閑話8 グリゴリの堕天使
ミリヤ国でベリアル卿の悪事を知り、ハイリンヒ王子からその志を聞いた私。
王子は魔王と話し合いをし、協定を結ぶことを望んでいます。それは、今後起こりうる大戦争を防ぐ唯一の手段。平和への第一歩と言えましょう。
ですが、ベリアル卿は聖国民の心を巧みに動かし、それを阻止するはず。私も王子に協力し、彼の陰謀を阻止するために動かなければなりません。
正直、この世界のことなんてどうでも良いです。ベリアル卿の野望にも興味はありませんでした。
そんな私がなぜ戦うのか。それは数々の悲劇によって芽生えた哀しみでしょう。
胸が締め付けられるように痛くなり、涙が溢れそうになる時があります。
まるで自分じゃないような感覚。これは何なんでしょう……?
私はまだまだ知らなくてはならない事が沢山あります。やるべき事もたくさんあります!
そんな私は今……
お城のテラスでお茶をしていました!
「のどかですねー。小鳥さんたちが歌っています」
「たまにはのんびりするのも良いかもしれません。スケジュールに追われる毎日ですから」
「ふあー……眠い……」
ふわふわとした色白少女、スノウ・シュネーヴァイスさん。肩出しドレスのてきぱきした少女、エラ・サンドリオンさん。うとうとしてあまり心を開いてくれない聖国のプリンセス、ターリア・バシレウスさん。
スノウさんは滅んだミリヤ国のお姫さまで、現在ターリア姫の護衛中。エラさんはハイリンヒ王子と婚約中で、私のライバル設定という主人公。どちらも王族関係者です。
私はそんな三人とのどかなお茶会を楽しんでいます。
何してるんだ私……どうしてこうなったのでしょうか……
そうでした。スノウさんと話がしたい→ 姫の護衛中だからターリア姫も同行→ どうせならエラさんも誘おう→ 女子会に発展。こんな感じでしたね。
これは真剣なお話は出来そうもありません。テトラさんを見習い、さり気なく情報を引出しましょうか。
「エラさん、私の誘いに応じてくれてありがとうございます。今までの非礼を謝り、これからは心を入れ替えたいと思います」
「そんな……良いんですよ。トリシュさん、まるで別人みたいに変わりましたね」
ほぼ別人です。ゲスいことをした記憶はありますが、私の意思ではありません。
ですが、転生者の存在を話したところで理解されないでしょうし、適当なことを言ってみます。
「これもベリアル卿のおかげです。彼の言葉は心に響きました」
「ベリアル卿は国と民のことを考えてます。ハイリンヒさまは毛嫌いしていますが、素晴らしいお方ですよね」
どこが! どこが素晴らしいか!
まあ、普通の聖国民からしてみれば英雄でしょうね。実際、表向きは人助けしかしていませんから。
ですが、ベリアル卿には底知れない悪意があります。鋭い人はそれを感じ取っているのかもしれません。
ターリア姫は彼の名前を聞くと身震いしました。どうやら、恐怖を感じているようです。
「あたちは嫌いだ……あいつのせいでお父たまは苦しんでる……」
「ベリアル卿は国王さまに最も近いお方。問題ごとを運び、判断を求めるのも彼ですから……」
彼女を心配するエラさん。そんな心優しい少女をターリア姫はキッと睨みつけます。
「まあ、お前も嫌いだけどな……! 泥棒猫め!」
「ひ……酷い!」
ファザコンに加えてブラコンな彼女。当然、ハイリンヒ王子を奪ったエラさんに嫉妬していました。
まあ、義理の妹ってこういうところありますよね。「私のほうが兄貴と一緒にいるし、兄貴のこと分かってる」っていう意図しない思考がチクチクと刺さりそうです。偏見ですけど。
さて、そろそろ本題に入らないといけません。
正直、言いだし辛いですけど、スノウさんにミリヤ国のことを聞くのが目的ですから。
ベリアル卿に利用された王妃、国を襲った魔王、その魔王と戦った転生者の存在。聞きたいことは山ほどありますが、死んだ両親のことに触れる勇気がありません。
遠回しに、自然に会話を繋げますか……
「ターリア姫、エラさんとハイリンヒ王子の仲を引き裂いてはいけませんよ。スノウさんもモーノさんとの仲を邪魔されたら嫌ですよね?」
「え? モーノさんとはそんなのじゃないですよー」
紅茶を飲みつつ、相も変わらずふわふわしているスノウさん。い……言い出し辛い……
勇気を出してくださいトリシュ! この国のため、転生者としてのプライドのため、一歩前に踏み出さなくてどうしますか!
モーノさんとテトラさんは今も戦っています。私も空気を壊すこと覚悟で突き進みましょう!
「スノウさんはモーノさんに命を救われたんですよね。滅んだ国から彼は貴方を助けました。まるで王子様のようじゃないですか」
「ちょっと、トリシュさん……」
エラさんに止められますが無視です。私には私の目的がありますから。
実は腹黒いのか、スノウさんはふっと笑みを見せます。こちらが探りを入れていることに感づいたのでしょう。
彼女はモーノさんから私の存在を聞いているはずです。警戒しているのは当然。今は互いに出方を伺っているという状態でした。
「モーノさんは魔王と戦い、貴方を守ったのでしょうか? 王子様と言うより、勇者様のようですね」
「いえいえ、モーノさんが来た気には全部終わってましたよー。気絶してるところを彼に助けられたんです。あの場所で起きたことはあまり覚えていません」
う……覚えていないと来ましたか。たぶん嘘ではないですね。
話してみる限り、スノウさんは芯の強い人です。私に過去のことを穿り返されても、彼女は笑顔のままでした。
なら、遠慮はしませんよ。こちらも芯の強さなら負けていません。
「本当に覚えていないのですか? 魔王を前にして、貴方はどうやって助かったのでしょうか……」
「私たちを守ってくれた人がいたんです。その人は旅の錬金術師さんで、お父様の病気も彼のおかげで良くなっていったんです」
それです! その話が聞きたかったのです!
十中八九、その人は異世界転生者。二番か五番で間違いありません。
まさか、スノウさんが接触してるとは……ミリヤの村人から聞いたところ、彼は身を挺して人々を守った英雄。魔王に単身で挑んだ強者だとも聞いています。
ですが、彼の偉業はそれだけではありません。
「ビックリするかもしれませんが、私は一度死んでるんですよ。でも、お父様が彼から学んだ術で助けてくれたんです。錬金術……? でしたっけ……? 忘れちゃいましたー」
錬金術……この世界のそれを私は知りませんが、物語では不老不死の研究もしていましたね。
私は鑑定スキルでスノウさんが死人だと知っています。死体に魂を繋ぎ留め、永遠の命と若さを手にするという実験。これは、スノウさんのお母さんが求めた技術でもあります。
分かってきましたよ。ミリヤ国の妃は不老不死を求めて転生者と接触。その転生者は病気の国王を知り、王妃そっちのけで彼の病気を治しました。
その後、不老不死の実験は成功しましたが、魔王によって国が崩壊。成功した技術を知った国王がスノウさんを蘇生しました。こんな流れだと推察します。
では、もしこの推察が正しい場合。妃と接触した転生者は、同じく妃と接触していたベリアル卿とも面識があると考えるのが妥当。
そうです。ベリアル卿はこの転生者に対し、余計なことを吹き込む機会があったのです。
そして、今現在。あの悪魔はキトロンの街に悪魔信仰者が現れたと王に吹き込み、自身で足を運ぼうともしています。
カップラーメンを作り出す悪魔信仰者。錬金術によって回復薬の生成を行う転生者。
両方をイコールで結ぶことは可能です。
不味いですね……ベリアル卿は相当先を行っているじゃないですか……
私はお茶会を切り上げ、彼の元へと急ぎます。
恐らく、次のターゲットはキトロンの街。魔石を発掘する採掘の街にて、新たな悲劇が降りかかろうとしていました。
キトロンの調査が決まり、ベリアル卿は国王の命によって正式に動きます。
同行するのは王都最強の騎士団である聖剣隊。実力は高いですが聖国に盲信する者が多く、手駒にするに丁度いい存在と言えるでしょう。
屋敷の前にて、私は馬車を待つベリアル卿に話しかけます。
ほくそ笑む悪魔。彼はまっ白いローブの中から一枚のトランプを取り出し、神話を語り始めました。
「グリゴリの堕天使、彼らは人間を妻にすると誓いを立てた天使です。人を愛した堕天使たちは、神に禁じられた知識を地上の人々に教えました。武器の精製法、化粧の仕方、薬草、占星術……」
描かれていたのはダイヤのジャック。宝石と貴族を意味するカードです。
武器や薬を自由に作れるミリヤ国の転生者に当てはめているつもりでしょう。カードだけではなく、今話しているグリゴリの堕天使も含めてです。
「それだけではなく、堕天使と人との間に生まれた子供は巨人となります。巨人は地上を火の海にしますが、それでも堕天使への信仰は止まりません。人々は彼らの持つ知識に心を奪われてしまったのです」
アウトリス教での堕天使は悪魔と同一視されています。これは悪魔の技術と、彼らとの間に生まれた子供によって世界が歪む神話。聖書の一文でした。
よくある滅亡論ですね。これから起こる悲劇は、私も聞いたことがありました。
「やがて、滅びゆく人々の声が天界に届きます。神は大洪水によって地上を滅ぼす決定を下し、預言者ノアとその家族のみを方舟で救う事とする……」
ノアの方舟、その始まりがグリゴリの堕天使。知識による世界崩壊を暗示していました。
もし、主が異世界転生を許さず、その知識による歪みを抹消しようと動くのなら……この世界は聖書の一文をなぞり、大洪水によって沈んでしまうかもしれません。
そうなれば、私たち転生者は神と敵対するでしょう。それがチート無双というものです。
「主はこの世界を滅ぼす気でしょうか……?」
「神は人を裁きませんよ。人を裁くのは何時いかなる時も人です」
ベリアル卿の語った物語はあくまでも聖書の一文。史実ではありません。
これはたとえ話、あるいは教訓というものでしょう。別世界の高度な知識を手にすれば、神が手を出さなくとも自然に人は破滅の道を進む。それが世界なのかもしれません。
悪魔はダイヤのジャックを人差し指で回します。やがて、それは一瞬にしてカップラーメンへと変わり、彼の手に握られました。
「カップラーメンと言いましたか。果たして転生者はこれが破滅を招くアイテムと予測できるのでしょうか? たかがカップラーメン、されどカップラーメン。その技術は人間の作り出した奇跡!」
ベリアル卿は笑います。
いつもと変わらない薄ら笑い。人と世界を愛し、悪徳と歪みを楽しむ巨悪。
確信ですね。彼は確実にミリヤ国の転生者と接触しています。そして、その時に事態が拗れる一言を吹き込んでいるに違いありません。
これより、キトロンの街に災厄が降りかかります。
「さあ、カップラーメン戦争の幕開けです!」
戦争開始が高らかに宣言されました。
やがて、ベリアル卿を運ぶ馬車が屋敷の前に止まります。同行も可能でしたが、私はタイミングをずらす判断をしました。
キトロンの街にはモーノさんも調査に向かったはずです。ベリアル卿は彼に任せ、私は別行動で不意を打つことにしましょう。
さて、巨悪との二戦目です。はたして他の転生者はどう出るのでしょうか……
ディ○ニープリンセスの最初期三人のオーラ凄い。
揃うと凄い。