82 五体の人形は踊ります
朝、筋肉痛の身体を引きずりつつも、私は礼拝堂に訪れます。
キトロンの教会、私が寝泊まりしている場所。街外れに建てられ、シスターのミテラさんが管理しています。礼拝客は少なく、今は孤児院としての機能が主でした。
祭壇には聖剣コールブランドのレプリカが突き立てられています。まるで、聖アウトリウスさんが見ているようで、どうにも落ち着かない気分ですね。
モーノさん、メイジーさん、アリシアさん。三人は私を待っていました。
これから話すのは私たち転生者について……今までずっと目を逸らしてきた真実。もう逃れることは出来ないでしょう。
モーノさんは私の目を見ます。ええ、分かってますよ。覚悟は出来ているのでさっさと始めてください。
彼は大きくため息をつき、メイジーさんの方へ視線を移します。どうやら、彼女は何かを隠しているようですね。
「まず、メイジー。以前から聞きたかったことがある」
「な……なにかしら……」
完全に巻き込まれてしまった狼少女。彼女は赤い被り物を深くかぶり、自らの表情を隠します。
いえいえ、その反応は逆に怪しいでしょ……モーノさんは容赦なく、隠し事であろう事柄に突っ込んでいきます。
「俺たち異世界転生者のにおいが他と違うとはどういう事だ。においなんて生活で変わるものだろ。ピンポイントで転生者二人を示すにおいなんて不自然すぎる」
「あ……あー、それはね。何となくなんかそんな感じが……」
誤魔化そうとするメイジーさんを私とモーノさんはジト目で見つめます。
こっちもそれなりに覚悟してるんですよ。曖昧にするなんて許しませんからね。
しゅんとうつむく狼少女。ですが、すぐに被り物から瞳をだし、全てを明かす決意をします。彼女もまた芯の強い女性でした。
「分かった。話すわよ……でも、その前に質問。ご主人様たちって本当に人間?」
聞き返された疑問。それが何を意味しているのか、私もモーノさんも全て理解しました。
少年は再びため息をつき、右手を頭に乗せます。それほど、この質問によるダメージは大きかったのです。
「まあ、そういう事なんだろうな……」
「何となく覚悟はしてたけど、いざ確定すると来るものがありますね……」
疑惑は確信に変わりました。
ハイドさんが言っていた「自分たちがどのように作られているか」という疑問。それには確かな答えがありました。
モーノさんはその答えをはっきりと言い放ちます。
「アリシア、メイジー。悪い、俺ら人じゃないわ」
ま、そういう事です。
異世界トリップではなく異世界転生。転生前と同じ存在であるはずがありません。
受け継がれたのは記憶だけ。恐らく、性格、性別、見た目は完全に別の存在でしょう。
つまりは転生前と全くの別人。
私たち転生者は、この世界で初めて生を授かったのです。
「お前の言う転生者のにおいってのはつまり、人のにおいがしなかったって事だよな。悪かった。察しはついていたのに意地悪だっただろ」
「そ……そんなことないわ! 私の方こそ隠しててごめん……ご主人様を困らせると思って……」
自分が人間だと信じて疑わないモーノさんに、人かどうかを問うなんて出来ませんよね。メイジーさんも災難なものです。
では、結局のところ私たちは何なのか。アリシアさんはその答えを求めます。
「じゃあ、モーノくんたちって一体……」
「何なのかと聞かれたら、『人に似せて作られた何か』と答えるしかない。でも、怪我をしたら血が出るし、身長も体重も変化している。問題なのは肉体ではなく精神の方だ」
身体はちゃんと人として作られています。問題なのはそこではありません。
モーノさんは私に視線を移し、威圧的な表情をします。メイジーさんと同じように、誤魔化しは許してもらえないでしょう。
彼が求めていることは分かっています。恐らく、それこそが私たち転生者の核となる事柄なのですから。
「テトラ、『流星のコッペリア』とは何だ。演技はせず、お前の本心を聞きたい」
「本心ですか……」
これはおふざけできる雰囲気じゃありませんね。まあ、こちらも今はふざけたくない気分ですし、良いでしょう。
私は大きく伸びをし、切り替えていきます。今は宮廷道化師を捨て、転生者テトラとして真実と向き合う。媚を売るのも面白おかしく語る事もしません。
つまりは仮面を取った素の私。
素トラ登場です。
「あーあ、道化師気分でかき乱すのも面白かったんだけどなー。ま、いいわ。あんたの言うように今回は演技なしよ。私もガチで話していくから」
「こっちも遠慮せずに質問する。俺たちの身を守るためにもな」
鋭いモーノさんとメイジーさんは私の本性を知っているのか、全く驚いていません。ですが、アリシアさんは口をぽかんと開けていました。
本当にこの子、誰かに騙されないか心配です。私があんなに明るくて良い子なわけないでしょう。もっと人の本性を見極めないとダメですよー。
さって、ガチで話すと言いましたし、モーノさんの質問にはきっちり答えます。彼も山ほど疑問があるでしょうしね。
「テトラ、流星のコッペリアと叫んだ時。あの時のお前は演技じゃなかっただろ」
「はあ……鋭いわね。確かにあれは演技じゃなかったわ。たぶん、あれは理想の私って事なんでしょうね」
仮面をかぶった普段の私と流星のコッペリアの性格は同じ。それによってモーノさんは、私が正気じゃなかったことに気づかなかったようですね。
ですが、ハイドさんとの会話によって私の様子がおかしいと確信した。その時、『流星のコッペリア』というもう一つの人格を認識したようです。
一応私なりの考察を述べましょう。こっちはピーターさんからもいろいろ聞いていて、自分の身に起きたことを理解していますしね。
「私たちは何なのか。簡単に言うなら異世界無双の擬人化よ。転生前の名前なんてどうでも良くて、私の本当の名前は『流星のコッペリア』。転生前の誰かが望んだ『楽しく友達と遊びたい』って気持ちが私を作り出したんじゃないかしら」
異世界無双は望み。望みも無双も私自身。私は名前も知らない誰かの魂を材料に作られた人形です。
そして、その誰かは高確率で一人を示している。だから、ハイドさんは言ったんです。「魂を分けた我妹」、「転生前はチーズタルトが好きだった。お前もそうだろ?」と……
モーノさんと話していると、鏡合わせで向かい合っているような感覚を受けました。たぶん、彼も同じような感覚を受けていたんだと思います。
「もう分かってると思うけど、私たちの転生前は同一人物よ。お互い大変ね『お兄ちゃん』」
「初めからおかしいとは思っていた。五人同時だ。五人同時にトラックに轢かれたなんて、まずありえないだろ……」
モーノさんも分かってるみたいなので、ここで話しを纏めます。
1. 私たち転生者は人じゃない。女神さまが作った人に似せた何か。
2. 私たちの転生前は同一人物。記憶も所々で一致している。
3. その人物の無双願望が擬人化されたのが私たち。ある条件でその願望がむき出しになる。
1と2はこの際どうでも良いです。3は暴走を巻き起こすので無視できませんね……
はあ……なんだかとっても疲れちゃいました。色々分かりすぎて頭がいっぱいなんでしょう。
モーノさんも若干混乱しているのか、私の目をじっと見つめていました。そして、少し恥ずかしがりながらもこんなことを聞いてきます。
「テトラ、お前は俺なんだよな?」
「そうね。私たちの繋がりは兄妹より強い」
「テトラ、俺と同じじゃ嫌か?」
「ううん、嫌じゃない」
照れて頬を赤らめるモーノさん。彼と同じように、私も少し頬が熱くなりました。
そんな二人の間に割って入るメイジーさん。彼女は牙を見せ、私を必死に押しのけます。
「はいはい! 近親愛は禁止ー! グルルル……」
「そ……そんなんじゃないわよ!」
「ああ、自分のコピーに恋愛感情はない」
まあ、兄妹愛は少しあるかもしれませんね。互いに互いを放っておけないって感じでしたし。
ですが、半ば自分と近いだけあって恋愛はちょっと気持ち悪いです。嫉妬するのは分かりますが、絶対に私とモーノさんがくっつくことはないので安心してください。
メイジーさんは私たちの事を知ってもいつも通りでした。
ですが、先ほどからアリシアさんは黙りっぱなしです。困惑しているのでしょうか。いや、どうやら彼女なりに何かを考えているようですね。
やがて、少女は突然跳び上がります。そして、優しいんだけど的外れな結論を叫びました。
「うん、分かんない! でも、モーノくんもテトラちゃんも友達! 人じゃなくても変わらないよ!」
「ありがと、嬉しいんだけど考えた意味ないでしょ。もう少し賢い言葉はなかったの?」
「私が賢かったら、たぶん一日中頭痛がしていると思うよ」
あはは……アリシアさんも変わらないですねー。でも、元気出ました。
そうです。私たちが人じゃなくても変わりません。メイジーさんもアリシアさんも友達でいてくれます。
だから、私も変わらずいつも通りの自分に戻りましょうかねー。なんて思っていたら、先にモーノさんが切り出します。
「なあ、テトラ。調子が狂うから、そろそろ口調を戻してくれ」
「貴方が演技なしって言ったんでしょうが!」
この人は本当にやりたい放題の言いたい放題ですね……ま、それも彼らしさですね。
あー、色々きっつい真実でしたけど、皆さんと話して肩の荷が下りた気分です! こうして全部話が終わったら、むしろ清々しい気分になりましたよ!
今日を境に、私の心はもっと美しく磨かれるでしょう。
流星のコッペリアは理想の私。モーノさんと対峙した時だって、その時の力で切り抜けたんです。ちゃんと向き合えば絶対に操作できますよ!
さてさて、色々と吹っ切れましたが問題が一つ。モーノさんからいきなりそれを指摘されてしまいます。
「そういえば、お前の目的は元の世界への帰還だったな。転生前が別人だがどうするつもりだ」
「うーん……五人の代表として私が戻っちゃダメですかね……? 勿論、ダメなら譲りますけど」
「俺はパスだ。他の三人は知らないけどな」
転生前がどんな名前でどんな人だったかは曖昧ですが、確かに死んでいるはずです。私がその人生を貰っちゃっても問題ないでしょう。
こうなったら、いよいよ元の世界への帰還とは違うような……ええい! 関係ありません! これは意地です! 私の捻くれ熱血なんです!
目的は見失いたくありません。モチベーションを保つためにも続行です!
さって、これにて緊急会議は終了です。
モーノさんもダンジョン攻略に戻りましたし、私もツァンカリス卿の屋敷へと向かいますか。
礼拝堂を後にし、教会の外へと出ます。そんな時、一人の少女が私に話しかけました。
「テトラ、ちょっといいかな」
「ジルさん、どうしましたか?」
眼鏡っ子のシスター、ジルさん。彼女は興奮した様子で眼鏡をはずし、私に見せます。
この眼鏡、新調されていますね。枠が水色に塗られ、フレームも可愛らしい形に代わっています。
まさか、この眼鏡をかけるんですか! そんなことをすれば大変なことに!
「どうかな。錬金術で改良してみたんだ。似合う……かな?」
「に……似合いすぐる! 超きゃわわですよ! 威力半端ないです!」
眼鏡をかけた瞬間、彼女の魅力が一気に引き立ちます。これだ! これこそが眼鏡っ子だ!
絶妙に枠があっていなくて、ずれているのが超可愛い。同じ女として、これには嫉妬しますよ!
褒められて嬉しいのでしょう。少女は頬を赤らめ、恥ずかしがりながらもお礼を言います。
「あ……ありがとう。また、色々見てもらいたいな」
子供たちに仕事を与えたあの日から、私はすっかりジルさんに懐かれました。私が持っている別世界の知識に気づいたのか、彼女はこうやって錬金術の成果を見せに来ます。
ミテラさんは歳上ですし、同年代の女性が私しかいません。なので、女友達として見ているのかもしれませんね。
メイジーさんは疑ってますが、ジルさんは良い子です。最高の友達と言えるでしょう。
でも、なーにか引っかかるんですよねー。
ま、いっか。