元最終話 願いを聴いたら夜が明けた
「………」
片付けを終えた俺は風呂や歯磨きを済ませて眠りについたのだが、ベッドから落ちてしまったせいで目が覚めてしまった。おそらく、原因はベッドをレイティと共有して使用していてスペースが狭いからだろう。
それからというもの眠れない。
…やはり、気になってしまうのだ。
バーベキューの後からニアーとモア姉が戻ってくることは無かった。
うまく慰められたのだろうか。気になるところだが悪化させるわけには行かない為確かめに行く訳にもいかない。
気になるのだが、モア姉なら何とかしてくれるだろう。姉歴16年のベテランだからな。そう思う他ない。
…それに、ニアーの事以上にリリナの無理な笑顔が頭から離れない。
リリナは俺の性別を戻せなかったことを悔やみ、負い目を感じていた。
あんな事を言われて平気なはずがない。
…でも、今慰めに行こうとしても寝てるだろうしな…やっぱり寝よう。
再度レイティが眠っているベッドに潜る。
決してやましい意図は無いが、抵抗を感じるのは仕方のない事だろう。
とはいえ、床で寝て風邪でもひいたらそれこそ迷惑をかけることになるので選択肢は無いのだ。
…………駄目だ。やっぱり眠れない。
気晴らしに散歩にでも行こうか。星でも眺めればこの気持ちを少しでも落ち着けることができるかもしれない。
寝起きのけだるい体を起こして、ベッドから落ちないように、なおかつレイティを起こさないように出て行く。
俺のドジっ子属性はお休み中らしく、なんとかそれらの条件をクリアして抜け出すことに成功した。潜入ゲーの経験が生きたのかもしれない。
(上手くいったな…)
安堵しながら外に出ようとしたのだが、またリリナの顔がちらつき、気が付くとリリナ達同居組と詞亜が眠っている部屋の前に来てドアを開けていた。
目に入ったのは詞亜、ジーナ、マヤの三人だけだった。リリナはどこを探しても居ない。水でも飲みに行ったのだろうか。
(…深く考えても仕方ないか。)
静かな行動を意識して、物音一つしない家から抜け出す。
外に出ると満天の星空が見えた。
日本とは違った星々はたまにしか見れないからか、どことなく特別感があるような気がして、より美しく見える。
美しい夜空を見ながら小麦畑に囲まれた道を歩くというのもなかなか良いものだ。風流って感じがする。
しばらく星を見ながら歩いていると、いつの間にか昨日に来た海岸についていた。空も白み始めている。
思ったより長い距離を歩いてしまったので自分でも驚いている。余程星空に夢中だったらしい。
まあ、海岸に星空。ロマンチックで良い組み合わせじゃないか。無意識に満喫しようとしたとしか思えないくらいだ。
確か、昨日、もしくは一昨日見た時に隅っこにちょうどいい倒木があったはずだよな…それに座って眺めるか。
目的地が決まったので更に移動を続ける。その間も天体観測を忘れない。
「……ん?」
誰かが居る。
俺が座ろうと考えていた倒木に人影がある。
一応2人は座れそうだったが、さすがに誰かも分からない奴と座るのはちょっとな…
と思い、移動しようとしたところで足音を聞かれたのかその人物がこちらを見た。
「基矢さ…マナさん。どうしてここに?」
そこに居たのはリリナだった。
俺は次の言葉を発しながらリリナの隣に腰掛ける。
「基矢で良いよ、俺とお前しかいないし。
って、それは俺の台詞だ。なんでここに居るんだよ。」
「…一昨日を除いて、海にはしばらく来ていなかったので。ちょっと見に来ちゃいました。」
「そう言えば、リリナが来てからは海に来てなかったな…」
「……それで、基矢さんはどうしてここに?」
「…散歩がてら寄っただけだ。寝れなくてな。」
星を眺めてたとか言ったらからかわれそうだと思ってとっさに隠した。
「おや、意外ですね。
基矢さんは引きこもり気質だと思っていたんですが。結構アクティブなんですね。」
結局からかわれちまったよちくしょう。
…でも、いつもとは少し違う。無理しておどけているようにすら思えてしまう。それくらい弱弱しい声だった。
「…やっぱり、気にしてるのか?ニアーちゃんが言った事。」
ニアーの名前が出た瞬間、装っていた笑顔も消えて顔を俯かせる。
やはり気にしていたのだ。リリナは責任感が強い一面もあるみたいだからな。
「……ええ。
確かに、基矢さんどころか誰も望んでなかったでしょうし…」
「リリナは違ったのか?」
誰も望まなかったわけでは無いだろう。
何故なら、他でもないリリナがそう望んだからこそ俺の性別が変わることになったからだ。
「……その、さっきから気になっていたんですが、リリィって呼んでくださいと言ったはずですよ。」
「え?あの一回だけじゃないのか?」
てっきりあの一度だけだと思っていた。
「ずっと呼んでくださいよ。私を、リリィ、って。」
どこか別のニュアンスを感じさせる。
単に呼んでほしいというよりも、まるでずっとそばに居て名前を呼んでくれる存在で居てほしいというか…
「良いけど…そんなに気に入ったのか?その愛称。」
「いえ、そう言う訳ではないんですが…」
「じゃあ、どうして。」
「リリィ、というのは私が神になる前…人間だった時の、正真正銘両親から頂いた名前なんです。」
「ああ…そう言えば、この前神になる前は人間だったって言ってたな。
女神になった時に名前変わったのか?」
「ええ、神になったら神らしい名前を名乗る必要があるみたいで。
改名することで俗世から離れる、という意味合いもあるとか。」
「…リリィという人間から離れて、リリナスという神になるってことか。」
「ええ、神にもゲン担ぎはあるそうです。
笑っちゃいますよね。皮肉が効いていて。」
「神が縁起を気にするもんかね…確かに、不思議だな。」
「……さっきからなんで空ばっかり見てるんですか。私を見てくださいよ。」
「ああ、それが目的だったからな。
オーストラリアの夜空も、綺麗なもんだろ?」
「……そうかもしれませんが…私は星が嫌いなんですよ。」
「星が嫌い?」
「ええ。
よく言うじゃないですか。人でも動物でも、死んだら星になるって。
リリィだった時、私はこの世界で言う勇者のような強さを持っていました。
その力を使って、以前居た世界を何度も救ってきたんです。
でも、どうしても救えなかった時に言われたことがあるんですよ。
『お前は全てを救ったわけじゃない。お前はあの星の数だけ、救いの手から取りこぼしているんだ。』
と。」
「……」
リリナが居た世界はよくあるファンタジーな世界だと聞いたことがある。魔物がはびこり、魔王が世界征服を目論み、人間がそれに対抗する。その対抗策の切り札がリリナ…いや、リリィだったことも教えてもらった。
そんな世界でいくら強い力を持っていても、救いきれない命はあるのだ。
到着が遅れた、その場に居なかった、理由は様々考えられるが、恐らくそんな時に言われてしまったのだろう。
それを言った人間は、リリィが助けたのに。
「あの星々を見ていると、思ってしまうんですよ。
その数だけ人が死に、救われずに逝ってしまったと。
そんなはずは無いと、分かっていても。」
「………そうとも限らないんじゃないか?」
バッ、とリリナが俺を見たのだろう。頬にリリナの髪がぶつかった。
「確かに、お前に救われずに死んだ奴はいるかもしれないけど…無関係な死って言うのがほとんどだろ。
お前が生まれるまでに何人の人が生まれて死んだと思う?多分億じゃ数えきれないぞ。
それに、ここは地球の、オーストラリアの空だ。リリィの世界の空とは違う。ここにリリィに救われなかった魂は無いよ。」
「……ありがとうございます。」
「…大分話が脱線したな。
それで、お前は…俺が女の子になることを望んでたんだろ?」
「……そうですね。あの時の私はそう思ってました。」
「…そうか。
でも、ちょっと安心した。
マナは必要とされてたって分かったから。」
必要とされてるのが基矢ばっかりで、マナは全く要らない…そんな、望まない人間にはなってないことに安心を覚える。だって、今の俺は女の子なのだから。
「……でも。」
「……」
「でも、今の私は基矢さんを望んでいます。
貴方が好きだと、自覚したから。記憶を失った時に、初めて自分の気持ちが分かったから。」
「……やっぱり、覚えてたのか。記憶喪失の時の事。」
「ええ、忘れたなんて全部嘘ですよ。
基矢さんにあんなこと言った後でしたし…恥ずかしかったんです。
そこで、記憶喪失になって記憶を取り戻した場合、記憶喪失の時のことを忘れることもあると聞いたことがあったので…それを使わせてもらいました。」
「…まあ、大体分かってたよ。
色々と疑わしい点はあったからな…」
もしかして、と思った瞬間が訪れたのは一度や二度ではないので、薄々気が付いてはいた。
だから、ああやっぱりそうだったんだなと思うくらいでそこまで驚くことはなかった。
「この世界に居て、貴方を見て思い出すんです。
戦いの中にいた頃の私が、密かに夢想していた事を。
女神になってから、諦めて忘れていた事を。」
「何を願ってたんだ?」
「平和な場所で、大好きな人と結婚して…その子供と一緒にのんびり幸せに暮らしていく事です。
当時の私はそれが実現すると思って居ませんでしたが…世界が平和になったらいつの日か、と夢見ていました。」
「……」
ごく普通の願いだ。
簡単に叶いそうな、シンプルな願いだがそれを実現できない家庭も少なくはない。
平和な日本ですらそれだ。戦いにまみれたリリィの世界では遠い夢だろう。
特に、その戦いの渦中にいたリリィには。
「でもこの世界なら、基矢さんなら…それを叶えることもできると思いました。
自分の気持ちに気付いて、記憶を取り戻したあの時に。
ですが…ですが、私は…」
………
「過去の私は…リリナスは貴方を女性にしてしまいました。
あんな下らない理由で貴方も、私も…………」
リリナの目からは涙が流れていた。
その涙に込められた意味は零れ落ちる程多く、大きいだろう。
彼女はそれを拭うこともせず、流れるがままに流し続ける。
まるで、それが償い…いや、自虐であるかのように。
「…ごめんなさい…!ごめんなさい…!」
座ったまま、リリナは俺を抱きしめて何度も何度も謝り続ける。
涙はまだ溢れている。
「………リリィ…いや、リリナ。
お前の、今の願いはなんだ?」
そんな彼女に、俺は問いかけた。
「………今、言ったじゃないですか。」
「いや、違う。
今お前が言ったのは、過去のお前の願いだろ。
俺が聴きたいのは、今のお前の願いだ。」
「……!」
「女神になる前のリリィでも、女神のリリナスでもない。
元女神のリリナの事を聴きたいんだ。」
数秒の間。
それが俺には何分にも、何時間にも感じられたが、いつまでも待つという強い気持ちを持ってリリナの口が動くのを待った。
「私は…!私はっ…!
基矢さんと…いえ、マナさんと一緒に居たいです!!
詞亜さんとも、奈菜美さんとも、憂佳さんとも、憂子さんとも、ジーナさんとも、マヤさんとも!
皆と一緒に、楽しく暮らしていきたいです!!」
「…そうか。」
やっとリリナの願いを、気持ちを口にできたリリナに返した言葉は短かった。
だが、その一言には俺の気持ちが全てこもっているような気すらしてくる。それ以外に何も言えないからだ。言葉数を多くして気持ちが薄れてしまうことを避けているのかもしれない。
「それに…リリナはマナさん以外と結婚なんてしたくないですし、マナさんと以外の子供なんて欲しくないですから…」
涙を止め、跡を残した頬を赤くするリリナを見た俺は頬の火照りを自覚する。
「急にそういうこと、言うなよ…」
「赤くなっちゃって。可愛いですね!」
「お前も人の事言えないだろ…目と頬っぺた、真っ赤だぞ。」
「う、うるさいですよ!」
次の瞬間、まばゆい光が右から差し込む。
光源を見ると、水平線から太陽が昇り始めていた。
「夜明け、だな…」
「きれいですね…」
しばらく2人で登り続ける日を見ていた。
その後、顔を見合わせてどちらともなく―――
「マナさん。」
「リリナ。」
―――俺とリリナは唇を重ねた。
2人は幸せなキスをして終了。
砂浜で後悔する元女神、それを主人公が慰めて水平線から夜が明ける…というエンディングを目指して書いてようやっと完結しました。
短くなると思っていましたが、その材料集めに意外と時間が掛かったり、寄り道したり回り道を通ったりと、結構長くなったことに私自身も驚いて居ます。不完全燃焼気味ですが。
後書きは活動報告でも行っておりますので、もし良ければそちらもご覧ください。
ここまでのご閲覧、お気に入り登録、評価、感想ありがとうございました!もし良ければ、また次の小説で!




