元百一話 勉強料を払ったら贅沢も封印された
「暇だねー…」
「ああ…」
日曜日の昼下がり。
俺とマヤは部屋でゴロゴロしながらスマホやら漫画やらを眺めている。
こうもすることが無いと何かしてても暇だと思ってしまう。
「…リリナ、今何してるんだろうね?」
「さあな。
あんまり勘ぐってやるなよ。アイツにもプライバシーはあるんだからさ。」
昨日はクラスメイトとお出かけ、今日は要件不明(大体分かるけど)の秘密のお出かけ。
こうして考えるとリリナの奴も忙しないな…ちょっと前まで入院していたとは思えない活発さだ。
一応入院の理由の一つに怪我も含まれていたのだが、今は全快している。流石人外元女神。
って、面と向かってからかってやることが出来ないのが寂しいな…
「ジーナも詞亜もバイトだし、他の皆も今日は都合悪いらしいし…あ、そう言えばリリナってバイトはどうするの?」
「ああ、しばらくの間は休ませるって店長が言ってた。
本人は大丈夫って言ってたんだけど、記憶喪失のリリナなんて見たらお客さんがショック受けるからってさ。」
「マナみたいに?」
「止めろ。」
流石にあんなに酷い状態にはならないだろ。
「…それに、リリナも早くこの生活に慣れさせないといけないしな。まずは日常に慣れろって店長が言ってた。」
「なるほどね。」
記憶を失ったリリナにとって今の日常は新しい環境も同義。
それに慣れる前にバイトという負担を背負わせたくなかったのだろう。今は日常に慣れるのが仕事と言う訳だ。
「……あ、マナ。
ちょっとお出かけしない?」
「…いきなりなんだ?」
「漫画読んでて思い出したんだけど、一昨日洗剤切らしちゃって…」
一昨日、つまり金曜日にリリナの為に異世界料理を作った時、マヤはずっと皿や鍋を洗っていた。
余程しつこい汚れだったのか、そのせいでリリナの出迎えに間に合わず、ずっと汚れと戦っていたと愚痴られたのは昨日の話だ。
洗剤はその時に使い切ってしまったのだろう。
「それと、いくらか鍋とか食器も駄目にしちゃって…」
……鍋とか食器とか駄目になんの?
異世界食材怖いな…一歩間違えれば危険物ができあがるのではないだろうか。
「でも、リリナは皿も鍋も全くダメにしなかったよな…どう処理したんだろうな。」
「そこもジーナに訊くべきだったよ…」
後悔先に立たず。
まあ、特殊な処理をしないと使えなくなるとか全く思わないだろうから仕方ないだろうけどな。勉強料ってことで許容しておこう。
「じゃあ行くか…どこにする?」
「ワオンモール。」
「…百均で良くないか?」
「ケチ。」
ケチも何も…ちょっと安く済ませようと思っただけじゃないか。
…はい、ケチでした。
「マナ、この皿とかどう!?」
「おお、良いんじゃないか?」
結局ワオンモールに足を運ぶことになった。
理由は鍋。皿とかはともかく、鍋は安いの使ってたらまずい気がしたのでやめた。特に異世界食材関係で。
…でも、そうすると最悪高いの溶かすことになるんだよな。
……好評だったけど、もう異世界料理は作らないようにしよう。アンコールに答えられない非力な俺を許してくれ…
「前使ってた鍋、ちょっと小さかったしもう少し大きいのにしない?人数も増えたし。」
「そうだな…」
別の料理で一品の量の少なさをごまかすとかしてたが、いかんせん手間がかかる。
元々俺は一人暮らし。リリナやジーナと同居人が増えていく中で多少買い替えた調理器具もあったが、まだ買い替えて居ないため作れる量が不足気味な物も少なくない。
マヤは食事を取らなくとも、宇宙船に戻ってエネルギーを補給すれば良いらしいが…それでも全員で卓を囲みたい。一人だけ除け者っていうのも良くないからな。
「もう少し大きめの皿とかあった方が良いよね。あ、詞亜とか鴨木さん達が来ても良いように小皿買い足しておかない?」
「ま、待って、お金無くなる。案は良いけど出費がでかい。」
「良いじゃない、いつまでも紙皿とかプラスチックのコップでごまかす訳にも行かないでしょ?」
「そうだけどさ…こう、一気にとかじゃなくて徐々に買い足していかないか?」
「結局は同じ出費だし、良いじゃん。」
「…ローンって何のためにあるか知ってるか?」
「こういう機会あんまり無いんだし、ローンって程高い買い物じゃないよ?」
「………もう、良いです。」
しばらくモヤシでも並べようかな…
…すぐ飽きそうだし止めよ。素直に俺の小遣いから削るかぁ…
「あ!ミキサー安い!」
「勘弁してくれよぉ…」
「ご、ゴメンって。昼食はおごるから、元気出して。」
少なくない出費をした俺は燃え尽きたようにフードコートの椅子に座っていた。
高校入学からずっとバイトしてきた俺より、つい最近ちょっとバイトしただけのマヤの資産が少ないことは知っていた。
なので食器類、調理器具は全て俺持ちとなってしまった。勉強料ってレベルじゃねーぞ…
しばらくお菓子の買い食いやゲーセン通いは封印だな…
「じゃあ、ハンバーガーのセットを頼む…」
「分かった、買ってくる!」
安価なそのメニューは俺のお気に入りだ。
価格、味、コスパの全ての面に置いて最強。これを選ばない理由は無い。
「……ん?」
マヤを見送ると、フードコートに見知った顔を見つける。
あれはリリナと……えっと、ニヤけ系男子?名前分かんねぇ。
遠目から見ても様子がおかしい。まるで言い争ってるような…
「マナ、注文終わったよ。5番だって……どうしたの?」
「あっちに居るのって…」
「…リリナだね。それと、あの人は…誰?」
「さあ…?」
俺が持ってるあの男の情報と言えば別のクラスである事といけ好かない事、それとニヤけ顔が気持ち悪い事くらいしかない。
名前も正体も不明。俺視点では実にミステリアスな人物だ。ミステリアスって程神秘性は無いけど。むしろ下品っぽい。
「喧嘩?」
「多分な……あ、ちょっとまずい。」
リリナが手を挙げた。
それもまっすぐ腕を伸ばすようにではなく、腕を曲げて。まるで思いっきり振りかぶりそうなモーションだ。
リリナの人外パワーが全力全開で奴の頬に炸裂したら吹っ飛んだ上に歯が全部折れて脳震盪を起こし…とりあえず悲惨なことになるだろう。
気に食わない奴ではあるが流石にそこまでしたい訳ではない。俺は聖人ではないが薄情者でもないつもりだ。
しかし止めに行くには遠すぎる…
「マナ、ケータイ!」
その手があったか!
俺はリリナのスマホに電話を掛ける。
するとリリナはスマホの着信に気付いたようで、振り上げた手を下ろしてバッグからスマホを取り出した。
『もしもし?』
電話の声は心なしか不機嫌そうだった。
「あ、悪い悪い。ちょっと間違い電話しちゃってさ。」
『近くから声がしますね…』
あ、なんかまずい予感。
リリナがきょろきょろとフードコートを見回し始める。
やがて視線を俺に固定し、じっと見つめられた。
『ここに居るんですか?動かないで待っててください。』
ヤバい、こっち来る。
何がやばいのかは分からないがとにかく今のリリナは不機嫌だ。なんかの拍子で殴られでもしたら…いつもと違って手加減してくれるかどうかは分からない。つまりヤバい。
「『マナさん?』」
電話とリアルの二重音声。
ホラーな演出の後、リリナは俺をどこかに引っ張っていった。
「ちょっと待ってくれ!痛い痛い痛い!」
「大袈裟ですよ!」
大げさとかじゃなくてマジで痛い。主に掴まれた手首が。
凧あげダッシュの時も手加減してくれてたんだな…こんなところでリリナの優しさに気付くとは。




