元百七話 慣れないことをしたせいで着弾した
リリナ達と遊ぶレイティを除いたレール家の面々及び父さん母さんに事情を話し、詞亜の滞在許可を貰った。
レール家の雰囲気は結構緩いので断られる心配は全くしていなかったが、泊まる許可まで貰えるとは思ってなかった。それを詞亜の両親に話せばお泊りコースに入るだろう。っていうかいつ迎えに来るか分からない時点で入りかけてるけど。
と、そんな経緯がありつつ今は部屋に戻って詞亜と一緒に宿題をしている。
詞亜の荷物は詞亜の両親が置いて行っていた。もうこれ完全に泊めさせる気だよねこれ。
「旅行なのに宿題なんて持って来てるのか…偉いな。」
問題の思考中にぎこちないペン回しをして雑談。
…すぐに右手からペンが零れる。慣れないことはするもんじゃないな。
「別に?普通でしょ。
そういう基矢だって持って来てるじゃない。」
「……まあな。」
置いてきたけど届けられただけなんだけど。
まあ、置いてくるときにちょっと良心の呵責があったから多少はね?
「……あ、芯折れた…」
「何やってるのよ、ほら。」
「お、ありがとう。」
詞亜の手に俺の手を近づけると、芯を持つ詞亜の手が俺の手に覆い被さってきた。
「モトヤ!宿題進んでる!?」
その瞬間にレイティが来た。
後ろにはリリナとジーナ、マナも居る。遊びのついでに冷やかしに来たのだろう。
「……モトヤ?その人は?」
笑顔が一転、彼女はその碧い瞳に強い感情を込めていた。
それは怒り。もしくは嫉妬。
その理由は詞亜の固まった表情で察しがついた。
「………」
詞亜の顔はまるで小さな幸せを掴んだように綻んでいる。
微笑ましさすら感じさせるその顔を見たレイティの顔は…
「……もしかして、怒ってます?」
「オコってるようにミえるんデス?
オコってないデス。」
「……」
「モノスゴークイライラしてるだけデス…!」
それを怒ってるって言うんだよ。
「………基矢、その女の子は?」
重苦しい雰囲気の中、詞亜が口を開いた。
手は既に俺の手から離れている。芯は俺の手の中だ。
「……し、親戚のレイティだ。」
俺はその質問に冷や汗を流しながら答える。
その表情はレイティの同じだったからだ。
詞亜とレイティの2人には面識が無い。親戚の人間と友達の接点と言うのは意外と少ないものだ。
レイティと会う時は親戚が来る時、もしくは俺たち家族が会いに行く時だ。そんな時に友達と遊んだりはしない。
だから、2人が会うなんて考えたことすらなかったのだ。
…考えすらしなかった元女神や宇宙人との邂逅はあったけど。
「モトヤ…どうしてそのヒトのシツモンにはコタえるのにワタシのシツモンにはコタえないんデスカ?」
「い、いや、別にそう言うことじゃないんだ。えっと、その…」
「止めてあげなさいよ、基矢が怖がってるでしょ?」
「何!?」
ああああああ…詞亜のバカ、そんな勝ち誇ったような顔で言ったら怒るに決まってるじゃないか、レイティの奴怒って素の英語出ちゃってるよ…
「What is it!?
Is it enough!?
Do you even think that you are more important than me!?」
「私、日本人だからそんなネイティブな英語わかんな~い。
…基矢、通訳。」
…煽りとかじゃなくてマジで分かってなかったのか。
「『何ですかその表情は?
余裕って奴ですか?
私より貴女の方が大事に想われてるとでも思ってるんですか?』
だって。
……通訳面倒なんだけど。翻訳魔法的な奴無いのか?リリナ。」
「………」
「り、リリナさん?」
笑顔ではあるものの、なんかリリナも二人に似たような雰囲気を出していた。
非常に話しかけづらい。っていうか口を開かせたくない。
「あ、私が詞亜に翻訳魔法かけておくよ。ついでにマナにも。」
「頼む。」
俺には要らないんだけど。って言うかあるんだな翻訳魔法。
でもせっかくだしジーナの助け船に乗ることにする。俺にはあってもなくても一緒だが、詞亜はそうはいかないし。
「さあ、どうかしらね。基矢がどう思ってるかなんて私には分からないわよ?」
詞亜様、それ以上煽るのはお止めください。
「へー!分からないんデスね!貴女の方が大事に想われてるのに!」
おお、レイティの英語がバッチリ分かる。元から分かってたけど。
まるで脳に直接言葉にこもった概念がそのまま伝わっているようだ。
「だから、そんなの分からないって言って」
「止めてください!」
更にヒートアップが続くと思われたその時、リリナが二人の間に割って入る。
良いぞ良いぞ、助けてくれ。今はお前だけが頼りだ。
「ライバル宣言をします!私も混ぜてください!!」
………
「はあああああああ!?」
「え!?リリナが!?」
「敵はまだ居たんデスね…!」
なんでだよ!頼れる味方じゃなくて裏切り者じゃねーか!!
いつものお前だったらモテモテですねとかニヤニヤしながらからかってくるだろ!?なんで今日に限って…
ちくしょう…俺の吹けば飛ぶ盛り塩メンタルじゃ、あの場に突撃することは出来ない…
言い争いからいつの間にか無言のにらみ合いに変わっている。誰でも良いから助けてくれ…
「基矢、今度はニアーちゃんが来た。」
モア姉登場。この場から抜け出す口実を得た俺は心の中の雲を消し飛ばし晴れ渡らせた。
「あ、ああ!ありがとうモア姉!!」
「…?」
モア姉にはやや過ぎた感謝かもしれないが、物凄く助かった。これで後十年は寿命が延びる。
ここから抜け出す口実が出来たんだ、早くこんなところからはおさらばしたいぜ。
「………」
「………」
「………」
え、待って。なんで無言で付いて来るの?止めて。来ないで。ホーミングしないで。着弾とか絶対に止めて。
付いて来る3人(+野次馬共)を気にしながら玄関に向かう。
玄関にはモア姉が言っていたようにニアーちゃんが待っていた。
「…おねえちゃん、だれ?」
お、ねえちゃん…?
「お、おねえちゃん!?どうしたの!?だいじょうぶ!?」
「あ、ああ、大丈夫だ。大丈夫なはずなんだ…
でも、なんでだろうな。なんで、涙が止まらないんだろうな…」
守なら『俺は男だ!』とか言っていただろう。
だが、俺は何故か嬉しかった。涙が流れるほどに。
「……ああ、そうか…」
その理由はすぐに分かった。
誰も初対面で年上扱いしてくれなかったからだ。
この体は身長が低いせいか皆から年下扱いされてきた。酷い時は娘のような扱いを受けたこともあった。
だからこそこんなに“お姉ちゃん”が嬉しかったんだ。女扱いがどうでもよくなってしまう程に、年上扱いが嬉しかったんだ。
「どうしたの基矢!?女の子扱いがそんなに嫌だったの!?」
「詞亜、違う…基矢、喜んでるデス…」
思いっきり泣き顔だろ?喜んでるんだぜ、これで…
「え?もとや?このおねえちゃんが?」
ニアーちゃんは俺の性別について聞いてなかったのか。
まあ、出来れば隠したいことだしな。まずあり得ないことだし。
「ああ、俺が基矢だ。
なんか朝起きたらこうなってたけど確かに基矢だよ、ニアーちゃん。」
「それってうそだよね!ニアーにもわかるもん!!」
信じてもらえないのは想定内だが、驚いてしまった。
今までは大体隠そうとしてバレたから白状したか、あっさり信じてもらっていたから。
要するに、悪い意味で新鮮だったのだ。
「……ニアーちゃん、つい最近レイティと喧嘩しただろ?」
だが、俺は信じてもらいたかった。
ニアーちゃんも家族のように大切な存在だから。俺の事を知ってほしかったから。
…あと、三人から逃げる口実を失うから。
「…!し、してないよ!」
明らかに動揺している。嘘であることは明白だ。
「隠さなくても良い。だってもう仲直りしたんだろ?
レイティから謝ってな。」
「………」
「なんでそこまで知ってるの?って顔してるから教えるけど。
レイティに謝るように言ったのは俺なんだ。レイティからある程度事情を聞いてな。」
「……!?
でも、それはもとやが…」
「俺がその基矢なんだよ、ニアーちゃん。」
「……うそ、だよね…」
「何一つ嘘は言ってない。全部本当だ。」
「うそだよ!だって…だって、もとやがそんなことになるわけないもん…
もとやもだれも、そんなことねがってたはずないもん!」
「…………」
「それに…
それじゃ、ニアーはもとやとけっこんできなくなっちゃうもん…」
…………んん?
あれ、ちょっと待て。なんか後ろから不穏な空気が流れてくる気がするんですけど。
っていうかニアーちゃん二年前まで全くそんな素振り見せてませんでしたよね?俺が見逃してただけとかじゃないよね?
……そうかも。前例があるから否定しきれない。
とりあえずここは…
「あのな…お前ら、子供相手にムキになるなよ、大人気ないぞ?」
と多分引きつっているだろう笑みを浮かべて振り返る。
「別に、ムキになってるわけないじゃない。」
「ニアーは友達!憎まない!デス!」
「そうですよ。かっこ便乗かっこ閉じですよ。」
……なんだ、気のせいか。
「ニアーこどもじゃないもん!りっぱなおとなのれでぃーだもん!」
頬が緩む。かわいい。
子供の背伸びって良いよね。
「わらわないでよぉ…!」
「ゴメンゴメン、可愛いなって思って…」
皆、自分の発言を取り消したくなる時ってあるよな!
俺、今がその時なんだわ!だからさ、誰でも良いからさ――
「基矢…?」
「基矢さん、やっぱりロリコンだったんですね…?」
「最大の敵はニアーだったの…?」
――助けてください。




