元十八話 ネット小説を薦められたらファーストキックを捧げることになった
「鴨木さん!」
「…何?」
それから一週間。趣味を共有した鴨木さんと俺は同士と言う関係の下仲良くなっていた。
鴨木さんは朝からスマホをいじり続けている。
「今日は本じゃないのか?」
「ええ。
昨日面白い物を見つけた。」
「面白い物?」
「これ。」
スマホに映っているのは文字の羅列だった。
左上には…なろうぜ小説家?小の真ん中がペンになってる青いロゴだ。
「ケータイ小説か?」
「そう。
紙媒体の本とは違って無料だし、コレを持ち歩いてればどこでも読める。ちょっとした待ち時間にもおすすめ。
それに…アカウントさえ作れば自分で小説を書くことも出来る。」
「へー!」
自分で物語を創ることが出来るのか。
ちょっと興味が沸いたが、俺はまだその段階に達していないという自覚もある。まだまだ小説初心者の俺としてはどう書けばいいのかわからない。
「いくらか紹介してあげる。
連絡先交換しない?」
女子からそんな言葉を言われる日が来るなんて思ってなかった。
ちょっと感動しながら交換作業を終える。
「後でURLを載せて送信するから、気が向いたら読んでみて。
アカウント登録してなくても読めるはずだから。」
「ありがとう!」
良い物を紹介してもらった。
ネット小説か…なんか無限の可能性を感じるな。俺も後で探してみよう。
「絶対に読んで。」
「ああ!」
…ちなみに、帰ってから確認してみたところ送られてきた小説はTSモノばっかりだった。
あてつけかっ!!
と叫びそうになったのはなんとか我慢した。
……主人公に不思議なくらい親近感を感じた。
Oh…同士たちよ、男友達に気を許し過ぎだ。チューとかマジで止めてくれ。お前ら男同士の恋愛は嫌だったんじゃないのか―――
――俺もこうなるのだろうか。
ふと思った疑問、つい思い出してしまった達治の顔。
……無いな。絶対と言っていいくらい無いな。
例え演技でやるとしても奴とイチャイチャするなぞ吐き気がするわ。エチケット袋持ってこい。それとも俺自身がエチケット袋になればいいのか?何考えてんだ俺。
「基矢さーん!ご飯ですよー!」
「……ああ、待ってろ。」
それから食べ物に手を付けるまで10分ぐらいかかった。
いや、あれだから。小説読んでたの5分ぐらいだから。後の5分躊躇だから。
……だって身が蛍光色の魚なんて食いたくねーよ!ぼんやり光ってたんだぞ!
美味かったけどさ。
「…あの、誰と連絡してるんですか?彼氏ですか?」
「ふざけんな飯食った後にそんな気色悪い事言うな色彩豊かなゲロ吐いてやろうか?
スマホと言えば連絡、ってのはもう古いぞ。
最近はゲームとかネットとかも出来るんだからな。」
「知ってますよそれくらい。」
「でだ。
お前に紹介したい物がある。これだ。」
スマホの画面を見せる。
映しているのはなろうぜ小説家のトップだ。
「……知ってます。」
「知ってるのか?」
「ええ。
一体私がどうやってTSの勉強をしたと思ってるんですか?
貴方の為にそのサイトを使って勉強していたんですよ!!」
「「な、なんだってー!?」」
「…なんでお前も言うの?」
「悪いですね、そのセリフは1人用じゃないんです。」
「……」
…台詞はともかく、TSの勉強は俺の為っていうよりお前の為だと思えなくも無いんだが…まあいいか。
なるほど、最初のころにやたら俺の世話を焼くと思ったらそう言うことだったのか。要はリリナもやってみたかったんだな。
「どちらも大当たりです。
貴方の次のセリフは『心を読まれた!?』です!」
「心を読まれた!?
…ハッ!」
こうして乗ってあげるのもたまにはいいだろう。
「こうして乗ってあげるのもたまにはいいだろう。
正直ちと古いがな…ハッ!」
正直ちと古いがな…ハッ!
「すげぇ、先読みまで始めた…で、いつまでやるんだコレ?」
すげぇ、先読みまで始めた…で、いつまでやるんだコレ?
「「そろそろやめてくんない?」」
指し示したように俺とリリナの声が被る。
さっきから読心術すげぇ。でもウザいから止めてほしい。
「楽しいですねこれ。」
される側は全く楽しくない。
「へー、TSものですか。中々いいチョイスじゃないですか。
っていうか、TSしてる本人が読むんですね…」
「鴨木さんに薦められて仕方なくな。」
嫌々みたいに言っているが、結構楽しめてはいる。
あー俺もこんな道通ったなーとか、あるあるネタを共有できるみたいな面白さがあるし、そもそもストーリー自体も面白い。
相違点もあるが、それは創作物の中なので細かいことは言わない。設定というか世界観が違う。
「あ、これ私も読んでましたよ。
まさかあんなことになるなんて…」
「え?なんだよもったいぶって。
そう言われたらちょっと気になっちゃうだろ。」
俺の閲覧履歴を見てリリナがニヤニヤ笑う。多分今読んでた小説だろう。まだ最新話には追い付いていない。
なんだろう、美人顔のはずなのにムカつく。殴りたい、その笑顔。
「読んでからのお楽しみって奴ですよ!」
「…ああ、良かった。俺実はネタバレは嫌いで」
「主人公が幼馴染を」
「言うなぁ!」
「いたたたたたたたた!なんで座ってたのにそんなに素早く腕を極められるんですかぁ!」
「気分は逆境に陥って新たな力に目覚めた主人公みたいだ!」
「どんだけネタバレ嫌いなんですか!?」
「お前にネタバレされたら…多分、うっかりこの腕を540°回転させる。」
「完全に故意じゃないですか!
ごめんなさいごめんなさい!私もネタバレは嫌いなんです!冗談だったんです!」
リリナの腕を解放する。
「あ…………」
「……なんだその残念そうなあは。」
「いえ…ちょっと…何でもないです。」
「……お前、まさかとは思うが…」
「別に目覚めたわけじゃないですよ!?
ただ、その…貴方の…や、柔らかいですね…」
「…………」
………え?
ああ、なるほど…座った状態から滑り込むように攻撃に移行したから、俺の胸がずっとリリナの手に当たってたのか。そうかそうか。
「このセクハラ親父!!」
「ハイキック!?」
俺はこの日、初めて女子に蹴りを浴びせた。
「私女性…」
「もっと触りたいとか揉みたいとか思ってるんだろ?」
「もちろんですぅいっ!!!」
セカンドキックもリリナに捧げてやった。
「……マナ、今日はこの本を貸す。」
ここ四日はずっとTS小説ばかり薦めてきた鴨木さんだったが、今日は珍しく紙媒体の本だった。
知名度が低いのか、アニメでも見たことが無いラノベだ。
「面白いのか?」
「ええ、もちろん。
つまらない物はわざわざ薦めないし、そもそも途中で読むのを止めるから。」
鴨木さんが言うなら、期待しておこう。
…流石に今回はTSじゃなかった。勧められた小説の中に“精神的BL”タグが無い物を見つけた時と同じような安心感があった。
あっても読むけど。
「ありがとう、早速席に戻って読んでみる。」
超小さな有言実行の中、鴨木さんが小声で発した言葉を俺は聞き取れなかった。
「絶対読んでね…基矢君。」




