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元〇〇と呼ばないで!  作者: じりゅー
元十三章 裸の心
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元百二話 失っても失わなかった

 

「どうしてここにいるんですか!?もしかしてずっと付いて来てたんじゃありませんよね!?」


 柱の影。俺は人目のつかないところに引っ張り込まれて壁ドンされていた。

 彼女の顔は険しい。やましいことは何もしてないのに心が縮こまる思いがする。


「い、いや、偶然だよ…ちょっと鍋とか食器とかを買いに来てたんだ。

 リリナがここに来ることは知らなかったし、午前中はずっと家に居たし…

 それに、尾行してるならわざわざターゲットの傍で電話なんて掛けないだろ?」


「……それもそうですね。」


 顔の横に着かれた手が離れていく。良かった、お許しを得た。

 手加減抜きのリリナの剣幕はすさまじいものがあった。あんなに冷静に意見を言えたのが自分でも不思議なくらいだ。

 あの剣幕は異世界で培われた物だろうか。女神になるくらいだしそれだけのことをしてたんだろうけど。


「俺、もう戻っていいか?マヤを待たせてるし、料理もそろそろ出来るだろうし…」


「ちょっと待ってください。

 その前に…どうして電話をしたんですか?多分、間違いとかではなく意図的に私に掛けましたよね?」


 …バレてたか。


「…なんでかは分からないけど、お前とアイツの空気が悪くなってたからな。

 殴り合いとかに発展しそうだったから止めたんだ。」


「そうですか…確かに、あのままでは私も手を上げてましたね。

 止めてくれてありがとうございます。」


「手は挙げてたけどな、物理的に。」


 まあ、なにあともあれ助けられて良かった…謎男を。


「…で、どうする?アイツのところに戻るか?」


「……いえ、今日はもう終わりにします。

 こんな気持ちでデートなんて出来ませんよ…」


 ……デート、か。


「そうか。じゃあ、俺たちと来るか?

 って言っても、後は昼飯食べて帰るだけだけど。」


「…いえ、先に帰らせてもらいます。

 ちょっと一人になりたいので…」


「そうか…分かった。」


 質問には答えた。

 リリナももう帰るそうなのでここに留まる理由は無い。

 だから俺はフードコートに戻ろうとした。

 でも…


「……リリナ?」


 背後からの抱擁。

 横目に見える金の髪。

 俺の進行はリリナによって妨げられた。


「…少しだけ、話に付き合ってくれませんか?」


「…分かった。」


 俺とリリナは静かにワオンモールを後にした。







 人気の無い公園に移動した俺たちは各々飲み物を買ってベンチに腰掛けた。

 …何故か同じベンチに。


「実はさっき一緒に居た彼…桝田凌途さんは、私が記憶を失う前に付き合っていた彼氏だったみたいなんです。」


 …やっぱりそうだったか。

 リリナの登校初日、純粋な心配で駆けつけてくれた生徒の中でアイツだけは異質だった。

 その理由に心当たりが無い訳ではなかったが、確証は持てなかったのだ。

 そして、改めてそれを聞いて落ち込む自分がいる。

 リリナに噂の真相を聞かなかったのはリリナの為ではなく、俺自身が認めたくなかったからなのかもしれない。

 やっぱり、俺は…


「…でも、あの人と一緒に居ても楽しくない…デートに来てもときめかない…

 そんな人と付き合ってたなんて私、信じられないんです。」


「……」


「さっき、喧嘩してたのは…彼が唇を近づけてきたからなんです。

 目を瞑ってと言われて、その言葉に不信感を抱いて目を閉じたフリをして薄目を開けていたんです。

 そうしたら桝田さんの顔が近づいて来て…つい、拒絶してしまったんです。」


「……」


「桝田さんは怒りました。

 なんで避けるんだって。俺達恋人だろって。

 その時、私は言ってしまったんです。

 勝手な事言わないでくださいって…何も覚えてないんですからって…

 そこからは、お互いにヒートアップして…後は、マナさんが見たとおりです。」


 過去と今の乖離から生まれた拒絶。

 記憶を失う前のリリナと今のリリナは違う。それがあの時の喧嘩の原因だったらしい。


「…リリナ。

 お前は…その桝田って奴が好きなのか?」


「……分かりません。

 でも、以前の私がお付き合いしていたなら、惹かれるような良いところはあるはずです。きっと、今はそれが見えていないだけです。」


「…今のお前の気持ちはどうなんだ?」


「……正直、彼は嫌いです。なんであんな人と付き合っていたのかと思うくらいに。

 でも…記憶を失ったから別れよう、なんて勝手過ぎます。だから私は…」


「でも、今のお前は嫌いなんだろ?」


「そうですが…」


「だったら、別れても良いんじゃないか?」


「…どうして、そんなに軽く言えるんですか?」


 言い放った俺の言葉にリリナの目つきが険しくなる。


「どうしても何も、今のリリナは今のリリナだ。

 前のリリナとは違う。前のリリナが付き合ってたからって」

「前の私も今の私ですよ!!」


「…!」


「確かに私は記憶を失いました。

 でも、それで過去が消えて無くなったわけではありません!

 過去の私が…記憶を失う前の私がいるから、今の私が居るんです!

 別人じゃないんですよ…正真正銘、どちらも同じ私、リリナなんです!」


 …俺は、記憶を失う前のリリナと失った後のリリナを別人として見ていた。

 だから、リリナの言葉を聞いて驚いた。

 記憶を失っても、過去は失わない。考えてみれば当たり前な事なのに、認められなかった。

 …リリナが記憶を取り戻せなかったら、もう以前のリリナは帰ってこなくなる。それが怖かったから。

 でも、事実は事実なんだ。

 認めよう。今のリリナが元女神(今まで)のリリナなのだと。

 信じよう。いつの日か記憶を取り戻すことを。


「…そうだな。ゴメン、どっちのリリナもリリナなんだよな。

 でも、俺が言いたいのはそう言うことじゃないんだ。」


「では、何が言いたいんですか?」


 言いたいことは決まってる。

 後は言葉を声に出すだけ。

 少し深く息を吸い、言葉を吐き出した。


「過去に縛られる必要は無い。」


「……」


「リリナ。

 お前が桝田と付き合ってるのは、お前が記憶を失う前に桝田と付き合っていたからに過ぎない。

 でも、それはただの惰性だ。今のリリナが桝田と付き合わなきゃならない理由にはならない。

 今のリリナは、記憶を失う前のリリナに…いや、過去に縛り付けられてるだけだ。

 リリナはもっと自由になっていいんだよ。嫌なら嫌と言え、別れたいなら別れれば良い。

 過去も今も同じ自分なんだろ?だったら、過去の自分に遠慮することは無い。」


「………」


「…何、世の中には別れたカップルや離婚した夫婦なんて珍しくない。その中には新しいパートナーを見つけてうまくやってる奴もいるんだ。長続きしないと思うなら、嫌だと思うなら別れても良いじゃないか。」


「………それが、出来ないから…

 それが出来ないから悩んでるんじゃないですか!!

 マナさんは他人事だからそんなことが言えるんですよ…!だって、だって…私は…桝田さんは…」


「……我慢するなよ。

 その我慢は誰の為にもならない。」


「ううううううううううううううううううぅぅ…!」


 リリナは泣いた。

 俺の胸の中で。今までの我慢を解き放つように。

 俺はその頭を、ただ静かに撫でていた。






 しばらくの間、俺はベンチの背もたれに身を預けて夜空を眺めていた。

 今日の月は一段と明るい。満月だからそう思うのだろうか。


「…ぅ、う…?」


「お、目が覚めたか?」


 小さな声を聞いて膝を見ると、街灯に照らされたリリナの顔が見えた。

 リリナは俺に泣きついたまま眠ってしまったのだ。


「マナさん…?あれ?なんでこんなに暗いんですか…」


「寝てたんだよ、お前は。

 人の膝を借りて…」


「膝を…借りる…!?」


 ガバッと起き上がるリリナ。俺は背もたれに背を預けていたためぶつかることは無い。

 キョロキョロと辺りを見回したリリナは遅れて現在の時間を知る。


「え、その、えっと…すみませんでした?」


「…ああ、気にするな。

 俺もちょっと悪い事言ったし…」


 確かに、さっきの発言はリリナが言った通り軽率だった。

 別れたきゃ別れればいいなんて、他人事みたいに…


「……いえ、そうですね。

 私、吹っ切れました。もうあんな人とのお付き合いなんて御免です。

 恋人だからと割り切ってましたが、セクハラで訴えられそうなくらい粘ついたいやらしい視線を常に送ってきますし…」


「……良く割り切れてたな。」


 恋人に向ける視線とは思えないな…提案しておいてなんだが、確かに別れたほうが良さそうだ。


「もう割り切るのも限界ですよ…なので、別れます。」


 …この宣言が、ちょっと嬉しかった。

 自分のアドバイスを聞いてくれたみたいだったから、リリナが桝田から離れるから。

 …リリナの彼氏が、居なくなるから。

 カップルの解散を聞いて喜ぶ、か。自己嫌悪が…


「…そろそろ帰るぞ…あ。

 いっけね…そう言えばマヤをワオンモールに置き去りにしてた…帰ってるかな?」


 話題を変えようとして思い出した。マヤ居ねぇ。ハンバーガー食ってねぇ。


「流石にこんな時間ですし、もう帰ってるでしょう。」


「だと良いけどな…」


 帰ってからお小言を頂戴する覚悟はしておこう。

 悪いのは俺だし、きちんと謝らないとな…


「マナさん。」


「なんだ?」


 呼び止めるリリナに笑顔で答える。

 彼女も微笑みながら続ける。


「私…どうやらマナさんが大好きみたいです。」


「それはありがたいな。」


 純粋に好意を持ってくれていることが嬉しい。

 その時俺は微笑ましさすら感じていたが、更に続いた言葉は予想外だった。


「その、恋愛対象として…」


「………え?」


 俺はその場に硬直した。

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