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88 私はこの街を守りたい!


 夕焼け空の下。葬儀を終え、私は旦那様の墓前に立ちます。

 この世界は土葬。聖アウトリウスの使った聖剣コールブラントを石で作り。それを地面に突き立てたものが上流階級のお墓です。

 ですが、旦那様のお墓は石板型。これは戦争を嫌う彼の意を組んでのものでした。


 泣いたことにより、悲しさは一気に吹き飛びます。もう大丈夫。これなら笑顔で前に進めるでしょう。

 私は気持ちの切り替えをし、教会への帰路を歩きます。すると、その眼に二人の男性が入りました。

 一人は商業ギルドマスターのシャイロックさん。そして、もう一人は見慣れた背中。黒いマントを羽織った長身の怪しい男……


「ご……ご主人様! 来てくれたんですか!」

「ふむ、テトラか。友人の葬儀に参加したかったのでな」


 私のご主人様、ネビロス・コッペリウスさま。

 彼の銀髪を見てなぜか安心しました。やっぱり私は奴隷、主人がいないと落ち着きませんよ。

 そういえば、私はご主人様の紹介でツァンカリス卿と巡り合ったんでしたね。彼らは始めから知り合いだったんです。

 加えて、ツァンカリス卿の弟子であるシャイロックさんとも面識がある様子。赤い帽子の商人さんは、ご主人様に問いました。


「彼女は貴方の弟子でしたか。頬に奴隷の紋章を刻んだのは戯れで?」

「彼女の意思だ。私にも理解できぬからこそ、面白いではないか?」


 ドヤ顔のご主人様。そんな彼に対し、シャイロックさんは笑みをこぼします。


「ネビロスさん、貴方は変わりませんね」

「そう言うお前は変わったな。落ち着きがある」

「何年たったと思っているんですか。歳も取りますよ……」


 私は会話に耳を凝らし、二人の関係を探りました。

 どうやら、シャイロックさんはご主人様が悪魔だと知っているみたいですね。なら、当然ツァンカリス卿もそれを知っているはずです。

 なーる、ようやく理解しましたよ。初めてツァンカリス卿に会ったとき、彼は手紙を破いて『あの男に自分で会いに来いと伝えておけ』と言っていました。

 あれ、怒っていたんですね。飛んですぐ来れるのに手紙をわざわざ渡すなんて、完全に喧嘩売ってますもの。会いたかったのなら尚更です。


「お互い、彼の死に際を看取れませんでしたね」

「それは彼にとって幸福だった。私たちこそ、死に際を見られたくない者はいないだろう」

「ですね。違いありません」


 まあ、ツァンカリス卿はそういう人ですね。ご主人様もよく分かっています。

 彼らには彼らの過去があり、私の知らない繋がりがあるのでしょう。恐らく、ご主人様はツァンカリス卿から服作りを聞いたんです。それで色々と合点がいきますから。




 私は二人のおっさんを連れ、キトロンの教会に戻ります。

 なにやら、礼拝堂の方が騒がしいですね。子供たちのはしゃぐ声が聞こえ、何か面白いことがあったと分かります。

 混乱あるところにこのテトラあり! すぐに、私たち三人は教会の扉を開けます。すると、そこには綺麗な子供服を持ったシスターが立っていました。


「しゃ……シャイロックさん! この服を贈ったの貴方ですよね!」

「ああ、これからこの街を拠点にするからな。その手土産だ。必要がないのなら、売って施設の維持費に使って構わない」


 砕けた態度でそう対応するシャイロックさん。礼拝堂には人数分の子供服が置かれていました。

 わあ、ツァンカリス卿とやること被ってる……素直に名乗り出たところは違いますが、流石は師弟と言ったところです。

 以前、シスターのミテラさんは旦那様から貰った服を売り、孤児院の維持費に使いました。お金が増えれば、それによって助けられる子供が増えるので当然です。

 ですが、旦那様は快く思いませんでした。彼女はその事実を知りません。


「これだけの服を貴族に売れば、食事の心配はなくなります。さらに若い、捨てられた幼児も救えるかもしれません……ですが……」

「み……ミテラ先生……!」


 突然、子供たちの中から一人、少女の声が礼拝堂に響きます。

 声の主はトマスさんにくっ付いていたアステリさん。貰った星模様の服を着こなし、銀貨のような瞳を輝かせていました。

 彼女が叫んだことが珍しいのか、ミテラさんも他の子供たちも驚いています。それほど、口数の少ない消極的な子だったのでしょう。


 そんなアステリさんが勇気を振り絞り、シスターに向かって言います。


「私……この服が欲しい! おしゃれがしたいです!」


 その一言はミテラさんの心を打つには十分でした。

 

「大人になったら綺麗なお洋服を一杯着たい! 自分でも綺麗なお洋服を作りたい! 立派な靴職人だったツァンカリスお爺さんのようになりたいです!」


 ボロボロの白いワンピースを着て、時には裸足の時もあったアステリさん。およそ着飾る事とは無縁だった彼女が、こんな感情を持っていたんですね。

 まったく、地味で消極的な子と思っていましたが、魅せてくれるじゃありませんか。トマスさんとジェイさんは顔を見合わせ、そんなアステリさんに賛同します。


「ミテラ先生、俺からも頼むよ! 仕事、頑張るからさ!」

「オイラもおしゃれしたいしなー。葉っぱの飾りじゃだっさいよ」


 二人に続き、他の子供たちも服が欲しいとねだります。

 あはは、良い孤児院じゃないですか。皆さん、アステリさんのためを思って行動していました。

 これはミテラさんも負けましたね。優しく微笑み、彼女は子供たちに言います。


「分かりました。ただし、大事にするんですよ」

「あ……ありがとうございます!」


 お礼を言うアステリさん。ツァンカリス卿の死で街の空気が淀んでしまうと思いましたが、まったくの杞憂でした。

 良い空気ですねー。この街は私が思っている以上にステキな場所だったようです。

 この微笑ましい世界を見たシャイロックさん。彼はアステリさんに向かってある提案を出しました。


「アステリで良いよな。実はツァンカリス卿のシークレットルーム、あそこには服作りの道具も揃っているんだ。使わないと悪くなるし、俺も童心に帰りたいと思っていた。どうだ、興味あるか?」

「あ……あります! 教えてください! 私、頑張って覚えます!」


 即答する少女。こうやって、技術はさらに次の世代へと受け継がれていくのでしょう。

 シャイロックさんの後に続き、屋敷の方へと歩いていくアステリさん。この街から天才仕立て屋が生まれることを期待し、私たちはそれを見守ります。

 ご主人様は不敵な笑みをこぼしつつ、彼女を観察していました。どうやら、面白い存在を見つけたようです。


「あの少女、魔法の才能を持っているな。魔法使いの仕立て屋か。新たな可能性とは実に面白いものだ」


 そうでしたそうでした。アステリさんもジェイさんと同じで才能を持っているんでしたね。

 ムフフ……私も新たな可能性は大好きです。彼女が大人になるまで、私がこの世界にいるとは限りません。

 ですが、それでも期待に胸を膨らませます。当然じゃないですか! だって、そっちの方が面白いんですから。










 旦那様の死から一日。あの事件を乗り越え、この街は良い方向へと向かっていました。

 商業ギルドマスターであるシャイロックさんの参入によって、街の歪んだ部分は改善されるでしょう。勿論、孤児院の子供たちも頑張って働くはずです。

 ニヤニヤが止まりませんねー。上機嫌のまま、私はご主人様と一緒にキトロンの街を歩きました。


 この街が好きです。

 街のみんなには笑顔でいてほしいです。

 誰にも歪められたくありません。


 なのに……



「皆さん、このキトロンの街にて発明を繰り返す怪人ハイド。彼は悪魔より知恵を授かった異端者だと決定が下されました」


 甘くとろける美声。ですが冷徹な一言が耳に入ります。

 街の中央にて、白いローブを身に纏った大臣。ベリアル・ファウストさんの演説が始まりました。

 そうです。色々あって忘れていましたが、今この街には彼が来ているんでした。

 これはやべーです。やべーに決まっています!

 私は別にベリアル卿を嫌っていませんし、その思想が正論であることも知っています。ですが、彼の行動が調和を乱すこともよく知っていました。


「怪人ハイドから授かった商品は全て我々が押収します。加えて、金輪際彼と関わることを禁止し、それが発覚した場合は悪魔信仰者と見なします」

「滅茶苦茶だ……そんな勝手なことが許されてたまるか……!」


 混乱は街中を巻き込み、人ごみは徐々に大きくなります。

 彼らから放たれるのは不平不満。突然現れた大臣に勝手なことを言われれば当然でしょう。

 ましてや、ハイドさんには人々を虜にする優れた『知』があります。あのチートは不味い。あれがあればこの国は豊かになるんですから、信者が生まれるのは当然です!


「ハイドの発明はこの街を豊かにした! だが、お前たち大臣どもは俺たちに何をした!」

「戦争ばかり繰り返し、搾取を続けるお前たちを信じれるか! ハイドの発明こそがこの国を変えるんだ!」


 ベリアル卿の出現だけでもやべーのに、この街のハイドさん信仰は解決していません。この二つが交わるとき、事態はさらに最悪な方向へと動いていくでしょう。

 街の人々も一枚岩ではない様子。聖アウトリウス教を熱烈に信じている者は、悪魔信仰疑惑のあるハイドさんを快く思っていません。

 また、彼の発明によって商売が成り立たなくなった人も聖国を支持するでしょう。


 街はバラバラになりました。

 ベリアル卿は薄ら笑いを浮かべ、その様子を観察しています。本来、街の人たちに反抗されれば怒りや困惑を抱くはず。ですが、今の彼は間違いなく『楽しそう』でした。

 絶えずに放たれる罵声の数々。相手が大臣であるのにも拘らず、人々は彼に向かって物を投げつけます。


 その時でした。

 ガキンッ! と地面に剣が突き立てられる音が響きます。


「貴様ら! これ以上の反抗は国家反逆と見なす! これは国王による決定だ!」

「聖剣隊……こいつらまで……」


 隊長のロッセルさんを先頭に、聖剣隊がこちらに行進してきます。まるでモーセが割った水のように、人ごみは彼らを避けていきました。

 この場の不平不満は武力によって強制的に抑えましたね。ですが、怒りや憎悪は風船のように膨らんでいき、やがて大きな音を立てて破裂するでしょう。


 もし、ハイドさんが人々と接触し、その背中を押してしまったら……


 そうなったら、誰にも止められません。反乱という戦争への発展も考えられます。

 もう、一刻の猶予もありませんでした。











 私は……

 私はこの街を守りたい!


 ツァンカリス卿が、マイアさんが、シャイロックさんが……

 ミテラさんが、ジルさんが、トマスさんが、ジェイさんが、アステリさんが……!


 みんなが愛したこの街を守りたい!


 抱きついて放したくないんです!

 笑顔を壊されたくないんです!




「安心しろテトラ」


 人々から逃げるように街外れに移動した私。

 それを励ますように、ご主人様が肩に手を乗せました。


「どうやら、そう思っているのはお前だけではないようだ」


 視線を上げ、前を見ると頼もしい三人の姿が映ります。


「遅かったなテトラ。準備は出来た。ハイドを止めるぞ」

「旧炭鉱のダンジョン、最下層まで攻略したわ。ボス戦前で寸止めしてるから、感謝しなさい」

「私とメイジーちゃんでホムンクルスを止めるよ。二人でハイドくんをやっつけちゃえ!」


 剣に手を当て、私の瞳を見るモーノさん。

 赤いビロードを脱ぎ、獣の耳を見せるメイジーさん。

 頭の大きなリボンを綺麗に整えるアリシアさん。


 三人とも覚悟が決まっています。沈んだ気持ちも、彼らを見れば速攻再浮上ですね!

 それに、今の私にはご主人様もいます。


 絶対、大丈夫……!



 私たちでこの街を守るんだ!



「四番テトラ、並びに一番モーノ。これより異世界無双を開始します!」



異世界無双を利用して人々を不幸にする。

狡猾かつ姑息、他は許してもベリアル卿は許しちゃいけない。


でも、絶対に人を傷つけない悪人らしからぬこだわりも持ってます。

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