元十一話 おっさんだと思っていたら美女が来た
休憩をはさみつつ、丸一日町内を捜した。
それでも基矢さんは見つからなかった。
ピリリリリリリ
携帯が鳴る。
相手はモアさんだった。
「もしもし。」
『リリナ、そっちはどう?』
「なにかあったら連絡してますよ。
もしかしてモアさんも?」
『ええ、なしのつぶて。』
「…なしのつぶては返事が無い時に使うはずでは?」
『そう?まあ似たようなものじゃない。
とにかく、何かあったら連絡して。』
「分かってます。モアさんも、手掛かりが見つかったらお願いします。」
『分かってます。』
電話を切り、捜索を続行する。
とは言ってもあらかた調べ尽くした後だ。
行きそうな場所は全て捜した。迷い込みそうな場所も捜した。
それでも見つからなかった。後はどこに行けば…
ピロリン
「メール…?」
私のアドレスを知っているのは詞亜さんと基矢さんの二人だけ。
なのに見覚えのないメールアドレスからメールが届いた。
迷惑メールかと思って削除しようとしたが、その題を見てメールを開く。
「これは…」
メールを見た私は携帯を操作し、モアさんに電話した。
朝、空腹に耐えかねてサンドイッチを食べたが、本当に毒は無かった。
スマホは当然没収されていた。することも無いのでしばらくテレビを観て、昼になるとまた腹が減ったので戸棚を漁った。
戸棚にあったカロフレはフルーツ味だった。
ふざけんなチョコ味一択だろ。他の味あんまり好きじゃないんだよ。
中途半端なリサーチに苛立ちながらテレビをつけて暇を潰していると、空腹が大分強くなってきたので結局フルーツ味を食べた。意外といけた。ゴメンなフルーツ味。帰ったらストックの一部に加えておくから許してくれ。
「帰ったらか…」
回想している間に出てきた単語にため息をつく。
俺は家に帰ることが出来るのだろうか。
もしかしたらずっと、ここで誘拐犯と暮らさなければならないのだろうか…
「……帰りたい。」
テレビがぼやけて見える。
流れる涙が止まらない。
両親に、モア姉に、詞亜に、達治に、リリナに…他の友達にももう会えない。
そう思うと孤独感が、絶望感が俺の心を押しつぶしていった。
ガチャ
その時。
部屋の外からドアを開ける音がし、部屋の鍵が開けられる。
チャンスだ。誘拐犯だろうが誰だろうが、部屋の鍵を開けた瞬間ドアを開けて外に飛び出せば…!
ドアの鍵が開く。
俺はその瞬間掴んでいたドアノブを思いきり引っ張り、床を強く蹴った。
「ぐふぅ!?」
――そしてドアの前に突っ立っていた誘拐犯に頭突きをかました。
そのまま2人で倒れ込む。
「…ん?」
顔に柔らかい物が当たっている。
それに、なんか良い匂いがする。
来たはずの誘拐犯のイメージと何か違うことに疑問を抱きながら頭を上げ――ようとしたら背中に手を回されホールドされた。
「可愛い…」
聞こえてきたのは女性の声だった。
男の裏声なんかとは違う。正真正銘の――
――待て。じゃあ今顔に当たってるものって…
顔に当たっている物の正体に気付くと途端に顔が熱くなってきた。
「あ、あの、放してもらえませんか?」
「もうちょっと待て。しばらくこのままでいさせてほしい。」
理性が暴走することは無いが、年上っぽい女性に抱き着かれて少し居心地が悪い。ある意味最高だが。
抵抗しようにも腕ごとホールドされているので動きが…
…待った。なんで手首を握られてるんだ。
脚もなんかからめとられてるし、完全に動きを封じる気満々じゃねーか。
「もう放さない…」
「放してください。」
言葉の裏に怖気が立つものを感じ取った俺はほぼ反射的に拒絶していた。
「…仕方ないな。」
謎のお姉さんは渋々といった様子で俺を解放した。
なんで俺がわがまま言ったみたいな感じになってるんだ。
少し離れてみると、黒く短い髪が特徴的な美女だった。
きりっとした顔立ちは優し気な微笑みを浮かべている。
……ふと、自らの現状を思い出して訊く。
「まさか、貴女が誘拐犯ですか?」
「そうだ。
あと、私は憂佳だ。名前で呼んでくれ。」
ぐへへとか言ってニタニタと気持ち悪く笑うおっさんを想像していただけに驚いた。
イメージ通りだったら窓から飛び降りるくらいはしていたかもしれない。誘拐犯が美女でよかっ…
…よくねーよ。誘拐されてる時点で。
「苗字で呼ぶので教えて下さい。」
「断る。
…ちょっともう一回抱きしめて良いか?」
「嫌です嫌って言ってるだろふざけんな止めんんんんんんーーー!!」
美女の胸に顔をうずめるというシチュエーションに戦慄を覚えたのは今が初めてかもしれない。
鼻が潰されて息が止まる。
「スーーハーーーーーーーー」
俺の髪に鼻を突っ込んで深く息をしている。
背筋にゾゾゾと寒気が走る。
「止めろ!変態!レズ!ロリコン!」
「ありがとう…」
変態レズロリコンを突き放そうと罵倒したつもりが礼を言われてしまった。どうやら喜んでいるらしい。
我々の業界ではご褒美ですって奴だろうか。今の俺には厄介極まりない。
というか、抱き着かれたまま喋ってるんだからくぐもって聞こえるはずなんだが…なんで聞こえんの?執念なの?変態なの?変態だった。
さっきから腰を掴んで放そうとしているが、変態のパワーが上なのかびくともしない。
化け物か…いや、これは変態パワーによるものなのか?
「お?叩いても放さないぞ?」
さっき叫んだせいか、息が苦しくなってきた。
レズロリコンはギブアップ的な意味のタップに全く気付く様子もない。
しばらくホールドされていると力が抜けていく。
タップが弱弱しくなっていく。
「諦めたか?」
意識が遠のいていく。
手がだらりと下がり、立つ力もなくなっていく。
「お、お―――だい――か!?」
何を言ってるのかも分からなくなってきた。
心配するなら放せ…………よ………
気持ちいい。
頭を何かが撫でていく。
優しく、壊れないように慎重にしているようなそれは少しくすぐったい。
目をゆっくりと開ける。
「起きたか?」
…開けてしまった。
目を閉じる。現実から逃げたくなったからだ。
「……ん!?」
唇に柔らかく、そして少し湿っている物が触れた。
驚いて目を開けると肌色と黒と天井が見える。
「人の膝借りて二度寝なんてしようとするからだぞ、お仕置きだ。」
肌色が離れて憂佳の顔を映した。
え………ちょっと待て……今のって、まさか…………
ペロリと唇を舐める憂佳を見て、確信した。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
嘘だろマジかよなんでこんなことにどうしてもう駄目だおしまいだ終わったああああああああああああああああああ!!!
脳内外で大きな叫びがこだまする。
嘘だろ……こんな誘拐犯にファーストが………あぁ…
「耳元で叫ぶな!」
「初めてだったのに…」
「……そうか!」
「嬉しそうにするなぁ!」
「いだっ!?」
眉間めがけて硬く握った拳をぶつける。
のけぞった隙に素早く起き上がってドアに走る。
「鍵がっ!?」
ドアには鍵が掛けられている。
鍵を操作すると思わしきツマミも無く、あるのは鍵穴だけだった。
「悪いね、私もお前に逃げられたくないんだ。
この鍵が無ければ、ここからは出られない。」
憂佳はポケットから鍵を取り出す。
「寄こせ!」
「そうはいかないね。」
憂佳は鍵を投げた。
鍵は開いていた窓に向かい、ベランダで跳ね返って落ちていった。
「何やってんだ!お前も出られなくなるぞ!?」
「それでもいい。私はお前と居れればそれでいいからな…食べ物も数日分はある。心配するな。
さて、ともあれこれでどちらもこの部屋から出る手段は無くなった。
今晩はお楽しみと行こうじゃないか。」
「い、いやだあああああああああああああああああ!!」
キッチンに走る。
その奥にあるトイレに逃げ込み、鍵を掛けることが出来ればとりあえずは逃げられる。
「無駄無駄!」
しかし元々あまり無かった差、すぐに追いつかれて腕を掴まれ、引き倒された。
そこに憂佳が覆いかぶさる。
「放せ!放せ!!」
「まあまあ、初めてをささげた相手なんだ。もう良いじゃないか。
大人しくしていろ、女としての幸せを教えてやる…」
「止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「さあ、まずはセカンド」
「そこまでです!」
バアン!と強くドアを蹴破り、現れたのは我らが女神様リリナ。
「リリナぁ!」
「なんだお前は。
我々の邪魔をしないでもらおうか。」
「コイツの邪魔をお願いします!」
「承知しました。」
静かに返事をしたと思ったら俺はリリナの横に立っていた。
目の前には憂佳が俺に覆いかぶさった体勢のままそこにいた。
「え?リリナ?」
「はい、まずは被害者を保護。
次は貴女ですね。」
俺の脚の力が抜け、ぺたりと座り込む。
「その子を返せ。
さもなくば…」
「貴女の悪しき心を壊します!
マインドブレイク!」
「ああああああああああああああああああああ!!」
リリナが大きく腕を振りかぶると、憂佳が頭を押さえて倒れた。
「……何したんだ?」
「ちょっと神の力で懲らしめてあげただけです。
安心してください。死んではいませんから。」
「……そうか。
なら、警察に」
「その必要はありませんよ。」
「…なんでだ?」
「もう彼女の悪い心は無くなりました。
それに、貴方の事は間違いなく両親に伝えられるでしょうしね。警察を通じて。」
「……」
「おや?貴方は自分で両親に告白したいのでは無いのですか?
私はてっきりそうかと…では警察に」
「待て、警察には言わなくていい。」
時間はかかるかもしれないが、両親には俺が言う。
例え信じてもらえなくても、奇異の視線で見られても……その覚悟ができたらすぐに。
「…そうですか。
では、帰りましょう。」
リリナが俺に手を差し出す。
その手を取ろうとして気付いてしまった。
――リリナの手が一瞬透けたのだ。
目を擦って見直すとなんともなかった。俺の目にはくっきり、はっきりリリナの手が映っている。
「…どうしました?」
「いや、なんでもない…」
リリナの手を取り、立ち上がる。今度はしっかり力が入った。
「…別に、私は消えたりしませんよ。」
「何か言ったか?」
「いえ、独り言です。気にしないでください。」
なんかネタバレを言われた気がした。