立つんだよ、お前らみたいな輩を見てると。」
「んだとぉ!?」
再度掴みかかるナンパ。
「……やっぱり、ナンパは大っ嫌いだ。」
自身に向かう腕を取り、勢いを止める。
次の瞬間彼女の腕が消え、三人の意識を刈り取っていた。
間違いない、あの形相は――
「……あ。」
――去年詞亜を助けてくれた女子だ!
「わ、悪い、怖がらせたか?ごめんな?」
目を見張って固まっている様子を見て怖がっていると思われたらしい。
おどおどしながら俺に謝った。
「…ハハッ。」
さっきまであんな恐ろしい形相していたのに、突然しおらしくなった様子がおかしかった。
女子は右手で頭を掻いて困った顔をしていた。
「ほら、やるよ。」
女子はちょっと待ってろ、と言うとコンビニに入り、一分か二分で出てきた。
その手にはアイスがある。
「え?」
「怖がらせたお詫びだ、遠慮なく食え。
俺は俺の分があるから。」
俺に進めたのは少し高めのチョコがコーティングされたバニラアイス。
彼女が持っているのは最近値上がり気味のかき氷入りアイスだった。
袋を開けてアイスを取り出し、かじっている彼女を見て俺も渡されたアイスを食べる。
…うまい。
チョコとバニラの組み合わせは苦手だったが、この体になったからか妙に美味く感じた。
そう言えば朝食も昼食も摂っていなかった。一口かじった途端空腹を自覚した。もしかしたらそのせいかもしれない。
「美味いか?」
「美味い!」
「そりゃ良かった。」
俺の返答ににっこりと華のような笑みを浮かべる彼女を見て、どきりとしてしまった。
性別が変わったはずの俺すら堕としそうなその笑顔…恐ろしい子!
それから俺たちはアイスが完全に溶けてしまう前に急いで食べた。
「さっきはゴメンな、怖がらせて。」
「あ、いえ、怖がってたとかじゃなくて…
なんか、見たことある顔だなと思って…」
「見たことがある?
俺は知らないが…お前みたいな特徴的な女の子、一度見たら忘れそうもしなさそうだけどな…」
…やっぱり、女の子なんだな。
「俺もそう思う。」
「その顔で俺か、似合ってないな。」
「な…お前も似合ってねーよ!なんだその喋り方!
せっかくの美人なんだからもう少し気を付けても良いだろ!?」
ブーメランのように自分に戻って突き刺さる言葉。
そうか、リリナも詞亜も同じ気持ちで…
「……ははは、そうかもな。
でも、絶対に変えたくないんだ。これが俺だから。」
彼女は少し笑ってそう答えた。
俺の思い込みだろうが、その言葉は俺にも向けられているように感じた。
「確かに、俺の言葉遣いは見た目不相応かもしれない。
けど…俺はこれだと、これしかないと思って、いや決めて過ごしてるんだ。
友達にも、親にもそれは言われたけどな…誰に言われても変える気は無い。いや、絶対に変えない。
俺の生き様でもあるからな。」
「生き様…」
「そう。
顔が女っぽくても男らしく居ようってな。」
「え!?」
女っぽくても?
男らしく?
「…びっくりするよな、皆そうだった。
この顔を見て男だって分かる奴は今まで一人も居なかった。
それでも、俺は男だ。だから言葉遣いは変えない。」
男だったのか…
だが、俺は彼女改め彼が掛け値なしにかっこいいと思った。
「俺も…そうありたい。」
口に出てしまった。
「おいおい、俺はともかくお前は女の子だろ?
…なんて言って止めるのは無粋だな。
好きに生きろ、お前の人生だ。男勝りな女の子が居ても良いじゃないか。俺みたいな男が居るんだからな。」
「ああ…!」
物凄く励まされた。
お陰で容姿に対する不安は無くなった。詞亜の事も含めて感謝の言葉も無い。
「あ、そうだ。この近くに住んでるのか?」
「そうだけどなんだ?」
「この近くに俺の親戚が住んでるんだ、もし良かったらそいつと仲良くしてもらえないかなって思ってさ。」
「どんな奴だ?」
「お前と同じ小学五年生の女子」
「俺は高校生だ!」
「え…そ、そりゃ悪かった…」
俺そんなに小さく見られてたのかよ!通りで妙に優しいと思った!
「身長が同じくらいだったからつい…」
「失礼だな!」
「いや、悪い。」
「そんなこと言ったら、お前だってなんで髪伸ばしてるんだよ!
男なのにそんなに伸ばしてるから誤解されるんだろ!?」
「関係無いよなそれ…
あと、伸ばしてるのは不可抗力だ。切れない。」
「なんでだよ!?」
「……切れないから、だよ…」
一瞬で目が死んだ。
何があったのかは分からないが、深く詮索しない方が良いような気がした。
「そ、そうか…」
「俺だって好きで髪を伸ばしてるんじゃない、暑いし重いし切れるものなら切りたいくらいだ。」
ため息混じりの言葉だった。
知り合いから妨害を受けてるとか、死んだ友達や家族との約束とか…その髪になにか背負っているものがあるのだろうか。
…深く考えるのはやめておこう。
「あ、しまった、アイスが…」
彼はレジ袋の中身を見て、そのうちの一つを取り出した。
彼が食べていたアイスと同じアイスだったが、長話していた間にかなり溶けてしまっていた。
「ゴメン、俺のせいで…」
「お前のせいじゃない、買い直せばいいだけなんだから気にするな。
…これ食うか?」
「いい、止めとく。」
「じゃあ俺が食うか…」
袋を破いてアイスの液体を飲み、溶けかけたそれを食べ始めた。
棒はアイスを留める機能を失っているため、袋越しにアイスを掴んで菓子パンのように食べている。
こういうところに男臭さを感じる。庶民的とも言えるかもしれない。
「しかし、改めて見ても変わった見た目だな。最初は異世界から来たかと思ったぞ。」
「隔世遺伝って奴だと思う。
ばあちゃんがハーフらしいが、俺は生粋の日本人だ。ちょっと外国の血が混ざってるけど。」
「まあ、外国も異世界みたいなもんだしな。そっちの住人じゃなくてよかったよ。」
「上手いジョークだな。」
変なお世辞を言ってしまった。やや後悔気味だ。
「あ、ああ…」
「……まさか本気で?」
「いや、まさか褒められるとは思ってなかっただけだ。」
「…そうか。」
安心した。一瞬ヤバい奴かと思った。
「あ、結構時間経ってるな…俺はアイス買い直して帰る。親戚の子に頼まれててな…」
俺も何か昼食を買って……財布が無い。忘れてきてしまったようだ。
「ああ、ありがとう。お陰で気が楽になった。」
「そうか、なら良かった。」
「また会おう、この辺に住んでるんだろ?」
「いや、親戚の家に来てたんだ。俺の家は少し遠い。
でも、また会ったら話し相手ぐらいにはなってやる。気が合いそうだしな。」
「そうだな。」
美人に見える男、少女になった男、よくわからないシンパシーのようなものを感じた。実際のところ馬が合いそうだ。
俺はアパートに帰る為にコンビニに背を向けて歩く。
コンビニに入ろうとしていた彼は言った。
「アイツ、本当は男だったりして…まさかな。」
核心を突く一言を聞いて心臓を掴まれたことを錯覚した。
振り返ると彼が長い髪を揺らして入店していくところが見えた。
化け物染みた身体能力に、美女と見まごう容姿。そしてあの性格。本当に不思議な奴だ。
でも、悪い気はしない。
俺はまた会えたら良いなと思いながら帰路に就いた。
「……今帰ったら待ち伏せてないよな、リリナと詞亜…」
俺の推論が外れていることを祈りながら。
今回彼はモブか準レギュラーになるかならないかです…多分。
少なくとも真実を知ることはありません…きっと。
シナリオブレイクされてたまるか…!