元四十話 勉強会しようとしたら喧嘩してた
「ジーナ・リウスです!
今日からこの店でお世話になります!宜しくお願いします!」
翌日。
ジーナは俺の紹介もあってカフェウェストで働くことになった。
「改めて、私は遠藤詞亜。よろしくね。」
「元気が良いな。
面接の時にも言ったが、私は店長の伊新陽平だ。こちらこそよろしく頼む。
じゃあ、まずはウェイターからやってもらおう。接客の基本は笑顔と丁寧さだ。それを忘れるなよ。
オーダーは正確に聞いて、伝えてくれ。聞き取りづらかったらちゃんと聞き取れるまで聞いてくるんだ。何度も言い直すより、間違ったものを持っていく方が失礼だからな。」
「はい!」
「よし。じゃあ頼んだぞ。」
ジーナは仕事を完璧にこなしていた。
心配して損した気分だ。けど、よかっ―――
「あだっ!?」
「…マナ…しっかりしなさいよ。今まで何回そこで転んだの?」
「この床ちょっと出っ張ってるからいつも転ぶんだよ!」
…俺は最近自分のドジっ子属性を忘れる。
笑顔でオーダーを取るジーナを見ると、妙な敗北感を感じた。
ジーナがバイトを始めてから更に客足が増えたとか、そんなことも後程聞いた。
「基矢、どうしてお前はマナなんだ?」
「なんだ?ロミオかジュリエットみたいなこと言いやがって。」
「どっちかはっきりしろよ。」
「俺、アレ本も劇も見たことないんだよ。
多分ジュリエットだと思うんだけどさ…」
その翌日。2人で部屋にある本をゴロゴロしながら眺めていると、達治がなんかよくわからないことを言い出した。
今日は俺の部屋に達治が遊びに来ている。
正体を隠し、避けていたので性別が変わって以来達治がここに来ることはなかった。実に二ヵ月ぶりである。
「そうなのか。実は俺も見たことは無いんだよな。」
「お前もだったか。
……なあ、まさか一緒に観ようぜとか言いださないよな?」
「するか!
見た目はともかく中身は基矢なんだろ!?野郎と恋愛もの観るとか悲しすぎるわ!!」
「…よかった。」
「なんだ?俺が元野郎に恋するホモだとでも思ってたのか?」
「前に鴨木さんからTSモノの小説ばっかり紹介されたことがあってな…それでもしかしてと思ってたんだ。
お前の答えを聞いて安心したよ。
あと、ちょっとTSものの登場人物と作者に謝ってこいお前。」
「さーせんした。
でもそうだったのか。
しっかし、鴨木さんも趣味が悪いな。よりにもよってお前にそんなものを紹介するなんて。」
「しかも、俺の性別が変わってた事を知ってて紹介してたんだからな…思いっきり当てつけだった。」
「………そうか。
ごめんな、お前のことを同性になったことを事を利用して女子を囲ってハーレム狙ってる節操無しだと思ってた。」
「なんていいがかりを付けやがる…!
詞亜は元からつるんでたし、リリナも向こうから来たし、鴨木さんは……まあ確かに俺が声を掛けたわけではあるけど本命はリリナだったし、じょうちゃんは向こうから来たし、憂佳に至っては誘拐されたし、ジーナも空から降ってきたんだぞ!?」
「なんか数人知らないのが混じってんだけど!?
じょうちゃんと憂佳って誰だ?お前誘拐されてたの?ジーナってあのジーナさんか?空から降ってきたの?」
「いちいち説明するのも面倒だ!自分で勝手に想像しろ!
でも、想像した結果をばらまくのは止めろよ!」
「分かった。とりあえずお前が美少女まみれの羨ましい生活を送ってるところまでは想像できた。」
「分かってねーじゃねーか!」
軽口合戦はしばらく続いた。
俺は言い返しながら、達治との関係が変わっていないことに安心していた。
きっと達治も同じように安心しているだろう。
「うるせえ揉むぞ!」
「揉むんじゃねえ!マジギレするぞ!」
「…ちょっとでいいからマジで触らしてくんない?」
「背中に当ててんのよやってやろうか?全力で首絞めながら。」
…でもセクハラは止めてほしかった。
「…何やってるんですか?」
「あ、リリナ。帰ってたのか。」
クラスメイトと遊びに行っていたリリナが帰ってきていたらしく、俺の部屋にノック無しで入ってきた。
「リリナさんと同棲してるってだけでどれだけ羨ましいと思ってんだ!」
「楽しくはあるが、お前らが期待してるようなことは何もないからな!
どうせお前らはラッキースケベとか起きそうとかそんなんしか想像してないだろ!?甘いぞ達治!
着替えはそれぞれの部屋だし、風呂は銭湯だ!
女風呂になんか入ってみろ!居心地がこれ以上に無いくらい悪いんだぞ!いやらしい目で見る余裕なんて無いくらいにな!目の保養どころか心の猛毒だよ!!」
「…………すまねぇ。」
「…お二人とも、テスト勉強は良いんですか?」
「「あ!!」」
そうだった…達治は遊びに来たんじゃなくて勉強会の為に来たんだった!
俺もいつの間にか本を眺めてしまっていたが、真ん中にあるテーブルには2人のノートと教科書が開かれたまま放置中だ。
「基矢さんの成績は良い方かもしれませんが、勉強をサボったら一気に下がりますよ?」
「うぐっ、お前そんなことまで調べてたのか?」
確かに、一学期の期末テストでは中間テストでなかなかの成績を取れたことで天狗になり、勉強を疎かにしてしまった。
そのせいで赤点こそ無かったものの、中の中から下の上くらいまで下がってしまい、詞亜や達治からバーカバーカと言われたことがある。
詞亜はまだいいが、いつも赤点ギリギリの達治には言われたくなかった。
「仕方ありませんね…
監視役兼教師ということで、私も参加します。
あ、ジーナさんも呼んできますか?」
「ジーナさんも!?」
「良いんじゃないか?」
「分かりました。では、呼んできます。」
リリナは部屋を出る。
数秒後、ジーナを伴って戻ってきた。
「……基矢。いくらなんでも来るの早すぎじゃないか?」
「え?だって一緒に暮らしてますし。」
「基矢ああああああああああ!!美少女2人と同棲した上自分も美少女になるなんてどういうつもりだああああああああ!!」
「俺が聞きたいわああああああああああああああ!!」
お互いに肩を激しく揺すりあう。
俺が手を滑らせて達治の顎にヘッドバッドを食らわせるころには、リリナとジーナが2人で勉強会を始めていた。
俺は慌てて参加したが、達治はしばらくうずくまっていた。
「基矢さん、ちょっとお出かけしませんか?」
「俺はパス。今日は止めた方が良いんじゃないか?」
週末。リリナの誘いを蹴って教科書を見る。
明後日にはテストが控えているのだ。買い物なんて行く余裕は無い。
「……そうですか。
たまにはこの世界の食材を使って、この世界の料理を作ってみたいと思ったんですが…
私一人では調理方法どころか、どの食材を買えばいいのかすらわかりません。これではまた異世界料理をふるまうしかありませんね…」
「うっ…」
かなりおいしい提案だ。料理だけに。
リリナが作る異世界料理は、宇宙人のジーナすら拒否反応を示す程色彩豊かだ。
味が確かで、料理の腕を感じさせるだけにそれだけが心残りではあったが、それが払しょくされようとする日が来るとは…!
俺はそのチャンスを逃していいのか?リリナの料理に引かなくなるチャンスを?
「………いいだろう!ちょっとくらいなら付き合ってやる!」
「本当ですか!?
では、ジーナさんも連れていきますね。彼女にも地球の料理を伝授してあげましょう!」
「ああ!」
今日の予定は勉強からお買い物に書き換えられた。
まあ、勉強なんて帰ってからでもできるし…そんなことより、今しかないチャンスを掴みとる方が良い!




