80 それは止まらない諧謔でした
女性を守ることに異様に固執しているモーノさん。そんな彼が私に背中を預けています。
同じ異世界転生者として認めてくれたのでしょうか? うーん、女性扱いされてないのは悔しいところです。でも頑張る!
ぶっ倒すのは力の異世界転生者が得意でしょうし、私はサポートに動くことにしましょう。
ですが問題が一つ。今敵対しているハンスとマルガさんって全然読めないんですよね。
ホムンクルスだから感情の起伏が少ないのでしょうか。何にしても、心の異世界転生者にとって厄介な相手さんです。
「これは掻き回せそうもありませんね。スノウさんもそうですけど、天然さんと不思議ちゃんはどうにも苦手です」
「手加減せず、『流星のコッペリア』を使ったらどうだ。打倒は出来なくとも、俺が勝負を決めるまでの時間稼ぎにはなる」
モーノさんに言われて気づきます。そう言えば私には特別な力がありました。
私が作り出した能力、『流星のコッペリア』。鏡のように相手を映し、強制的に拮抗状態を作り出す能力です。
戦いとは相手との社交ダンス。ステップさえ合わせてしまえば、心を繋ぐまでの時間稼ぎにもなります。
ですが、更なる問題。
今の私にはこの能力を使う術が分かりません。
「えっと……あの能力ってどうやって使うんでしたっけ……? なんか記憶が曖昧だったんですよね。そもそも、あれってどういう状態?」
「お前……自分の力を理解していないのか……! あの時、お前の目には黄色い星の紋章が浮かんでいた! あれはいったい何だったんだ!」
動揺し、焦りの表情を浮かべるモーノさん。徐々にその言葉も熱を帯びていきます。
私は彼を落ち着かせることが出来ません。それどころか、さらに困惑させる言葉を返してしまいます。
「えっと、分かりません。でもでも、モーノさんも瞳にも黒いスペードが見えましたよ。たぶん同じような力じゃ……」
「冗談だろ……俺たちはいったい……」
モーノさんの反応を見て気づきます。私の持つ『流星のコッペリア』はあまりにも正体不明だという事に……
ですが、今の私たちには悩む時間はありません。ホムンクルスのハンスさんが空中へと跳びます。そして、甘くて苦いチョコレートの剣をモーノさんへと振り落としました。
彼はハッとした表情をし、すぐに剣を構えます。若干防御が遅れしまったのか、体重が乗った敵の攻撃をずっしりと受けてしまいました。
「くっ……」
「お兄たん。あまーく固めて飾ってあげよ?」
「それは御免こうむるな……!」
真っ黒い、ハイライトのないモーノさんの瞳に生気が宿ります。これは完全に本調子ですね。
やっちゃってくださいモーノさん! このげっすいショタっ子を軽くお仕置きしちゃうんです!
力の異世界転生者、一番のモーノさん。その能力は手数とステータスによるごり押し。
彼は無詠唱で何らかの魔法を使用し、自らの剣に炎を纏わせます。それにより、ハンスさんのチョコレートは僅かに形を崩しました。
お、お見事! 確かにいくら硬い剣でも素材はチョコレートです!
「わ……甘い香り……」
「溶けてんだよ。ばーか」
子供をからかうように笑うモーノさん。彼は炎の剣を振り落とし、柔らかくなったチョコレートを真っ二つに叩き斬ります。
これにはハンスさんもびっくりでしょう。自分の使っていた武器が、敵の武器によって切断されてしまったのですから。
キョトンとした様子で着地し、手元に残った半分の剣を観察するハンスさん。そんな彼の足元を青白い光が包みます。
「綺麗……」
「うっし、一人終わり」
瞬間、白い光は氷へと変わり、少年ホムンクルスを完全に拘束します。ですが、敵さんは自分が負けたという状況も分からず、ただ不思議そうに足元の氷を見つめていました。
うわ……余裕勝ちだー……これ、私要りませんよね。
でもでも、だからといって突っ立ってても仕方ありません。まだ、敵は残っているんですから。
「ハンスだらしない。私が仇を取ったげる!」
「その前に私と遊びましょう。可愛らしい御嬢さん」
少女はペロペロキャンディを一振りし、それをモーノさんに向かって伸ばします。
ですが、攻撃に対してモーノさんは微動だにしません。あ、そうですか。そっちはそっちで倒せって事ですか。まあ、良いですけどー。
私は軽く飛躍し、迫るキャンディの上に足を付けました。それにより、キャンディは地面へと叩きつけられ、攻撃は止まってしまいます。
ですが、これで終わりじゃありませんよー。マルガさんが伸ばした飴の道を走り、彼女の元へと迫っていきます。壁走りが出来るぐらいですし、武器の上でも余裕で走れます!
「イッツショータイムです!」
「わー! お姉たん、なんでパジャマ? あーゆーおーけー?」
ほんと、なんででしょうかね……だいたいモーノさんのせいです。
って、話の腰を折らないでください! 飴の道を走り終え、マルガさんの目の前へと飛び出します。そして、そのまま両腕を広げ、彼女の上へと覆いかぶさりました。
伸し掛かったわけじゃありませんよ。ちゃーんと、優しく抱きついています。
この母親のごとき抱擁が受け入れられなかったのか、マルガさんは飴の鞭を引っ張り戻しました。
「うー……放して」
「その困った顔を見たかったんですよ」
飴の鞭は渦を巻き、マルガさん自身を巻き込んで私を縛り上げます。
放してほしいのに、自分ごとグルグル巻きにするのってどうなんですかねー? まあ、こっちは簡単に抜けれるから良いんですけどー。
私はご主人様の糸を使い、自身の関節を強制的に外します。そして、本来は動かせない身体を無理やり糸によって引っ張り上げました。
すぽっと飴から抜け出し、外した関節を戻します。残ったのは自分を自分で縛っているマルガさん。彼女は弄ばれてる事に気づき、ほっぺたを膨らませました。
「ぶー……お姉たん意地悪……」
「はい、私は意地悪な道化師です!」
だいぶ表情豊かになったじゃないですか。演出した甲斐がありましたよー。
そして、あれれー? 私の右手に握られてるのは何なんでしょうかー?
わあ、これはキャンディを操作する魔法のステッキだあ! 悪い悪い道化師さんは、先ほどの混乱の中でちゃっかり盗んでいたんですねー。
ステッキがなければ、自分を縛ったキャンディを戻せません。よって、これにてショーダウンです!
「モーノさーん、こっちも終わりましたよー!」
「相変わらず、立ち回りの天才だな」
もう、天才だなんてー。私はただ、自由気ままに遊んでいただけですよ。
何にしても、これでホムンクルス二人の捕獲成功です。どちらも傷一つつけず、無駄に騒がず迅速に拘束できました。
まあ、苦戦はなかったですね。彼女たちは確かに強かったですけど、遊びながら研究しているという感覚を受けました。
まさに生まれたばかりの子供という感じです。ま、強くなるのはこれからでしょう。
「さって、モーノさん。これからどうしますか?」
「色々聞き出したいんだが、ぐだぐだやってるうちに逃げられそうだ。さって、どうすっか……」
やっぱ考えてないやー! いい加減、行き当たりばったりはやめましょうよ!
ですが、相手さんが殺るき満々だったなら対抗すべきです。考えるより先に捕獲したのはまあ、今回は正解でしょう。
最も、問題を先送りにしただけですけどね。ハンスさんとマルガさんは絶対に口を割らない態度でした。
二人は無邪気な笑いを浮かべ、私たちに警告をします。
「パンをちぎって、ここまで落としてきたよ。ご主人たまがすぐに助けてくれる」
「ご主人たまサイキョー。お姉たんはキルキルコロコロなの!」
キトロンの街から続く道。暗くて見えづらいですが、確かにパンの欠片が落ちています。
うっわ、古典的すぎて気づきませんでした。魔法やらスキルやらが普通にある世界ですからね。こういう小賢しい方法は意外と見つからないものです。
戦闘を開始してから五分ぐらいですか。相手が転生者さんなら、すぐにここに来てもおかしくありません。
「と、仰ってますが。モーノさん的にどうでしょう?」
「本人がここに来るなら好都合だ。どうせ、こいつらじゃ話にならないしな」
なーんて話しをしていたら、いよいよその時が来てしまいました。
部下思いなんでしょうか、それとも自らの作った子供が気が気じゃなかったか。何にしても、彼の行動はあまりにも早かった。
二番の異世界転生者……キトロンの街で救世主と呼ばれ、優れた錬金術によってあらゆる商品を作り出す怪人。
名はハイド。
現代知識無双を行う最強の生産チート。
「おいおい、俺の大切な部下を随分と可愛がってくれたじゃねえか。許せねえなあ。許せねえよおい」
青いシルクハットをかぶった少年。彼はそれを外し、アイテムボックスに収納します。
ヤンキーのような言葉使いとは違い、中性的な容姿の少年。オールバックでおでこを出し、後ろに流した髪は眼鏡をヘアバンド代わりにして止めています。
服装は気品あふれる正装。ですが、ブレザーをマントのように羽織っているので怪盗っぽさも感じますね。
彼は怒っていました。自己紹介を行いつつも怒りのままに叫びます。
「俺は二番『知』の異世界転生者ハイド! 『宝玉のハイド』だァァァ!」
月の光に照らされる転生者。すぐに、私とモーノさんは彼の右目に気づきました。
青く光っているのはダイヤの紋章。片目だけですが、『流星のコッペリア』を使ったときと似ています。
ハイドさんは能力のことを知っている? ですが、その疑問が晴れる前に、彼は怒りをこちらへと放っていきました。
「挨拶代りだァ! 受け取れやァァァ!」
「待て! 部下を拘束したことは詫びる。俺たちは戦いに来たわけじゃない!」
モーノさんが説得に動きますが問答無用っぽいですね。
敵はアイテムボックスから小銃を取りだし、弾丸をこちらへとぶっ放していきます。それに対し、モーノさんは透明な壁によって銃弾を防いでいきました。
知の異世界転生者を名乗っていますが、行動からは知性を感じません。ただ、怒りのままに叫び、怒りのままに力を使おうとする暴君。なんか、様子がおかしくないですか……?
これは、少し探ってみますか……
「ハイドさん! 貴方の発明によって均衡が崩れています。このまま理屈のない発明を繰り返せば、人々は徐々に疑問を持つでしょう。戦争に発展するかもしれませんよ!」
「はぁ? それがどうしたってんだ! 醜い人がァ! 醜い欲望によって滅びるのは節理だろうがよ!」
攻撃を止め、銃を収めるハイドさん。
彼の視線は私に向きます。
「俺たちの使命を忘れたわけじゃねえよなあ。チート無双をしてこその転生者だろうが! なあ、魂を分けた我妹……『流星のコッペリア』さんよお!」
「片目だけの覚醒でよくも吠えたものですね。親愛なるお兄さま……『宝玉のハイド』さん!」
あれ? 私なに言ってるんだろ……
なんか意識が薄れて……頭が真っ白になって……
楽しくて……
楽しくて楽しくて楽しくて楽しくて楽しくて。
楽しくて楽しくて楽しくて楽しくて楽しくて。
楽しくて楽しくて楽しくて楽しくて楽しくて。
楽しい☆
ここから2、3話は核心部分
ここだけ見たらネタバレです