元四十四話 上には上がいると思ったら説明がついた
『おい!ばれたらどうする!
着信音で気付かれそうになったじゃないか!』
通話に出た守は開口一番ぼそぼそと文句を言ってきた。
「マナーモードくらいにはしとけよ…
俺だってちょっと前に着信音のせいでバレて誘拐犯呼ばわりされたんだぞ。」
実に二か月弱前のことである。
『…なんか、よくわからんが悪かった。
って、お前が誘拐犯?普通お前が誘拐される側だと思うんだが…』
「細かいことは気にするな!
それより守、お前とギーナって奴以外に誰か一緒に入ってきたか?」
まずは四人目の侵入者について尋ねる。
もしかしたら守やギーナの知人かもしれない。そうだったらずっと余計な心配をすることになりそうだからだ。
『いや、来たのは俺とギーナだけだ。
それがどうした?』
違ったか…
「さっき、見張りが言ってたんだ。侵入者は3人いるって。」
『お前じゃないのか?』
「その時俺はまだ見つかってなかった。
気を付けろ、もう一人の侵入者は味方じゃないかもしれない。」
『分かった。
…っていうか、マナが来たのか?大丈夫なのか?』
「なに、俺には秘密兵器があるから心配ない。
それに、今回守を助けたら裏方に徹する事にしてるから問題無い。」
『こっちとしては俺を助けたら逃げてほしいんだけどな。』
「まあそう言うなって。
それでだ守。お前は今どこにいるんだ?ギーナは大丈夫なのか?」
『俺は今休憩室のロッカーに隠れてる。
休憩中の見張りはテレビを観てるみたいだから俺には気付いてないが、下手に出て行けば見つかる。
次から次へと入れ替わって見張りが居なくならない。だから動けないんだ。』
「一人二人とかなら倒せるだろ?」
『一人二人ならな…数は分からないが、もっといそうだ。1人でも逃したら増援を呼ばれて面倒なことになるだろうな。だから飛び出したりはしない。
ギーナは途中から別れたから分からない。でも、アイツの事だ。捕まってないと思う。』
「なんでそう言い切れるんだ?」
『ギーナは俺以上にチートだからな。』
「え?守よりも?」
『そうだ。もし俺がアイツと戦ったら、多分負ける。
それくらいチートなんだよ。』
正直想像が付かなかった。
あの人外級の動きをいともたやすく行う守が、あのギーナとかいう女子に負けるところなんて。
でも、あの守が言うんだ。多分間違いないだろう。
「じゃあ、とりあえず守を助けに行くぞ。」
『そうだな、そうしてくれると助かる。
方法としては、休憩室の近くで騒ぎでも起こせば見張り達をこの部屋から見張りを追い出すことが出来ると思う。俺はその隙に逃げるから、お前も騒動を起こしたら逃げるんだ。
出来れば見つからずに騒動を起こすのが良いな。』
「無理じゃないかそれ?
まあいいや。それで、休憩室ってどこだ?」
『研究所の奥の方だと思う。
正面から入って左の通路を進んだ。右はギーナが行った。』
「…俺、裏口から入ってきたから分からないんだ。」
『裏口…あったのか。』
「気付かなかったのか?」
『さらわれたジーナリウスを追って入ってきたからな。正面から堂々と。
そのせいで入り口の監視カメラにバッチリ映ってこの有様だ。』
正面から入ってたのか。
なるほど、だから守もギーナも見つかってたのか…
「あ、ところで守。」
『なんだ?』
「さっき俺に非通知で電話をかけて、変声しながらアドバイスしなかったか?」
『…なんだそりゃ。
変声する道具なんていつも持ち歩いてる訳無いだろ。俺は買い物の直後にここに来たんだぞ?
ギーナも――あ…』
「どうした?」
『…俺もギーナも変声機なんて持ってない。
だが、変声する手段は持ってる。』
「…魔法、か?」
少し考えてその可能性に辿り着いた。
もし守が魔法を使えるなら、あの人外級の動きに説明が付く。
『お前、なんでそれを!?
もしかしてマナ、本当に異世界人だったのか!?』
「正真正銘日本人だよ。ちょっと外国の血は混じってるけど。
それに、魔法はジーナも使える。俺も魔力を撃つ銃を貰った。」
『秘密兵器は銃か…
ああ、そうだ。その気になれば魔法で変声くらいは出来る――と思う。
でも、ギーナはケータイなんて持ってないはずだ。』
「ここの電話でも使ったとか?
…だとしても、俺の電話番号を知ってるのはおかしいか。」
『そうだな。
でも、電話の使い方はもう教えてたから、後はこっそり俺のケータイでも見たかもしれない。
この前なんてロックナンバー暴かれて勝手に使われてたからな。返ってきたころには電池切れだった。』
「それは災難だったな…」
『…っと、俺の愚痴を言ってる場合じゃないな。
とにかく、正面から見て左の通路だ。そこまでなんとか辿り着いてくれ。』
「分かった。
あ、それと、これから俺の事はロリータって呼んでくれ。」
『ロリータ?』
「コードネームって奴だ。」
『良いなそれ。俺はどうするかな…』
「ドーター・オブ・ザ・マンで。」
『…男の娘ってか?却下だ。』
「じゃあ、マモル・ハンター。」
『本名付いてるぞ。
もう守で良い。』
「そうか。
じゃあ守、また後でな。」
『ああ、今度は電話越しじゃなく、直接会おう。』
「そうだな。」
少し長くなってしまった守との電話を切る。
今月は通話料金高そうだな…ごめんよとーちゃん。
さて、潜入に戻ろう。
目の前にある扉を少しだけ開き、様子を伺う。
照明は点いている。しかし物音一つしない為、誰も通っていないのだろう。
次は顔だけ出して見回す。
どうやら廊下のようだ。人の影は無いが、いくつか扉がある。上には非常口の表示があった。
扉を更に開いて廊下に入ると、出来るだけ静かに扉を閉める。
さて、まずはどうするか…
扉を開けていって安否不明のギーナを捜索したいが、それは同時に研究所の連中に見つかる恐れがある。
…こういう時こそ相談だな。
通話中に見つからないように一旦裏口に戻り、詞亜にコールする。
「こちらロリータ。
裏口から入ったら扉がいっぱいある廊下に出たんだが…
リスクを負って安否不明のギーナを探しまわるべきか、それとも守の救出の為に突っ切るかで迷ってさ。」
『安否不明ですか…ギーナさんの電話番号は知ってますか?』
スピーカーに切り替えていたらしく、リリナの声が聞こえた。
「ギーナはケータイを持ってないらしい。
でも、守曰くギーナは守以上にチートだとか。」
『…じゃあ大丈夫じゃない?』
「でも、万が一ってことがあるだろ。もしかしたら罠に引っかかってるかもしれないし。」
『……ロリータ。
ガラスのコップとか持って来てない?』
「そんなもん持ってくるか。
水分補給でもしろと?」
『違う。
読んだ小説で壁にガラスのコップを当てて隣の部屋の音を聞くというのがあった。』
どこでかは忘れたが、それは俺も聞いたことがあるのでやり方は分かる。
「なるほど、それでドアを開けずに部屋の物音の有無を調べられると。
でも、さっき言ったように俺はそんなもの持って来てない。無い物ねだりしてもしょうがないだろ。」
『現地調達はスニーキングミッションの基本ですよ!
魔力銃を持ち込めただけまだいいじゃないですか!どうせ死なないんですし、見つかったら撃っちゃえばいいんです!』
「一理あるけど、凄いサイコパスな発言だな…
まあ、アドバイスありがとう。」
通話を切り、再度廊下に戻る。
リリナの助言(?)によって踏ん切りがついた俺は、一番手前にある扉に手を掛けた。




