元三十話 秘密の話をしてたら出禁になりかけた
笑みを浮かべている達治に警戒してしまうのは会うたびにお前基矢だろとか言われてるせいだろう。
またかと思うとうんざりする。その詮索をかわすのに俺がどれだけ精神をすり減らしてるか…
「見てろよ、5ゲームして温まりに温まった俺の肩から放たれるストライクを!」
意外にも自信たっぷりの声でそう言って投げただけで、今回は詮索しなかった。
っていうか、5ゲームもしてたら温まるどころか疲れてくるだろ。しかも肩から放つのはストライクではなくボールだ。カマキリモドキでも射出するつもりなのか?
カコーン!
達治のボールはやや左に逸れ、ピンが3本残る。
「ストライクがなんだって?」
「う、うるせー!お前も投げてみやがれ!」
俺まだ投げるの慣れてないんだけどな…
前よりももっと踏ん張ることを意識し、スイングの勢いを落として投げる。
「あ、曲がった。」
その時に手首のコントロールが疎かになってしまい、ボールが曲がって6本倒れる。
「お前も大差ないじゃん。」
「俺は初心者だからな。」
特別にうまかったわけではないが、基矢時代は何度かボーリング場に来ていた。
その時の要領はもう通じない。今の俺は初心者同然だ。
「次でスペア取ってやるよ。」
達治の第2投。
狙いは良かったのだが、やはり曲がってしまい倒れたピンは2本。
多分疲れが出ているのだろう。今日はもう帰った方が良いんじゃないだろうか。
「スペアがなんだって?」
「お、覚えてろよー!」
捨て台詞を吐くと仲間たちの元に帰って行った。
帰ったアイツはもうスルーして俺のゲームを再開する。
「よし、今度こそ……あ。」
俺も投げるが、手首のコントロールを意識しすぎてふらついてしまった。倒れたピンは1本だけだった。
「ドンマイ。
ところで、隣に居たやつは知り合いか?」
「ああ、クラスメイトだ。」
元悪友と言ったところだろうか。
中学時代、いたずら好きの達治とは一緒に色々やらかしたものだ。アイツ行動力があるバカなんだよな。
それに付き合う俺も大概かもしれないが…
「達治にはまだ言ってないの?」
座ってコーラを飲んでいると詞亜に訊かれた。
「ああ、アイツ口軽いし…」
「それだけ?」
「…セクハラされそう。」
「ああ…」
詞亜は遠い目をしながらうなずいた。被害者だからな。
アイツは気心の知れた女友達にはセクハラしまくる。
詞亜はいつも達治のセクハラを未然に防いでいた。初犯は防げずにやりすぎレベルの仕返しをしていたのを思い出す。
潰れたな…とか言いながらうずくまる達治を冷えた目で見下ろしてやったよ。
俺もセクハラされたらやってみようかな。奴のトラウマをフラッシュバックさせてやる。
「…それだけ?」
「……今までのように友達同士でいられるかどうか。
もしかしたらなにかの拍子で男に戻れるかもしれない。
その時が来たら一番仲がいいアイツと遊びたいんだよ。こうして、ボーリングとかカラオケに行ったり、ゲームしたりしながらさ。
でも、途中でこんな姿になったと知られたらそうもいかなくなるんじゃないか?
姿形が変われば、見る目も変わってくるんじゃないか?その後全部元通りになったとして、変わる前と同じでいられるのか?
そう思うから話せないし、隠したいんだよ。」
「……そう。辛くは無いの?」
「辛いに決まってるだろ。
秘密を抱えるっていうのはそういうことだ。」
「そうよね…」
バレるかもしれない、正直に告白した方が良いのかもしれない。隠しておきたいと思う反面そう思ってしまう。
いっそ話した方が楽だと話す場合もあれば、精神を病んでしまう場合もある。いずれにせよ秘密が良い物とは言えない。人間正直が一番なのだ。
とはいえ、人間は複雑だ。自分を守る為、もしくは、相手を守るために誰もが秘密を持っている。
まあ何が言いたいのかって言うと秘密辛い。この一言に限る。長文失礼しました。
「あー、しんみりとした場面のところ申し訳ないが、次は詞亜の番だ。投げてくれ。」
瑠間も守も投げ終えていたらしい。スコアボードを見ると瑠間がスペア、守が8本とあった。
いくら力が元人間レベルでも、技術が無ければ簡単にストライクが取れるというわけではないらしい。
まあ、そうじゃなきゃプロボウラーは皆筋肉ムキムキのマッチョマンだらけだろう。プロボウラーの事なんて知らないが。
「………大丈夫だ、秘密の話をしてたみたいだが内容は聞いてないから。」
守はボール置場に出てきたボールを置いてあった布で拭きながら言った。
良かったと思う反面、守には話せ――
「そこでボール拭いてるねーちゃん、尻エロくね?」
――左から聞こえてきた幻聴で思考を止めた。
次の瞬間守の姿が掻き消え、左に居た大学生くらいのお兄さんが守に胸倉を掴まれて持ち上げられているのを見た。
レーンの前ではそれを見てしまって震えていた詞亜が瑠間に目を塞がれていた。
「アイツ次会ったらぶっこるぉがしてやる…!」
巻き舌混じりに言う守の顔は修羅を連想させる凄まじい物だった。
男がエロいとか言われてムカつくのは分かる。ヒジョーに分かる。学校に居る時、遠くから聞こえる「ちっちゃいけどでかくてエロイ」の声には俺も辟易している。
ただ、少し場面とか周りの状況を考えてほしかった。そこはボーリング場で、多くの人がいるのだから。
「だからといって公共の場で喧嘩沙汰はまずいんじゃない?」
「……それはほんとにスミマセン。」
瑠間の冷たく正しい指摘を受け、勢いが垂直に落ちる守。
守は瑠間によって止められたが、喧嘩沙汰を起こして長居できる訳も無く、すぐにゲームを中断してボーリング場を出て行った。
卓球とかもしたかったんだけどなー…
事情が事情なので出禁は避けられたが、通いづらくなりそうだ。
「殺される…私、殺される…」
「詞亜、大丈夫だ。守は誰も殺さない。
だからちょっと今は離してくれないか?歩きにくいんだ。あと痛い。」
「嫌…!」
詞亜は怯えきってしまい、俺を後ろから強く抱きしめている。痛い。
なんとか歩けてはいるがスピードは無く、守と瑠間に大きく離されては2人が戻るのループを繰り返しながら移動している。
「…そこのベンチで休憩したら?」
「そうだな…詞亜。座ろう。離してくれ。」
「嫌…!」
詞亜は俺を抱きしめたままベンチに座る。
自然と詞亜が俺の椅子になってしまうが、今の俺に逃れる術は無いし、逃れたら詞亜が可哀想だ。
その為、大人しく詞亜のぬいぐるみになることにした。
…役得ってことにしといてください。おなごの体は柔いのうとかそんなこと考えないので。
「……基矢、柔らかい。」
お前が考えるんかい。
…まあ、安心してるってことなら良いか。
トラウマをえぐられた後なんだ。今くらいは好きにさせてあげよう。
「安心する…」
…頬をくっつけ合うのは役得じゃ済まないですか?
「……」
「……」
何故か黙って守と瑠間が俺たちの前に立った。
「どうした?」
「周りの目を見ろよ、すげー目で見られてるぞ。」
「目の保養とか百合最高とか聞こえてくるね…」
…バリケードになってくれてるってことか。なんか変なところで2人に迷惑をかけてしまった。
「悪い、マナ。俺もほんのちょっとだけ良いなと思ってしまった…許してくれ。」
守ぅ…
正直なのは結構だけど今のは言わなくてよかったぞ…




