元二十話 質問しまくってたらトラウマが生まれた
「………どういうことですか?」
「分からない?」
「なんの接点も無いはずの鴨木さんが私の正体を知ってるし、貴女と仲が良かったはずのマナさんは倒れてますし…
なにがなんだか、さっぱりですよ。どうすれば普通の女子高生がこんな状況を飲み込めるんですか。」
「…どう考えても貴女は普通じゃない。
そもそも、貴女は何百年も生きてる女神。」
「そうでしたね…最近それを忘れがちです。
ですが鴨木さん、一つ忘れてることがあります。」
「…何?」
「私は“元”女神です。」
「……元女神は、貴女が嫌いな呼ばれ方だと思ってた。」
「ええ、大っ嫌いですよ。
今の私にぴったり、憎たらしいほど当てはまる呼ばれ方です。」
「でも、本当は元女神なんかじゃない。
貴女は今も神。私にはわかる。貴女から湧き出る神の力を感じる。」
「…貴女、普通の人間ではありませんね。
もしかして、貴女は私の力を奪っていた名もなき神ですか?」
「お察しの通り。」
「まんまですね、名もなき神を並べ替えて鴨木奈菜美なんて。」
「…戸籍の関係上、鴨木家に属することになって思いついた。
今は亡き鴨木夫妻の一人娘っていう設定にしてるから。」
「私もそうすれば良かったですかね?」
「知らない。
…そろそろ本題に移る。マナ…いえ、基矢が風邪をひくかもしれないから。
大丈夫、彼は死んでるわけじゃない。」
「基矢さんのことも知ってましたか…」
「当たり前。宇露基矢が宇露マナに変わる瞬間も見てた。
奪ってた力越しにだけど。」
「…通りで妙に消耗が早いと思いましたよ。やっぱりあの時から奪ってたんですね。」
「ええ、大きな力を行使している貴女を見て、その力の消耗に便乗して奪ってた。
私だって消えたくない。
だから、今こうしてマナと引き換えに貴女の神の力を貰おうとしている。」
「貴女の狙いは私の力でしたか……消滅がそんなに恐ろしいですか?
なら、自分を人間に作り変えればいいじゃないですか。なけなしの神の力を使って。」
「人間は神の力を使えないし、寿命があるし、弱い。
神より劣るようなそんな存在になりたがる訳無い。そもそも、存在を作り変える力すら無い。」
「…そうですか。
私は、神としての力なんかより、人間の絆の方がよっぽど羨ましいですけどね。
元人間として。」
「隣の芝生は青く見えるもの。
遠いものほど美しく見えるだけ。神である貴女に、人間は遠すぎる。
ここで神の力を私に渡して、貴女が人間になるという選択肢もあるけど?」
「…それはできません。
だって、私が人間になったら基矢さんが――
――とにかく、私は貴女に力を渡す気はありません。今人間になる気も。
そして、基矢さんは返してもらいます!」
「……マナは返しても良い。」
「…どういうことですか?
人質にとっておいて、返しても良い?」
「マナは私の力で覚醒を阻害されてる。
だから、マナを助けるには神の力を使う必要がある。
その時に貴女から力を奪わせてもらえば私の目的は達せられる。」
「二段構えですか…嫌な手を使ってきますね。」
「私はまだ消えたくない。
消滅を回避できるならなんだってする。」
「…私だって、基矢さんの為ならなんだってできます。」
「惚れでもした?」
「いえ、そうではありません。
でも、こんな友情もあるんだって気付かされました。
お互いに文句を言いあって、喧嘩して…でも、それが楽しかったんです。
私が人間だった頃は友達どころか喧嘩の相手も居ませんでしたから。
私は失いたくないと思ってます。せっかく手に入れた友達も…貴女も。」
「…私も?」
「貴女とは話をしてみたかったんですよ。
こんな形じゃなくて、同じネット小説を読む同士として。
貴女が基矢さんに紹介した小説…全部見てみましたが、全部面白かったですよ。」
「…………」
「出来れば貴女とも友達になりたいくらいです。
ですから…止めませんか?こんなこと。」
「……私はまだ、神でありたい。
名前が無くても、力が無くても良いから、人間にはなりたくない。」
「マナさんと接してきた今でも、本気でそう思えますか?」
「………」
「マナさんだけじゃありません。
貴女が読んでいた小説も、多くの人の手により作られたものです。
筆者はもちろん、出版社や小説サイトの運営…彼ら彼女らのおかげで私達が小説を読めます。
マナさんと小説について語り合っていた時の貴女は楽しそうでしたよ。」
「…………」
「力が弱いとか、神の力が使えないとか、寿命があるとか…人はそれだけじゃありません。
同時に、神だって神の力が使えるとか、不老不死だとかだけじゃありません。
人には人の素晴らしさがありますし、神が持っていない物を持ってます。」
「そうやって説得しても、私にはもう存在を作り変えるほどの力は無い。」
「大丈夫ですよ。私が貴女を人間にします。
回復するまで、しばらくは神の力は使えなくなってしまいそうですけどね。
…それに、貴女はもう名も無き神じゃありませんよ。」
「え?」
「だって、“鴨木奈菜美”っていう名前があるじゃないですか。」
「…それは偽名。」
「偽名でもなんでも、それは貴女を示す固有名詞であることに変わりはありません。
ニックネームやあだ名みたいなものです。」
「……そうね。
ちょっと待ってて、基矢を起こすから。」
「…決心はつきましたか?」
「もちろん。」
脱力していた体が元の力を取り戻す。
ゆっくりと体を起こして目を開ける。
ここは公園、空は真っ暗、近くに鴨木さんとリリナ。
「……リリナ、悪いな。
全部聞いてた。」
…盗む聞きするつもりは無かったのだが、結果的に今の会話は全部聞こえてしまっていた。
一度は意識を失ったが、しばらくして覚醒していたのだ。動けなくなってたけど。
「………え?」
「起きてたの?」
「ああ…身動き一つとれなかったから、起きてたってアピールできなかったけど。」
鴨木さんも予想外だったのか、驚いてる。
…ような気がする。無表情だけど。
「それよりリリナ、ちょっと色々と訊きたいんだけど良いか?」
「ええ、なんですか?」
「お前、鴨木さんに力を奪われてなかったら俺はどうなってたんだ!?お前そもそも何歳なの!?元女神じゃなかったのか!?鴨木さんが消滅ってどういうことなんだ!?あとお前いつの間に俺のスマホのメール覗いてたんだ!?ロックはどうした!?もしかして暗証番号を知ってるのか!?それと鴨木さんと仲良くなりたいってマジで!?もしかして憎んでたりとか敵対視してたりとか」
「黙ってロリ野郎。」
「ロリ…野郎…?」
鴨木さんの罵倒が心の中で何度もリピートされる。
二秒後、その言葉が染みわたってしまった俺は卒倒した。
気が付いた時には全部解決していた。
俺はリリナから鴨木さんを人間に作り変えたこと、しばらくは神の力が使えないこと、鴨木さんに力を奪われてなかったら俺の歴史や意識を変えられていた事、歳は分からない事、女神と言う役職は降りたけど種族は神であるということ、神は神の力を使い切ると消滅するけど鴨木さんはもう人間になったから関係無い事、俺のスマホのロックは俺がロック解除してるときに画面を覗いて知ったということ、本気で鴨木さんと仲良くしたいと思っていること、憎んでも敵対視もしていないことを聞いた。
律儀に卒倒直前の質問に全部答えてくれた。よくあの量の質問を一気にまくしたてられて覚えていたものだ。
で。
「鴨木さん!この小説どう思いますか!?」
「私も読んだ。面白い。」
「ですよね!」
リリナと鴨木さんは学校でもよく話すようになっていた。
あの一件から鴨木さんはリリナと同士になったらしい。
…俺はと言うと、鴨木さんのあの冷え切った声で言われた言葉がトラウマになり、鴨木さんに近づけなくなった。
元マナ派の軍勢はいつの間にかリリナ派になっていた。
結果。俺、ぼっちです。
………寂しい。




