元四十三話 コードネームを嫌がってたらもっと嫌がられた
敷地内には入れた。次に建物内への侵入である。
建物の前に見張りは居ない。正面にある扉から侵入できそうだ。
ブー!ブー!
マナーモードにしている携帯に着信が入る。
イヤホンのボタンを押し、通話に出る。2人はまだついていないだろう。となると詞亜と鴨木さんだろうか。
「もしもし?」
『正面の扉からは入るな、監視カメラがある。
裏に回って裏口から入っていけ。そこなら見張りは居るが監視カメラは無い。』
聞こえてきたのはよくテレビで聞く加工された誰かの声だった。
何故そんなことを知っているのだろうか。はっきり言って怪しい。
「…なんでそんなことが分かる?
そもそも、何故俺の番号を知ってる?」
俺は呟いたりしない人種なので、SNSによる電話番号の拡散の心配はない。
ましてや言いふらしてなんかもいない。どう考えても俺の番号を知る手段は無いのだ。
『私がそれに答える必要は無い。
まあ、私の言うことが信じられないなら正面の扉から入ってみると良い。』
「信じられるかよ、いきな――」
通話を切られた。
スマホの通話履歴を見てみるが、表示されていたのは“非通知”の三文字だけだった。
――皆に訊いてみるか。
詞亜と鴨木さん――は怖いのでリリナのスマホに掛ける。
「………アイツ…」
しばらく待ったが、リリナは出なかった。
電源を切っているのか、充電切れなのかは分からないが――こんな時くらい通話できるようにしろよ…
憂佳の番号は知らないので、仕方なく詞亜をコールする。
「もしもし?」
『あ、基矢。もぎたくなったの?』
まだあの闇を引きずっているらしい。
「違う、真面目な相談だ。」
『…それは悪かったわね。それで、相談って?』
闇が霧散したことにホッとしながら続ける。あのまんま通話したら語尾にもげろとか言われそうで怖かった。
「今、非通知の番号から電話が来たんだ。
その電話によると、正面の扉には監視カメラがあって入れない、裏口なら見張りは居るけど入れるらしい。」
『…声は?知り合いに似てたとか。』
「機械で変声したみたいな声だった。だから誰かは分からない。」
『う~ん…どうも胡散臭くて信じきれないわね…奈菜美はどう思う?』
『私も詞亜と一緒。
でも、監視カメラが仕掛けられているかもしれないのは事実。従ってみるのも良いかもしれない。』
詞亜と鴨木さん、いつの間に名前で呼び合う程仲良くなってたんだ?
出会ってそんなに経ってないと思うんだが、まさか通話を切ってたあの短い時間の間に?
『そうね。
確か、アンタはSNSとかやってなかったわよね。番号を拡散してるわけじゃないなら、案外身内かもしれないわ。』
「身内だとしたら変声する必要が無いだろ。
自分の声で伝えた方が信頼してくれる可能性が高くなる。俺の心配をしてくれてるなら信頼してくれた方が良いだろ?」
『それもそうなんだけど……実際にそうしてるんだから仕方ないじゃない。』
「それはそうなんだけどな…」
『…マナ。
裏口から行ってみると良い。』
長くなりそうだった葛藤を止めたのは鴨木さんだった。
『奈菜美?なんで?』
『一度従ってみて、駄目だったらそれ以降は信用しなければいいし、良ければそれはそれで良い。
まずはその人の真意を見極めた方が良い。』
『でも、一度失敗すれば基矢も捕まるかもしれないのよ!?
もし仮にその情報が合ってたとしても、見張りが居るんじゃない!』
『大丈夫。もし相手が機械ならともかく人なら基矢が持ってる武器でなんとか出来る。』
『どうして?』
『あの銃は実弾じゃなくて、魔力を打ち出す物。
非殺傷性に特化させてるみたいだからカメラの破壊は出来そうにないけど、見張りの無力化は出来るからカメラより見張りの方が対処しやすい。
虎穴に入らずば虎児を得ず。避けられない危険から逃げるようなら、ジーナを助けることは出来ない。』
『……そうね。
私も奈菜美に賛成。まずは裏口を探して、入ってみましょ?』
「助言ありがとう、俺も覚悟が出来た。
また後で連絡する。」
通話を切り、裏口探しを始める。
「居たな…」
裏に回ってみると、見張りが二人居た。何やら話しているらしい。
もしかしたら有益な情報が得られるかもしれないので、建物の影に隠れて盗み聞きする。
「本当なのか?」
「本当だって!こんな時にそんな嘘言うかよ!」
「だって信じられないに決まってるだろ。こんなところに3人も侵入者が来ると本当に思ってるのか?」
3人?
2人は守とギーナとして、後は…俺か!?
いや、でも俺は忍び込んだばっかりだし、見つかってたらこの2人がこんなところで突っ立ってる訳が無い。
だから、俺は見つかってないはずなのに………
…他にも侵入者が?
もしかして、さっきの電話の――
「――――俺も本当だとは思わなかった。
でも、上の情報だから無下にはできないだろ。」
おっと、少し聞き逃してしまった。
「上からの情報!?マジかよ…」
「マジだ。だから気抜くなよ?」
「…そうは言うが、侵入を許してる時点で裏口にいる俺達が気を付けても意味無いんじゃないか?」
「馬鹿野郎、入るだけが扉じゃないんだよ。ここから出てくかもしんねーだろ!」
「それもそーだな。」
……緊張感無くなるな…
見張りは無言で突っ立ってるみたいなイメージがあったが、案外こんな緩い空気を醸し出しているのかもしれない。
…けど、それは俺を止める理由にはならない。
試し撃ちがてら魔力銃を使ってみるか。
俺は隠れたまま銃の照準を見張りの一人に向ける。
狙いは…頭ではなく胴にする。非殺傷の武器とは言え、人に銃を向けるのは怖い。
もしかしたら、撃ったら死んでしまうかもしれない。でも、ここで撃たなきゃ進めない。ここに侵入してる時点で逃げ道はもう無いのだ。
少し震える手を押さえながらトリガーを引く。
「……」
発砲した瞬間、力ではない何かがほんの少し抜けたような感覚を覚えた。
少し不快感はあるが、それだけだ。
撃っても発砲音はせず、ただ短い光の線が飛んでいったように見えた。
「うあ…」
弾は命中した。
弾が当たった見張りは短く声を漏らすと、その場にばったり倒れた。
「おい!どうした!?」
倒れた見張りに駆け寄るもう一人の見張りにも撃つ。
その見張りも倒れた見張りの上に倒れこんだ。
見張りの様子を見てみると、体は動かないらしいが時折瞬きしているようだった。
しかし、それで充分。効果がいつ切れるかはわからないが、切れる前に進まなければ。
倒れている見張りを避け、裏口の扉を少し開ける。
人の影は無い。あるのは暗い道とその先にある扉だけだった。
ここで詞亜をコールする。
『もしもし?』
「こちらロリータ。今研究所内に潜入出来た。」
研究所の中では誰にこちらの声を聞かれるか分からない。
その為、潜入後は前もって決めておいたコードネームで呼び合うことにしていた。なので俺は俺のコードネームを使った。
『早かったわね。
もしかして、さっきの怪しい電話はビンゴ?』
「そうみたいだ。
確かに、見張りも二人居たけど無事無力化できた。
改めて助言をありがとう。マスター、クロ少佐。」
『そのコードネームやっぱり止めない?
なんで私だけマスター・シアーなの?完全に名前入ってるじゃない。』
『私もなんでクロなのかわからないから嫌。
それと、少佐を付ける意味がわからない。』
「元ネタとの兼ね合いでちょっとな…
そんなこと言ったら、俺だってロリータなんて嫌だ。」
『私はパツ・キンですよ?』
『私に至ってはロリコンだ。』
いつの間にか帰ってきていたらしいリリナと優佳の声も聞こえた。
「パツ・キン!
お前電話はどうした!」
『あー…えっと…
実は、ワオンモールに置いてきてしまったみたいで…』
「アホぉ!」
人のこと言えないかもしれないけど、リリナも大概ドジっ子属性持ってるな!
…人のこと言えないけど。
『何故そのコードネームが嫌なんだ?』
「憂佳、良い質問だ。
なあ皆。ロリータ・コンプレックスって名前に違和感を感じたことはないか?」
『何?藪から棒に。』
「うんちゃらコンプレックスって言うのは、基本そのうんちゃらが持ってるコンプレックスなんだ。
だから俺、ロリータって言うオッサンが持ってるコンプレックスだと思ってたんだ。」
『…つまり、ロリータが実はおじさんのことを言うから嫌だと言うことですか?』
「いや、違う。
それで、そのことが気になって調べてみたんだよ。
そしたらロリータは幼女のことで合ってたんだ。」
『じゃあ良いじゃないですか。』
「ただし、オッサン好きのな。
ロリータコンプレックスって言うのは、元々オッサン好きな幼女のことを指してた言葉だったんだ。
それが、いつしか幼女好きのおっさんって意味になったらしい。」
『…私も猛烈にコードネームを変更したくなってきたんだが。』
「まあ、発祥がそうだったってだけだから気にするな。
本来からすると間違ってるけど、その間違いが広がれば間違いの方が正しいって認識になる。今じゃそういう言葉が増えてるのは知ってるだろ?」
役不足とかな。
『それはそうなんだが…』
『結局のところ、間違いを間違いだと認識出来なければ間違いじゃなくなってしまうんですよ。
今、ロリコンは幼女好きのおじさんということになってます。ですからそれで良いじゃないですか。』
『ああ、それもそーー
ちょっと待て、それでは私がオッサンではないか!やっぱりこのコードネームはおかしい!変えてくれ!』
『暴れないでくださいこんな狭い部屋で!』
「…狭い部屋で悪かったな。じゃあな。」
『待ってロリータ。
切る前に目的の確認だけしよう。』
イヤホンのボタンに手を掛けたところで鴨木さんの声が聞こえた。
「そうだな、少佐。
わかってると思うけど、目的はジーナの救出、更に動けない守とどこにいるかも分からないギーナって奴の救出及び協力だ。」
『そして、全員無事で帰ってくること。それがミッション。
まずは守とギーナを捜して助けて。ロリータ一人じゃこのミッションはこなせない。』
「分かってる。」
今回俺がでしゃばれたのは守の存在が大きい。
魔力銃を持っているとはいえ、俺自身はそんなに強くない。
だから、今回はあくまでサポート。守とギーナを行動可能にし、それ以降は裏で手伝うというスタンスを取るつもりだ。
『頑張って。』
「ああ。」
通話を切り、次に守をコールする。
今回長いのはロリコンの解説のせいです。
ロリータがおっさんだと思っていた時期が私にもありました。




