81 どこから来てどこへ行くのでしょう
いつかの誰かが言っていました。
異世界無双は理想の自分を実現させる望み。望みは正しく使えば大きな力となると……
それは愚かなる誤認。『流星のコッペリア』は能力の名前なんかじゃない。私自身の名前だったのです。
私たち五人が何者かと問われれば、望みの化身と答えるのが正解でしょう。
それは、ある少女が望んだ五情の夢。
秀でた力を持ちたい。
勝利への喜び、強くあることへの喜び。
あらゆる物を創造したい。
無知な周囲への怒り、なにも出来ない自身への怒り。
誰も傷つかないでほしい。
命を失う哀しみ、痛みを背負う哀しみ。
本当は友達が欲しい。
皆といるのは楽しい、話して遊ぶのは楽しい。
他者の能力が欲しい。
天才たちへの怨み、自分を造った神への怨み。
喜怒哀楽怨、中国における五つの感情。
私は『楽』……
だから、世界を……理不尽を……運命を……
何もかもを楽しむの☆
キトロンの街外れにて、私は親愛なるお兄さまと話していました。
彼との接触がトリガーとなったのでしょう。もう、今の自分が本当に自分なのかも分かりません。
ピョンっと跳び上がり、そのまま無造作に置かれたトロッコに腰掛けます。そして、まるで人をおちょくるように足をパタパタと動かしました。
「使命は忘れていませんよ。ですが、欲望のままに動くのって猿でも出来るでしょう? それってつまらないとは思いませんか?」
なんだかとってもいい気分ですねー。
麻薬だとか媚薬だとか、危険なお薬でハイになってる気分です!
ダメなやつだとは分かっていますが、もう自分の力では止められませんでした。
「自分さえ楽しきゃいい。混沌を面白がるキチガイ染みた『楽』の感情がっ! 随分と良い子ちゃんになったものじゃねえか!」
「望みは変わるものですよ。私はこの世界でたくさんのことを学びました。だからこそ、本気でこの世界の幸せを願ったんですよっと!」
ハイドさんと交わされる言葉。私自身、自らの放った言葉の意味を理解していません。
モーノさんが何かを叫んでいます。たぶん、私を止めているのだと思いますが、それを把握することが出来ませんでした。
私は話し合いに来たんです。それを期待してモーノさんは私を連れ出しました。
ですが、こんな状態ではとても……
「女神さまの理想は潰えます。世界は混沌などには沈みません」
「おいおいおいおい、裏切るってのか四番さんよお! てめえは五番と同じだ……ここでぶっ潰れろやァ!」
再び小銃を構えるハイドさん。殺る気満々ってかんじですねー。
錬金術と現代知識によって作り出した魔具ですか。放たれるのはただの弾丸だとは思わない方が良さそうです。
さって、面白おかしく行きましょう。
敵の銃は火を噴き、弾丸は私の頭部を捉えます。ですが、すぐに首をコテンと倒し、その攻撃を回避しました。
背部にて、弾丸は地面に着弾します。同時に、真っ赤な炎が後方にて燃え上がりました。
「俺の怒りを受けろォ! 流星のコッペリアァァァ!」
「私を楽しませてください! 宝玉のハイドさん!」
もう、ハイドさんの声しか聞こえません。
トロッコから跳び上がり、私はナイフを抜きます。そして、軽やかなステップを刻みつつ、ハイドさんの元へと突っ込んでいきました。
彼は思っている以上に遅い。あんな言動をしていますが、その本質は筋金入りのインテリタイプだと分かっています。
厄介な発明品を使用する前に……
その前に終わらせる……!
「テトラ……!」
「……はっ」
誰かの声が響き、私は足を止めます。
あれ? 今、何をしようとしていたんでしたっけ?
たしか、ハイドさんと話し合おうとしていたんですよね。でも、なんでナイフを握っているのでしょう。
私の名を叫び、その愚行を止めたモーノさん。彼は焦った様子でこちらの手を握ります。
「どうしたんだテトラ……! お前はこの街を一つにしようと戦った。あと少しで理想は叶ったはず。それを自分の手で壊すつもりか!?」
たぶん、自身で戦う分には良いのでしょう。
ですが、私が強行策に出るところは見たくなかった。そんな感じです。
「頼むから……俺を不安にさせないでくれ……」
あのモーノさんが怯えていました。
彼はハイドさんを恐れているわけではありません。私を……人格が変わったようには楽しむ『流星のコッペリア』に恐怖しているのです。
五人の転生者、その感情が歪められている。次は自分の番なのか。人格全てを奪われてしまうのか。
恐らく、そんな恐怖でしょう。
「モーノさん、大丈夫です。私はテトラ、テトラ・ゾケルです!」
「テトラ、お前はどうしてテトラなんだ。全ては女神に与えられた名だ……」
モーノさんの瞳から光が消えます。
私が奪ったんだ……なにやってんだ私、足を引っ張りに来たんじゃないのに……
戦いが中断されたことにより、ハイドさんはやれやれといったポーズを取ります。これ以上の戦闘を望まなかったのは不幸中の幸いでしょう。
彼は呆れた様子で銃を収め、ダイヤの瞳で私たちを睨みます。
「ガン萎えだな。まあいい、気のない奴に仕掛けても仕方ねえ。で、なんだ? 話し合いか? 無知のてめらとじゃあ話しにならねえと思うがなぁ」
「どういう意味だ……」
自らの心を奮い立たせ、ハイドさんの言葉に食いつモーノさん。
そうです。こうやって会話をし、相手から情報を奪うのが最善策。今は冷静になるべきでしょう。
私たちは何も知らない。だからこそ、知ろうと努力しなきゃならないんです。
もう引き返せませんよ。真実はすぐ傍……
ふと、夢の中で自分に言われたことを思い出します。
覚悟の時でしょうか。ぶるっと身震いしつつも、私はハイドさんの言葉に耳を傾けました。
「なあ、てめえらは自分がどう作られてるか考えたことがあるか? 俺は錬金術師だからよォ。ちと気になって色々調べたんだが、これがまた腹の立つ真実にたどり着いちまったんだよ」
何を言っているんですか……
自分がどう作られたって、お母さんから生まれたに決まってます。他にどう答えようがあるんでしょうか。
ハイドさんは知の異世界転生者です。私たちより真実に近づいているのかもしれません。
絶対に逃がすわけにはいきませんね。とにかく、聞き出せるところは聞き出します!
「貴方は真実を知っているんですか?」
「まあ、待てよ。勿体ぶりながら話してんだ」
あ、ちゃんと話してくれるんですね。良い人だー。
まあ、科学者って自分の知識をひけらかしたいものですよね。彼が話すというのなら、こちらは黙って聞きましょう。
ハイドさんはアイテムボックスからシルクハットを取りだし、それを頭に乗せます。今、物語の語り部は彼に移っていました。
「ところでだ。俺はフルーツタルトが好きなんだが、転生前はチーズタルトが好きだったような気がするんだよなぁ……てめえらもそうだよな?」
「俺は今もチーズタルトが好きだ!」
「てめえの好みなんざどうでも良い」
空気読まないモーノさんの天然はスルーですね。当然、ハイドさんもスルーします。
「肝心なのはなぁ……てめえの転生前は本当にてめえだったのかってことよ。転生前と転生後に記憶の矛盾があんだろ? 都合の悪い部分は都合よく覚えてないんだろ? 年齢は良い、家族構成、友人関係……てめえの友人は本当に男友達だったか? なら、てめえの性別は?」
それは、あまりにも心当たりのある話しでした。
私は転生前の記憶が曖昧で、さらに転生前との矛盾も感じています。
一番感じたのは性格のずれ。今のように人付き合いが上手ければ、もっと友達がいたと思うんですよ。孤独とは無縁だったはずです。
それはモーノさんも感じているみたいですね。彼の場合は性別、それをハイドさんに指摘されます。
「女を守ることに固執し、異様に男らしさに拘ってるらしいじゃねえか。闇が深いもんだなおい!」
「だ……黙れ……! お前はどうなんだ!」
「俺もまあ……そのあたりは歪んでるかもしれねえな」
シルクハットのつばを掴み、目元を隠すハイドさん。彼の闇も深そうです。
この場にいる三人は運命共同体。それぞれの境遇を他人事とは思えません。
今、一番重要なのは『転生前の自分が本当に自分だったのか』という疑問。それに対して、私もモーノさんもすでに答えを知っていました。
知らなかったのではありません。
知らないふりをしていたのです。
真実と向き合いたくないから……
この異世界を幸せに生きたかったから……
「俺はこの糞のような世界に怒っているんだよォ! だから! 好きに自分の能力を使い、好きに創造物を生み出す! そして力をつけ、あの五番の異世界転生者をぶっ潰す! それが俺の望みだァ!」
「お前は……五番の転生者を知っているのか!」
驚くモーノさん、それも当然です。
私たちは五番の異世界転生者さんへの警戒を促すため、ハイドさんに忠告しに来ました。ですが、彼がすでに五番さんと接触し、敵対関係にあるのなら意味はありません。
ようやく、ハイドさんの目的が分かりました。彼は現代知識によって戦力を蓄え、五番さんと大戦争をするつもりなんです。
それならいける……
私の言葉でハイドさんを一気に揺さぶれる!
「貴方はキトロンの孤児院に寄付金を送ったはずです。街の皆さんが貴方をヒーローと慕ったのは、内に秘めた優しさを感じ取ったからでしょう。そんな彼らを巻き込み、この街を戦場にするつもりですか!」
「孤児……院……? テト……ラ……?」
まさに会心の一撃でした。
私の言葉を聞いた瞬間、ハイドさんの右目からダイアの紋章が消えます。
ですが、それは一時的なもの。すぐに新たな紋章が浮き上がりました。
一瞬、ほんの一瞬だけ『宝玉のハイド』が揺らいだんです。そして、彼は間違いなく孤児院という言葉に反応を示しました。
加えて、彼は私を妹ではなくテトラと呼びましたね。これが意味することは……
私は考えます。ですがその時間はなく、すぐにハイドさんは次の動きを見せました。
「ご主人たま! エスケープの準備おけ!」
「三十六計レッツ逃げ逃げ!」
拘束していたはずのハンスさんとマルガさん。彼らは持っていた魔石を使い、ゲートのようなものを出現させます。
さっき、ハイドさんは銃弾を放ち、その効果によって火炎を発生させました。あれでホムンクルスたちを拘束してた氷とキャンディーを溶かしたんですね。不覚です!
ゲートは恐らく移動魔法。それを潜るハイドさんをモーノさんは黙って見ていました。
これは後を追うという気分ではなさそうですね。彼に向かって、ハイドさんは挑戦状を叩きつけます。
「お兄さまよお! 今回はお預けだ! 見せたいものがあるからよ。旧炭鉱のダンジョン、最下層で待ってるぜえ!」
主人がゲートを通り抜けると、続いてハンスさんとマルガさんも潜っていきます。
やがてゲートは完全に閉じ、手掛かりにはまんまと逃げられてしまいました。
ですが、そんな事はどうでも良いんです。今はこの歪みに歪みきった状況を整理し、真実と向き合わなければならない時なんですから……
モーノさんは唇を噛みしめつつ、私と目を合わせます。そして、気休めにならない一言を発しました。
「まあ、なんつーか……気落とすな」
「オマエモナー」
誤魔化し、目を逸らし続けているのはもう限界でしょう。
私たちは話さなければならない。考えなければならない。
自分たちが何者なのかを……