元三十一話 ナンパにあったらラブレター貰った
ナンパとラブレターはTS物の定番かと思いました。
同じ話に突っ込むのはどうかと…思いませんでした。はい。
今回は序盤以外ノンシュガーな感じのつまらん回です。
その後、これ以上詞亜のトラウマを増やす訳にはいかないと言って守姉弟は帰って行った。
その数分後、俺の尽力(?)によって一時的なパニックから立ち直った詞亜は抱きしめていた俺を突き飛ばすように開放するなり買い物に行くわよと言い俺の手を超強引に引いてワオンモールへ。俺と詞亜は互いに相手が選んだ服を購入した。
その後、詞亜を家まで送って帰路に就いたのだが……
「可愛らしいお嬢さんですね。お茶をおごって差し上げましょう。」
「私からはケーキを。」
とうとう俺にも来たか…
今弾除けも美人男の娘も居ない今、俺しかいない。
そう、俺は2人の男にナンパされているのだ。できる事なら一生無縁でいたかった…
「お断りです。」
「そうおっしゃらずに。」
「ケーキがおいしい喫茶店です。無論おごらせていただきます。」
なんか俺のイメージにそぐわぬすげー丁寧さだが、当然なびかない。男になんぞなびいてたまるか。
「男割りされる前に諦めろ。」
「男割りってなんだ…?」
「あーっとお嬢さん!蚊が止まってますよ!」
1人が俺の右腕を掴む。
当然そんなところに蚊はいない。いたとしても掴まないで叩くだろう。
「おやー!こっちにも!」
超わざとらしい声を上げながらもう一人も左腕を掴む。
「放せ!」
「まあまあ、ちょっとで済むので。」
「小学生相手に何してんだよ!このロリコン共め!」
自分の年齢詐称で心がチクリと痛む。
自分で見た目が小学生だと肯定してるみたいじゃねーかチクショー!
「そんなに胸の発育の良い小学生はいませんよお嬢さん。」
「一度でいいので顔をうずめさせてくださいお嬢さん。」
最低の見破り方だなチクショー!
「オラァ!」
「へぶっ!?」
どこかへ二人がかりで引きずられていると、謎の声と共にナンパの一人が手を放して倒れ込む。
その右頬は赤い。誰かに殴られたようだ。
掴まれているのは片手のみ、こっちからも相手の腕を握れる……チャンスだ。
「ほいっとぉ!」
「いだああああああああああああああ!!」
くるりと回って腕を極める。
そして手が離れたことを確認してCQCぶん投げ編。頭から地面に着地したナンパ男(左)は大ダメージを受けた…はずだ。
「マナ、大丈夫か?」
「助かったぞ、達治。」
ナンパ男(右)を殴り倒したのは達治だった。
達治は小学生の頃から空手をしていて、喧嘩では負けなしだったらしい。俺は達治と殴り合いみたいな喧嘩はしたことないけど。CQCモドキを決めることがあるくらいで。
「おう、礼は受け取っとく。貸し一つな。」
「貸しか…」
嫌な予感しかしない。
俺の正体を教えろだとかその方面に使うかもしれないからだ。そういう使い方だけは勘弁して頂きたい。
「まあ、それは良いか…
でも、なんでお前がこんなところに?お前の家とは逆方向だろ?」
「ん?なんで俺んち知ってんの?」
またもついボロを出してしまった。とんだドジっ子ちゃんだぜ俺。
「あ……いや、正確な位置は知らないけど、帰る時に俺と逆方向に歩いてくのを見てさ…」
「そうだったのか。
いや、ちょっと基矢の家にさ…」
「…そうか。」
「まあ、やっぱりいなかったけどな。」
「無駄足ご苦労、お互いにな。実は俺も向かうところだった。」
「そうか。
早く家に帰れよ、さっきみたく捕まっても知らないぞ。」
「ああ。」
進路は変えない。そりゃ帰路ですから。
「……そっちは基矢の家だろ。」
「ん?ああ。
そりゃ、俺の家だし――」
あ。
「俺の家?」
「い、いや、違うんだ!これは方向が同じって意味だ!」
「…なんでそんなに焦ってるんだよ。」
「なんでって、お前が疑うからだろ!
誤解が無いように」
「分かってんだよ!」
「……え?」
「最初に教室に入ってきた時から分かってたんだよ、お前が基矢ってことは。
それで、放課後にお前をわざわざ呼び出して、確認もしようとした。
でも、お前は否定した。
お前がそんな姿になったことを隠したいんだってことが分かったし、俺も信じたくないって気持ちがあったから騙されてやったんだよ。
でも、もし本当にお前が基矢じゃなくて、基矢が居なくなってたら…
もう二度とお前を含めた皆で遊びに行ったり、騒いだり出来ないって思ったら…俺はそれが怖くて何回もお前に訊いたんだ。
また否定してほしかったけど、同時にそうだって一言を待ってたんだ…
だって、お前が本当に基矢だったら…前みたくバカ騒ぎもできないし、男女なんだから距離も置かないといけないだろ?」
「…達治。」
「お前とは今まで通りに仲良くしたかった。
…じゃあな。もう俺は答えを訊かない。」
達治は走り去っていった。
追いかけようにも俺と達治では身体能力が違いすぎる。あっという間に追いつけない距離とスピードになってしまった。
俺は走り去る達治に背を向け、再び帰路に就いた。
心を引き裂くような痛みはしばらく消えそうにない。
俺は、達治の気持ちをさっぱり知らなかった。知ろうともしなかった。
浅はかな考えで距離を置き続けて、達治どころか俺自身にも心に傷をつけていた。
…達治も俺も、今まで通りの関係でいたいって、本当は同じように思ってたのにな。
2人でそう思えるならできる。
今までの関係を維持することも、また遊びに行ったり、騒いだりすることも。
…電話帳、消すんじゃなかったな。消さなかったらそれを伝えることも出来たのに。
明日にするか。今は眠ろう…
「マナさん、それ…」
「ああ、そうみたいだな。」
朝。下駄箱を見てみると一通の便せんが入っていた。内容は放課後のお呼び出し。
結局昨日はバイトで、帰りによっても達治は不在だったので月曜日である今日、学校で俺の気持ちを伝えることにしたのだが…別の誰かの気持ちを伝えられることになるとは。
「行くんですか?」
「行くだけな。きっちり断る。」
男の時はこんなもの一つも入ってなかったし、まさか夏休み開けから姿を消した基矢に今更ラブレターなんて送らないだろう。
つまり、この差出人は男だ。間違いない。
「もう決めちゃってるんですか?かっこよかったら付き合っても」
「男と付き合えるか!」
彼氏なんてまっぴらごめんだ。俺の精神は男なのだから。
「そうですか。」
「そうですよ!
あ、達治!」
見覚えのある後ろ姿だと思ったが、まさかこんなに早く会えるとは。
達治はくるりと振り向くと、顔を戻して一目散に走り去っていった。
「おい!ちょっと待てよ!」
廊下を走り、階段を昇っていく。
逃げる理由は分からないが、多分教室に行ったのだろう。
そう思って教室を見るが、達治の姿は無かった。
達治が戻ってきたのはホームルーム直前だった。
昼休みも達治はどこかに行っていて話しかけられず、俺は自分の気持ちを伝えることが出来なかった。
……なんか告白しようとしてるみたいだなさっきから。
「待ってください、達治さん。」
「ん?リリナさんか。なんだ?特に呼び止められることはしでかしてなかったと思うが…」
放課後、リリナは達治に話しかけていた。
珍しい組み合わせだと思い、鴨木奈菜美は様子を見ることにした。
「実は今朝、マナさんにラブレターが届いたんです。
既に彼女は待ち合わせ場所に行ったみたいですよ。」
なるほど、通りでマナが既にいなくなっている訳だ。
大方断りにでも行ったのだろう。彼女の心はまだ男のままのようだから。
「…それが?」
しかし、それはわざわざ達治とかいう男に言う内容なのだろうか。
確かに、TS小説では性別が変わった主人公の男の幼馴染及び達治のようなそれに近い親友ポジションはそういった仲になることが多いが…彼はまだマナが基矢であることを知らないはずだし、知っていても彼がそれをどうこう言うとは思えない。
「おや、無反応ですか。」
「いや、ちょっと驚いた。あんなちびっこに告白する奴なんているんだなーって。」
まあそれは私も思った。
「で?」
「は?」
「で、告白現場には行かないんですか?」
「どうして?」
「どうしても何も…気にならないんですか?」
「…いや?」
「じゃあいいです…あ、ちなみに場所は体育館の裏だそうですよ。」
「どうでもいい情報をありがとう。」
達治は至極どうでも良さそうな態度のまま教室を出て行った。
「…リリナ、どういうつもり?」
「奈菜美さん。
いや、TS主人公の親友ポジとしてはどんな反応をするのかと。」
確かに、私もそういうシチュエーションで実際にその人物がどういう反応をするのか?というのは気になる。
ただ、リリナのように実行に移そうとは思わない。
「……活発なオタク。」
「なんですか。貴女もオタクでしょう。」
「否定はしない。」
私はオタクを蔑称としてではなく、特徴の一つと捉えている。
そして、私にもその特徴があてはまると思っているので否定はしない。劣等感も抱かない。
…私のオタクという単語に対する所感なんて極めてどうでもいいだろうから言わないけど。
「そうでした!奈菜美さんもこの後観に行きませんか?」
「何を?」
「達治さんの動向に決まってるじゃないですか。まさか、今ので終わりとでも思ってましたか?
今のはただの仕込み。達治さんが本当にどう思ってるかはこの後ですよ!どうでもよさそうなふりをして――って感じかもしれないですし!」
「……趣味が悪い。」
「ストーカーに言われたくはないですね。あの時のストーカー、貴女だって知ってるんですからね?まあ、そのおかげで基矢さんの居場所が分かって、助けられたわけですが…」
…知っていたらしい。
私が神の力を奪うため、リリナをストーキングしていたことを。
そして、そのストーキングの最中に基矢が攫われて、監禁場所を特定したことも。
ただし、神の力が必要なくなった今、そんなことはやっていない。リリナにも悪いし。
「それで、どうしますか?」
「…私も行く。」
「そうですかそうですか!では早速追いましょう!
多分もう体育館裏に居るでしょうから、付いて来てくださいね!」
私は走っていくリリナを歩いて追いかけた。
案の定走っていたリリナが教室から出てきた先生にぶつかりそうになって注意を受けていた。やっぱり、廊下は走っちゃダメだ。
リリナからマナが告白されると聞いて、俺の心はざわついていた。
よくわからない焦燥感と不安に駆られながら体育館裏に急ぐ。
何故俺は焦ってるんだ?
マナが好きだから?
違う。
基矢が取られそうだから?
…そうかもしれない。
基矢がどこか、俺が届かない場所に行ってしまいそうだから?
……そうだ。
もし、基矢…いや、マナがその告白を受けてしまったら、俺と基矢の関係は変わってしまう。
距離を取られ、一緒に遊びに行くことも出来ず…ゲームの話をすることも叶わない。
そうなったら死ぬとまでは言わないが、辛い。
友達を一人失うも同然だ。唐突に、喧嘩でもなんでもない不意に訪れる理不尽ともいえる別れ。
俺はそんなの嫌だった。だから今走っているのだろう。
体育館に着く。
「―――だから…付き合ってくれないかな?」
男の声。
裏を覗くと、一人の男子生徒とマナが居た。どうやら告白したらしい。
「分かった。良いぞ、付き合ってやる。」
マナの言葉を聞いた瞬間。
全てが終わったかのような絶望感と、友を失った虚無感が訪れた。




