元百五話 帰ったらと思ってたらすぐそこに来てた
クリスマス。
日本ではカップルたちが日本中のありとあらゆる場所をその雰囲気をもって砂糖まみれにするイベントである。
砂糖漬けとなった甘々な街に入った非リア充達はリア充共が生成する特殊な糖分を摂取することにより目から鼻血を出し、自分はリア充と違う、と悲痛な心の叫びを上げながら街を闊歩するのだ。
しかし、俺はそんな地獄の甘味に突撃することは無い。
その理由は引きこもるからでは断じてない。むしろお外へかっとぶ。
そして、その場所は…
「……あっつい…」
「はい、基矢。アイス。」
「センキューベリーマッチ!」
「…アイスだけで元気出過ぎじゃない?」
その場所は俺の親戚のレイティ・レールの故郷オーストラリア。
冷房の効いた空港から出ると一気に暑さが襲ってくる。昨日までは寒い日本に居たのでこの温度差は堪える。
日本ではカップル共が必死に厚着してやがるだろうが、ここは南半球。真夏に厚着なんて以ての外だ。
プールに入りたい…いや、水着着たくないし泳げないからいいや。クーラーが効いた部屋でのんびりしたい。アイス超うめえ。
「モトヤー!おヒサしぶりデース!」
「レイティ!久しぶりだな!
…ちょっと汗だくだからハグやめて。」
空港の駐車場に着くと、レイティからのちょっとべたついた(主に俺が)歓迎を受ける。
その後ろにある車の運転席にはレイティの父親が居た。彼がレイティと迎えに来たらしい。
なんで俺をそんなに複雑そうな目で見てくるんだよ…俺と娘がくっついて欲しくないの?でもどっちも女の子だからどうしたらいいのか分かんないの?なるほど理解。
「モアもヒサしぶり!」
「レイティ、元気してた?」
次にモア姉にもハグ。そして後ろで夫婦雑談してた俺の両親にも握手。
今回は親戚の家に来るということで、来たのは俺の家族だけだ。リリナやジーナも来たいと言っていたが、『悪いな、このチケット家族用なんだ。』と言ってあしらった。他の皆も同じようなことを言っていたので同じようにあしらった。
…皆も詞亜くらいあっさり諦めてくれればいいのに。
詞亜はクリスマスデートを画策していたらしいが、親戚の家に行くと言ったらあっさり諦めた。
中学時代に同じことを言ったら羨ましいだのなんだの言ってきたんだけどな…これも成長か。
「モトヤ!アシタもアサッテもずっとイッショデスネ!」
「そうだな、帰ったらいっぱい遊ぶぞ!」
日本のクリスマスはカップルで街に出かけるものだが、それとは違いオーストラリアとかの外国では家族でのんびり過ごすものだ。
そのせいでクリスマスは休む店が多い。昔外食に行こうとして結局マックス!に駆け込んだ時の事は忘れない。
…マックス!はここにもあります。すげーよね。
「…基矢、宿題は?」
「………アーヤッベー!
ワスレテキタヤベー!ワスレチャッタヨシュクダイ!ヤッベー!
って言う訳で、出来ないことを言われてもなぁ?」
宿題は家に置いて来たので遊ぶ以外の選択肢が無い。
帰ったら地獄だが、代わりにここにいる間は自由だ。例え両親や親戚、女神様に言われても、ここに無ければ宿題を進めることはできない。
この勝負…貰った!
……なんの勝負なんだろ。
「そう…
基矢、帰ったら私が宿題の監督するから。絶対に終わらせてね。」
「…ハァイ。」
帰ったら、地獄かぁ…
「やっぱり、いつ見ても広い…」
モア姉の呟きに心の中で同意する。
ワゴン車に揺られて一時間弱。レイティの自宅…レール家がやや遠くに見えてきた。
その家の周辺にある小麦畑は全てレール家の物らしい。レイティもたまに手伝うとか。
俺たち宇露家もこうして来た時はたまに手伝う事もある。なかなか大変だし、言われたときは少し億劫だが働いて流す汗は悪くない。やってるうちにちょっと楽しくなってくる。
…そう言えば俺、農機運転できんのかな?この身長で。
「あれ?ダレかイませんか?」
俺の隣の席を確保したレイティが車の窓を指差した。
「え?どこどこ?」
「ホラ、あのコムギバタケのナカに…」
言われて窓をよく見れば確かに人影が見えた。
最初はレイティの家の誰かかと思っていたのだが、すぐに外れであることを知る。
小麦に溶けるような金、逆に浮いている銀、青…
…このカラーリングを見ればもうお分かりだ。俺の場合は。
「な、なんじゃありゃ!?」
叫ぶはレイティ父。そりゃ叫ぶよね。だって畑にミステリーサークルが出現してるんだもん。
……なに人んちの畑にミステリーサークル作ってんだアイツら…確かに宇宙人は居るけどさ。
「1人でリア充のサラダボウルから高飛びなんてズルいじゃないですか!私達も連れて来てくださいよ元野郎さ痛い痛い痛い!」
「リリナの言うとおりだよ!なんで私達を置いて行っ…いたたたたたた!」
「えっと…ごめん、止めきれなくて…」
と供述するリリナ・ジーナ・マヤにため息をつきながらリリナとジーナの腕を締め上げる。
車から降りた俺たちは家の前でガヤガヤしていた。だってそもそもこいつら入れて良いかどうかわからんし…
…ふと、レイティの視線がマヤと俺を行ったり来たり帰ったりしていることに気付いた。なんだ?
「モトヤ?どうしてブンシンしてるんデスカ?」
「出来るか。」
そして唱えられる基矢忍者疑惑。当然違う。
「オゥ!?モトヤニンジャチガうんデス!?」
「俺は忍者じゃない。」
俺は。
忍者染みたことが出来るの2人くらい知ってるけど。
…リリナが分身出来るって言ったらどんな反応するかな。言わないけど。
「そいつはマヤ。俺のそっくりさんだ。」
まさか宇宙人も知らないパンピーのレイティ達にマヤの正体を言える訳も無く、テキトーにごまかす。
マナちゃん人形のことも言えないのに記憶を引き継いだ歌って踊れるコピー人間の事なんてもっと言えるわけない。
「ホントにそっくりデス!」
「いつ見てもそっくり。」
…モア姉は基矢の存在がどーのこーので悩んでた時に会ってたのか?
あの時は家に来てたし、その時はマヤも居たはずだしな…
「そっくりさん…にしても似すぎてない?」
「いっそ視力が落ちてぶれて見えるって言われた方が納得できるくらいだな…」
……両親には正体言っても良い気がするな。ジーナが宇宙人ってことも知ってるし。
ただ、レール家には全部秘密にしておこう…知ってる人間が少ない方が良いのは確かだ。
それに、確かレイティのお爺さんウザいくらい宇宙人好きだったし…ジーナのことを知ったらどうなることか。
「…あ、基矢さん!
忘れていたみたいなので良かれと思って持ってきましたよ!」
「忘れていた?」
俺の腕から解放されていたリリナがリュックサックを下ろして何かを取り出し、俺に差し出す。
なんだこれ、と言う前にその忘れ物の正体に気付いた。
「……宿題…だと…」
リリナが差し出していたのは紛れもなく俺が置い…忘れてきた宿題だった。律儀に全部持ってきている。
逃げられたと思ってたのに…!
「忘れたの?宿題からは逃げられない。」
忘れたかった…せめてここにいる間だけは。
その為にわざと置いてき…忘れてきたのに。
三が日が終わったら日本に帰る予定なので、その後も冬休みは少し残る。
だからオーストラリアに居る間は目一杯遊んで、その後帰国してから全て終わらせるつもりだったのだが…
「お前からすれば、良かれと思って、やったんだろうがな…
最低だよ!さいってー!」
「なんですかせっかく持ってきてあげたのに!どこかのゲスみたいなことを言って!」
「そうだよ!帰ってから泣き言言っても手伝ってあげないんだからね!」
(帰って泣き言を言う所までは計算済みだったんだよ!余計なことして計算狂わせるんじゃねぇ!)
……と、もし声に出して言って見ろ。横のモア姉がすかさずチョークスリーパーをかけてくるに違いないぜ。
既に俺の首の前にはモア姉の肘がある。ついでに後ろに立たれてる。
……あれ?俺何も言ってなかったよね?なんで徐々に首が…
「……顔に全部書いてある。」
あ、なーるほどね!
表情に全部出ちゃってたか~!そりゃばれちゃうよね!
……その二秒後、呻くような叫び声が畑にこだました。
多分作中では語られないのでここで。
前回フルボッコされた桝田ですが、彼の末路はこんな感じです。
・学校内の評判ガタ落ち。学校中の女生徒どころか男の友人にすら嫌われる。
・女性恐怖症。特にナイスバディーなおねーさんか金髪の女性を見たら自動的にマナーモードになる。
・女性の胸及びそれに近い柔らかさの物に触れると自動的にマナーモードになる。
リリナの友人が噂を広め、リリナの全力の殺気を受けて女性恐怖症に、その直前にマナの胸を揉んでいたせいでおっぱい恐怖症に、みたいな感じです。
でも性欲が無くなったわけでもないしEDと言う訳でもない。酷い生殺しを見た。特におっぱい恐怖症は考えれば考えるほどえぐい…気がする。
彼の春は多分来ないでしょう。
…この内訳だとロリコンになりそうですね。手出ししようとしたら自動的にマナーモードですけど。
……桝田よりじりゅーの方がえぐいって?
………ナルシポイント-1000…鬱だ死のう。




