元十話 非常食買いに行ったらフラグ回収した
翌日。
昼にストーカーの視線に辟易としながらバイトへ向かい、夕方バイトを終えて帰宅する。
その最中。
「あ、一昨日食ったカロリーフレンド補給しとかないと。」
「好きですねー…もしかして、いつもそればっかり食べてたんですか?」
「流石にいつもじゃない。非常食ってところか。」
朝面倒で朝食を作りたくないときとか、小腹が空いたときとかに重宝している。
それに本当に非常の時に役立ちそうなのでいつも4、5個は買いだめし、キッチンに置いているのだ。
「いくつか賞味期限切れてたりしないんですか?」
「ちょくちょく食べてるから切れない。
……一旦帰ってからコンビニ行ってくる。」
「1人じゃ危ないですよ。そこに居る方をどなたと心得るんですか。」
「ストーカーさんだな。」
ストーカーさんは今も絶賛尾行中だ。帰ってくれ。
「昨日は撒いたし、家は特定されてないはずだろ。
今日も撒いて帰ろう。」
「そうですね……あ、視線が。」
ストーカーはどこかへ行ってしまったらしく、俺たちに向けられていた視線が外れた。
「今のうちに帰りましょうか。
…ところで、ジェットコースターは好きですか?」
「嫌いで――」
俺の返事を聞く前に駆けだした女神様。
その腕に掴まれた俺は再び凧の気持ちを味わった。
「着きました!」
「お前ちょっと手加減してくんない?腕がちぎれそうになるんだけど。」
腕を押さえながらアパートの前まで歩く。
リリナが神様パワーで治癒でもしたのか痛みは無いが、引っ張られる感覚は少し残っている。
「まあまあ、撒いたんですし良いじゃないですか。」
「それより俺のカロフレ…」
「あ。」
「……なんだその“あ”は。」
「撒くのに必死で忘れてました。」
「てめぇ…」
非常時(怠け含む)には死活問題だぞ。
モア姉が料理してくれるから当分はその心配は無いけど。
「まあまあ、後で買いに行けばいいじゃないですか。
その時は私も行きますよ?」
「いい。一人で買ってくる。」
「危ないですよ!今の貴方は誰もが目を引く美少女なんですよ!?」
「お前の方が危ないだろ…っていうか、目を引くのはほぼ銀髪のせいだろ。お前の金髪も目立ってるし。」
「私は関係ないでしょう!?」
「俺はストーカーの狙いはお前だと思ってる。
スタイルも良いし顔も良い。見た目だけはかなり良いからな。」
「……褒めてるんですよね?“だけ”をやたら強調してましたが。」
「当たり前だ。」
見た目はな。
中身はそうでもない。
「だから、お前が居なければあのストーカーに付きまとわれることは無いってことだ。」
「わかりませんよ?あのストーカーの狙いは貴方かもしれませんし、ストーカーでなくても他の誰かに狙わるかも」
「大丈夫だ。
こんな体じゃ小学生と思われて見向きもされない。」
「見向きされてるじゃないですか。」
「…それは銀髪のせいだ。」
「されてるじゃないですか。」
「……まあとにかく、俺を狙うような犯罪者はこの町に居ない。この町はずっと平和なんだからな。
それに、俺の力は男の時と同じだ。襲われてもなんとかするさ。」
別に大して体を鍛えていた訳ではないが、それでも襲撃者の予想を超える力に驚かせることが出来るはずだ。
その隙を突けば逃げられるだろう。
「なに、コンビニはすぐそこだ。さっさと帰ってくるよ。」
「…気を付けてくださいね。」
リリナは先にアパートに戻って行く。
俺はコンビニへと歩を進める。
ふと、車の音がした。
振り返ると大きなワゴン車のような車がゆっくりと道路を走っているのが見えた。この辺の地理に慣れていないのだろうか。
車が通りやすくなるように道の外側に避ける。
車は俺の横に止まるとドアを開け――
―――不思議がって止まった俺の左腕を掴み、車の中へ引きずり込んだ。
引きずり込まれると同時に目を塞がれ、布を押し当てられる。
俺は状況が呑み込めないまま意識を手放した。
「……基矢は近くのコンビニに行くって言ったの?」
「ええ、そのはずです。
…妙に遅いですが。」
リリナが帰って数時間は経つ。
だというのに、基矢はまだ帰っていなかった。
「もしかして…」
「い、いえ。詞亜さんの家とか、友達の家に居るのかもしれない。ちょっと電話してみる。」
基矢の携帯に電話をかけるモア。
「…………電源を切ってるみたい。」
「やっぱり…」
「電池が切れただけかもしれない、リリナ、詞亜に電話して。」
「…はい。」
焦った様子のモアを見ながら電話をかけるリリナの顔は諦めが混じっているようだった。
「あ、詞亜さん。そちらに基矢さんは居ますか?
……そうですか…あ、いえ、なんでもないです。買い物に行ったらしいんですが、ちょっと帰りが遅いからもしかしてと。
……大丈夫ですよ。だったらすぐに戻ってくると思います。
………はい、ありがとうございました。」
リリナが電話を切り、首を横に振る。
「そう…
ちょっと基矢を捜しに行ってくる。」
「モアさん!今はもう真っ暗ですよ!危ないですよ!!」
「基矢の方がもっと危ないでしょ!!
あんな見た目で、こんな時間にうろついてたら犯罪者の格好の獲物よ!!」
「!」
モアの強い剣幕に圧され、リリナの足が一歩下がる。
強い意志を感じたリリナからはモアを止めるという選択肢は消え失せた。
「私一人でも行くから。止めないで。」
「……モアさん。
1人でなんて言わないでくださいよ。私も行きます。
普通の女子高生なら、友達を心配して捜しに行くでしょうしね!」
「…リリナ。
分かった。手分けして捜そう。手伝って。」
「はい!」
2人は作っていた夕食にラップをかけ、玄関に鍵をかけてアパートを飛び出した。
「……ん…」
目を開けると、小さなテーブルとその上にあるサンドイッチ、テーブルの奥にある大きなテレビが目に入った。
体を起こして見回してみるとタンスやクローゼットもある。
あれはカウンターキッチンというやつだろうか。まあとにかくなかなか広い部屋だ。
俺はなんでこんなところに居るんだ?
浮かんできた疑問。
それに対して返ってきたのは意識を失う直前の記憶と混乱だった。
そうだ…!俺、確か車に…
ここはどこだ?俺はどうなったんだ?誘拐犯はどこにいる?誘拐犯の目的はなんだ?
次々と湧き出してくる疑問。その答えはすぐ近くにあった。
「置き手紙か…?」
テーブルにあるサンドイッチの横に紙があった。
何か書かれているようなので、やや達筆なそれを読む。
[銀髪の少女へ
仕事に行きます。
帰ってきたらたっぷり可愛がってあげるので楽しみにしていてください。
テーブルの料理は食べてしまっても構いません。別に何も仕込まれていないのでご安心を。
戸棚に貴女の大好きなカロリーフレンドがあるので、ご自由にお食べください。
テレビは付きます。暇ならどうぞ。
ちなみにその部屋からは抜け出せません。鍵がかかっている上、マンションの十階なので窓からも抜け出せませんよ。脱出は諦めてください。
貴女の誘拐犯より]
「………」
ふざけた置手紙を破り捨てる。
よく読んでる途中で破かなかったなと自分でも思う。
誘拐したことはもちろん、そんなことをしたくせに自分はのうのうといつも通りに過ごしているというのも許せない。
あとなんでカロフレ好きが知られてるんだ。こわっ。
……もしかして、俺とリリナを付けていたストーカーか?
だったらリリナと別れる直前の会話を聞いていても……ちょっと待て。
あの時確かにストーカーは撒いていたはずだ。なら、何故俺のカロフレ好きが知られているんだ?
……あ、トイレ行きたい。
「トイレトイレ……」
部屋にあるドアに手を掛ける。
鍵が締まっていた。
……あれ?これってやばいんじゃないか?
「開けろおおおおおおおおおおおおおお!!ここから出せええええええええええええええええ!!」
無意味なことを知っていながらガチャガチャとドアノブを回す。
蹴破ることも出来ない。そんなことをしたら誘拐されている間ずっとしょんべん臭い部屋で過ごすことになる。
ただでさえ陰鬱な気分なのにそんな臭いを嗅ぎながらずっと過ごして見ろ。惨め過ぎて大泣きするに違いない。
「はぁ…はぁ…」
ドアノブを回すのに疲れて視線を落とすと、ドアの下に貼ってあった紙が目に入った。
[トイレはキッチンの奥だよ!]
部屋にしょんべんぶちまけてやろうかと本気で思った。
しかし、惨めな気分になるのは嫌だったので大人しくキッチンの奥にあるトイレを利用した。
なんか負けた気がした。
攫われてる人の周囲よりも攫われてる人がコメディーになるのはなんでだろう。




