元五十五話 嫌がらせしたらシェアすることになった
「何してくれちゃったんですかマナさん!おかげでずっともやもや気分じゃないですか!霧払いしてくださいよ!!」
ロックをクライムして乗り越えそうだな。
朝食でリリナが言っていた通り、俺は午後からなんとか歩けるようになったので8人で映画yours nameを観に来ていた。
マジでエンディングの一分半くらい前でリリナをトイレに連れ出しました。あんまり動けないから付いて来て~とかなんとか言って。その結果リリナはラストシーンを見逃しましたとさ。へっへっへ。
「まあまあ、これで腕極めはちゃらにしてやるから。
それに、もう一回観に来ればいいだろ?その時はおごってやるよ。」
大興奮の他六名の会話には混じらず、リリナに返事をする。
悪いことをしたという自覚はあるのだ。少なからず。
「良いんですかマナさん!っていうか、
ポップコーンのLサイズと、飲み物のLサイズも躊躇なく頼みますよ!」
「それは良いんだけどお前映画の時に食べきれるのかアレ?」
レギュラーでも結構な量なんだが。
「最悪お持ち帰りです!」
「持ち帰んじゃねーよ。あんなの持って歩いて帰るなんて嫌に決まってるだろ。」
もれなく注目を集めることになるだろうな。
しかも、その日の夕食に混じってポップコーンが並びそうだ。それはなんかやだ。
「分かりましたよ…何粒かまとめて放り込むように食べれば食べきれるでしょうしね。
…マナさんが。」
「押し付けんな。」
「シェアって奴ですよ。」
「ああそうか、悪いわる―――――今の言い方だと完全に押し付けようとしてるみたいなんだが。」
「バレちゃいました?私だって太りたくないんですよ。」
「じゃあSサイズでも買ってろ!」
「少ないんですよSでは!」
「……分かったよ、レギュラーをシェアで。」
「もうそれでいいです…」
妥協点が見つかった時点で会話を打ち切る。
「泣けたわね。」
「ああ!やっぱりあの映画は良い…また観に行きたいものだな!」
「憂佳はもう二回観たはず。また観たいの?」
「いや、ちょっとネットにあったネタが確認しきれなくてな…」
「ネット?例えば?」
「懐かしのゲーム機が映ってるとか、壁にかかってるテナントとか…全部観終わってから思い出した…」
詞亜、憂佳、鴨木さんの三人仲が良さそうに話しているのは意外だった。特に詞亜は憂佳を目の仇みたいな扱いをしていたはずだったのだが…
「ねえ守、確かあの時使った入れ替わりできるフラフープって捨ててなかったわよね?」
「そんなもんある訳…あったわ。」
「ちょっと入れ替わらない?」
「ふざけんな。あの時大変だったのはお前も知ってるだろ?当事者なんだから。」
「そうだけど、映画観たら面白そうだって思っちゃって。」
「障壁の中に隠してるから、お前らには取り出せないぞ。」
「じゃあ、私とギーナでやるから!取り出して!」
「あんまり変わらなそうだな…お前ら、姿形がそっくりだろ?」
「あ!ならそんなの使わなくても髪型変えればバレないんじゃない!?」
「良いね!あたしも異世界の生活には興味あったの!」
「利害が一致しやがった…」
守とギーナとジーナの会話は聞かなかったことにした。なんか厄介そう。
「…だるそうですね。」
「ああ、ちょっと体が重くなってきた…」
魔力切れのせいだろう。自宅から映画館へ、映画館からここまで歩き回ったせいで疲れてきた。
「おぶりますか?」
「良いよ別に。」
「では抱っこで。」
「もっと止めろ。」
「詞亜さんが。」
「なんで詞亜が?」
「…鈍感。」
「なんで?なんでお前はやたら詞亜を推すんだ?」
「あ、ご注文は憂佳さんですか?それともわ・た・し?」
「お前選ぶくらいならタワシ選ぶわ。」
「酷すぎじゃないですか!?
じゃあなんですか?裏をかいてジーナさんですか?それとも守さんですか?もしくはギーナさん?」
「1人で歩けるって言ってるんだよ。
まあ、帰ったら休ませてもらうけどな…」
「そうですか。
あ、詞亜さん。」
「何?」
「マナさんが辛そうなのでおぶってもらえませんか?」
「人の話聞いてくれませんか?」
「なんで私が…分かったわ。」
「無理なら歩いて行くから良いぞ。」
「分かったって言ってるでしょ!」
「…そうか、じゃあ遠慮なく。」
屈んだ詞亜に体を預ける。
「意外と軽いわね…
!?」
「どうした?」
「い、いえ?なんでも?」
詞亜は腰をかがめ、顔には青筋を立てていた。
「腰でもやられたか?」
「そんなんじゃないわよ!
…でも、出来るだけ背中から体を離してくれない?憎しみが抑えきれそうにないの。」
「肉染み?脂汗のことか?」
「……マナさん。
脂汗ではなく、無き者の悲しみです。」
「亡き者…?俺実は死んでたってことか?」
「もういいです。
とにかく、出来るだけ付けないようにしてあげられませんか。その、貴女の豊満な物を……」
「……セクハラ親父。」
でも分かった。要は胸への妬みってことか。
俺は手だけ肩にかけ、上体を出来るだけ後ろに倒して移動してもらった。
左手だけだったので何回か転げ落ちそうになった。一回転げたが憂佳が支えてくれたおかげでなんとか怪我無しで帰れた。
彼女の胸もまた、豊満だった。
「マナ、一発殴っていい?」
「止めてくれさい。」
「私が許可する。」
「なんで鴨木さんがあだっ!?」
ピンポーン!
「はーい!」
俺、リリナ、ジーナを除く五人が帰った後、俺の家に来訪者が現れた。
来訪者と言っても、多分郵便の人だ。リリナがたまにネットでポチるらしく、時折俺が荷物を受け取っているので今回もそれだろう。
ちなみに料金は支払い済みである。代引きとか言ったら受け取り拒否した挙句リリナをぶん殴るだろう。
「……げっ。」
違った。
すぐさまドアを閉めようとするが、足を挟まれて閉められない。
「痛い…」
「ゴメンゴメン、まさか質の悪い勧誘みたいなことするとは思わなくて…」
英語で呻く金髪の少女。
彼女は俺の外国の親戚、レイティ・レール。歳は14だったはずだ。
確かに、今年住む場所を紹介してはいたが…なんで外国に居るはずの彼女がここに?学校は?
「…誰?貴方は。」
怪訝な顔で尋ねるレイティ。
「日本語でおk。」
「エイゴのホウがトクイデス!
っていうか、アナタはダレデスカ!?モトヤみたいなことをイって!」
確かに前そんなこと言ってたけどさ。
「俺はマナだ。」
「ここはモトヤのおうちデス!デてイってクダさい!」
「ノンノン、ここは俺の家だ。
基矢は二か月前にこの家を出てったよ。」
「デて…イった?」
「ああ、前の住人がそんな名前だったらしい。
何人か居たんだよ。お前みたいに基矢を訪ねる人が。
皆追い払ったけど。」
「でも、どうしてデスカ?」
「知るか。」
マナになったからなんだけど。
デデドン!
この着信音は…家のとーちゃんだな。
[今日、お前の家にレイティちゃんが行ったらしい。
対処頼む。お前の性別に関しては言ってない。]
おせーよとーちゃん。
「イマのチャクシンオンはなんデスカ?」
「とーちゃん。遅めの警告。」
「…ちょっとミてイいデスカ?」
「駄目だ。プライバシーの侵害は流石に許容できないな。」
「そこをナンとか!
…あ、やっぱりケータイはイいのでトめてイタダけますデスカ?ジツはホテルがトれてないんデス。おカネもナいデスし…」
個人的には泊ってほしくない。
なんでって、長く滞在することで俺が基矢である証拠を見つけられるかもしれないし……待った。
俺が基矢である証拠なんて無くね?
確かに、リリナもジーナも俺の正体は知っているが…二人に俺を基矢と呼ばせなければいい話だし、私物に関してもたまたま被っただけで通じなくもなさそうだ。
うん、大丈夫だろう。結構交流があった親戚を見捨てるのも嫌だし。
「良いぞ。部屋は…俺の部屋で良いか?」
「イいよ!」
レイティは無警戒に俺の部屋に入っていった。
見知らぬ人なんだし、ちょっとは警戒しても良いんじゃない?




