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83 着こなし履きこなしが大切です


 一難去ってまた一難。まさにその言葉がふさわしいでしょう。

 私が旦那様とお喋りしている時、この屋敷にある客人が訪れました。


 シンプルで装飾品のないこの屋敷にて、一室のみ存在する豪華な部屋。

 それは客室です。人目を気にする旦那様だからこそ、ここには惜しまずお金が使われていました。

 私はその部屋で訪れた客人と話します。彼は私もよく知っている人物でした。


「これはこれはテトラさん。ここで会うとは奇遇ではありませんか」

「あはは……こちらも色々事情がありまして」


 カルポス聖国の大臣、ベリアル・ファウスト卿。彼は何らかの用件があり、キトロン領主である旦那様の元へと訪れました。

 私はベリアル卿と知り合いという事で、特別に客間にて同席します。まあ、領主たちによる仕事話を聞いたところで、メリットがあるとは思えませんがね。

 旦那様の表情がいつもより強張っているように感じます。そう言えば、彼はファウスト家の策略によって左遷させられたんでしたね。


「ファウスト家の若僧が私に何の用だ……」

「この街に現れた怪人ハイドについてですよ。彼のもたらす技術はあまりにも高度であり、悪魔から知恵を授かっているのではないのかと疑惑が掛けられています。彼について何か分かりましたか?」


 なーる、用件があるのはハイドさんの方でしたか。やっぱり、完全に疑われちゃってますね。

 王都の演説を聞く限り、ベリアル卿はかなりのタカ派と見て間違いありません。聖国の発展のためには容赦なく他種族を根絶させるでしょう。

 自身が戦うではなく、その強行思想を国民に広げているのが厄介ですね。彼にハイドさんことを知られちゃうのは、平和を望む私にとってメリットになりません。

 何か妨害策を考えている時でした。旦那様は鼻で笑い、ベリアル卿を軽くあしらいます。


「あれほどの知恵を持つ者が、簡単に尻尾を出すはずがなかろう。私に協力を求める時間がるのなら、そちらで騎士団を編成すればどうかね?」

「ええ、すでに聖剣隊をこちらに向かわせていますよ。王は怪人ハイドの持つ技術力を欲しています。聖国が更なる大国になるため、彼の存在は必要不可欠なのですよ」


 モーノさんの力を取り込もうとしたように、今度はハイドさんの知を取り込もうとしていますね。これ以上聖国が肥大化すれば、周辺国との抗争はさらに激化するでしょう。

 旦那様は聖剣隊という言葉に反応します。どうやら、彼はこの部隊の強大さを知り、なおかつ武力に動く聖国を快く思っていないようでした。


「聖国最強の部隊で悪魔狩りか。実にくだらんものだ。お前たちファウスト家の思想は何一つ理解できん」

「そうでしょうか。私は貴方の気持ち、よく分かりますよ」


 ベリアル卿は微笑しつつ、旦那様の心へと踏み入ります。


「幼少期、両親を戦争で亡くされ苦労されたらしいではないですか。貴方にとって戦争とは敵であり、商業の発展こそが美徳である。ええ、実に素晴らしい理念だと思いますよ」

「よく調べているな。有能なお前にしてみれば、この国を思うように動かすのは随分と容易いのだろう」


 そう、ベリアル卿は……いえ、ファウスト家は有能です。だからこそ旦那様を危険視し、このキトロンの街に左遷したのでしょう。

 異様な空気が漂う客間、互いに腹の探り合いをするハト派とタカ派。私と執事のマイアさんは固唾をのんで見守ります。

 うへー、何だかやべーところに迷い込んでしまいました。威圧的な旦那様に対し、ベリアル卿は薄ら笑いをします。


「私一人の力ではとても……魔石鉱山の管理者であり、多額の資金を動かす投資家である貴方こそ、この国を動かす力を持っているのでは? 莫大な財産を保持していると噂になっていますよ」


 相も変わらず、彼は得意の美声で取り入るように言葉を紡いでいました。

 ですが、歳を重ねた旦那様に対し、若僧の言葉が響くはずがありません。そうでなくても、彼は今まで我道を突き進んでいたのです。惑わされることなど絶対にないでしょう。

 それでも、ベリアル卿の言葉は止まりません。旦那様を追い詰め、何かを探っているようでした。


「あと少し、民衆を思いやる心があれば評価されたでしょう。失礼ながら、金銭に対して貪欲なことは改めるべきです。人の心は大金で買うことは出来ないのですから」


 その言葉が、旦那様の逆鱗に触れます。


「私は若き頃から血反吐を吐くまで努力し、今の地位を築いた。領主となり、全ての責任をその身に背負い。この街をここまで発展させ、結果も十二分に出した。その私が、それ相応の見返りを得て何が悪い! 全てにおいて限界まで挑んだ私が、大金を掴んで何が悪いというのか!」


 それは、お金に対する彼の思いでした。

 ただ貪欲ではなく、旦那様には拘りがあります。成功者が大金を掴み、それによって力を示すという商業の真理。彼はこの理念を信じていました。

 ベリアル卿は私と同じ、人の強い信念に魅かれています。だからこそ、旦那様の考えを評価しました。


「ええ、悪徳であるはずがありません。ですが、その思想は怨み妬みを買う。忠告はしましたよ」


 意味深な言葉。これは威圧ではなく、本当に旦那様を思っての忠告でしょう。

 まったく、この人の考えていることは分かりませんね。きわめて物騒な戦争推進派ですが、悪事は全く働いていません。それどころか、国民のために努力を惜しまない聖人です。

 一番厄介なタイプでしょう。自分こそが正義だと疑わず、なおかつ周囲からの評価も高い。止める方法など存在しないヤベー奴ですね。


 話を終え、屋敷を後にするベリアル卿。そんな彼に対し、旦那様は疑いの眼差しを向けていました。

 これも年の功でしょうか。最後に一つだけ、探るように質問を投げます。


「一つ聞きたい。お前とは長い付き合いの気がしてならないが、これは気のせいかね?」

「ご冗談を……それは、私と私の父を重ねているだけですよ」


 老人の言う長い付き合いとは十年、二十年の話ではないですよね……ベリアル卿は二十から三十代なので、旦那さまからしてみれば若僧のはずですが……

 この質問に対し、ベリアル卿は自らの父と重ねているだけと答えます。まあ、そうなっちゃいますよね。

 時間の無駄かと思った領主同士の会話。以外にも充実した時間を過ごせました。










 ベリアル卿が屋敷を後にし、部屋には私と旦那様、執事のマイアさんが残ります。

 ここは旦那様の見栄によって作られた客間。豪華な絨毯が敷かれ、煌びやかなシャンデリアは窓からの光で輝いていました。

 商業の道を志し、人目を気にするようになった旦那様。彼はピカピカに磨かれた自らの靴に目を落とします。


「この歳になっても思う事がある。私はこの靴に相応しい男になれたのかと……」


 靴を選ぶのではなく、靴に選ばれるべき。そんな言い回しですね。

 私に物の気持ちは分かりませんし、その言葉を代弁することは出来ません。ですが、旦那様が立派なお爺さんだとは知っています。

 これは道化師の方便。嘘偽りなのかもしれません。

 ソファーに座る旦那様の後ろに回ります。そして、旦那様の肩から腕を落とし、ふんわりと抱きました。


「旦那様はよくやっています。たとえ誰にも評価されなくとも、私も使用人たちもそれを知っていますよ」

「私は人間が好きではない。どいつもこいつも、金という食い物にたかるネズミのようだ」


 ベリアル卿に言われたことを気にしているのか、以前よりも卑屈になってますね。貴方が人間を嫌い、小人たちに信頼を寄せていることは知っています。

 ですが、商業によってこの国を変えたいという思いは本物。だから貴方は、『自分にはまだやるべき事がある』と言ったんです。それが、貴方の夢で間違いありません。

 旦那様は振り向かないまま、後ろの私に向かって問います。


「そこのネズミ、なぜ私にこだわる」

「私は世にも珍しい人に懐くネズミですから」


 彼には見えませんが、今できる全力の笑顔で答えました。

 私は底辺の奴隷ですから、ネズミ扱いされても全然気にしません。むしろ、見下された方が取り入りやすいのは、今までの動きで分かりますよね?


 プライドなんていりません。

 誰かと仲良くなれるなら、それが私にとって最っ高の幸せなんですから。




 部屋を出て、私は小人のマイアさんに話しかけます。

 覚悟は出来ました。キトロンでの戦い、これにて第二戦目が開始されます。


「マイアさん、頼みがあるんです。この屋敷の使用人……小人さんたちを集めてください」

「え……? は……はい」


 まったく状況が分かっていないマイアさん。それでも、私の頼みを快く受けてくれました。

 既に屋敷の間取りは完全に把握しています。どこから侵入し、どこを進めば旦那様のシークレットルームにたどり着けるかも分かっています。

 問題は警護している小人たち。それは事情を説明して完全に懐柔します。


 つまりはトリック。全てが仕掛け人。

 この私が作った舞台に、トマスさんたちを招待してあげましょう!


 まったく、また楽しい気持ちが溢れて仕方ねーですね。

 ハイドさんとの問題は先送りですが、ここでキトロン領主と孤児院の問題は一気に片を付けます。

 さあ、老人と子供の絆、このテトラが美しく繋げて見せましょう!


 まるでダンスを踊るように!










 トマスさんのツリーハウスにて、私は屋敷の詳しい構造を報告します。

 二階の窓から侵入し、小人と接触しないルートを通ってシークレットルームに向かう。私が先頭に立ち、子供三人を案内する形になりました。

 トマスさんは木の棒を振り回し、ニカッと笑います。全ては私のシナリオ通りとも知らずに……


「よくやった。テトラお姉ちゃん、今回の作戦はお前にかかってるぞ!」

「はい、トマス隊長! 絶対にミッションを成功させます!」


 道化は踊ります。バカなように見えて意外と考えてます。

 私の名演技によって、トマスさんだけではなくジェイさんも騙されている様子。彼は心配そうな表情をし、こちらへと近づきました。

 恐らく、彼は私にこの事態を止めてほしかったのでしょう。耳元で誰にも聞こえないように聞いてきました。


「お姉ちゃん……こうなったらもう止まらないよ……」

「大丈夫です。テトラお姉さんを信じてください」


 トマスさんに見つからないように、私はジェイさんの手を握ります。彼だけには種を明かしていいかもしれませんが、それでは面白くないので止めておきましょう。

 どうせなら、皆さんをビックリさせたいんです。これから起きることを最高の思い出にさせてあげたい。


 だって、これは大冒険!

 例えコソ泥のような行為でも、子供たちにとっては真剣です!


 だから、その思いを守りたいんですよ。私、正義の味方でも何でもありませんから、犯罪行為を止める義理もありませんしねー。

 興奮の収まらなくなったトマスさん。彼は木の椅子に飛び乗り、枝を思いっきり振り上げます。


「ツァンカリス爺さんの財宝探し! 今夜決行だ!」


 悪ガキ冒険隊が動きます。

 さあ、今夜もパーティの始まりですよー!

 夜は道化の時間! このテトラ、またまた最高の舞台を演出しちゃいます!



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