元四話 侵略されてたちくせうと思ってたら臭い嗅がれてた
「こういう役も悪くないですね!まるで自分が常識人みたいで!」
お前は間違いなく常識人じゃない…常識人が先住民の性別を変えて部屋を乗っ取るものか。
とぐったりしながら思う。
トイレで全部(パジャマの上だけ。あとはずり落ちていた)脱がされ、手取り足取りフレンドリでトイレの仕方を教わった。
全裸から放尿シーンまで見られてしまった…もうだめだ、おしまいだ…お婿にいけない…嫁には行かない…
「次はお風呂と行きたいところですが、ここにお風呂は無いですよね。
銭湯に行こうにも、我々には新しい服が必要です。なので詞亜さんが帰って来てから教えてあげましょう!実技で!」
「実技は止めろ!講習だけで良い!」
「講習だけじゃ分からないこともあるじゃないですか。
それに、どれも女の子として過ごすためには必要なことです。貴方に拒否権はありませんよ?」
「教育方針に不満あり!講師の変更を要求する!」
「詞亜さんの方が良かったですか?
…ああ、詞亜さんの裸に興味がおありで!」
「誰も実技でとは言ってねえ!邪推は止めろ!グルグル先生で充分だ!」
グルグル先生とは、グルれカスで有名な講師だ。
要はネットである。
「えー、でも私も教えたいですし…
それに、私の裸も見れちゃいますよ?」
「口頭だけで結構だ!」
コイツ、女神になる前はセクハラ親父だったんじゃないだろうか。
「えー?本当に良いんですかー?
こんなナイスバデーなかなか見れませんよ?」
「それで辱めを受けるくらいなら断る!」
「……そこまで拒否されると傷つきますね。
でも、どの道一緒に入ることになると思いますよ?」
「なんでだ?」
「私一人だったら、この部屋を隅から隅まで調査してしまう自信があります。
ベッドの下はもちろん、PCの中や本棚の裏、あ、本棚の本の裏とかも怪しいですね!」
「……お前、本当は泥棒なんじゃないのか?」
「泥棒じゃありません!一緒に暮らそうとしてるんですから!」
「なおのこと質悪いわ!」
泥棒よりも他人に黙って一緒に住もうとする方が悪質だと思う。
泥棒は一回だけだし、持っていかれる量には限りがある。それに対し、リリナは居座り続ける限り食費やら生活スペースやらを食いつぶしていくからだ。しかも俺の許可なしで。
同居人を追い出そうものなら多分俺が大家さんから怒られるだろう。最悪俺の方が追い出されかねない。
彼女は紛れもなく侵略者だった。
「美少女と一つ屋根の下どころか一つ部屋の中ですよ!?男子としては超魅力的、というか夢にまで見るシチュエーションじゃないんですか!?」
「間違いが無いように女子にされなければな!
後、無許可ってのが魅力を1000%下げてんだよ!プラスどころかでっけーマイナスだ!!」
「人によってはそれでも夢に見ますよ!?」
「俺がそういう奴じゃなかったってことだ!
TS願望も無ければ良く知りもしない奴と同棲なんてしたくない!一人暮らしならなおさらな!!」
俺は自分のテリトリーを侵された感覚に陥っている。
一人暮らしには少し憧れを持っていた。
何をしても誰にも邪魔されず、とがめられもせず、自分が自分でいられる空間。
いくつかある一人暮らしを志願した理由の中にそれを手に入れたいが為というのもある。
その結果性別を変えられた上侵略されるとは全く思わなかったが。
「……そうですか。
つまり、貴方はプライバシーを守りたいんですね?」
……間違ってはいない。
「では協定を決めましょう。“一部屋暮らし協定”を。」
「まんまだな。」
「まんまでいいじゃないですか。
まず、この部屋にカーテンを付けます。
そこから右の部屋が貴方の部屋、左の部屋が私の部屋です。」
「カーテンじゃ音が聞こえるだろ。」
音で相手が何をしてるかわかる時もあるだろう。着替えとか動画とか…
「そこは微弱に残った神の力で防音性を付けます。
ついでにこの部屋全体にも。近隣の住民に迷惑をかけたくないですからね。」
同居人に思いっきり迷惑かけてるけどな。
「あ、ついでにこの部屋の大きさは神の力で二倍にします。なので貴方の部屋が小さくなったりはしませんよ。」
「それリフォームじゃね?」
賃貸なのにそんなことをしていいのだろうか。
「いえ、空間拡張的なアレです。私の意思で元通りに戻すことも出来ますから。」
「……それだけあれば周囲の認識とかも変えられそうだけどな。」
「結構ギリギリなんですよ?
それに、こっちの方が消費は少ないです。空間等の物理的な物より、記憶等の概念的な物への干渉の方が神の力を使うんですから。それで」
「その講義は誰も求めてない。」
「…残念。」
長ったらしくなりそうな話だったので強制終了した。訳わからんし。
「で、他は?」
「料理は一週間ごとの交代制にしましょう。
食費は当番持ち、外食やテイクアウトの場合も当番持ちです。
掃除は自分の部屋のみ各自。ただしキッチンや玄関は料理当番じゃない方が毎日行う。
洗濯は掃除当番が行います。コインランドリーまでの道は知ってるので大丈夫です。
後は―――」
着々と決まっていく“一部屋暮らし協定”。
互いに平等になるように、プライバシーも守れるように周到に考えられている。来る前から考えていたんだろうか。そういう周到性を俺にも向けてくれば…
…ある意味向けてはいたな。
周囲の認識を変えようとしたり、戸籍を変えたり、TS小説を読んでリサーチしてきたり…
実は結構頑張り屋で、頭が回るのかもしれない。
そう考えると急にリリナが頼もしく見えてきた。意外とコイツとの暮らしも悪くないかも―――
「ただいま、とりあえず似合いそうなの買ってきた~」
「ありがとうございます!
では、基矢さん。着替えて銭湯に行きましょう!手取り足取り教えてあげますよ!!」
―――と思っていた俺にタイキックしてやりたい。
「せ、銭湯!?手取り足取り!?」
「ええ!詞亜さんも来ますか?」
「えっと、でもそれって基矢に全部見られるし、けど、しっかり見張ってないとリリナに…」
「じっくり考えててください!その間に我々は着替えますので!
あ、下着の付け方も教えてあげますから付いて来てください!」
口頭だけで分かる気がしないので大人しくリリナに教わって着替える。
袋から開けてみると2人分の下着類と俺用と思われるワンピース、リリナ用と思われるスカートとえーっと…とにかく服があった。男の俺に女子の服の知識なんざ求めるな。
まともなチョイスに安心し、リリナの指導の下着替える。その間スキンシップがあっても詞亜の指摘は入らなかった。
着替え終わって詞亜を見てみると。
「……」
ずり落ちていた俺のパンツを赤い顔でつまんでいた。
「詞亜?」
「えっ!?な、なに!?
片付けようとして持ってただけだから!匂いとか嗅いでもないから!」
「臭いって…そんなに臭いのか?」
これでも毎日替えているはずなのだが…
「ちょっと汗臭…なんでもない!」
「……嗅いだのか?」
「何!?あんただって私のが落ちてたら嗅ぐでしょ!?」
「嗅がねーよ!社会的に死ぬわ!!」
何言ってんだ詞亜…この残念っぽい言動はリリナに毒されたせいか?空気感染したのか?
「なんですかこっちを見て。失礼なことでも考えてるんですか?」
「いや?」
急いでそっぽを向く。
表情に出てたか。
「基矢って意外と紳士だったのね…」
「褒めてるのか馬鹿にしてるのか?」
「褒めてるに決まってるじゃないバーカ!」
「バカにしやがって…」
「それより、詞亜さんって臭いフェぶはぁ!?」
何か言いかけたリリナの顔に横ベクトルが衝突する。
頬のもみじを見るに詞亜のビンタを喰らったらしい。真っ赤に腫れた頬は見ていて痛々しい。
「お風呂…貸してあげる。」
「え?」
「私の家のお風呂貸してあげる!
基矢は女湯になんか入れないでしょ…」
確かに、いざ女湯に入ろうとしてためらい、リリナに引きずられていくビジョンは見えていた。
で、女湯の中では顔が真っ赤になり、風呂でのぼせて風呂とか体の洗い方どころでは無いのは想像に難くない。
願っても無い申し出だが、良いのだろうか。話の流れの切り方がワイルド過ぎではないだろうか。
「い、今の基矢は女の子だから…別に妙な気遣いは要らないから。遠慮なく使って。」
「浸かってとのダブルミーニングか、上手い。」
「…そう言えばそうね。」
無意識だったか。
〇〇〇〇「と思っていたのか?」