元百六話 覚悟したら困惑してた
「じゃあ、大人しく進めててね。終わったら確認するから。」
懲役2時間の刑。
部屋からモア姉が出て行った後、俺は宿題に向き直る。
モア姉の手により宿題をわざと置いて来ていたことがバレた俺は着いたばかりだと言うのにすぐに宿題をさせられることになった。
遠出で浮ついていて気持ちが一気に叩き落される。この間にもリリナやレイティ達は遊んでいるというのに。
浮足立ちながらも真面目に宿題を進める。モア姉のチェックは結構厳しいのだ。
……集中できないので特に理由も無く現状整理。
まず、リリナとジーナ、マヤの三人は俺の友達と言うことでレール家に滞在することが許された。
ミステリーサークルについてはあの幾何学模様の箇所の小麦は収穫していたらしく、ジーナが家の人に小麦を渡していた。収穫を手伝って欲しいとか言われてたけど、ジーナの奴ミステリーサークルと同じように刈り取ったりしないよな…多分宇宙人の技術使ってると思うんだけど。
…そりゃ無いか。
変わり果てた俺の外見もレール家の人は皆受け入れてくれた。写真で見た若いばーちゃんみたいだとか口々に言ってたな。ばーちゃんばーちゃん言わないで。
で、この部屋は俺たちがこの家に泊まりに来る度にいつも割り振られる部屋だ。
部屋には限りがある為、いつもは父さんと共用で使っているのだが…今日は違った。
この部屋に割り当てられたのはリリナ、ジーナ、マヤの三人。
俺は…なんと、レイティの部屋で寝泊まりすることになってしまった。
同性だから間違いは起きないよね?とのことだったがだからと言ってなんで同じベッドにするとか言ってるんですかね。そんなに露骨だと魂胆が見えちゃうよ?
実は布団が足りないという魂胆が。
…うん、そうだよね。ただでさえ四人泊まるって言うのに急遽三人追加しちゃったからね。皆まで言うな、分かってる。
決してレイティと俺の仲を取り持ちたいとかそう言う訳じゃないんだよね。知ってる知ってる。
…以前、帰国間際にレイティがしたほっぺにチューの意味は理解してるつもりだ。ただの親愛の情からくる行動ではないことくらいは分かる。
ただ、レイティが俺に抱いている気持ちを俺は持ってない。少なくとも、レイティには。
それに、今となっては同性。元の性別に戻る方法はもう無いし、結婚は出来ない。同性婚可能な国に引っ越しても子供は出来ない等、問題は山のようにある。
世間とは違うというのは問題を積むという事なのかもしれない。
「基矢、お客さん。」
数分しか経ってないのにモア姉が戻ってきた。
やばい、ちょっと早いけど宿題の進行具合を見に来たのか?現状把握ばっかりで宿題全然進んでなかった…
……ちょっと待て。
「…客?俺にか?」
オーストラリアに来て?親戚の家に泊まりに来た俺に?
「…ああ、ニアーちゃんか。」
レール家の隣の家に住んでいる年下の女の子ニアー。
ここに来たらいつもレイティと一緒に遊んでたな…今は確かじょうちゃんと同じくらいの歳だったはずだ。
「宿題中断して良い?」
「お客さんは待たせられない。早く行って。」
「はーい。」
モア姉の含み笑いが気になったが、ニアーちゃんを待たせる訳にもいかないので玄関へ急ぐ。
二年ぶりの再会だ。俺も楽しみだ……
……待って待って。今の俺が出ても大丈夫なのか?
二年前の俺って言ったら中二病全開の痛い野郎だろ?それがちっちゃくておっきい銀髪のお嬢ちゃんになってたなんてまず信じないよな?
………いや、多分レイティが説明してくれてるに違いない。多分きっと恐らく。
そうでなくても俺から説明すれば良いだけだ。信じてくれるかどうかはともかく。
よし、覚悟は出来た。
基矢、行きまーす!
「久しぶりだなニアーちゃん!俺が基……」
「来ちゃった。」
「やだ………え?
…え!?」
玄関に立っていたのはニアーちゃんではなく黒い髪の自称吊り目美少女。
日本にいるはずの遠藤詞亜だった。
「え?詞亜?なんで居るんだ?
ずっと夢でも見てたのか?それとも全部幻覚?
それとも、飛行機に乗ってきたとか色々全部錯覚か何かで実は日本に居るのか?もしくは三本に来てるのか?」
「落ち着いて。三本ってどこよ?
ここはオーストラリアで、私がオーストラリアに来て基矢を訪ねたの。」
???
それも意味が分からない。なんで詞亜がオーストラリアに居るの?
「なんでって顔してるから説明してあげる。
基矢、私の家がそこそこ裕福ってことは知ってるでしょ?」
「ああ…でなきゃ、親の仕送りだけであんな高いマンションに住めるわけないからな。」
詞亜の家は裕福で、家は一般家庭より少し大きい。
流石に銅像とかは置いてなかったが、遊びに行く度にちょっと高めのお菓子や果物をご馳走になっていたくらいだ。
「それで、私の家では夏と冬に家族で旅行に行ってるのは知ってるでしょ?」
「え…なにそれ初耳。」
「いっつも夏休みとか冬休みにお土産渡してたじゃない!」
「え、あ!あれお土産だったのか!」
なんでタダでお菓子とかくれるのかなーと思ってたらそう言うことだったのか。
そう言えば、今年の夏も一時期用事があるとか言われて詞亜と会えなかったな…あれ旅行だったのか。
「…今年あげたストラップ、捨ててないでしょうね?」
「んな訳無いだろ!って言うか、カバンにぶら下がってるの見てなかったのか!?」
「そ、そうよね…えへへ…」
なにわろてんねん。
あれ?そう言えばあのストラップ、詞亜のカバンについてるやつと似てたような…
って言うか色くらいしか相違点が無かったような…
「と、とにかく、私はその旅行先をお父さんに頼んでオーストラリアにしてもらったの。」
「それでここにいるって訳か…
…じゃあ、詞亜の家族も居るのか?シスコンのお兄さんも?」
詞亜のお兄さんは苦手だ。
シスコンだからか俺とか達治とかを詞亜にくっつく悪い虫みたいな扱いをしてくるからな…別にそんな気無かったのに。
「兄さんは来てないわ。」
…家族旅行に連れていかれないとは…可哀想に。
「彼女と一緒にクリスマスを過ごすんだって。」
よし、砂糖に溺れて溺死しろ。
「…だとしても、家族旅行に付いて来ないのはどうかと思うんだけど大丈夫なのか?」
いくらバカップルでも家族仲も悪くないのに家族よりも彼女を優先するのはいただけないように思える。
…バカップルかどうかは知らないけど。
「うちの家族は恋愛沙汰になるとすごく協力的で…お父さんもお母さんも、むしろ付いて来るなって言ってたわ。」
「勘当されてるみたいだな…」
哀れ。でも同情はしない。
「でも、だから私もオーストラリアに来れたようなものだし…」
「………え?
待ってくれ。俺、親公認なの?」
「去年のクリスマスにバレちゃったわ…ゴメン、隠しきれなかった。」
「いや、別にそれは良いんだけど…マジか。」
知らぬ間に向こうの外堀が勝手に埋まっていた。
何を言ってるかわからねーと思うが俺にもわからねー…どういうことだおい。
「…とにかく、詞亜がここにいる理由は分かった。
それで、何しに来たんだ?」
「近くに来たから基矢に会いに来たの!悪い!?」
「別に悪くないけど…ご家族さんは?」
「今家の外で待って…あ、すぐに戻るって言ってたんだった。もう帰るわね。」
と言って詞亜は玄関から出て行く。
予想外の客だったな…詞亜もこっちに来てくれるなら言ってくれればいいのに。
………待った。なんでレイティの家知ってたんだ?もしかしてずっと後ろに付いて来てた車って…
「ゴメン基矢、しばらくここに居させてくれない?」
詞亜が十秒もしないうちに戻ってきた。
「え?ご家族は?」
「2人でデートに行ってくるって…」
詞亜が見せてくれたケータイの画面には、
[私達はデートに行くから詞亜も頑張って!]
と映っていた。
…冗談だろ?ここ俺んちじゃなくて親戚の家なんだけど。




